何事も、適度に味方を作り信じないと、暮らして行けません。
私とまこは居間で、伯父さんと伯母さんに向き合っています。小山さんが帰ってから、話を戻すほどの時間は経っていません。数分後に、通りに面したお店とは反対の、裏側にある自宅の玄関からチャイムを鳴らしてやってきたのです。話が聞きたいそうです。私としては、伯母さんの裏切りもあり、話すことはないのですけど。私と伯母さんの間には、微妙なすきま風が吹いていました。伯父さんにはとりあえず居間に上がって貰います。まこを他の部屋に退けようとすると、
「4人で話したい。」
と伯父さんに言われ、まこも私の隣に座りました。
まこは、
「お腹すいたですー。」
と言っていたので、牛乳を小さなコップに1杯飲ませました。
これで、30分ぐらいは大丈夫です。
4人が座るとすぐに伯父さんが、
「俺たちにも、本当のことは話せないのか?」
と私に訊ねてきました。目つきはいつも以上に真剣です。
「話しても、信じては貰えません。それに・・・・・・」
私は、まこの方に目線をやります。
「まこやぬいをここで守れるのは、私だけです。」
するとまこが、私の方を向いて、
「まこだって、ぬいの分までお姉様をお守りするですー。」
私は、
「まこ、二人でぬいが戻ってくるまで、一緒に頑張りましょう。」
と答え、伯父さんの方を向きます。
伯父さんは、頭をかきながら、
「言いたいことは分かったが、そういう意味じゃねえんだよ。お前はこの3人の中で、まこしか信じないのか?ってことだ。」
伯父さん、ここで深くため息を吐きました。
「お前がそんな覚悟だと。まこはもちろん、ぬいも、この家も、店だって守れねえかもしれねえぞってことが言いたいんだよ。分かるか?」
私には、何が言いたいのか分かりませんでした。
「私やまこを引き離すということですか?」
伯父さんは、
「そうじゃねえが、結果的にそうなる可能性があると言ってんだ。婆さんも、俺たちもお前と距離を置きすぎちまったかな~。」
と少し悲しそうに言います。私には何も間違いはないはずです。脳内会議でも、全会一致10:0で私にミスはない、童の秘密を守っていると判断が下されました。きっと、童の秘密を知らないからそんなことがいえるのです。私は
「伯父さんや伯母さんには悪いと思っていますが、まことぬいと私の関係は、誰にも教えてはいけないことになっています。」
と、宣言します。信じてくれるとしても、言ってしまえば巻き込むことになるでしょう。神様の逆鱗に触れるかも知れません。間違っていないはずです。
「そうか?そこまで言うなら――。」
伯父さんはそこまで言ってから、私の左頬を平手でぶちました。パシッと乾いた音が響きます。まこが、いつもひょうきんで、優しい伯父さんの怖いほどの顔を見て、驚いています。私は伯父さんをにらみ返します。
「お前、今、自分が全部正しいと思っていい気になってるだろう。そりゃあそうだ。俺たち夫婦にも警察にも、お前が抱えている問題を、これっぽっちも話して貰っていないからな。」
「・・・・・・」
「お前とお前が信じているまことぬいと、ぬいを、匿っているという人が、今のお前の対等な話し相手なんだろう。それが何かは知らんが、俺たち夫婦よりたいそう立派なんだろう。」
私は、痛む頬を抑えながら、視線をちゃぶ台のコップに落とします。ここで伯母さんが口を開きます。
「何か私達にもいえないことがあるのは、分かっているわ。そして、それがまこちゃんやぬいちゃんのためで、彼女たちを守りたいからこそだというのも分かるの。でも、ぬいちゃんは今ここに居ない。そして、どこに居るかも言えない。連絡先も分からない。それって、何。」
伯母さんも、私と小山さんの話を聞いていたようです。そして、伯父さんが言います。
「まるで、子供のヒーローごっこだな。」
伯父さんは、
「ヒーローの葛藤って知ってるか?」
と言って、私の反応を待ちます。私は、伏せていた目線を一瞬伯父さんの方に向けて、
「知りません」
と答えます。伯父さんは、それを聞いて話を続けます。
「正義の味方ってのは、弱気を助け、悪事を暴いたり、倒したりする子供の憧れだ。だがな、大人になって正義の味方になれる人は、実はいねえんだよ。一人もな?知ってたか?。俺の右手が痛いのとお前の頬が痛いのも同じだよ。大事な人を叩けば心が痛むもんだ。それが、そのとき俺にとって一番正しい選択だったとしても、後になってよくよく考えてみりゃあ、間違いだったってことは屢々だ。」
「・・・・・・」
「俺はヒーローじゃないが、ヒーローには大きく2つのパターンがある。一つはそれあこがれて、本当に自分が正義だと思い込むタイプだ。自称ヒーローだ。男の子だと戦隊とかあれがそれだろう。悪い人がいて、悪いことをする街の人を助ける。典型的なヒーローだ。強くて格好いい憧れだよ。
女の子なら、王女様とか、魔法とか最近は戦隊ものもあるようだがそういうのだ。子供があこがれるヒーローだよ。
もう一つは、結果的にヒーローになる人だ。自分では、ただ周りを見て、正しいと思う行いを学び、葛藤しながらこつこつとやってきている。でも、気が付いたら周りの人が、この人は素晴らしいと言ってくれる。人徳があって、騙されもするかも知れないが、結果的に人に助けられ、最後は多くの人を助ける側にいつのまにか回っている。そんなヒーロー。」
私は、ここで一言言います。
「1つ目のように自分が正義だと思えばなれるじゃないですか?」
伯父さんは、それを待っていたかのように答えます。
「お前、人が目の前で弱っていくのを見ていられるか?それを放置できて、時には自分を悪く言う人を、倒せるか?粛正出来るか?」
伯父さんは、何を言っているのでしょうか、私は、
「出来る訳無いじゃ無いですか?」
と言います。
「悪い奴を倒したら、お前はそいつらの家族から見れば、敵だ。悪いことをしている相手でも、やり過ぎたら、お前はヒーローから犯罪者に落ちるんだよ。自称ヒーローってのは、叙事詩だ。英雄や神様を一人でも見立てることで、そこまでに起きた粛正は、今の繁栄した国家とか、街とか国とかそういう大きなもののために必要で、良い行いだったと言うのが、このヒーローだ。おとぎ話じゃない現実のお前が選びたいヒーローはこれなのか?」
私は息をのみます。
「お前は、近くに誰も味方がいないと思っているなら、お前が正しいと思っている人が、お前に間違いを指摘してやらない限り、お前はお前の中の正しさだけで、まこやぬいを守り続けることになる。それは、本当にお前のヒーロー像に見合う相手なのか?もしかしたら、ただお前を誑かして喜んでいるだけの相手じゃないのか?そうなると、お前の正義は、ここにいるまこも守れず、家も、店も守れねえだろう。」
私は、
「それでも、私は――」
伯父さんは手で制して言います。
「今日は良い。暫く自分で考えろ。それから、答えが出るまでこいつは休ませる。二人でそのぬいを預かっている人にでも相談して考えろ。お前が言っていることは、そういうことだ。俺たちでも、警察でも、店の常連でも、地域でもなく、俺たちからみりゃあ得体の知れない人を信用していているんだ。その人がお前を裏切らないなら、きっと良い答えをくれるさ。もちろん、お前が俺たち夫婦に頼るなら俺も、こいつも相応の覚悟するさ。お前がそこまで、隠す相手なんだからな。」
伯父さんと伯母さんは、ここまで伝えると、帰って行きました。
私は、まこと店の残り物で簡単な食事をすると、さっさと休むことにしました。この二日、いろいろありすぎて疲れています。昨日のこと、今日のこと、そして伯父さんの言ったこと、小山さんが言ったことを考えながら、眠りにつきました。