神様だって、裏切られれば牙を剝くのです。
あれから時間が過ぎました。梅雨真っ盛りとなった2週間後、おばさんが帰った後、17時過ぎのことです。外は大雨で、時より雷が鳴っています。ミイは水が苦手なので、奥に逃げています。今日は早めに店じまいをしようとした矢先、
チリンチリンとお店の呼び鈴がなり「こんにちは」といってそのお客さんはやってきました。その人は20代ぐらいの女性だと思います。雨なのに真っ黒のサングラスを掛けています。明らかに変な人です。
まこが、「いらっしゃいませ、神様」と応対していたため、私にも神様だと分かりましたが、神様じゃなかったら、サングラス好きな、変な人と認定し、グラ3号さんと認定したことでしょう。えっ?1号と2号、その話はまた今度。
その神様はまこを見ると、「あら、本当に童がいるのですね。」と言ってから、羽織っていたグレーの合羽上下を脱ぎます。どうも、下はパンツスーツの用です。
ちなみに、胸は・・・・・・私の方がちょっとあるはずです。神様は、合羽を入り口付近で脱ぎ、まこが渡したハンガーに掛けると、カウンター席に座り、サングラスを外しました。
「お薦めのコーヒーとケーキセットを下さいな。」と神様はいうと、まこと私の方を交互に見やります。
「そこの童さんと、あなたは、[邪なるもの]と戦ったそうね。そして、撃退したと聞いたのだけど。本当?」
私と、まこは目を合わせ、先にまこが答えます。
「撃退してないですー。消えていただけですー。」
それに対して、女性神様は、
「ウフフフ、面白い童さんですね。邪なるものは、その時獲物と決めたものに対しては、普通退かないわよ。本能に訴えかけるほどの危機感がなければね。まあ、神が邪に落ちるきっかけを除いた、悪心は長く持たないみたいだけど。だから、あなた方のどちらかか、またはここにある何かが、奴を追い詰めたということになるはずなの。何か心当たりはない?」
と言いました。私達は首を振ります。
「そう。」
とその女性はため息をつきました。
何かあるかを、まことケーキとコーヒーを用意しながら考えながら、気になったことを訊ねました。
「あのう、それで神様は何の神様なんでしょうか?」
女性の神様は、あっという顔をしてから答えます。
「ごめんなさい。私は、邪神Jと呼ばれているものです。知神の間ではジェイと呼ばれていますので、Jと呼んで。」
何か、Jって響きは格好いいですよね。オタク研究会だったゆりちゃんが、聞いたら喜びそうな響きだな~と何となく思いました。そんな、感慨に耽る話ではありませんでした。私は、先の質問に答えます。
「Jさん、私達は何もしていません。ただ、まことぬいと3人で寄り添って震えていただけです。」
邪神Jは、
「そう。だとしたら、余計に貴方たちには興味があるわ。邪なるものを怯えて震えているだけで、撃退したとしたら凄いことですもの。とはいっても、悠長に退ける何かがあるから、きっと大丈夫と言うわけにもいかないから。ナオピーにも、ハナにも方法を考えるように言われているし……」
と言っていました。ナオピーというのは、なおび神のこと、直君でしょうか?何か、可愛いあだ名です。
「ナオピーというのは、なおび様のことですか?」
と私が質問すると、邪神Jは
「そうよ。あなたは直君で呼んでるんですって?」
と聞かれ、私は恥ずかしくなり閉口します。邪神Jはそれを気にもとめずに、
「貴方たちに知恵を貸してやって欲しいて、頼まれてね。私も撃退したって聞いて、興味があったし、それなら対処もできそうだからやってきたわけ。そしてら、貴方たちは震えてたっていうから、困っているのよ。」と答えました。
まこが、お菓子屋さんとのコラボケーキを準備して、邪神Jさんの前に配膳します。
そして、私のコーヒーも同じタイミングで準備が出来て、邪神Jさんの前のカウンターに置きます。
そして、その流れで質問します。
「あのう、邪なるものにはどうしてなるのですか?」
邪神Jはコーヒーにミルクと砂糖を入れて、かき混ぜながら答えます。
「そうね。彼らは一言で言えば、忘れられた神や仏ってところね。まあ、この世界では悪魔が、それに近いかな?」
「忘れられると悪者になるんですかー?」
まこが質問します。邪神Jはコーヒーの香りを楽しみ、一口啜ると言います。
「ちょっと違うわね。厳密には、忘れられるんじゃなくて、突然否定される場合に、邪なるものに変わるの。私は邪神だから、長い間人の邪を叶えるために存在しているけど、今の私を見て、悪い人には見えないでしょう。それは、私を崇拝する人がいるからなのよ。崇拝と言ってもお供え物をするとは限らない。邪神も神様だから、ある程度の願いを受けて、それの中からいくつかをランダムに昇華するのが、私達神の仕事。もちろん、全部じゃないし、世の摂理に沿ったものに限るのだけどね。まあ、災いを神に頼らないで、自分で行う人もいるから、心から崇拝している人は僅かなんだけどね。それで、ここからが本題……」
ここで、ケーキを一口食べ、コーヒーをさらに一口啜ると邪神Jは話を続けます。
「邪なるものになると、神として、誰かのお願いを叶えることはなくなるの。」
「・・・・・・」
「もし、神が誰からも存在価値を求められなくなったら、それ以上に批難されたら、神は神であることが出来と思う?そうねぇ。分かり易く言えば、このお店にお客が来なくなると、あなた方はお店をたたむでしょう。では、このお店に嫌がらせをされたと、あることないこと言われたらどうかしら……」
私とまこは、
「嫌ですね。」「かなしいですー」
と答えると、邪神Jは再びケーキを一口食べて話を続けます。
「そう、その延長線上に邪があるのよ。人が私に願うのと似ていると言えば似てるわね。ただ、神がそうなる場合は本当に、邪な行動を取るわけ。そうね、例えばどこかにお社やご神木があったとして、それまで神として信仰してきたところがあったとするじゃない。そこを拠点に生まれた神は、その周囲の願いを必死に叶えるために奔走してきたの。だけど、あるときを境に忘れ去られ、最後にはそんな木は神木じゃない切ってしまえって、処分されたとしたらどうなる?」
まこが、「それは神様でも怒ってしまいますー」と答え、私もそれにうなずきます。
「私達神様というのは、人の前には人としての形をして現れるけど、動物にも邪神信仰はあるの、だから他の生き物から見れば、私の姿はその生き物に見えるわけ。ただ、他の生き物は神を複数崇めたりはしない。だから、神が祟り者になることなんてほとんどないのよ。でも人は、時によって多くの神や仏を崇めてきた。そして、その中で一部の神を世の中に都合の良い形に変えて利用してきたの――。」
、
人の社会では、役目を終え廃れた神の一部が消えていくことも多かったそうです。それに留まらず、一部の神様は信仰そのものが、変わる事も屢々あったようです。神力が残る中で、突然人々に悪い神と否定されてしまったり、本来すべき神域への礼をせず汚されてしまったことも。神力が残っている間に、強い負の感情を浴びると、神様の神力は邪なるものの負の感情へと変異するんじゃないかというのが、邪神Jさんの考察みたいです。邪神Jさんは、人が人になるより前からいるみたいです。
「彼らは、自分が神であることは覚えているの。だけど、何の神様だったかは忘れているわ。そして、深く憎しみに染まると、彼らは元の姿には戻ることがないまま、次第に弱っていくみたいね。」
私はそれを聞いて、不安になり、質問する。
「それじゃあ、弱っていくまで待つしか無いんですか?どれぐらい掛かるんですか?」
邪神Jはケーキを食べ干して、コーヒーの残りの一口を飲み干す。
「彼らが消えていくまでの時間は、そのものが受けた代償に依存するの。あなたのところに来て、あなたの童にも怒りをぶつけようとした奴は、噂によるとあなた方人間の時に換算して、100年とは言わないほど以上に住処を奪われているわ。それでも、あなた方を消したいというだけの力を持っていたと聞いたから、無害になるまで少なくとも、300年とか400年ぐらいは掛かるんじゃないかしら。」
私は、この話を聞いて愕然としてしまいました。300年じゃあ、もうぬいに会えないじゃない。青くなる私の顔を心配したのか、まこが
「お姉様大丈夫ですか?」と心配する。
私は、「大丈夫」と作り笑顔をまこに向けると、邪神Jにもう一つ大事なことを聞きます。
「倒す方法は他にありますか?」
邪神Jは口周りをハンカチで軽く拭いて答えます。
「そうね。倒すというのはあれだけど、まあ貴方たちのやり方で言えば、お祓いってあるじゃない。それを、汚された神域で行えば少しは効果があるかもね。それから、汚した人を生け贄にするとか?そういう方法が昔は怒り狂った神を鎮める方法として使われていて、それなりに効果があったと思うわよ。後は……。」邪神Jは暫く考えた後で、「他には人や神に出来る方法は無いわね。」といって、話を締めくくりました。
邪神Jはこの後私達の右手を握って、対抗できる力があるのかどうかを計っていましたが、結果は残念ながらなしでした。対抗する力って、一体どんな力なのでしょうか?それを訊ねたのですが、うふふと笑ってごまかされました。
邪神Jは、お勘定をの際に、
「私が知っていることは、伝えたけど、邪なるものになる過程には、まだ分からない点がいくつもあるのよ。いくら、追われた神でも、皆がそうなる訳じゃないの。何か相当な未練や心残りでもあるのかもしれないわね。」
と言い残して、去っていきました。結局お店の中には、何も邪なものを退けるものは無かったようです。