3人家族と3人経営の準備は、単調か伏線か?
私は、お店の夢の続きを見ていました。居間の方を覗くと、二階の寝室の方から小さな声が聞こえます。
お客さんに、一言いって、二階を見に行きます。2階では寝ている私の横で、まこがぬいを起こしていました。
「ぬいー、ぬい。あおばに帰ってきてるですー。」
「なんだよ。まこー。もう少し寝かせろよー。あっ、腹減った。」
「そうじゃないのですー。大事件なのですー。帰ってきてるですー」
「なにがだよ。」
「ホントだ。きっとあのおっさんに連れ戻されたんだ。戻ったら不幸になる、いっかりさんだってあんなにいったのに。」
「お姉様はまだ寝てるですー。今のうちに迷惑にならないように出て行くですー」
「そうだな。早くしねえとまた姉貴の邪魔しちゃうからな。」
私に見つからぬよう寝室を静かに出て、1階へと降り、玄関に向かいます。
「なあ、まこ、腹減ったから何か食いもんもって行かない。」
「ダメなのですー。それではお姉様に迷惑になるのですー」
「でもよー。このままじゃ飢えて消えちまうよ。」
「それでも、ダメなのですー。どうせ、しんいき帰れないですー」
「お前、ほんと頑固だなー。だから、姉貴に嫌われるんだよ。」
「それとこれとは、関係ないのですー。ぬいだって、迷惑掛けてお姉様に嫌われているですー」
「私は、姉貴のために、やっただけだし。」
「それで、お姉様はお客さんに怒られていましたですー。ぬいこそ、嫌われているですー」
「なんだと。やるか?頑固」
「やるですー。意地悪、嫌いですー。」
玄関で、口喧嘩が始まりました。
どこまでが現実でどこまで夢だったのか分かりませんが、私はもう起きて、顔を洗ってから、三和土で喧嘩をしている2人の間に入ります。
「朝からお元気ですね。お二人さん。」
「えっ」「げぇっ」
と二人が驚きます。私は、
「戻ったら不幸になる、どこかのおじさんに一家離散だって言ったらしいじゃないですか?それで、どんな目にあったか分かりますか?」
質問をします。
「めいわくかかるのででていくですー」
「どうせ邪魔者だしさぁ」
まことぬいが少し悲しそうに答えます。
「で、私との縛りはどうするのですか?神様から守ってくれる約束じゃないのかな?」
と私が2人の目線に屈んで質問します。
「私たちは邪魔者だから、守りが必要な時だけさっそうと現れるんだよ。」
ぬいの答えは、意味不明です。
「へぇ、そんなこと出来るのですか?でも、それは変ですね。昨日の夜、あなたたちを迎えに行った先で、私はとても困ったことが起きたのですよ。でも、あなたたちは助けに来てくれませんでした。」(相手は神様じゃありませんでしたけど)
私の返しに、まことぬいが答えます。
「それは、見えなかったからですー」
「そうだぞ。」
「じゃあ、私の側から離れてどうやって、私を助けるのですか?」
ぬいの答えは、
「それは……おまじないのじゅもんを唱えると、首飾りから光出て……場所を教えてくれるやつ?」
まこの答えは、
「きっと危なくなると私の耳が痛くなるのでたすけに行けるのですー。これからお勉強するですー」
でした。
「ぷっ……何ですか呪文とか耳が痛いって?」
あれを見たせいだと思います。
「昨日見せてくれたですー。びでおの、りーてですー」
「そうそう。危険が来たら、みみがいたいって、その神力を覚えればきっとさっそうと登場出来る」
現代社会のカルチャーに感化されていました。しかも、神力と勘違いしたようです。こんな純粋な子達を、家出させる訳にはいきません。
「でも、今は使えないでしょう。それまでに、一昨日の神様、クシさんが来たらどうする?」
と聞くと、
「「あっ」」
と言った後、「それまでは?店の前で見張る?」とか「遠くから、おうえんしますですー。」と言っています。
「店の前で見張られても困りますし、遠くに行かれると危険なので、家出は禁止。私に無段で出て行かれると私に余計に迷惑が掛かるから、勝手に出歩かないこと。それから出て行った罰として、まこはミイのお世話を今後ずっと、ぬいは午後から接客の仕方を厳しく指導するから、逃げないでね。」
「お姉様、ミイって誰ですー?」「姉貴、ここにいても良いのか?」
二人は、私に同時に質問をしてきました。
私は、
「とにかく、手と顔を洗って、ご飯をたべるわよ。」
と言って、朝食の準備に入りました。
二人は、「はい(ですー)」と答え洗面所に向かいます。
この二人思った以上に、頭の中がお子様のように感じます。神域ではどんな生活をしていたのでしょうか?そして、他の童もこんな子ばかりなのでしょうか?
ミイとは居候に決定した仮称:偽ネコの名前です。この呼び名は流石に可哀想なので、安直に鳴き声などから、ミイと名付けました。まこは喜んでいました。そして、この2人ならミイが何の動物か分かるかもと思い種類を聞くと、
「ネコですー」「ネコじゃん」
と答えていました。どこに二足歩行で手もないネコが居るんでしょうか?ネコ型のあれでも、こんな耳をしていませんよ。
「神域の生き物?伝説の生き物?」と聞いて見ると、
「いや、普通の動物じゃん。」「動物ですー。ネコですー。」
という回答になりました。1人前のハムエッグとトーストを食べて、私の入れたコーヒーを啜るネコって居るんですか?まあ、そんなこんなで、私達は家族3人、居候が一匹?という新しい生活をスタートさせることになったのです。
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今日は定休日です。ウチのお店は水曜日と土曜日がお休みなることが多いのです。祖母の頃にはほとんど休みなく開いていましたけど、私は水・土を定休日にしました。水曜日がお休みなのは、お客さんが最も少ない傾向が昔からあったためです。水曜日は、この辺りでは診療所などお休みのところが多いからでしょうか?
土曜日は、日曜日よりお客さんが遙かに少なく、この周りのお店や近所の人も、来ないからです。お客さんが増えたら、週2の休みを週1にしたいのですけどね。昔の帳簿もみて、出て行くお金が多いのに開けておくなら、2日間は休んだ方がよいという経営者判断をしました。
今日は水曜定休日です。
予定では、まず午前中に2人の衣装と私服を買いに行きます。先に、食品やコーヒーを卸して貰っている取引先に、寄る予定ですが、以前からお店が開くより早く行くことを伝えているので、買い物に支障はありません。コーヒー豆だけは毎月1度~2度買い出しに行きます。足りないときには、頼めば持ってきてもくれますけど、足を運ぶのも大事です。野菜とか果物とか、食材は、足りないならスーパーでも買いますけど、昔からの知り合いの問屋さんに卸して配達して貰っています。
これらの取引先に寄った後で、衣装と私服や雑貨を揃えに行くのです。出来れば、午前中で終わらせて、午後からは、二人の教育をしなければいけません。
2人の服装は、重要案件です。袴ファッションも悪くありませんが、外に出歩くのに始終それでは困るのです。昨日の家出も袴ファッションでした。そして、外出する今日もそれが続くのはちょっと困るので、昔の私の衣服がないか、探しました。結果的に、二人に合うような薄手のトレーナーと、ぬいはデニムのサロペット、まこは長ズボンというスタイルになりました。ちょっと、スプレー消臭剤を使ってタンス臭さを消して、着せました。
私の昔の衣装を足しても、きっと2人分にはなりませんから、買い足すことになります。
これに食器や、寝具や、歯ブラシ、靴や踏み台(洗面所用と仕事用)が必要になります。それに折れた箒とかいくつか、買い足さないと……。
ということで、2人を車に載せて買い物に出発です。
まずは、取引先に行ってちょっとした商談と、新商品などを見てきました。
コーヒーの卸屋さんでは、お店では使っていない豆を物色しました。前から、連絡して少し早めに時間を取って貰っているため、まだ、2人の買い物が出来るような店は開いていません。
私が、話をしている間、2人は店の事務員のお姉さんから、お菓子を貰って食べていました。どう見ても子供に見えますが、24歳です。私のことを姉貴とお姉様と呼ぶ子2人なので、親子とは思われなくて済みました。学校はどうしたのとか、幼稚園?とかそういう話が出てくるのが面倒です。年齢とかどう考えても、ツッコミ処満載で、この話になると何分潰れるか分かりません。無難に作り笑顔で逃げました。次回から2人は留守番させて、私だけで用事を済ませてから、2人の用事に出かけようと心に決めたのでした。
一通りの仕事を終えて、次は2人と一匹のための買い出しです。ミイは本日家でお留守番です。
まずは、洋服です。お安いファッションセンターでいくつかの普段着やインナーを2人に合わせて買い込みます。その後、ショッピングセンターに移って、必要な雑貨と布団なども揃えます。
そういえば、来週はゴールデンなお休み突入です。私もお休みを取りたい所ですが、今が正念場お客さんを少しでも多く集めたいのです。だから、今はぐっと堪えて、ゴールデンなお休み期間中も喫茶店わかばは午前は9か10時~午後18時まで定休日を除いて営業します。前にも言ったように、おばあちゃんが営業していた頃は、私の都合が無い限りは、毎日営業していました。ただ、私が来た頃は、昼間にもう一人か、二人アルバイトの人がいたなあ。どんな人だったっけ?などと、考えていると、二人が現実に呼び戻しました。
「お姉様」「姉貴」
私は、試着ルームの声に応えます。
「はい、見せて下さい」
2人が、カーテンを開けます。
「どうですー」「どうかなー」
まこは、空色のワンピースで、シンプルな感じです。可愛い女の子です。ぬいはデニムのハーフパンツにプリントTシャツ、デニムジャケット、頭にハットと子ども用サングラスという、ボーイッシュなスタイルでしょうか?ちなみに、髪は2人が家を出る前に、私がお団子にしています。流石に、神様のお遣いの髪を切ったりは出来ませんから。
「いいじゃないですか?可愛いですよ、まこ。ぬいは格好いい?」
「ありがとうですー。」「流石、姉貴分かっているじゃん。」
私は、結局ここでも、この他にもいくつかこの子達の服を買いました。
そして、最後に、お昼ご飯を買ってから、家に帰ります。本当は外食でもいいのですが、ミイが家でお留守番をしているので、買って帰ることにしました。
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さて、午後からは特訓です。この2人を、伯父さん※に評価される程度には育てなければなりません。しかし、2人を相手にそんなことが出来るはずもありません。そこで、専用の助っ人を15時頃から呼んでいます。そして、18時から、伯父さんにお披露目します。とにかく15時までに基本的な言葉遣いなどを教えることと、2人のやる気を高めるための、飴を用意することにしました。
今、ぬいは水色のエプロンとエプロン帽、まこはピンクのエプロンとエプロン帽を着用しています。今回は、色違いを揃えました。この2人はどう見ても子供です。だから、ウェイトレスの格好よりも、エプロン姿の方が衛生的に見えます。エプロンの下はカッターシャツと、黒のズボンにしました。接客の衣装というのは、大人をただ楽しませるお店なら別ですけど、ウチみたいな個人の零細で財政難、しかもちびっ子2人はへっぽこ接客なお店では、衛生的で統一されたデザインと、洗い替えのコストが安く、買い足しし易い制服が大事なのです。冬用ジャケットも選ぶのが楽ですし……。
明日からはこの格好で、二人には接客をしてもらいます。
明日までに二人の仕事を決めて、お客さんに叱られない程度に、基本をマスターすることが目標です。今日は厳しく行くことにしました。打つかもしれませんが、それもまことぬいには説明済みです。
まず、2人の性格と初日の失敗についておさらいです。
ぬいは、私の言うことは聞きますが、私以外の人には言葉遣いも行動も最悪です。一言で言えば、狂信者でしょうか?私に言われたことはするのです。それ以外は機嫌次第ですという部分が見られます。後は、私に頼まれた仕事も結構がさつです。ただ、計算して手を抜いているような印象もあるんですよね。昨日も時々私の方をチラチラ確認していましたし。褒めれば喜びますけど……。
話を、戻します。昨日はお客で来た伯父さんに「親父、邪魔?」みたいな一言を言って、げんこつを受けて、撃沈しました。その勢いで、私も叱られました。ぬいとって、あれが最初の愛の鞭だったのでしょう。2人からのいろいろな話を聞くと、神様ってきっとぶたないんじゃないかと思うので――。
まあ、人も同じですよ。飲食店時代に、指導したオタク研究会のゆりちゃん(同僚で部下)がサボっているときに、頭を軽く小突くと、「親父にもぶたれたことないのに」なんて宝塚の女優のように言っていましたし、よく分からない子でした。あの子は変な子だったなぁ。前回のSNSに対する返信も、「リア充、乙」でした。呪文?でしょうか。
まこは、やる気は満々ですが、肉体と頭が追いつかないのか空回りします。でも、出来る仕事を任せると、お花の水やりだけですけど、丁寧に万遍なくしっかりとやるのです。とにかく、周りを気にするのか、落ち着きも足りません。一度に多くのことをやろうとして、失敗するタイプなのでしょう。それに覚えの遅さもあって、上手に出来るまでに至る経験がほとんどないように見えます。神域でどういう教育が行われていたのか分かりませんが、神域での教育不足は否めないでしょう。
後は、この子は、頑固で、見た目以上に幼い印象です。午前中、ショッピングセンターのキャラクターグッズ雑貨のコーナーで、駄々をこねる子供=まこという風景に2度遭遇し、1度は負けました。2度目は、ぬいの入れ慈恵で、「命令で縛れば?」と言われたので、それを使ったらぴたっと止まりました。周りの人も命令に対するまこの反応に、どん引きしていましたし、あまり、これは使いたくない技です。
それこそ、虐待しているかのように見えますから……。小山さんに見られていなくてよかった。
その時
「神域でもこんなだったのかな~」
と口にする私に。ぬいは、
「神域では違ったと思うよ。神域では、そういうのはき…だか…」
と、後の方は聞き取れませんでしたが、答えてくれました。
神域では、欲求がゼロではありませんが、希薄なようです。だから、昨日ぬいが泣いたようなこともありませんし、怒る、泣く、わめく、欲しがるみたいな行動も、少ないとか。
それからミイは、入り口に丸いすを置いて、専用の席を設けました。夢で見た風景で、そこと居間に戻る通路だけ通ってよいという話をすると、「ニャア」と鳴いていましたので、大丈夫なのでしょう。
そして、みいは、また少し大きく成長していました。お昼には、手のひらからはみ出すぐらいになっていました。ほぼ確実に神関係の何かだと思うのです。神獣っているんですかね?
そんな感じが、2人と1匹の分析結果です。では始めましょう。
「では、整列」
「はい、姉貴」「お姉様」
「これから、明日から3人で行うお仕事の分担を決めたいと思います。まず、ぬいさん」
「おう」
「おうじゃなくて、ハイです。これからお仕事の時には、私のことを姉貴やお姉様ではなく、オーナーと呼んで下さい。良いですか、ぬいさん、まこさん」
私は、マスターかオーナーか悩んで、オーナーにしました。伯父さんが私をオーナーと呼ぶので、統一したかったのです。これは、公私を分けるための決まり事です。
「おう、姉貴」「分かりましたですー。おうーな?お姉様ぁ」
「違いますよ。ぬいさん、まこさん。はい、オーナーです。」
「ええ、姉貴で良いじゃんよ。オーナー変てだし。」「はい、オーナーですー。」
こうなることは、ある程度予想していました。だから、飴という目標を準備しました。
「これは、お仕事では大事なことなんです。ぬいさん。まこさん。私の言うとおりに出来るようになれば、あなたたちにはこのキラキラシールを1枚あげます」
「なんだよ。そんなもの要らないぞ」「なんですー。それほしいですー」
私は、ぬいにチッチッチと指を左右に振り、2つの冊子をレジ下の引き出しから、取り出します。
それから、業務用冷蔵庫から、一品取り出します。
「このシールブックがいっぱいになると、ぬいさんには、豪華プレミアムハンバーグセットをごちそうします」
「うぉー。なんだそれー。食えるのかー。」
パッケージがとても豪華な冷凍ハンバーグです。ぬいは初日に食べたハンバーグを気に入っていたので、考えました。結構お安いので、これに付け合わせとコーンスープでも付けて、豪華に見せます。ぬいだけが食べられることが大事なのです。
「はい。ちゃんと言うことが聞けて、このシールブックがいっぱいになればです」
「ハイ、オーナー」
ぬいは、どこで覚えたのか、姿勢を正して敬礼をしました。
「よろしい。」
「まこは、しーるだけ?ですか?」
「まこさんは、これです。」
私は、丁寧にラッピングされたA4サイズの箱を、レジ下の机から取り出しました。
「何それ?」「なんですー?」
「中身はまだ教えられませんけど、まこさんが必ず気に入るものですよ。」
「マスター、がんばるですー。」
どこで覚えたのか、まこは右腕を曲げてガッツポーズ?というより、力こぶを見せる仕草というべきでしょう。愛らしいポーズをしています。
私が用意したのは、ご褒美シール作戦です。買い物の最中に思いつきました。ぬいは、食いしん坊なので、食べ物で釣ることにしました。まこは、秘密です。教えて欲しい?ダメです。どこからまこに情報が漏れるか分かりません。あの子は、答えを知らない方が集中できるはずです。まこが、ご褒美シールをシールブック(50枚分)一杯にするまで暖かく見守って下さい。