表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

兄と話しちゃいけない妹・凪草(なぐさ) その1 1821字

あらすじ


 「ぼくは妹がすきだから、しょう来、けっこんしたいです」

 兄が発したその一言で、仲良し兄妹の運命は大きく変わってしまいました。

 兄は、彼を取り巻く全てから迫害を受け始めます。

 この世界は兄妹間の恋愛を決して許さないのです。

 かかる火の粉は、妹にも迫ろうとしていました。

 最愛の妹を守るために。

 兄は、ある決断をしました。


本編開始です↓

「妹と結婚したい」


 と、国語の作文発表──『ぼくの、わたしの、将来の夢』──の時間に、俺が全クラスメイトと担任の目の前で熱っぽくスピーチしてから、数日後。

 担任の女教諭の粋な計らいで急遽、三者面談が決まり。

 俺は校長室に隣接する面談室で、面談の為にわざわざ仕事を休んできた親父にブン殴られた。この時やられた頭の腫れは一週間引かなかった。

 面談終了後の夜。一家四人による家族会談が催され、俺はその場で妹と風呂に入るのを禁止された。

 子供部屋も真っ二つに引き裂かれた。

 妹と一緒に寝ていた布団は分断され、「本日からは別々に眠るべし」と厳命が下った。

 そして俺は、親の見ていない場所で妹と二人きりになることを固く禁じられた。

 仲の良かった兄と妹の日々は、こうして終わった。

 俺たち血の繋がった兄妹の間に、絶対に越えられない『壁』が築かれたのだ。

 ……あんまりじゃないか。

 例の作文だって、教師が「思うまま自由に書いていい」というから書いた。ただそれだけだ。

 土台、小学三年生の他愛無いスピーチに過敏になる大人連中がおかしい。たかだか子供じゃないか。男性能力も備えていないのに。

 俺はただ、妹が好きで、それを声に出したかっただけなのに。


 やがてクラスで俺の渾名が勝手に決まった。曰く、『シス婚野郎』だ。

 俺は毎朝教室の戸を開く度に罵倒され、嘲笑され、消しゴムを投げられた。

 クラスの噂は学校中に広まった。

 俺は小学校を卒業するまで近親異常者の烙印を押され、俺の卒業後に同小学校に入った妹までもが『シス婚野郎の妹』として醜聞の餌食になった。


 そして中学を出る頃には、俺は諦めの境地に達していた。

 曰く。

 ──ひと度貼られたレッテルを剥がす手段は、存在し得ない。世の中は、こういうもんだ、と──。


 高校入学後。

 俺は自分の意思に反して、妹と絶交する事にした。断腸の思いだった。

 一番大切なものを、大切だからこそ、遠ざけなければならない。

 この矛盾した愛を、俺は十代も半ばのうちから経験するのだ。……くそったれ。


「お兄ちゃん、今日は早起きだね」


 凪草(なぐさ)は親父の発した兄妹分断令の後も尚、俺を慕って話しかけて来てくれていた。

 親父が出勤した後の家族三人で囲う食卓。

 お袋が目を光らせ、俺と妹の凪草(なぐさ)の会話に耳をそばだてる。


「今日はほんのちょっぴり長く、お兄ちゃんと一緒にいられるね」


 凪草(なぐさ)は大好きなウサギさんの絵の付いた箸を右手に持ち、俺を真っ直ぐ見据えてはにかむ。

 女子小学生らしい後頭部で左右二つに分けたお下げの髪を、今日は萌黄色のゴム紐で結わえている。

 凪草(なぐさ)の高い声は、聞いててとても心地が良い。


「…………」


 でも。

 俺は、無言で返す。

 決めたから。もう、妹と話さないって決意したから。


「わ……私ね、保健委員に選ばれちゃった。お兄ちゃんもたしか、六年生の時は保健委員だったんだよね?」


 ──無視。

 俺は沈黙したまま箸で米粒を口に運ぶ。

 凪草(なぐさ)は俺の態度に顔を曇らせ、隣の席のお袋はそれを見て安堵する。

 ひどく歪な食事の風景。でも、これからはこれが日常になる。

 俺は砂利を噛むような朝食を早々に済ませ、登校の仕度を整える。玄関で革靴を履きながら、特に用事もない早出に溜め息を吐く。

 『俺の薄汚い欲望に妹を巻き込んではならない』という大人からのありがたい忠告を胸の内で反芻する。

 ……全くその通りだよ。

 俺は妹の泣き顔を見たくはないし、人間として道を踏み外すつもりもない。

 ──でも。

 自分に嘘をつき続ける人生は、むなしい。


「……行ってらっしゃい、お兄ちゃん」


 登校する俺に、妹が見送りをしてくれる。毎日だ。

 凪草(なぐさ)の呼びかけに、俺は背を向けたまま答える。

 これが当然。……これが今日から。明日からの、当たり前。


「…………」


 俺は何も言わずにドアノブに手をかける。

 こんな家は早く離れてしまいたい。

 でも──。


「お兄ちゃん!」


 そんな薄情な俺を、凪草(なぐさ)だけは絶対に見捨てない。

 妹は昔から優しい子だから。

 俺が調子に乗ってバカやって怪我しても、凪草(なぐさ)だけは俺の隣に寄り添って、痛めた傷を慰めてくれるから。


「私こんなのやだよっ! また前みたいにお兄ちゃんと……! 前みたいに……お兄ちゃんと仲良くしたいよぉ…………」


 言いながら凪草(なぐさ)の声が掠れて行き、次第に止まり、そして嗚咽が聞こえてきた。

 俺が背後を振り返るまでもなく──妹は泣いていた。

 でも……今の俺に、妹を抱き、慰める資格は、なかった。


「……ごめん……行ってきます」


 俺は最後まで妹の顔を見ず、扉を開きそして、閉めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ