優秀な人は、頼るのも頼られるのも優秀な人です。
今日は、まこと私と二人だけでの営業です。伯母さんは、伯父さんが言った通り、来ることもなく、私とまことで12時~16時の忙しい時間帯も切り盛りします。
以前は一人でやっていたこと、そしてまこが当初より、出来る子に育ったことで、一人の時よりは遙かに楽にお仕事が捗っています。
時々、まこがオーダーを忘れることもありますけど、今のところ知っている相手で、すぐに確認に戻るので、問題にはなっていません。調理中でなければ、新しいお客さんは、私が対応するようにしていますから。というより、まこの方が私よりお客さんに好かれているんですけど。ちょっと、嫉妬しています。
そして、今日も終わりという18時直前にその人は、性懲りも無くやってきました。同い年の中田由美子さんという警察官さんです。今日は、17時59分でした。今日は、さっさとご飯を食べて、寝たかったので、そとの看板を掛け替え、入り口の鍵を閉めようとしたところで、「滑り込みセーフ」とか良いながら、足を扉に入れて強引に入ってきました。
そして、「ブレンドコーヒー、サラダ、適当、パフェ」とオーダーを早口で、言いやがった。ちなみに、適当というのは夕食として食べられる適当なものという意味です。前回から登場したオーダーシステムです。
時間は17時59分です。以前ウチのお店のオーダーシステムについて説明していたことが、運の尽きでした。
私は、
「チッ」
っと影で舌打ちをします。既にまことミイは居間に戻っていましたが、まこは声を聞いて戻ってきました。
「いらっしゃいませー。」
と、笑顔で応対します。その無垢なやる気を分けて欲しいと思う日が時々あります。
私が、「良いんですか。ここに来てもー?」と問います。中田さんは、何も言わずにカウンターに座ると、
「あーづがれだぁーー。」と一言を発します。
そして、そこからは、マシンガントークです。私が、オーダーを用意するまで、続きます。
上長の悪口と小山さんの悪口が続くのです。
そして、一通り愚痴った後に、お食事タイムですが、今日は私とまこと、ミイも一緒に、テーブル席で食事をします。中田さんに言ったら私も無理に入ったからとOKを貰えたので、一緒に食事です。ちなみに、中田さんはミイの食べ方を見て、
「ウワォー。ファンタスティック。」
と目を丸くして言っていました。そして、
「本当にネコなの?」
と2度3度訊ねてきました。まこがそのたびに、
「ねこですよー。中田さんはねこもしらないのですか?」「目が悪いんじゃないですか?」と、日頃のまこにはない毒舌っぷりが炸裂していました。そういえば、一緒にご飯を食べるとなったときから、少しまこの機嫌が悪いような気もします。まあ、気のせいでしょう。
夕食は、私とまことミイは、ご飯味噌汁、煮魚という和食です。
そして、中田さんは、海鮮パスタです。これにコーヒー・サラダ・パフェも用意していますが、中田さんは私達が和食メニューを食べていることもあり、物欲しそうにしながらパスタを啜っていました。ズズズーと音を立てて。食事の間は、料理の話、まこの不機嫌、中田さんの仕事の愚痴、そして、世間の話題でそこそこ盛り上がりました。
そして、コーヒータイムに昨日の話がやってきました。
「ああ、そうそう。昨日の件もあって、私がこの店に来なくなるかもって心配しているだろうから、言っとくけど、これからもこの時間に来るから、そこんとこよろしく。でも、重大な話をされたら、小山さんに報告しないといけません。」
中田さんは、敬礼をして、笑いながら言います。
「大丈夫なんですか?」
「何が?そもそも、友人の店で食事しているだけ、特別サービスもないよね?」
「は、はい。」
「ほら、問題ないじゃない。何より私は、小山さんのように、近づいたり離れたりが苦手です。知りたいならそっと距離を置くより、近くで、一緒に食事をしながら待っていた方が、効率が良いと思いませんか?」
という、何かよく分からない力説が始まりました。
「はあ」
「喋りたくなったら側に居た方が喋るチャンスは多いでしょう。後は、如何に打ち解けて聞き出すかだよね?」
といわれ私の毒舌虫が疼きました。
「でも、妹達には、最初打ち解けて貰えなかったんですよね。」
追い打ちでまこが、
「中田さんは、空気読めないからですー。ウザいです。」
と言われて、倒れ伏していました。
私は、一つ中田さんにたずねます。
「小山さんが言ったことですけど。中田さんも私が中田さんに頼ってくれたら嬉しいですか?」
と訊ねます。すると、
「私は、無理。むしろ、私が頼りたい感じかな?」
と真剣な顔で、きっぱりと答えます。
「まこちゃんと、ぬいちゃんを見た時と、最初に署でオーナーと話をしたときに、私は悟っちゃいました。この人、妹だけじゃなく、私や小山さんまで守ろうとしているんじゃないかって。」
いえ、それは大げさです。私はただ逃げ出したかっただけです。そして、説得されただけです。
「それはありません。あのときは必死だっただけで――」
「それが、大事なんですよ。何より、昨日のあれは凄かったですよ。小山さんにあの態度で立ち向かうことはなかなか出来ないよ。ただ、欠点も分かちゃった。」
欠点。
「欠点って?」
「それは、頼れない。説明できないと思い込んでいること。」
私が首をひねると、
「人ってさ。自分がしなきゃしなきゃって思うほど、周りが見えなくなって、周りに説明できなくなるんだよね。何だろう。自分じゃなきゃ、自分が頑張らなきゃ、全部終わりって思うのかな?私も、昔何度かそういうことがあってね。仕事抱えちゃって、でもね。その時に私の上司でも無かった小山さんが、たまたま上司の所に来ていて、私を見ていたみたいなのよね。それで、突然私の所に来てね、俺も若い頃に仕事貯めて、上司に怒られてって話をされてね。あの人、作り話が上手いから、今思うと本当かどうか分からないんだけど。」
うふふと中田さんが笑い、頭をかきながら、話を続けます。
「私は直接、自分を見ることは出来ないけど、あの時、私が私を見たら、こんなだったかなー。似てるなーってっさ。何かそう思えて来たのよ。」
中田さんは遠くを見るような視線になった後、私に微笑んで、言葉を紡ぎます。
「で、今はここで愚痴るのよ。そのパワーで、出来ない仕事を出来ない。遅れている仕事を、手伝ってっていうわけ。評価が下がらない程度にね。でも、まあそれが出来る私は幸せ者ですよ。出来ない人、言っても聞いてくれない上司も世の中には沢山いるってね。」
私はその話を聞いて、今までの私の行動を思い出していました。中田さんは、さらに続けます。
「私なんて、ただ自分の仕事の話だし、自分の出来が悪い。報告連絡相談が出来ないから、自業自得なんだけどさ!。でもオーナーの場合は、もっと複雑そうだから、言えないこともあると思うのよ。でも、言えることを探して説明するのは、した方が良いんじゃないかなって。頼って欲しいって言ってくれる人には、頼った方が得なんじゃない?それで、お前が頼ってくるからだーって文句言われたら、あんたが頼れって言ったからだーって、言い返せば良いじゃん。後は、言いたくないところをどうやって、濁すかだよね。そんな感じかな?どうかな?これ参考になった?」
私は、その話に頷き答えます。
「うん。参考になりました。」
中田さんは、
「宜しい。じゃあ、今日はこの有り難いお話が、食事代と言うことで帰ります。」
「それは、駄目です。お金払ってくれないと、小山さん呼びますよ。」
「むせんいんしょくはだめですー。やっぱり中田さんは嫌いです。」
と、まこにも言われて、落ち込む中田さんを見て、私は笑うのでした。