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我が家のおひなさま・雛(ひな) その1 7014字

 我が家のおひなさま。


 それは紛れもなく。

 俺の妹、雛のことである。


 小さくて神聖で、みんなに愛されて。

 いつの間にか家に現れて、澄ましたお顔で場所を占拠する。

 憎たらしいアイツの事だ。





 雛と俺は九つも離れてるのに、年子みたいに喧嘩ばかりする。

 ついさっきも俺達は、どっちが先に風呂に入るかで揉めた。


「年齢順なら兄である俺が優先だろ。それに俺は烏の行水。上がるのも早いのだから、ここは譲りなさい」


 俺が文字通り上から目線で言うと、妹も負けじと、


「ぜったいヤダ! おにぃが入った後のお湯って、脂がぷかぷかしてるし、変なウェーブした毛が浮いてるもん! 汚いからヤダ!」


 こう言って引かない。

 おいおい。生理現象、特に陰毛はライン超えだろ……常考。

 兄のデリケートなゾーンを土足で踏みにじる妹につい腹が立ってしまい、


「なんだよ。お前だって、脱衣かごにぱんつ脱いで入れっぱなしじゃないか。次に風呂入って、それを見なきゃいけない、俺の身にもなれよ!」


 売り言葉に買い言葉。

 俺の方も、年甲斐なく妹に言い過ぎてしまう。


 俺は19の大学生。

 雛は10才、今年で小学5年生。

 年齢、学歴、身長、体重、人生経験。

 どこをどう比べても俺は大人、妹はこどもだ。

 俺達は例えるなら、オオタニと少年野球のガキ。

 端から勝負にならないし、正面切って喧嘩する年差でもない。

 ──なのに。

 こう毎度、雛とバチってしまうのはなぜだろう?

 妹は怒ると、俺をキッと睨み付ける。

 頬を膨らませ、顔を赤らめ、拳をギュッと握り、内股になる。

 絶対に勝てるはずのない兄に、立ち向かう闘志。

 小さいのがいっちょ前に反抗して、大きいやつに勝とうとする無謀な姿。

 正直に言う。……可愛くてたまらない。


 さて。

 俺にぱんつを責められた妹は、とうとう泣き出した。

 元はと言えば、お前が先に、俺のぼんぼりにあかりをつけたのが悪い。……俺は悪くない。


「おにぃのバカぁ……! なんで、そんなひどいこと、言うんだよぉ……っ!」


 雛のぱんつへの突っ込みが、存外柔い部分を傷付けちまったらしい。

 たとえ小学生だろうと4年生にもなれば下着への言及はハラスメントだ。

 身近な家族間であったとしても軽率にすべき話題じゃない。

 雛は嗚咽して、円らな瞳に溜め涙を滲ませた。

 ギュッと握った拳がぷるぷる震え、内股が加速して膝同士がごっつんこする。

 強者に立ち向かう闘志が一転、敗北を悟って恐怖に変わり、恐怖を持て余した脳が保身に迫られ引き起こす回避動作、『泣く』。

 雛は泣く事で、俺にけんかの一時休戦を申し入れてきた。

 え? 『敗北を認めた』の間違いじゃないかって?

 それはこの後の展開を見て貰えれば分かる。


「ああっ! 泣くなよ、雛。ごめんな、兄ちゃん言い過ぎた!」


 敗北したのは俺の方だった。

 隠さずに言おう。俺は妹の涙に弱い。雛がこの世に生まれて此の方、勝てた事がない。よわよわのざーこだ。


「ばかぁぁ……! おにぃの、ばかぁぁぁ……!」


 雛は俺にしがみつき、胸板に顔を埋めて、うぇんうぇん泣き始めた。

 妹は昔っからこうなんだ。兄への抱き癖がある。俺にしがみつくと安心するらしい。兄妹ふたりっきりで留守番する期間が長かったせいだろうか……。

 そして俺の方も、それを快く思っちまってる。

 結局さ。

 俺が雛に意地悪しちまう理由は、九つも離れた妹に、構って貰いたい、それだけなのかもしれない。

 




 その後、雛は、仕事から帰宅した母さんにチクって、俺は説教、雛は先にお風呂、という結果に終わった。


 これで兄妹風呂戦争は4勝239敗か。雛にはだいぶ水をあけられたな……。

 などと、バックグラウンドで思考したくなるほど、今日の母さんのお説教はいつにも増してしつこかった。

 居間に正座させられて、クドクドと説服される。あーあ。


「あんたはもう大学生でしょ! どうして妹に優しくしてやれないの!」

「だって」


 立場が逆転して、今度は俺が圧倒的強者にやり込められる側になった。

 俺は19の大学生。母は47歳の会社員。

 この一家は母さんの稼ぎだけが頼りだから、俺が逆らえるはずもない。

 ……さっきの雛の気持ち、今ならわかる。

 それにしてもこのBBA、仕事のストレスを俺に転嫁してねえか?


「雛ちゃんを産んだ時、低体重で生まれてきたの、あんたは知ってるでしょ。保育器に入って、必死に呼吸する雛ちゃんを見て、あんた何て言ったか覚えてる?」


 無論、覚えてる。






「俺がひなを守る。ひなが大きく育つまで、俺が傍にいて見守る」






 一言一句違わずに諳んじる。

 忘れるはずがない。


「──あんた、心配そうに雛ちゃんを見つめて、お母さんにそう約束したわよね。九つ年の離れたお兄ちゃんなんだから。雛ちゃんのこと、大事にしてあげなきゃ駄目じゃない」


 そう言われると弱い。歯向かう余地もない。

 うちの事情が事情だから、母さんがいない時は、俺が雛を守らなきゃいけないのに。

 ……それでも、ムカつく時はムカつくんだ。


「明日は3月3日、ひな祭り。雛ちゃんの11才のお誕生日でしょ。お母さん日曜日はお休みだから、明日は私達と雛ちゃんのお友達も呼んで、みんなで雛ちゃんのお誕生日をお祝いしてあげましょう。分かった?」


 そう。明日はひな祭り。

 同時に妹の誕生日でもある。

 我が家の居間にも豪勢な5段飾りの雛人形がデーーンと飾られて、偉そうに鎮座ましましている。

 確かひと月前に、雛が母さんとイチャコラ談笑しながら飾ってたっけ。

 当然、男の俺は蚊帳の外に置かれてたわけで。

 雛人形。女の子のためのお人形。アイツがいる限り、男の俺の居場所が無いったらない。

 いいよな女の子って。愛されて。


 母さんのお説教は依然として続いた。

 主題が大幅に逸れて、今は俺の大学の出席日数について追求されている。

 ……正座しすぎて、そろそろ足が痺れて来たな。

 成人過ぎた19歳にもなって母親に叱られる惨めな俺を、高みから涼しいお顔で、おひな様がみてる。

 雛は今頃、俺に勝ち誇って鼻歌でも歌いながら、のんびり湯船に浸かってんのかな。外圧頼みのくせに……。

 俺は目の前からの現実逃避に、妹の裸を思い浮かべた。





 ところで雛は、同い年の娘と比べると、やはり、発育が遅い方かもしれない。


 先週の日曜日、妹の友達が3人ほど遊びに来た。

 母さんの話だと、クラスや塾で仲良しのお友達らしい。……そういうの、俺は雛から聞いたこと無かったんだがな。

 小さなお客さんがいらしてる最中に、ばったりトイレの中で鉢合わせても気まずい。

 互いの不幸を避けるため、気配りできる大人の俺は、妹のお友達に挨拶に行ったんだ。よそ行きの一張羅を着て。

 ……女子小学生のこども相手に、なーにカッコつけてんだか、俺。

 ──その時。

 彼女達の体格差に驚いたもんだ。

 俺は今まで、妹くらいがその年齢の平均値と思い込んでいた。……そう思いたかった。

 だが、友達の輪の中に入ると、雛は一段小さく、骨格も未発達な印象を受けた。

 妹と一番仲がいいらしい葵ちゃんは、胸が膨らんできていて、水色のジュニアブラを着用している。

 その隣の茜ちゃんは、お尻が丸みを帯びて、140サイズのデニムのホットパンツを窮屈そうに押し上げている。

 もう一人の真姫ちゃんは、骨盤が横に広がって、成人女性と身長がそう変わりない。

 3人のお友達と並んでいると、俺の妹は、本当に小さく、幼く見えたものだ。

 きっと他の3人は、既に生理も来ているのだろう。

 だが、俺の妹は?

 俺の入浴時、脱衣かごの中に必ず放り込んである、妹の脱ぎたてぱんつ。

 嫌でも視界に入ってしまうから、そこから情報を得てしまうのも、仕方のない事なのだけれど。

 くるくると丸まったそれは、常にまっしろで、赤く汚れていた試しがない。

 俺は男兄弟だから、こんな心配は余計の無用の大きなお世話、なんだけど。

 でもなあ……。


 まだ毛も生えていない、雛の幼い裸を脳裏に描きながら、俺の正座はそろそろ痺れを切らし始めていた。





 洗面所から妹のドライヤーの音が聞こえ始めた頃。

 俺はようやく母さんのお説教から解放された。

 邪念渦巻く居間からほうぼうのていで逃げ出し、痺れきった両足を引き摺るように階段を昇る。

 一段、もう一段、……うぅ痛え。

 なんとか自室まで辿り着く。

 痺れが抜け切るまで悶絶した後、憂さ晴らしにスマホで動画でも見る事にした。

 あ~あ、疲れた。なんて日だよまったく……。明日は雛の誕生日だってのに。

 椅子に座ってくつろぎながら、ふと机の引き出しを眺める。

 引き出しの、中に入っている物──。

 ……明日は必ず言うぞ。勇気を出せ、俺。

 その時。


 コンコン。

 優しい音がドアをノックした。


「おにぃ、上がった……」


 ドアを開けて入って来たのは、パジャマ姿の雛だった。

 

「次、入ってもいいよ……」


 ショートカットの黒髪を少し湿らせ、上気した顔でそんな事を言う。

 ちびの雛のくせに妙に色っぽいのは、お湯で茹だった所為だろうか。

 幸い、風呂に入ってさっぱりしたお陰か、妹の機嫌は直ってるようだった。

 俺は自然と微笑み、スマホの電源を消して、机の上に放った。


「……おにぃ、今何見てたの?」

「何って。ゆーちゅべ。暇潰しだよ」


 ゆーちゅべ、とは広告収入で運営される動画投稿サイトの事だ。健全を標榜しておりエロ動画は即削除されてしまう。

 俺に何もやましい点は無い。

 なのに、雛が疑う目で俺を見つめる。

 だんだん頬が膨らみ始めた。


「おにぃ、ひょっとして……。彼女さんと、らいんしてたの?」


 らいん、とは手軽にメッセージを送り合えるアプリで……。いや違う、そこじゃないよな。

 雛が言った、『彼女』という単語に引っかかった。

 …………?

 どうして、この10才の妹は、俺に彼女がいると思ってしまったんだ??? いるわけがない。

 今この場でしっかり訂正しないと、今後の俺達の関係性に響くと直感した。

 だから言う。きっぱりとな。


「い、いないよ、彼女なんて! 暇だから動画見てただけ。……ホントだって!」


 思いの外、声がうわずって、嘘臭い言い訳に聞こえてしまった。

 でもさ、妹よ。

 冷静に考えてもみなさいって。

 もし俺に彼女がいたら、こんな週末の夜に、実家でダラダラ過ごすなんて有り得ないだろ?

 10才の雛はそんな事も分からないほど幼いのだ。

 それに俺は、どちらかというと……。


「ほんとにぃ……?」

「ホント!」


 雛が眉間に皺を寄せ、俺を睨みながら、じわじわ近付いてくる。

 椅子に座った俺は妹から逃げられない。

 立っている雛は俺を見下ろして、至近距離で睨んでいた。……なんの尋問だこれ?

 雛は高鳴る俺の心臓の音に、耳を澄ませた。


「…………。そっかー、よかった!」


 しばらくして、疑いが解けたらしい。

 雛の不安そうな顔が急にぱっと明るく変わり、いつものニコニコした笑顔が咲いた。

 雛は幼く見えるなりに、笑顔が無垢で可愛い。

 本心と表情が直結している気がする。それは大人の女には持ち合わせない、少女固有のパッシブスキルだ。


「おにぃに彼女さんは、まだ早いよねーっ!」


 安堵して、にへへとはにかむ雛。

 妹スマイルはやはり、いい。

 …………。

 ン? ちょっと待てよ? なんで俺の男女交際をお前が差配すんの?


「そ、それよりさっ、雛。ちゃんと石鹸で体洗ったのか? 髪にはシャンプーしたか?」


 唐突すぎて不自然だが、気まずい話題の切り替えを図る。

 それに。

 目の前にした可愛いのはつい、からかいたくなっちまう。……悪いお兄ちゃんだね。


「……は? なに? バカにしてるの……? ちゃんと洗ってるもんっ!」

「どれどれ」


 妹が本当に清潔を保っているか確かめるため、椅子から立ち上がり、雛を抱き締めた。


「ふぎゅっ……!?」


 母さんは1階のキッチンだ。2階のここからじゃ声は届かない。

 雛と俺とじゃ30cm以上の身長差がある。抱き締めると言うより、大人が子供に覆いかぶさる、と言った方が適切だろう。

 妹が濡らして、乾かしたばかりの黒いショートカット。

 そのつむじに、俺の鼻を埋める。


「……ちゃんとシャンプーしたみたいだな。いい匂いがする」


 雛の生え際の、乳臭い香りを吸い込み、思ったままを伝える。

 俺に抱き寄せられた妹。

 俺の胸に小さな顔を埋めたまま、腕をだらんと垂らして、抵抗はしなかった。

 暫くそのまま、妹と抱き合っていた。


「……ぷはぁっ! ……くるしかった」


 雛の息継ぎはそれから10分ほど後だった。

 妹が俺の腰に小さな腕を回して、俺を見上げた。

 雛の顔は真っ赤だった。


「……彼女さんにも、こんな事してんの……?」

「だから、いないって。雛にだけだよ」


 むーっと、膨れる雛。

 俺達は、九つ離れた、血の繋がった実の兄妹。兄妹と呼ぶには年が開きすぎ、親子と呼ぶには近すぎる。体つきも違えば、話す話題も違う。近くて遠い、もどかしい関係。


「……おにぃ。お願いがある……」

「なに」


 妹と抱き合ったまま会話する。

 雛が俺を見上げて、目をうるうるさせてる。

 妹が俺にお願いするだなんて、珍しい。

 今、こういう体勢だしな。雛の頼みなら、何でも聞いてやりたくなる。


「おにぃ、明日は出かけて。夜まで帰って来ないでっ」

「いや、なんでだよ」


 寝耳に水だった。

 何でも聞くとは言ったけど、それじゃあまりに……。

 だって明日は…………。


「明日、雛の誕生日だろっ。うちで、家族で、友達も呼んで、ひな祭りしよう、って前から……!」

「だからダメなのっ!」


 上目遣いのまま、妹はしゃくり上げるように俺に訴えた。

 俺の背中に回した小さな腕に、ギュウと力が込もる。


 だから、って、なんだよ。

 意味がわからなかった。

 実は明日のために、ちゃんとプレゼントも買って用意してある、…………とは、今は言えない。

 高価すぎず、安っぽすぎもしない、学校に毎日着けて行けるような、流行りの、小学5年生になる女の子が喜ぶような、可愛らしい髪留めを、恥を偲んで入念にリサーチして、既に買って、綺麗なラッピングをして貰って、そこの机の引き出しに隠してある、とは、今は言う事ができない。

 だから今、聞くしかない。


「……俺がいたらいけない理由。聞いてもいいか?」

「うぅぅー……」


 雛は俺に抱きしめられたまま、視線を落とし、俺の胸板に顔をくっつけて唸り声を上げた。

 幼い雛の、素直な感情。

 きっと今、妹は、妹なりに勇気の欠片をかき集めて、丸めて、結晶へと昇華している最中なのだろう。

 俺は妹の小さな背中を撫でながら、待った。


「……私の友達、いるよね」

「ああ。葵ちゃん、茜ちゃん、あと真姫ちゃんだっけ。先週うちに来てたな」

「あの日、おにぃと家で一緒に遊んだ後ね。学校で、みんなが言ってたんだ……。『雛ちゃんのお兄さんって、大人でカッコイイね』って…………」


 学校で兄が褒められたというホットなエピソード。普通の妹なら喜ぶところだろう。自分を飾り立てる物への称賛。女性は皆そういうのが大好物だ。

 だが、俺の妹は、そこに大いな不満があるようだった。


「──で? 雛は、それを聞いて、どう思ったの?」

 

 俺のイジワルな質問。

 妹は頬を大きく膨らませて、おでこまで真っ赤っ赤にしながら、しばし黙っていた。

 それから、俺の胸に膨れっ面のままタックルしてきた。


「…………イヤだった……」

「……」



「……わたしね。おにぃの事、友達に言われて、すっごく、イヤな気持ちになったの……。なんでだろう? みんな、仲良しなのに……。わたし、なんでこんなに、嫌な子なんだろう…………」



 雛のその言葉を聞いて、ようやく分かった。

 俺の妹は、決して幼くなんかなかったんだ。

 年齢なりに、いや実年齢以上に、内面は大人へと成長してたんだ。

 それに気付かず、兄の俺は、ただ妹の外見だけを見て、あまつさえ他人と比べて、雛を、幼い、生理も来ないと偏って見てただけだったんだ。

 恐らくその歪んだ認識には俺自身の願望も含まれていた。

 妹にずっと子供いて欲しい。いつまでも俺の庇護の元、自力じゃ立てない雛のままでいて欲しい、と。

 でも、真実は。

 俺の妹は大人になろうとしている。なりかけている。

 俺はあの日、産まれたばかりの雛を遠くで見つめて、誓ったよな?


『雛は俺が守る。雛が大人になるまで、俺が傍にいて見守る』──って。


 小さかった雛。

 でも今、こうしてすくすくと育ち、殻を破って、大人に羽ばたこうとしてる。

 その、妹を閉じ込める殻に、俺がなっちゃ駄目だ!


「……わかった」

「!」


 妹の願い。

 俺はそれに応える事にした。

 ……皆で一緒に祝えないのは、ちょっぴり残念だけどな。


「兄ちゃんな、明日は出かけるよ。夜まで帰らない。雛は、みんなと仲良くな? お祝いされたら、ちゃんと笑って、いっぱい、いっぱい、喜ぶんだぞ」

「…………うん」


 俺の声を聞きながら、妹は相変わらず、俺の胸板に突っ伏していた。

 雛が聴いていたのは、俺の心音。

 戸惑って高鳴ったり、安堵して落ち着いたり。

 嘘偽りない俺の想いを、妹は鼓動を通して感じていた。


「ひな。ごめん、兄ちゃんな、明日は祝ってやれない。……でもな、これだけは言わせてくれ。お誕生日おめでとう、雛。俺の妹に生まれて来てくれて、ありがとう」

「ふぁ、ふぁあぁ…………」


 妹の顔は見えないが、耳にはしっかり届いてるはずだ。

 雛は声にならない鳴き声で、俺に返事した。

 俺と妹は、母さんが階段を昇る足音が聞こえてくるまで、ずっと、ずっと、抱き合っていた。





「お誕生日おめでとう、雛ちゃん」

「あ、ありがとっ」

「雛ちゃん。今日着けてる、翼モチーフの髪留め、可愛いね。誰かのプレゼント?」

「う、うんっ」

「そういえば、雛ちゃん。今日、お兄さんはどうしたの?」

「……え? えーとねっ、…………彼女にお願いされて、デートに行ってるっ」

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