異世界で妹と竜殺しライフ・夏羽(ナツハ) その1 2272字
あらすじ
兄と夏羽は仲の良い兄妹。
同じ高校に通うふたりは、お互いを異性として認識し始めます。
しかしある日不幸が襲い、兄妹は結ばれないままこの世を去りました。
迷える魂は居場所を求めて異世界へと辿り着きます。
そこは剣と魔法と竜の世界。
兄と夏羽はこの異世界でも兄妹として、共に転生を遂げたのでした。
兄は魔法剣士、妹・ナツハは魔法使いとして立派に成長して行きます。
やがて邪悪な八竜を退治する旅にでた兄妹は、幾多の試練、仲間を失う悲しみを越えて、最後の竜・我竜と戦うのでした。
……という話を書きたかったのですが設定考案だけで疲れてしまいました。
ここでは最後の最後、我竜の息の根を止める場面だけをお楽しみ下さい。
本編開始です↓
「よけろ! ナツハ!」
──油断した。
俺の斬竜刀が我竜の心臓を貫いた、その瞬間。
巨竜の断末魔が俺の妹に襲い来る。
手負いの癖に、俺に精一杯の魔力波を送り続けてくれた妹。
魔力尽量はとっくに底を付いている。
守魔詠唱は──間に合わない。
音を超える巨塵の岩柱が妹の頭上を闇に包み、そして──。
──刹那。
俺の脳裏に“あの光景”が蘇る。
妹と俺を肉の躯に轢き裂いた、荒ぶる鉄の大塊。
俺はあの世界で死の瞬間、妹を抱き庇う事もせず、手を握る事すら叶わず。
あの時、俺は──妹を……夏羽を、守れなかった。
だから──俺はこの世界で、妹に約束した。
『俺が必ずナツハを守ってみせる。二度とお前を死なせはしない──』
──と。
ナツハ。
夏羽。
──お前の兄は、兄妹の誓いを破るような腑抜けじゃない。
お前を守る為ならば──この命、何度だって、捨ててやる。
「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」
我竜に刺した剣を引き抜く。
途端。
邪竜の返り血が噴き出し、俺の鎧を赤黒く染め上げる。
生臭い、血の装束──。
……俺には、お似合いだ。
いいか、斬竜刀。もう一仕事だ。
──まだ、折れてくれるな。
「魔技迅速!」
妹のくれた最後の魔力波を、両脚に宿す。
──否。
宿しながら、既に飛んでいる。
「速! 速っ!! 速っっ!!!」
音速。光速。迅速。
音より速く。光より遠くへ。
今の俺は風。
誰よりも速く妹に届く、異世界を駆ける、風。
「──兄さん、ごめん。私、役に立てなかった」
その頃、妹を襲う──絶望。
ナツハの頭上5cmに、巨大ビルの如く圧倒的な竜の尾が迫る。
嫌でも理解できる、死。
ナツハは咄嗟にうずくまる。
一度目の死──俺たちが居眠り運転の大型トラックに轢かれた時のように。
その時──二度目の死を覚悟した妹が何を考えていたかなんて、俺には分からない。
なぜなら。
その死の宿命を、これから俺が、捻じ曲げるからだ。
ナツハの華奢な体を、大きな影が覆い尽くす。
だが──。
先にナツハの髪に触れたのは、汚い竜の尾ではなく、──俺の背中だった。
「──遅れてすまない」
岩盤を叩く鋼の残響。
俺の斬竜刀が、悪しき巨岩を受け止める。
「兄、さん……? ほんとうに、兄さん……?」
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
悪魔のような巨重量が剣を持つ俺の両腕を押し込める。
死に行く我竜の最期の足掻き。
人々を喰らって得た血を心臓から垂れ流し、地獄の道連れにと俺の妹に手をかける。
だが、悪いな。
独りで逝ってくれ。
「魔技剣斬ッ!!」
詠唱。しかし──発動しない。
俺にもう魔力尽量は残っていない。
さっきの魔技迅速で使い果たした。すっからかんだ。
さらに悪い事に、我竜との戦闘で裂かれた腹の傷が開く。
手足は傷だらけ。
脚もガクガクだ。
でも──。
──何だ、この不思議な感じは……。
背中に妹がいると思うと。
こいつを必ず守ると願うと。
わけのわからねー力が、胸の奥底から湧き起こってくる。
「ナツハ……夏羽ッ! 俺にしっかり掴まっとけ!!」
「兄さんっ!」
妹が俺の胴に腕を回し、背中から抱き着いてくる。
鎧越しに暖かい温もりを感じる。
この異世界に生まれ落ちてから、何度も俺を助けてくれた。
優しく微笑み、いつも受け止めてくれた。
妹の存在を噛み締める。
もう二度と……失いたくないっ!
「我竜、貴様にナツハは渡さない。ナツハは……妹は……俺が守るっ!!!」
妹と一体化した俺に、無限夢彩の魔力が流れ込む。
辛い剣の修行に耐え、竜を狩るのに明け暮れたのは、全て今、この瞬間の為。
師匠、力を……。
俺に、妹を守る力を……!
「はああああああああぁぁぁぁぁ! 幻影・斬竜殺ッッッッ!!!!」
俺は出した事のない馬鹿力で我竜の超重の尾を跳ね返し、
瞬間、地を走る!
再び、竜の尾に押し潰される、その前に。
斬竜刀を振り回し、
斬、斬、斬、斬! 斬ッ!
巨竜の尾が、硬い鱗もろとも豆腐のように斬り開く。
そのまま俺たちは、尾から頭へ、一気に駆け抜ける!
閃、閃! 閃ッ!
俺の剣が邪竜の腹を縦に裂く!
俺たちの通る後には赤い滝ができる。
残るは竜の首、ただ一つ。
斬竜刀を構え、一文字、十文字、千文字!
竜の頭は八つ裂きになり、木っ端微塵に砕けた。
我竜の、最期。
俺たちを苦しめた邪竜の息は、止まった。
そして……俺たちの目の前で、竜の骸の岩盤が轟音を立てて地に落ちる。
まるで崩落する魔城──。
揺れ続く地鳴りが、竜の時代の終わりを告げる。
「ナツハ、ナツハ! 終わったよ」
竜の魔窟を出た俺は、今なお背中にひしと抱き着く妹に呼びかける。
空は晴れ、風は凪ぎ、日は高く、鳥が歌う。
これでやっと──人が竜に怯えず暮らせる日がやって来たんだ。
「兄さん……」
妹は俺の背中から離れたかと思うと、今度は俺の胸の中に飛び込み、再び抱き付いてきた。
「ナツハ、くるしい……」
凄い力。
今までどこに秘めていたのか。
「兄さん……。兄さん。兄さん、兄さん、兄さんっ!」
「は、はいっ!」
俺の胸に埋めた顔を上げると、
泣きながら、潤んだ瞳で見つめてくる。
「良かった……本当に良かった……兄さんが無事で」
「俺も、ナツハが無事で……嬉しい」
俺たち兄妹は言葉も交わさず抱き合った。
ここまで至る苦難。出会った人々。そして犠牲。
二人の紡いだ記憶を一つずつ確かめるように、俺たちは密着し、青い空の下でただ風の音を聞いた。
「……帰ろうか」
「はい、兄さん……!」
俺たちの魔力尽量は残量ゼロの空っぽだったから、魔技帰還は使えない。
歩いて帰るとなると、故郷の村までは気の遠くなるほど長い道程だが……。
何となく、ナツハと一緒なら、それほど苦じゃないような気がした。
俺は妹と手を繋ぎ、来た道をまた辿り始めた。
用語解説・登場順
・斬竜刀 (トカゲオトシ)
主人公の愛刀。竜の血を吸うたび強くなる。
・我竜 (ガル)
異世界における最悪最後の竜。何物をも通さぬ硬い鱗に守られ人間を襲い喰らう。
・魔力波 (マギハ)
魔法を使う力、魔力 (マカ)の波。魔法の源。
高位の魔法使いになると、自分の魔力を他人に分け与える事が出来る。
・魔力尽量 (マギルリ)
人体における魔法の力を溜めておける容量。基本的には魔力の強さに比例する。
・守魔詠唱 (マモルテ)
あらゆる攻撃を防ぐ高位魔法。
・魔技迅速 (ハヤテ)
人体に魔力波を流し、尋常では有り得ない素早さで行動できる加速魔法。
・魔技剣斬 (ギル)
刀剣手 (キルテ)の用いる魔法剣技。剣と体に魔力を込め、甚大な力・速度で敵を斬り落とす。
・幻影・斬竜殺 (ユメミル・オトシゴロ)
解説不要。
・魔技帰還 (バクレル)
その土地の住民と触れ合い、記憶に強く刻まれた街へと瞬間的に移動できる移動魔法。
移動できる距離は術者の魔力尽量に比例し、遠地への帰還には膨大な魔力を必要とする。