兄と話しちゃいけない妹・凪草(なぐさ) その1 1821字
あらすじ
「ぼくは妹がすきだから、しょう来、けっこんしたいです」
兄が発したその一言で、仲良し兄妹の運命は大きく変わってしまいました。
兄は、彼を取り巻く全てから迫害を受け始めます。
この世界は兄妹間の恋愛を決して許さないのです。
かかる火の粉は、妹にも迫ろうとしていました。
最愛の妹を守るために。
兄は、ある決断をしました。
本編開始です↓
「妹と結婚したい」
と、国語の作文発表──『ぼくの、わたしの、将来の夢』──の時間に、俺が全クラスメイトと担任の目の前で熱っぽくスピーチしてから、数日後。
担任の女教諭の粋な計らいで急遽、三者面談が決まり。
俺は校長室に隣接する面談室で、面談の為にわざわざ仕事を休んできた親父にブン殴られた。この時やられた頭の腫れは一週間引かなかった。
面談終了後の夜。一家四人による家族会談が催され、俺はその場で妹と風呂に入るのを禁止された。
子供部屋も真っ二つに引き裂かれた。
妹と一緒に寝ていた布団は分断され、「本日からは別々に眠るべし」と厳命が下った。
そして俺は、親の見ていない場所で妹と二人きりになることを固く禁じられた。
仲の良かった兄と妹の日々は、こうして終わった。
俺たち血の繋がった兄妹の間に、絶対に越えられない『壁』が築かれたのだ。
……あんまりじゃないか。
例の作文だって、教師が「思うまま自由に書いていい」というから書いた。ただそれだけだ。
土台、小学三年生の他愛無いスピーチに過敏になる大人連中がおかしい。たかだか子供じゃないか。男性能力も備えていないのに。
俺はただ、妹が好きで、それを声に出したかっただけなのに。
やがてクラスで俺の渾名が勝手に決まった。曰く、『シス婚野郎』だ。
俺は毎朝教室の戸を開く度に罵倒され、嘲笑され、消しゴムを投げられた。
クラスの噂は学校中に広まった。
俺は小学校を卒業するまで近親異常者の烙印を押され、俺の卒業後に同小学校に入った妹までもが『シス婚野郎の妹』として醜聞の餌食になった。
そして中学を出る頃には、俺は諦めの境地に達していた。
曰く。
──ひと度貼られたレッテルを剥がす手段は、存在し得ない。世の中は、こういうもんだ、と──。
高校入学後。
俺は自分の意思に反して、妹と絶交する事にした。断腸の思いだった。
一番大切なものを、大切だからこそ、遠ざけなければならない。
この矛盾した愛を、俺は十代も半ばのうちから経験するのだ。……くそったれ。
「お兄ちゃん、今日は早起きだね」
凪草(なぐさ)は親父の発した兄妹分断令の後も尚、俺を慕って話しかけて来てくれていた。
親父が出勤した後の家族三人で囲う食卓。
お袋が目を光らせ、俺と妹の凪草の会話に耳をそばだてる。
「今日はほんのちょっぴり長く、お兄ちゃんと一緒にいられるね」
凪草は大好きなウサギさんの絵の付いた箸を右手に持ち、俺を真っ直ぐ見据えてはにかむ。
女子小学生らしい後頭部で左右二つに分けたお下げの髪を、今日は萌黄色のゴム紐で結わえている。
凪草の高い声は、聞いててとても心地が良い。
「…………」
でも。
俺は、無言で返す。
決めたから。もう、妹と話さないって決意したから。
「わ……私ね、保健委員に選ばれちゃった。お兄ちゃんもたしか、六年生の時は保健委員だったんだよね?」
──無視。
俺は沈黙したまま箸で米粒を口に運ぶ。
凪草は俺の態度に顔を曇らせ、隣の席のお袋はそれを見て安堵する。
ひどく歪な食事の風景。でも、これからはこれが日常になる。
俺は砂利を噛むような朝食を早々に済ませ、登校の仕度を整える。玄関で革靴を履きながら、特に用事もない早出に溜め息を吐く。
『俺の薄汚い欲望に妹を巻き込んではならない』という大人からのありがたい忠告を胸の内で反芻する。
……全くその通りだよ。
俺は妹の泣き顔を見たくはないし、人間として道を踏み外すつもりもない。
──でも。
自分に嘘をつき続ける人生は、むなしい。
「……行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
登校する俺に、妹が見送りをしてくれる。毎日だ。
凪草の呼びかけに、俺は背を向けたまま答える。
これが当然。……これが今日から。明日からの、当たり前。
「…………」
俺は何も言わずにドアノブに手をかける。
こんな家は早く離れてしまいたい。
でも──。
「お兄ちゃん!」
そんな薄情な俺を、凪草だけは絶対に見捨てない。
妹は昔から優しい子だから。
俺が調子に乗ってバカやって怪我しても、凪草だけは俺の隣に寄り添って、痛めた傷を慰めてくれるから。
「私こんなのやだよっ! また前みたいにお兄ちゃんと……! 前みたいに……お兄ちゃんと仲良くしたいよぉ…………」
言いながら凪草の声が掠れて行き、次第に止まり、そして嗚咽が聞こえてきた。
俺が背後を振り返るまでもなく──妹は泣いていた。
でも……今の俺に、妹を抱き、慰める資格は、なかった。
「……ごめん……行ってきます」
俺は最後まで妹の顔を見ず、扉を開きそして、閉めた。