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神域と神力とハナさんと

 ミチさんが来てから3日後の夕刻、今日は天気が悪いので、お店を閉めようと閉店の札を外に出したところで、彼女はやってきました。

「「あっ」」私と彼女の声が重なりました。彼女は傘を差してちょうど店に訪れたところだった。私は彼女を店内に案内しました。

「謝罪に来たはずなのに、閉店時間を過ぎて、また迷惑を掛けてちゃったかな。」

日を改めると言っていた、彼女を呼び止めたのは私でした。

何も言わずに、彼女をカウンターに座らせ、私はブレンドコーヒーと、ホットケーキを彼女の前に出しました。

「良いの?」

と訊ねるOL姉さん改め、ハナさんに私は、

「前回、私の早とちりで、最後まで食べて貰えませんでしたから、どうぞ。」

「ありがとう。そして、前回は本当にごめんなさいね。」

「はい。私も失礼なお客様に失礼な行為をしてしまいました。申し訳ありませんでした。」

ハナさんは、コーヒーを飲み食事に手を付ける。

「やはり、ここのコーヒーは美味しいわ。」

「ありがとうございます。幼い頃から祖母が仕込んでくれましたからって、もう10年以上、このブレンドはしていなかったので、前と同じレベルかどうかまで、自信はないのですけど。」

私が苦笑すると、ハナさんは、首を振って答えてくれます。

「いや、前のオーナーと同じ味ですよ。」

私たちは、それから暫く、話をしました。ハナさんは商売の神様でもあるらしく、九州から山陰、兵庫県の方を飛び回っているらしいのです。そして、その道中でミチさんから、聞いたのがこのお店だったそうです。この辺りには、氏神の力が強いお店は少ないそうで、移動の時にはここに立ち寄るようにしていたそうです。


 それから、私の接客人生にとっては、見過ごせない事実が今回発覚しました。それは、前回ハナさん達神様3人が訪れたときに、私が神様を追い出した原因です。

「実は、あのときあなたが、感情的になったのは、直(私名:弟君)とクシ(私名:ぽわぽわさん)がいたせいもあるかもしれないの。直は、けがはらうのが仕事でね。クシは縁結びなんだけどあなたを我が子のように見ている節があったから。それで直の神力が、クシの慈愛と反発するあなたの心に反応して、あなたの感情を高ぶらせたようなの。気が付いたら手遅れで、説明してもきっとあのときだと信じて貰えなかっただろうから…。本当にごめんなさいね。」

謝られた理由は、そういうことらしいのです。即ち、私がクシさんを変な人だと思えば思うほど、直君は私に見せるクシさんの気持ちをを、穢れとして跳ね返していたようです。だけど、それが、部屋の中に神力とやらを過剰に放出することに繋がって、私の心がそれに恐れ戦き拒絶したみたいです。

私が、短気だからでは無くて良かった。そして、他にお客さんがいなくて良かった。もし、他にお客さんがいたら、どうなっていたか尋ねたら、

「そうね。何か悩んでいたりすると、悩みが深くなったり、考えずにもうやっちゃえという形になるかしら…。オーナーや私達を見ていたら、乱闘ね、きっと。クシを見ていたら、きっとあなたにべた惚れかも?まあ、どうなるかはやってみないと分からないのよ。こういうことって、私が知る限りでは初めてだし。」


 全くもって嬉しくない初めてです。もし、誰かいたら……。とにかく他にお客さんがいなくてよかった。本当によかったと、私は安堵しました。これからも神様が増えていくなら、この混ぜるな危険が起きないようにしなければいけません。特に、クシさんと直君は要注意です。


 それから、コーヒーのおかわりを2杯も注文して、暫くハナさんとお話をしました。どうも神様は大変なようです。

「最近は何でも神頼みよ。その割に賽銭はご縁(5円)とか始終縁(40円)だとか言ってさ、上手く叶わないと結局神なんていないなんて言われるだよ。酷いでしょう。昔はこんなこと無かったし、叶ったら御神酒や神前を持って、報告しに来てくれた人も沢山いたのに。」

と愚痴をこぼされていました。まるで、お酒でも飲んだかのように、こんな話が続き、私はそれに相づちをうつのが精一杯でした。


「私たちに回ってくる、お金は結構減っているんだ。神社そのものも山間では減っているからね。ミチは良いよ。まだ大きく祀られているから、お金があるし。そもそも、男神は私を姐御とか姉さんって呼んで都合の良いところだけ、持ち上げようとするし――。何かあったら尻ぬぐい担当だし。クシが逃げ出したら、姐さんお願いだし。でも断れないしぃ――」

みたいな話を、2時間ぐらいして笑顔で帰って行かれました。何か神様達の知らなくてもよい関係性とか、経済問題とか、性格とか見えてきました。こんなに人間っぽい神様で良いのでしょうか?

私が、

「神様もお金使うんですね?」

って聞くと、

「当然でしょう。ただ、最近は帳簿管理が厳しくてね。少し拝借するのも大変なのよ。そもそも、神主とか私達のこと見えないし……。」

「えっ、どういう?まさか、私にしか見えない?。」

それは困ります。完全に幽霊と話しているおかしな人になってしまいますよ。と、私の考えが、顔に出たのでしょう。ハナさんは、ブンブンと手を振って笑いながら答えます。

「そうじゃないわよ。あなただって、この店の周辺でしか私は見えないわよ。」

「へえ。どんなトリックなんですか?」

「トリックじゃ無いわよ。私達神は飲み食いもするけど、別にそれが必ず必要という訳でも無いの。あくまで、癒やしや娯楽と実地調査と、神道を作るために行っているだけなのよ。そもそも、食事に限らず衣服を買うのが好きな神様も、ばくち好きの神いるわ。私は興味がないから、今も出来るところがあるのか知らないけど。」

ハナさんは一度区切り、3杯目のコーヒーに口を付けてから、続きを話します。

「そういう場所では私達は人に見える状態で存在するの。そうしないと、サービスを受けられないでしょう。だから、そういう場所では誰にでも見えるのよ。」

ハナさんは続けます。


「それ以外の場所では、何かよほどのことが無い限りは、実体を表すことはないわよ。特に神域である社での私達の住処は、この世界で言えばあの世とこの世の間みたいな場所の入り口でね。貴方たちが見ているお社と、私達が見ている神域では全く別の風景になっている訳よ。それで、本題はここからなんだけど、私達は人の空間に入ることは出来ないの。神域では私達神は神の空間だけに入れる訳。一方で、人は神の空間には入れない。もし入ったら……。ここから先は止めときましょう。」

 

 私は、入ったらどうなるかが気になって仕方ありませんが、別の質問をすることにしました。

ハナさんはまた一口コーヒーを飲んでいます。

「では、神社では神様に会えないということですか?」

ハナさんは、

「う~ん。それはちょっと違うかな。そうね。端的に言えば今のオーナーの格好はこの仕事の制服でしょう?」

と、逆質問で返してきました。私は今、ウェイトレス姿です。黒いベストタイプのユニフォームと蝶ネクタイ姿です。おばあちゃん――。祖母の頃は、エプロン姿でしたけど。私がうなずくと、ハナさんは話を続けます。


「私達は、今のこの格好がオフの私服に近いわね。神によってはオフが神域にいるときって神もいるけど、職業?の違いみたいなものよ。で、神域中で人の世界である社に降臨する時には、最上級の正装をして降臨するの。それが神事しんじね。だから、神様降臨の儀があるかとか、その辺も神様によるんだけど、呼ぶには手順を踏んで、神域と社の扉を開く必要があるのよ。それが出来る人が、神職と呼ばれる人……かな?」

私は、先ほどの愚痴から一転した説明に、

「ほう~。」

と感心し頷いていました。何か今の説明は、神様っぽいです。そんなことを、考えているとはきっとつゆ知らずに、ハナさんは話を続けます。

「で、そういうことが無いときには、事務仕事とか、神域やそれぞれの神域を繋ぐ神道の整備をしているわけよ。実際には私だけではなくて、お遣いと呼ばれるものが、ほとんどやっているんだけどね。知ってると思うけど神は、神域や氏神がいる場所以外では、存在が希薄になるから。下々(しもじも)に任せっきりであまり出ない神もいるわ。この辺りは神の裁量ね。」

神様って、結構偉そうな人だと思ってましたけど、結構大変なんですね。俗世っていうんですか普通の人と変わらない気がしてきました。

 

 そして、ウチは一体何人の神様が常連となっているのでしょうか?これを、ハナさんに聞いたところ、「知らないわよ。」

と言われました。このままじゃあ、神様ばかりが来るんじゃないでしょうか?

これを質問すると、

「私達4人は神様と名乗ったけど、普通は名乗んないから分からないんじゃないかしら?ああ、でも他の神様が紹介したら、自分から名乗ってきそうだけど。」

と返してくれました。ということは、ミチさんと、直君と、クシさんと、モウさんに、ウチの店を紹介しても良いけど、私が知り合いというのは言わないでと伝えるのが最優先事項です。ハナさんに、他の4人に伝える機会があったら、その件を伝えて欲しいとお願いしておきました。ハナさんは、快く受けてくれましたが、その代わり今度また愚痴に付き合ってあげることで合意しました。

「まあ、オーナーが神様の知人を広げたいと言わなくてよかったわ。」

「何でですか?」

「それは簡単よ。神ってのはあなた方に対して並々ならぬ興味を持っているからよ。神と知らない人と話すときに、神だとばれるような会話はしないのは、あなたが誤解したような流れになるならまだマシな方だからよ。過去には神の言葉と称して悪事を行った人もいるもの。だから神は人の前で自分を神だと名乗ることはほとんどないの。今回私があなたに名乗ったのは、あなたを、クシが信頼していたし、前のオーナーの孫だからかな。前のオーナーは最後まで私達のことを知らなかったけどね。で、もしも知っている人がいたら、彼らはこの店に来て、あなたと神様トークをしたがるわよ。私みたいに愚痴っぽいのも多いし、クシのような子もいるし癖があって大変よ~。」

と言ってハナさんは私に向かってウィンクしました。

「確かに何か凄そうですね。」

「そうよ。だから、知ってるのが4人ぐらいで良いのよ。本当は私だけだともっと嬉しいんだけどね。」

と、ハナさんはほほえんで残りのコーヒーを飲み干しました。

ハナさんは、お代を払うと

「閉店時間にごめんなさい長居しちゃって。」「また来ます。今度はちゃんと昼間にね」

と言ってから、店を後にしていきました。私は、

「ありがとうございました。」

と言って見送るのでした。



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