恨み辛みは、人でなしへの第一歩。
そのお客さんは、スーツ姿で、黒縁メガネのひょろっとした男性で少し白髪の交じったぼさぼさの髪でした。40代ぐらいでしょうか?もっと老けていると言われればそんな気もしますし、若いと言われればそんな気もします。眉間にしわを寄せ、目つきはとても鋭く、射貫くように私を見ています。雰囲気として誰も寄せ付けるものかという雰囲気を醸し出しています。
男は、何も言わずに、カウンター席に座ると、立ててあるメニューを手に取り、何も言わずに、コーヒーの一つを指さしたあと、
「くれ」
と低い声で言いました。
時より私を値踏みでもするようなそんな視線を感じます。
私がコーヒーを入れる間も、ずっと鋭い視線を私に送り続けていたので、
私は「何か?私の顔についていますか?」と聞いて見たり、
先ほどのひょうきんなお客さんが帰った後から、ザアザアと降り出した雨の話を持ち出して、
「今日は変な天気ですねぇ?」という話も出して見たのです。
「お仕事は何ですか」みたいな話もしてみたのです。
「コーヒーのお味はどうですか?」という質問も。
だってずっと私を見てるんです。何かこの人雰囲気が怖いんですよ。
まこ、ぬい、伯母さん、ミイ、この際、他のお客さんでも、面倒なクシさんでも良いから誰か来て。
まことぬいは、お食事中、ミイは水というより、雨が苦手なようで、雨の日は椅子の所にはやってきません。伯母さんは、今日は家庭事情でお休みです。
そんなときに、まこが食事を終えて陽気にやってきました。
「ふんふふぅ~ん♪お姉様、お客様ですかー?」
って、言うところでまこの動きが止まります。
「神様??……神様じゃないですー?誰ですー」
まこは、はてなを頭に浮かべて、笑顔で考え込んでいます。
男は、まこに一瞬目を向けたあと、私の方に目を再び向けます。
すると、今度はまこの後から、ぬいの声が聞こえてきます。
「まこ、ちょっと邪魔。のけよ。」
と言って、まこを右手で横に寄せて、ぬいが出てきます。
男は、ぬいを見た瞬間に口を開きました。
「探したぞ、童。」
私はぬいの方を向きます。しかし、ぬいは男と面識がないようで、
「おっさん。誰?」
と質問しました。
「忘れただと、俺を裏切っておいて、……ある俺を。」
男は、喋りながら、右手を沿えていたコーヒーカップを握り潰します。パリーンという音が男の声を一部かき消します。先ほどより、得体の知れない恐怖心と威圧感が強まった気がします。男は、カウンターから立ち上がると、店の出入り口側にあるレジの横からスタッフエリアに入ってくる勢いです。
私が、ぬいの方を見ると、ぬいの顔が、みるみる青くなっていき、脚ががたがたと震えているのが分かりました。まこが何かを察したようで、ぬいの前に立ち庇う体制のようです。
男は、ゆっくりとカウンターとの境目に向かって行きます。ぬいとまこは、一歩退きます。これはマズい状況なのは間違いありません。男はさらにぬいとまこに近寄っていき、突然ぬいに向かって飛びかかってきました。それ見てまこがぬいを庇うように強力で、受け止めます。私も、すぐにぬいを私の側に引き寄せます。
「お客様?うちの店員……妹が怯えていますので、近づかないでいただけますか?」
と私はやっとの事で絞り出した声を震わせながら言います。
「店員?妹?そいつは俺の童だ。俺を裏切った童だ。そいつを寄こせ。」
と言いながら、ぬいをにらみつけます。ぬいは、目頭に涙をためながら、首を振っています。どうもこの男と、ぬいにはただならぬ関係があるようです。
「ぬいとまこは、お姉様を守るための童なんですー。あなたの童ではないんですー」
まこが、男の腕を押し返そうとしますが、体格差があるからか、押し返せないようです。それより、男の嫌な気配が突然大きくなりました。まこが危ない……。
「まこ!」
私は咄嗟にまこと男の間に入り男を突き飛ばします。男は、私の不意打ちに2~3歩後ろによろめきますが、すぐに立ち直ります。私は、男に背を向けると、まこをぬいを包むように庇います。
この男は神様とは何か違い、得体の知れない何かがあるような気がします。あのまま、まこが男と触れていたら、まこは押しつぶされていたかも知れません。
男のしゃべり方が、先ほどとは変わりました。低い声から、高めの男性の声です。先ほどに比べると、少し優しい雰囲気にも感じます。目つきも変わっていますが、嫌な雰囲気は先ほどより強くなっています。
「キミは、神である僕に楯突くつもりかい?僕はそこにいる童一人を返して貰えるなら、それで良かったんだが……どうだい。これは最後のチャンスだよ。」
私は、神と名乗った男の方を向くと、にらみつけながら、頭を振ります。
「もう一度言うよ。その童を僕に渡したまえ。そうすれば、もう一人の童と、キミには何の危害も加えない。渡さなければ、痛い目に遭うんだよ。……どうだい渡す気になったかい?」
私は、男から発せられる得体のしれない恐怖と戦いながら、声を絞り出します。
「この子達は、ぬいは、絶対に渡しません。私が守ります。」
「姉貴ぃ。」「お姉様、ダメです」
私が震える声で宣言すると、ぬいの目から涙がぽろぽろと流れ落ちます。まこも、状況が分かっているのか、暴れて私の前に出ようとしますが、必死に押さえつけています。縛りまで使って。
「そうかならば仕方が無い、少し痛い目……じゃないですね。消えて貰いましょう。僕も神ですから、苦痛はありません。これが神としての慈悲です。」
男はそう言うと、私達に一歩ずつ近づいてきます。左手が何か黒いものに覆われていきます。威圧と、恐怖は先ほどよりさらに大きくなっています。私は二人を守ることしか出来ません。私の第六感が告げています。あの黒い手が、この子達に触れたら、この子達はきっと……。消えるならこの子達より、私が先の方が……。先ほどまで、男をにらみつけていたまこの体も、いつの間にか震え怯えに変わっています。
ついに男は、私たちの側まできました。、気功のように左手を後ろ退きます。手首から指先までが黒い霧のようなもので覆われています。それが、私の顔めがけて、向かってきました。死ぬんだと、私は目をつぶりました。