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一号さんとウシさん

 それから、2週間、この間、私は近隣の新聞折り込みにチラシを入れました。また、学生時代の友人に、連絡を取ってみたりもしました。その結果、一日の来店数が二桁にはなりました。それでも、まだ一日の半分以上閑古鳥が、鳴いている状況で、黒字化の道はまだまだ暫く先になりそうです。はい。


 そんなある日、あのお客さんがやってきました。通称:一号さん。新装あおばにやってきたお客さん第一号です。今日は、お連れの人がいます。ちょっと変な格好で、某有名食べ歩き芸人のいっしーちゃんのような牛柄のロンパースを着ています。一号さんは、前回と同じステッキがステキなんちゃって。

「いらっしゃいませ。」

私が、笑顔で迎えると、一号さんも

「やあ、前回、大変そうだったので、今日はうちの専属運転手を連れてきました。」

とにこやかに答えてくれました。

「ご心配していただき、ありがとうございます。ちょっと前まではお客さんが全然来なかったのですけど、最近は少し希望が見えてきました。」

私が、答えると、

「それは良かった。このお店は、私がこの町で唯一くつろげる場所ですから、私に出来ることがあれば、いくらでも協力しますよ。その第2弾が”これ”です」

と、まるで物のような言いぐさです。背中をバンバン叩かれている、いっしーちゃん(仮)は、一号さんをにらみつけています。

「お前、叩きすぎなんだよ。いてえだろうが、クソインテリマジメ。」

と、何とも粗暴な発言が飛び出しました。


「君は口が悪いのだよ。だからその口の利き方を改めろと、何度も言っているでは無いか?それにくそとは何だね。真面目なことは良いことだろう。だいたい君はいつもいつも……」「だから、お前と一緒に行動するのは嫌なんだよ。くだくだ煩いんだよ。」「だから、その口の利き方がだな。」「はいはい、分かった、わかぁったよ。」「ハイは一回。」「はい、はい、はい……。」……


読みにくいですか?それが正解です。この二人の掛け合いは、漫才のネタみたいに暫く続きました。

私は、前回の一号さんの雰囲気とは違う、この流れに呆然としてしまいました。あまりに、息の合った掛け合いだったからです。中身は、幼い子供の喧嘩のようでしたけど。


前回、一号さんは格好いいおじさまの印象だったのだけど、今回は、ちょっと頑固な親父さんみたいだな~なんて、ぼうっと見ながら考えていました。一通りの掛け合いが終わったようです。一号さんは、まだ何か一人ぶつぶつと言っていますが、いっしーちゃん(仮)っぽいロンパースの人が、勝利たようです。いっしーちゃんさん(仮)は、私に顔を向けると、

「すまんな嬢ちゃん。煩くして、ああ俺の名は【モウ】と呼ばれてる。今後はちょくちょく来るんでよろしくな。」私はうなずきます。「そんで、オーダーだったな。俺はミックスジュースと野菜サラダで。ドレッシングは何がある?」

「ええっと、和風ドレッシングです。あと、ごまドレッシングとマヨネーズなら用意できますけど――」「じゃあ、和風で。」

かしこまりました。いっしーちゃんさん(仮)改めモウさんは、オーダーを伝えると、今度は一号さんの方に向いて、「お前のオーダーはどうすんだよ。クソマジメ」「だから、本当に口の利き方をだな……」「だからオーダーだよ。オーナーの嬢ちゃんが困ってるだろう。」

それを聞いて、一号さんは私に目を向けます。

「おっとこれは失礼。オーナー。この者といるといつもこうなってしまってね。すまない。私は前回と同じでトーストとブレンドで頼むよ」

「はい。かしこまりました。」


私が、コーヒーの準備をしていると、一号さんが、

「そういえば、彼女たちが来たらしいね。」

彼女たち?誰だろうか?最近は、何人か新しいお客さんが来ています。だから、これという人はすぐには、思いつきませんでした。

「追い出された神様の三人だ。」

モウさんが、ニヤニヤ笑いながら、私に言いました。

「あっ」思い出した。私が宗教の勧誘と勘違いしたOL姉さん、ぽわぽわなクシさんだっけ、あとは弟君だ。

「思い出したかい?」一号さんが言いました。

「あれは、一号おじさまが紹介されたのですか?」

「そうですよ。」「おい、一号おじさまって誰だ――」一号さんとモウさん。同時に二人の声が重なります。

「あのぅ――」「お前、人には礼儀正しくとかいっておいて、自分は名乗ってないのか?」

私が、一号さんに言葉を返す前に、モウさんが、一号さんに詰め寄ります。


「別に名乗るほどのものじゃないでしょう?」「いや、頻繁に来るつもりがあるなら、名乗っておくべきだろう。前のオーナーの孫なんだろう。じゃあ、今後も付き合いが続くのは分かってるだろうが、だからお前は、マジメにクソがつくんだよ。」「名乗ることと、真面目は関係ないでしょう」「いやいや、どうせお前、店に何回か行くまで、名乗る気が無かったんだろう。3回か?5回か?」「くぅ……」「ほら見ろ、くそ真面目で機転がきかないじゃねえか?それでよく神やってんなぁ。」

一号さんは、悔しそうな顔をしてぷるぷる体震えています。一方で、モウさんはしてやったりと、勝ち誇った表情で、私に向かって言いました。


「こいつは、一号?おじさま?。ぷぷっ。でもいいんだけど。フフフ。ミチとかミッチーとか、クソマジメっていってやりゃあいいから。おれはモウね。それと、聞いて良いかな?一号って何?機転が利かないから人造人間か何かに似てるって事か?」

モウさんは、結構早口ですが、おじさまという言葉がツボにはまり、おかしいようで所々で笑いながら、一号さん改めミチさんの方をチラチラ見ています。一号さん改め、ミチさんが復活してフォローしてきました。

「君は、しゃべるのが早すぎるのだよ。私から説明する」「おう、よろしく」

「私が、この店の新装開店第一号だったから、一号さんと呼ばれるようになったのだよ」

「何だ。そんなことか……この店で機転が一番利かない意味の一号じゃねえんだな?」

二人の間では論戦が続いています。

私は、引きつった笑顔で、彼らの会話を聞きながら、注文の飲み物と料理を準備しました。

……


オーダーの品を出したあと、私はお二人の神様と少し話をしました。

「それで、お二人は本当に神様なんですか?」

モウさんが答えます。

「いや俺は、神様じゃねえよ。俺は、こいつを目的地に送るのが仕事のおつかいだよ。この世界ではこの参道を登った先にある神社の境内に撫牛なでうしというのがいるだろう。あれが俺ってことになるかな。ちなみに、俺は病気を治したり出来ねえよ。撫でられるの嫌いだし、こいつの事も嫌いだし。」

何か、凄いこと言っちゃってるのですけどこのウシさん?じゃなくてモウさん。

そして、ミチさんというのは、即ちそういうことですか?ミチさんの方を見ると、遠い目でうなずきながら、語り始めました。

「私も、生前は祀られるほどの者じゃなかったのです。貴族の三男ですし、ちょっと好きなことに力を入れたら、都落ちでしたし、まあ神様になってからは、人々の勉学の願いをかれこれ1100年ぐらいですか聞いて回るのが仕事です。で、その時にお供として連れるのが、このものです。そもそも、このものを連れる気は無かったのですけど、何故か連れることになりました。」

と言って、コーヒーをすすります。

今度はモウさんが語り出す。

「まあ、こんな話が出来るのは、この周辺じゃあ、この店ぐらいのもんだよ。昔はもっと沢山あったんだぜこういう憩いの場がよ。まあ、人間が俺たちの正体を神関係だと知っているケースは……俺が知る限りだと何百年単位でねえ気がするが……」

モウさんが何か重大なことを言ったような気がしたのですが、私は聞き返すのが怖くて止めました。モウさんは続けます。

「最近はジェーンだったか、シーンだっだかっていう店が増えて、愚痴をこぼせる場所もねえんだ。ああいう店は、俺らお遣いは入れるが、神は入れないからな。」

もうさんは、そこまで話すと、サラダをむしゃむしゃと食べ始めた。

私は、それを聞いて新たな疑問を投げかけます。

「全国チェーン店?ですか。」「おう゛。」

モウさんが食べながら答えます。私はさらに続けます。

「それが、何故ダメなんですか?」

それには、ミチさんが答えてくれました。

「それはですね。その手の店には氏神うじがみがないからです。」

「氏神?」

モウさんが今度は答える。

「その地に住む先祖の霊、まあ一種の仏などから派生した神だ。地霊を鎮めて豊穣や安寧を願うのを引き受けるそれが氏神だ。ただ、この神は神力しんりきの源でしかないから、神様と呼ばれるものそのものとはまた違うんだ。何て言うか、神様の元気?みたいな力の源さ。」

一端区切って再びモウさんは喋ります。

「神は特別な場合や特別な神、神事を除いてその氏神の力が一定以上ある場所でしか実態を示すことが出来ねえのさ。地鎮などをしても、氏神が宿るわけじゃない。単にあれは清めだからだ。氏神の神力が集まるのは、社を正しく祀った場所と人が人生を営む場所の[もの]に宿るんだ。そうそう、俺たちの世界じゃあ仏も神も関係ねえよ。嬢ちゃん達は知らないと思うけど。神と仏が喧嘩することも……。まあねえな。どっちも似たようなもんだし……ああ違うのがいるな、言葉が通じねえのが多いクリストなんちゃらってのは、俺は苦手だ。」

へぇ~なんて思ってしまったけど、良いのかなこれ。きっと宗教団体から問題だって言われそうな気もするんですけど。ミチさんが、モウさんの言葉を補うように続けます。

「我々は、神仏分離の前からの神ですからね。まあ、教育や政治の姿勢が変わることで、世の中のタブーも変化するというぐらいで見て貰えば良いですよ。だから、それ以降に産まれた神域……失礼、社とか神社に住むものは、また違う発想を持っていますし、我々も不満に思ったりはしません。いつの時台でも、そういう流れはありますからね。それから、クリストではなく、キリストです。数百年前には沢山日本の方もいましたし、今でも日本の方はいますけど、時より言葉が通じない方もいますのでそれがこのものには、苦手なようです。もともと牛ですから。」

私にとっては、斜め上を行くような話でした。

それから、暫く神様の有り難い歴史のお話などを受けました。モウさんがその都度、そんな話は聞かなくても良いとか、お前はだからクソマジメなんだと言われては、話が脱線していました。


詳しい話がないのは、私が忘れてしまったからです。


「さてでは、そろそろ参りますか?」

「おう、じゃあまた来るぜ。嬢ちゃん」

「それから、最後に一つ忘れていました。先日は、他の神がオーナーを不安にさせるような軽率な事を言ってしまい申し訳ありませんでした。」

ミチさんと、モウさんが頭を下げました。

「いえ、接客で取り乱すミスをしたのは私で、追い出すようなマネをしたのも私ですから、神様は悪くありません。」

私が、頭を上げるようにと言うと、モウさんが答えます。

「そうは、行かねえよ。くそ真面目のやろ……、神やそのお使いといえど、少なくとも敬称をもって敬われる存在ちゅうのは、頭を下げるべき時には下げるべきなんだよ。神にしても、現世の人様に嫌われちゃあ俺たちも存在出来なくなっちまうからな。だから、この謝罪はそれでしっかり受けて欲しい。」

なるほどと思いつつも、私は、その言葉を聞いて、

「はい。受けますので頭を上げて下さい。」と答えました。

「ありがとうございます」

とモウさんとミチさんは言って、頭を上げ笑顔を見せた。

「そう最後に一つ……」「最後ってまだあるんかい!」「ぷふっ」

私は絶妙なこの二人の掛け合いに吹き出してしまった。本人同士は嫌っていても、実は仲良しに見えます。

「これが本当に最後ですよ。あの、彼女が近いうちに謝罪に来るはずです。神様だと言って混乱させた彼女がです。」私は軽くうなずくと、

「オーナーさんは私を一号さんと呼んでいましたけど、彼女達は何と?」

「ええっと、OL姉さん?ぽわぽわさん、弟……」恥ずかしくなって、尻切れになっていきます。

「ぶふっ……わはははっ。OLねえさん……ぽわぽわ……はっ腹がイテえ・・ぽ……わ」

モウさんが、大爆笑です。一方、私の顔は真っ赤です。

私は、幼い頃から暇なときにお店を手伝っていたり、おばあちゃん、祖母の側にいたため、人を見て服装や仕草でその人の名前を考えることが多かったのです。こうやって、人というか神様に喋るのは初めてです。まあ、神様じゃ無ければ絶対に言わずに、あの世まで持っていったはずです。


ミチさんは笑わずに

「彼女は、ハナと言います。そう呼んであげて下さい。それから、男の子に見えるのが垂直の直と書いてなおです。後は、ちょっとおっとりした雰囲気の女性が、クシと呼ばれています。覚えてあげて下さい。ではまた失礼します。……ほら、いつまで笑っているのですか?人を笑ってはいけないとあんなに言ったというのに、ほら行きますよ。」

ミチさんは、モウさんを連れて店を去って行きました。

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