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評価は正しく出してこそ、意味があります。

18時過ぎに伯母さんが伯父さんを連れてやってきました。

カランコロンと呼び鈴がなり、お二人が来店されます。

うずうずと待ちきれなかったのか、まこが扉を開く0.5秒前から

「いらっしゃいませー。」

と、言ってお出迎えです。

伯父さんと伯母さんには、【ませー】しか十分に聞こえていないでしょう。

それに対して、ぬいは小さな蚊の鳴くような声で「いらっしゃいませ」と言っています。昨日のトラウマがあるのでしょうか?

私も最後に、

「いらっしゃいませ。」

と一言。

お店で最初に聞く来店に対する店員さんの言葉は、お店の性格を示す大きな要素らしいです。「らっしゃい」だったり、「お帰りなさい」だったり、「おはようございます。ようこそ」「こんにちは。ようこそ」といった挨拶文だったりするところもありますが、何も言わない無口なお店も中にはあります。最近は殆ど無くなっているみたいですけど。この手の店は一見さんはほとんど来ないお店です。そんなお店が出来る人はきっと幸せだろうなぁ。何てこの状況を見ながら考えていました。


「おう、呼ばれたから来たぞ。」

という伯父さんの一言で、二人を現場に出すための接待じゃなくて試験が始まります。今日の食事代は無料です。伯母さんも試験官も、試験官モードでお店に入ってきます。

「「いらっしゃいませ」」

まこ、ぬい、二人の声が重なります。

伯父さんがカウンターに来て確認しまあす。

「で、食事代は要らないって話だけど、良いのか?」

私は答えます。

「伯母さんに指導係もやって貰いましたし、昨日のぬいの件、今日試験官としてお願いしたのもあるので、むしろ2人分で考えるとお得ですし、引き受けて貰えて感謝しているぐらいです。それから、給仕は妹達がやるので、特に【ぬい】をお願いします。」

私は、ぬいの方をちらりと見て、伯父さんもぬいの方をちらりと見ます。

「そうか、そうだな分かった。」

当然ですが、ぬいには聞こえているはずです。ビクッとしたのが見えました。

「それから、怪しんですまなかった。」

と一言言ってから、伯母さんを待ってから窓際の席に向かいます。

伯母さんは、既にまことぬいに駄目出ししていました。まこには早すぎる。ソワソワしない。ぬいには声が小さいなど、最初から問題点を指摘されています。それを終えてから、伯父さんと窓際の席に座りました。


2人が、「いらっしゃいませですー」と「何だ親父か」と言わなかったのは、好印象です。

2人は私の側に一端戻ってきて、まこはウォーターサーバーから水を、ぬいはおしぼりをお盆に置きます。まこが持っていきます。まこが慎重に水とおしぼりを運びます。オッと・・・少し右によろけましたが、水は零れていません。

端からそのシーンを見ると、シュールな光景でしょう。

何故なら、まこがよろけた瞬間にその方向に、皆(私、ぬい、伯父さん、伯母さん)の体が傾くです。伯母さんよりも、伯父さんの方が手を貸しそうな勢いで、身を乗り出していました。

まこは、ニコニコしながら、「お水とおしぼりですー。」と置いてから、

「ご注文が決まりましたら、ベルを鳴らすかお申し付け下さいですー。」

一礼して戻ってきます。ただ、戻るときに、

「走らない」

と注意されます。「ですー」は染みついているのですが、戻ったところで、伯父さんにまこは、「ですー」を注意されています。そして、おばさんにフォローされました。まあ、最初は「おかしくないですー」と言っていたことを、皆に注意されているので、今は少しずつ直そうと頑張っています。まこは、しょんぼりしてキッチン側に戻ってきました。


「注文いいかしら?」

とおばさんに言われ、次はぬいの番です。

「はい……どうぞ。」

「俺はハンバーグセット」

「私は、地中海風海鮮パスタのセット」

そうそう、言い忘れていました。このメニューは、夜メニューです。夜も営業していたころのメニューです。ただ、夜の喫茶店の食材は仕入れていないので、今回は4品ぐらいだけ別の紙に書いて貼っているだけなのです。

ここで、ぬいのドリンク説明です。

「飲み物は、こちらのドリンクメニューから選べるがどうする?」

と、言葉遣いは撃沈しました。

「ブレンドコーヒー2つで。」

「ハンバーグセット1つと、ちちゅうかいふうかいせんパスタのセット1つと、コーヒー2つと、分かった。出来るまで待っててく……」「ぎゃあ」

ぬいは、早業で立ち上がり後ろに回ったおじさんに、左右からこめかみをぐりぐりされました。前回のより遙かに手加減されているようで、おじさんは笑顔です。結構、楽しそうです。私が、おじさんに話しかけます。

「あのう。注文をここに知らせるまでが一連なのですが……」

「おうそうだったか。つい癖で……すまない。」

おばさんが、それを見てクスクス笑い。ぬいの目は、涙目です。ただ、昨日のように怯えてはいないようです。そういえば、これ懐かしいようなと、思いながら、しょんぼりしていたはずの、まこの様子みると、ぬいも失敗したのが嬉しいのか、ニコニコになっていました。単純な子です。

おじさんは席に戻ります。

「それで頼む」

「おぅう゛」がさつな発言をしようとしたぬいは、お客さん2人に睨まれました。

「……はい、か、かしこまり――ましたぁ?」

と言って、すぐに頭を下げ、こちらにやってきます。

「あ、オーナー、ハンバーグセット1つとちちゅうかいふうかいせんパスタ、1つ。あとブレンド2つ。」

「はい。ハンバーグセット1つと地中海風海鮮パスタ1つ。ブレンド2つね。」


私が料理に取りかかっている間、二人はおじさんとおばさんに捕まって指導を受けています。まこは、お盆の持ち方など、基本的なところをおばさんにもう一度確認され、ぬいは涙目になり、伯父さんにあやされています。そんなときに、伯父さんが私に向かって、話を振ってきます。

「オーナー、お前達の姉さんも、こうやって叱って泣いてたんだ。でも今は仲良いだろう。」

って、自分が、脅しといて最後は、私をダシに使わないで下さい。

「本当か?姉貴?」とぬい。

「オーナーです」と私。

「おーなー」と棒読みで答えるぬい。

「そうですよ。全く、伯父さんは都合が悪くなると人の過去を持ちだして……」と私。

「それは、オーナーもそうでしょう?都合の良いところだけしか覚えてないみたいだし?」と伯母さんから突っ込まれました。

「私が、あなたの教育係だったのよ。そこまで忘れるんだから。」と言われました。

そうだっけ?

「お前覚えてないのか?こいつは、嬢ちゃんが中学校ぐらいまで、平日の午前中に働いていたぞ。時々夜もしてたか?今オーナーになってる誰かさんも、教育してたな。」

伯父さんの言葉です。

「お姉様はおばさまに、教わっていたのですか」

とまこが質問してきます。私は、伯父さんに質問します。

「おじさんが何故知っているのですか?」


「そりゃあ、俺がこいつに頼んだからさ、確か、夜だったか?お前達より少し背丈もちっこい頃、もう少し遅い時間に何かで、婆さんに叱られて拗ねて、そこんところで膝抱えていたことがあるんだよ。」「ちょっと待った。それは、女のお客さんを案内したみたいな?」「そうだ。あの日だよ。」


そこで、目をキラキラしたツインズが会話に割り込みます。

「へい、オヤジー。それは姉貴……じゃなかったオーナーの話かぁ?」

「まこは続きが聞きたいのですー。」

「言葉遣いを直せと何度言ったら分かる。」おじさんに頬をつねられるぬい。

そこから、私の赤裸々な過去が、どんどん暴かれ始め、2人の食事が運ばれても続きました。


もう練習とか、試験とかそういう流れからはほど遠い話です。

ふと、そんな時に、カランコロンとお店の呼び鈴がなります。誰かがやってきたようです。

「申し訳ございません。お客様今日は……」と言いかけたところで、私は言葉を飲み込みます。

「食事に来たわけではありません。まあ、営業中なら食べて帰ろうとは思っていましたけど。」と女性の声、私は息をのみ、その人の名前みょうじを呼びます。

「中田さん?」

そうです。今日は私服ですけど、昨日の警察の人、なんちゃら課の中田さん、そう中田由美子さんです。私って凄い下の名前まで覚えてる。けれど、所属課は覚えていません。そういうことってありますよね。小山さんは刑事課であの推察力が怖かったので、覚えていますけど。中田さんは、ぺこりとお辞儀をします。


私は、厨房を出ると、恐る恐る中田さんの側に行って質問します。

「どんな御用でしょうか?」

中田さんは、笑顔で

「いえ、小山か私にと電話があったそうなので、一応帰り際に確認に来ただけです。何か不都合なことが起きていないかっていう見回りの一種です。」

と答えてくれます。

「それは、どうもご苦労様です。」

と私は一言。

「特に問題は無さそうですね。じゃあ、帰ります。」

と言って帰ろうとする中田さんを、私は使えると思って、引き留めることにしました。もちろん、伯父さんと伯母さんにはアイコンタクトで、許可を貰っています。付き合いが長いので、簡単なやりとりなら、目だけで行えます。

「あっ、コーヒーと軽食なら用意できますよ。」

と一言確認してみます。

「でも、今日はお休みですよね。」

「そうなんですけど、今日はたまたま、近所の方に貸し切りで食べて貰っていたので、1人なら何とかなりますよ。」

という流れで、ぬいとまこの抜き打ち試験の獲物を1人捕まえたのでした。中田さん本人は知りませんし、お代も戴きます。エッ、可哀想ですって?公務員の倫理では、職務上利害関係等のある人同士が金銭や物品をやりとりすることに制限があるのです。ウチのお店は間違いなくその対象なので、無料サービスは出来ません。


「まこさん、お客さんの対応をお願いします」

私が、伝えるとまこは、

「はい、分かりましたですー。おーなー。」

と元気に対応します。ぬいには伯父さんと伯母さんの所に居て、伯父さんに慣れて貰います。

まこの給仕は丁寧にやれば、ほぼ完璧です。


ただ、給仕途中で、だれかがまこを呼ぶと、今やっている作業が出来なくなり、失敗します。

今回、中田さんでそれが証明されました。中田さんに被害はありませんでした。ただ、コップが床に一つ落ち、床がまた綺麗になりました。


そして、中田さんが帰った後に、伯父さんと伯母さんによる総括が行われました。結果を言えば、不合格です。ぬいは口が悪い。まこは2つ以上のこと頼まれると今は、満足に仕事が出来ません。この2人を私一人で、指導教育しながら働かせるのは、無理という判断が下りました。まさかと思うでしょう。そのまさかです。私も途中から気が付いていました。でも、最後まで諦めない気持ちが大事なので、頑張ったのです。主にまことぬいが。


ただ、このままでは、まことぬいはずっとお荷物です。

そこで、苦肉の策として考えたのが、伯母さんをこの地域の最低賃金より40円高い時給800円(12時~16時)で雇いましょう……という案でした。何故って、二人が入ると、副店長だった飲食店時代より危険な賭になるからです。


私は、今、調理師兼、オーナーです。飲食店時代は副店長で、指導係兼コックでした。そうです。店舗内の中間管理職です。店長は、本社営業部とお店の間の中間管理職でした。ちなみに、私の方は営業部にも店長の代わりに呼ばれることがあり、やり甲斐を見つけ出せない人は、辞めていくポジションでした。私は、この店に逃げた訳ではありませんよ。結構、ゆりちゃんと、バイトの子が出来る子だったので、楽でした。


それを前提に、言えば今の方が、危ういのです。もし、こんな職場ですと言われたら、私は前の職場を選びます。二人の接客を見ながら、コーヒーや軽食を用意するというのは難しいのです。ぬいが、お客さんと揉めたら、私はその対応で大忙し、そうなると、まこに負担がやってきます。でも、まこは同時に複数のことがまだこなせませんから、必ずミスをします。一人なら、お客さんも大らかに見てくれますけど。3人居て一人しかまともな人がおらず、その人は厨房が中心というのは、最悪の組み合わせなのです。

お仕事で大事なのは、一人の精鋭より、普通の人でも良いから、何かあったら皆でカバーできることなのです。


もし、伯母さんが接客チーフをしてくれれば、二人が出来る仕事を段階的に、割り振ることが出来ます。

だから、来週からそれで行くことになりました。時間が12時から16時というのは、当店の資金と、お客さんの数、売上げ利益を考えての話です。午前中は、お客さんに常連さんが多く、お客さんが少ないので、何とかなりますが、12時~16時はお客さんがどっと押し寄せることが多いので、こうしました。

これ以外の時間帯に増えそうなら、二人は奥に下がらせるというルールも作りました。


何でもトントン拍子には行きませんが、とりあえず3人での第一歩の準備が整ったことに、安堵しました。

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