神様のカタチと優しさの形
翌朝、今日から、お店には二人のちびっ子ウェイトレスと、看板ねこ?が午前中だけ増えています。
来週からは午後からも、ちびっ子が追加され、伯母さんも仲間入りしますが、今週は午前だけ、お客さんが少なければという条件で店に出ています。普通は逆なんですけど。
昨日は、伯父さんと、伯母さんにぬいとまこのウェイトレス試験の試験官をしてもらいました。伯母さんには、プラスで教育までしてもらったことで、少しは出来るようになりました。ぬいは、言葉の乱暴ささえクリアすればもう合格です。まこは一つ一つの動きには問題がありません。ただ、複数同時に出来ませんし、物事を覚えるのに時間が掛かります。オーダーを聞いて、確認を取ってというのも、もう少し慣れが必要でしょう。
今日は、まこが外で掃除をしていたこともあってか、開店から2時間で20人ほど来店されました。
ただ、重なることがほとんどなく、常に一人か二人、多くても3人ぐらいしかお客さんがいなかったので、何とか上手く行っています。
「おまちどおさまです。ブレンドコーヒーです。」
「ありがとうございました。」
「いらっしゃいませ。」
掃除が終わり11時以降はまこも接客に参加し、配膳と片付けの担当となっていました。1回だけ、躓きそうになりましたが、割ったりこぼしたりということもなく、予想以上に出来たのに、私はほっとしました。おじさんとおばさんのお陰です。そして、シール効果もあるのでしょう。ただ、ぬいは、時より素が出てくるようです。お客さんが驚いているシーンが2度ありました。
お客さんは14時頃まで続きましたが、12時でまことぬいの、今日の仕事は終了としました。
そして、そこからは一人で対応しました。いつも通りの仕事内容なので、別に苦ではありません。
そして、14時過ぎになって、ちょうどお客さんが途切れた時に、まことぬいが、店に下りてきました。
そして、
「いらっしゃいませー。神様ですー」
まこが、呼び鈴とともに、不穏な言葉を言いました。げっ神様。
「童ではないか?なんでこんな所におるのかのぅ?」
お客さんのおじいさん神様?は、目を丸くしてまこを見ています。
「いらっしゃいませ」「へい!らっしゃい」
丁寧な私と、だらけモードのぬいが言います。
「また……二人もいるのか?。ここは、神が経営しているのう?」
お客のおじいさんは、まこに向かって訊ねます。
「お姉様のお店です。」
といって、私の方を向きます。するとお客のおじいさんは、私をにらみつけるように、怒気を込めて訊ねます。
「お主の店か?ここに何故、童がおる。どこから手に入れた?」
私が、少し気圧されていると、ぬいが少し怒ったように答えます。
「姉貴に神力をぶつけるなよ。神様でも無礼だぞ。」
まこも、ぬいと同じように私の前に、守るように立ち言います。
「そうなのですー。私達は悪い人からお姉様を守るお役目でいるのですー。」
いつの間にか、おじいさんの前にミイまで、やってきて威嚇しています。
「シャアー」
おじいさんは、目を細め二人と一匹を値踏みするかのように見ながら、神力を弱めます。
「すまぬな。昔から童を誑かす人間がおっての、またその類いかと思っただけじゃ。」
私は、ホッと息を吐いてから、答えます。
「いいえ、他の神様も私のように、神様と分かってお話をする人は少ないと聞いていましたから、こういうこともあるかなとは、思っていました。」
これは、私がうすうす感じていたことです。モウさん曰くお店の人が、神様だと認識しているケースはないと言っていたからです。お遣いの童と一緒に住む人間など、普通いないでしょう。
「そう言って貰えると有り難いわい。座っても良いかの?」
私が、「申し訳ございません、どうぞ。」というと、おじいさんは優しい顔をして、カウンターの中央の席に座りました。その間、二人と1匹は臨戦態勢で私を守るようににらみを利かせています。
「これは、いかんのう。童に嫌われてしもうたか?」
おじいさんは頭を搔きながら、言います。
私が、大丈夫だからと二人にいいますが、おじいさんを二人はにらみつけたままで、私の側から動きません。かなり警戒しているようです。
「申し訳ありません。」と私が言うと、
「まあ、よいよい。それがその童の仕事なのであろう。それより、お薦めのコーヒーを一杯頼めるか?」
「あ、はいかしこまりました。」
二人は、まだ臨戦態勢ですが、ミイは、危険はないと察知したのか、入り口にある自分の指定席にぴょんぴょんと戻ります。今日も大きくなっている気がします。さらに毛のモフモフ感が昨日と今日では倍増しました。
ポットのお湯をコーヒーの入ったフィルターに注ぎます。新装あおばでは、コーヒーポットに電気式温度設定付きのポットを2台と、ガス用のドリップサーモメーター付きのコーヒーポットとやかんが2つあります。私の代になってからは湧くのが早い電気式を使っています。焙煎、ミルもブレンドはお店でやっています。他は、焙煎が終わったもの等を買い付けています。
「しかし、契約して童を連れている人間を見たのは、はて、いつぶりじゃったかのう。お主は誰からこやつらの契約を得たのじゃ?」
おじいさんは、興味津々な様子で質問してきました。
私は、右手でお湯を慎重に注ぎながら。左手でおじいさんにネックレスみせながら言います。
「直という神様をご存じですか?少年のような神様です。」
おじいさんは、あごに手を当てながら、
「ほう、直、なおび様じゃな?ほうあのお方が、わざわざお主に童を与えるとはのう。驚いた。」
おじいさんが、あの方というほど直君は凄い人なのでしょうか?私は、君って呼んでいますよ。
「直君……なおび様という神様はそんなに凄いお方なのですか?」
私はおじいさんに尋ねると、
「そうじゃのう。わしからすれば、上下じゃあのうて、役割が違うから、敬っておるだけじゃ、なおび様から見て上のものが、わしから見ると下ということもあるからのう。お主が考える凄いお方というのが何を示しておるかわからんので、なんともいえん。まあ、神力で言えばかなり上の力をもっておるわい。」
「お客様は、何の神様ですか?と聞いても?」
私が、少し躊躇しながら質問すると、
「かまわんよ。わしは、布袋じゃよ。お主達が仏像や大仏にする布袋とはまるで違うから、がっかりしたじゃろう。まあ、わしに限らず神は皆、現実と写で容姿がちがうがのう。」
私が
「そんなことはありませんよ。健康そうで元気そうに見えるので、実物の布袋様の方が好きですよ。ところで、みんな仏像や大仏と違うのですか?」と訊ねると。
「そんなに良く言うて貰うても、功徳は与えられんが、嬉しいのう――。さて、姿が違う意味じゃったのう。あれはわしらを見たもんが、最初に書いとるやつもある。じゃが、わざと変えておるものも多いのじゃ。そうせぬと、わしらの仕事に支障が出てしまう。お主はそこのわしににらみを利かせる童がおるほど、知っておるようじゃから、そうべらべらしゃべらんじゃろう。しかし、世俗の多くの者は神の信仰だけが、功徳じゃと思うじゃろう。無徳じゃというのに。そうなってしもうたらわしらのために、人は人をも殺そうて。世間に顔が知れてしもうたら、わしら神は店で休む事とも話しもできんじゃろう。まあ、人の一番恐ろしいところは、願望と期待じゃよ。」
そう言われてみると、そうです。私も、神様なら私に良い何かを与えてくれると昔は思っていました。今はね。いろいろ残念ですけど……嫌いじゃないですよ。前より親しみが湧きましたし。ただ、ミチさんが来た後、お客さんは9人/週でしたし、その後神様商法、変態神様問題、童問題と続いています。無徳というか、一部はクーリングオフの対象でもOKなぐらい悪徳じゃないですか?
抽出が終わったオリジナルブレンドコーヒーをコースターに置き。スプーンと、砂糖とミルクを沿えて、布袋様の前に配膳します。
「当店のオリジナルブレンドです。」
布袋様は、コーヒーカップを手に取り、香を楽しみます。
「なかなか」と一言小さくささやいて、カップに口を付けます。おじいさんは、ブラック派のようです。いつもこの瞬間ドキドキと胸が高鳴ります。
「うむ、香ばしゅうて、そう苦うない。気に入った。」
と布袋のおじいさんに喜んで貰えたようです。
私は、暫く布袋のおじいさんと会話を楽しみました。その間、まことぬいの二人は、ずっと警戒モードを解くことがありませんでした。ただ、会話に口を挟むこともなく、静かに威嚇を続けていました。
「いや、久々に人との会話を楽しんだわい。また、来るとしよう。」
「姉貴は心を許しても、私はまだ許してないからな。」「そうなのですー。お姉様を怪しんだ罪は、解けないのですー」
私が、二人に失礼だと言っても、二人は「姉貴は甘いんだよ」「お姉様は優しすぎるですー」といってとりつく島もなく、目つきも厳しく、布袋のおじいさんを見ています。
相変わらずの二人に対して、布袋のおじいさんは苦笑いをしながら
「嬢ちゃん、構わんよ。この者達はこの者達に課せられた使命があろうて、叱ってはならぬぞ。」
それから、布袋のおじいさんは真顔になって、童の二人、まことぬいをちらりと見てから、続きを話します。神力も籠もっているようで、まことぬいの警戒度合いも高まりました。
「いいか嬢ちゃん、此奴らは一度与えられた使命は、嬢ちゃんが生きている間は必ず果たす。そういうもんじゃ。じゃがのう、素直すぎて不器用じゃから、お主がしっかりこやつらのことを見てやらぬと、純粋故に大きな過ちを犯すこともある。じゃから、絶対に守て貰わねばならないことがある。」
「私が、守ることですか?」
私が、反復して問い返すと、
「そうじゃ、こやつらは主に言われたことは、よほどの事が無い限り、正しいことと思ってしまう。また、主が望まぬことを、望んでいるように示しても、主の害を察することがあるのじゃ。じゃから、こやつらに対して、決して軽はずみな態度をとるではない。苦しいときにも、努めて冷静に自分の心を伝えるのじゃ。これは、人の親が子を育てるより遙かに難しいことじゃ。覚えておくがよい。」
布袋のおじいさんの言葉を聞いて、私は真剣な顔をしてうなずき、
「わかりました。」
と言うと、布袋のおじいさんは続けました。
「まあ、そんなに、堅く考えることはない。こやつらは、主が望むことだけを、喜ぶ者どもじゃ、だからお主が、こやつらに望むものが、世の害にならねば、よい主従で結ばれよう。お主なら大丈夫じゃよ。わしと、なおびが認めておるのじゃ胸を張ればよい。」
「ありがとうございます」
おじいさんは、軽くほほえむと、
「さてそろそろ行くかのう。じゃあまたの。」
と言って、店を去って行きました。
そして、その5分後に、伯母さんがお店にやってきました。何しにって?抜き打ち偵察の結果発表です。どうも、おばさんは、知人を午前中に3人ほど送り込んでいたようで、このお店の接客態度が評価されていたようです。手が込んでいます。嬉しいなこんなに思って貰えて、何て思ったのはつい5分ほど前の話で、二人のだめ出しが終わった後には、私に対するだめ出しが当然のように行われました。
伯母さんは、
「もしかしたら、午後も働かせているんじゃないかと思ったら、案の定じゃない。」
っていう話から始まります。私が、
「それは誤解です。たまたま知り合いのお客さんが居て……ね、まこ。ぬい。」
「私、あいつ嫌い。」「まこは、嫌いだけど。お姉様のために頑張ったですー。」
と二人の言葉を聞けば、当然ですけど次に出る言葉、
「で、誰が知り合いなのかしら、オーナー。」
と怖い笑みで睨まないで下さい。私は、お叱りを受けて、その後再びまことぬいに伯母さんは指導をしていました。
「まことぬいに対する優しい口調と違って、何故か私に対して、厳しい口調なのは何でなの。」
と小さな声で言ったのは間違いでした。いえ厳密には、その週はそれ以後何もなかったのです。
翌週、伯母さんは私に対して、小さな子供に接するように、とても優しい口調で、対応してくれました。お客さんの前でも、とっても優しく……お客さんが引くほどに優しく。私が恥ずかしくなるほど、丁寧に。褒めるときには大げさに。
私が折れて、45度の綺麗なお辞儀と、「申し訳ありませんでした。」という謝罪の言葉を言ったのは、伯母さんが勤務を始めた当日(月曜日)の12時37分のことでした。伯母さんの正式勤務開始から僅か37分後でした。