聖技能学園(せいぎのがくえん)の☆☆☆(トリプルスターズ)3 ~かきつばたは悲しみのニオイ~
今回の僕たち学園探偵☆☆☆への事件解決依頼は、ちょっと変わったものだった。
依頼者が、交通事故で亡くなった妹の遺品整理をしている時に、妹の机の引き出しに入っていた自分宛の手紙を偶然見つけ、その書かれている内容に何かしらの違和感をもち、その手紙の謎を解いてほしいと依頼してきたのだそうだ。
いつものようにナボコフに集合した僕たちは、真理さんからそのことを聞いた。
そして、真理さんが、依頼者からメールで送られてきた手紙の文を見せてくれた。
『 お姉ちゃんへ
たのしかった小学校や中学校の思い出も、過ぎ去ってしまって、もう戻れない。いつもケンカばかりしていたけど、そんな私に対してお姉ちゃんはいつも優しく接してくれてた。 私のお姉ちゃんになってくれたことを、私は感謝しています。遅くなったけれど、お誕生日おめでとう。お姉ちゃんは、長生きをして下さい。私も一緒に長生きしたいな。私は、やりたいことがいっぱいあります。今はまだ、将来のことなんか分からないけど、こまっている人を助けることができるような人になりたいと思っています。でもパパが最近こまった表情をしているのが心配。お金で苦労しているのでしょうか。そう言えば、つい最近もパパが悩んでいる姿を見ました。いずれは私もパパの役に立つのでしょうか。代わることが出来るのなら、本当はそうしたいのかも。文芸部で、短歌が得意なお姉ちゃんなら
もう分かってくれるよね。 』
3回くらい読み直してみたが、どこに謎があるのか、どこが謎なのかさっぱり分からなかった。
「依頼者によるとね。手紙にはケンカばっかりしていたと書いてあるけど、妹とケンカをしたことは無いらしいのね。それと誕生日も3ヶ月も前だと言うし、おめでとうと言うのには無理がありすぎるわ」
「それと文の内容も少し変だな。何を伝えたいのか分かり難い」
田畑君が言ったとおりだ。お姉ちゃんという人に対して、何を分かってほしいのだろう?
でも、シャーロック系の能力者の真理さんにかかれば、そんな手紙の謎はすぐにでも判明するだろうと僕も田畑君も思っていた。
真理さんは、「今回はあなた達の出番は無いかもね」と宣言していたにもかかわらず、翌日には疲れ切った表情で、僕たちの前に現れた。
そんな真理さんを見るのは初めてだったので、僕はちょっと驚いた。
「謎が解けなかったの? 」
僕が尋ねると、
「シュン君、あんた私を誰だと思ってんの! 」
と、いつもの真理さんに戻ったが、それもつかの間だった。
「シュン君、ター君。頼みがある。依頼主の所に行って、この手紙の現物を預かってきてくれない」
真理さんにしては、しおらしい頼み方だ。いつもの命令口調じゃなかった。
「どうしたんだ? 真理っぺ」
田畑君が、真理さんを呼ぶ時に使ってはいけない、『真理っぺ』という呼称を使用しても反応してこなかった。
「まさか、熱でもあるんか? 」
「そんなんじゃない。ボクはこの手紙に隠されていた謎が嘘であってほしいと願っているの。でも、正義の味方としては、謎が本当なら見過ごす訳にはいかない。だから、それを確かめるためにも手紙の現物が必要なのよ」
何が真理さんを気落ちさせているのかは見当もつかなかったが、僕たちは真理さんの頼みを引き受けて、横浜にある依頼主の家へと向かった。
世田谷区にあった依頼主の家は、すごく大きな家だった。どんな仕事をすれば、こんな大きな家に住めるんだろう。どこかの会社の社長でもしているのかな?
そんなことを思いながら、僕は門柱にあったインターホンを押した。
真理さんが事前にアポを取ってくれているので、僕たちが来ることは依頼者には通知済みだ。
しばらくして玄関から女の人が出てきた。歳は若そうだ。あの人が依頼者なのだろうか?
元気がなさそうに見える。表情に明るさが全くない。
その人は、ゆっくりした足取りでこちらに向かってきた。
「トリプルスターズの者です。お願いしてあった件で来ました」
僕は女の人に向かって言った。
「はい、分かっています。これです」
女の人は、封筒を僕に手渡した。
「ありがとうございます。この手紙の謎については、すぐに解明できるだろうと、もう一人の仲間の真理っぺ、いや尾田が言っていました。明日か明後日には、その解明した謎についてお話しできると思います」
田畑君が、九州弁を使わずに標準語で言った。九州弁が出なかったのはスゴイが、真理さんのことを真理っぺと言ってしまうのは、まだまだだぞ田畑君。
「今日は、御家族の方は家にいらっしゃるのですか? 」
僕は、真理さんが訊いてくるように言っていた質問をした。
「今日は父は仕事で出かけています。それが何か? 」
「いえ、真理さん、いや違った尾田に訊いてくるように言われたので。土曜日もお仕事なんですか。大変ですね」
女の人は一瞬怪訝そうな表情になったが、すぐに「そうですか」と、また気落ちしているような表情に戻った。
なぜそうしたのか分からなかったが、田畑君が自分の鼻の前で手を2、3回振った。
「それでは、これで失礼します」
僕たちは揃って、深々とお辞儀をした。
「はい、わざわざ来ていただいてありがとうございました」
女の人も頭を下げていた。
翌日、僕たちトリプルスターズの三人はナボコフに集まった。
僕の目の前では真理さんが、僕たちが預かってきた封筒から中身を取り出して見ていた。
「やっぱり思った通りだったわ。これを見ればあなた達にもこの手紙の謎が分かるかもしれない。見てみる? 」
真理さんが、僕の方に手紙を差し出した。真理さんの「見てみる? 」という問いかけは、「見なさい」という命令に等しいものがある。
僕は差し出された手紙を受け取った。実を言うと、手紙の謎について興味があった。
手紙は便箋のようなものではなくて、原稿用紙に書かれていた。
『 お姉ちゃんへ
たのしかった小学校や中学校の思い出も、
過ぎ去ってしまって、もう戻れない。いつも
ケンカばかりしていたけど、そんな私に対し
てお姉ちゃんはいつも優しく接してくれてた
。 私のお姉ちゃんになってくれたことを、
私は感謝しています。遅くなったけれど、お
誕生日おめでとう。お姉ちゃんは、長生きを
して下さい。私も一緒に長生きしたいな。私
は、やりたいことがいっぱいあります。今は
まだ、将来のことなんか分からないけど、こ
まっている人を助けることができるような人
になりたいと思っています。でもパパが最近
こまった表情をしているのが心配。お金で苦
労しているのでしょうか。そう言えば、つい
最近もパパが悩んでいる姿を見ました。いず
れは私もパパの役に立つのでしょうか。代わ
ることが出来るのなら、本当はそうしたいの
か。文芸部で、短歌が得意なお姉ちゃんなら
もう分かってくれるよね。 』
手紙の内容は、この前見たのと同じだった。しかし、何回読み返してみても、謎らしいものは見えてこない。
僕は、手紙を田畑君に渡した。田畑君もしばらく手紙を見ていたが、「分からん」と呟いた。
「おかしな所ぐらいは気付いたでしょう? 」
真理さんが、しびれをきらしたように言った。
「それは、分かった。この人原稿用紙の使い方が分かっていないんだね。句読点が、升目の終わりに入りきらないときは、升目の下に書いて、文頭に書いてはいけないんだよね」
「そう、そのとおりよ。でも、この手紙を書いた人は、それを分かっていてわざとそうしたの」
「わざとって、なしてな? 」
昨日、あんなに見事に標準語を駆使していた田畑君が、なぜか九州弁丸出しで真理さんに訊いた。
「その質問に答える前に、ター君の報告から聞かせて。シュン君が家族について尋ねた時、依頼者はどう思っていた? 」
「依頼者の人は、父親のことば思った。交通事故で母親と妹が亡くなった後、すごく憔悴しきっとる姿ば目にして、不憫に感じとるようだった。それよりもすごかったのは依頼者の深い悲しみの感情。暗い波が押し寄せてくるようで、わが輩はその感情を受け止めるのをやめた」
思い出した。あの時、田畑君が手を鼻の前で振っていたのは、ニオイを払っていたんだ。
ニオイでその人が思っていることを読みとれる田畑君の異能力だが、負の感情は読みとるのがきついのかもしれない。
「やっぱり父親は、この事件の真相には気付いていなかったみたいね」
真理さんが、ぽつりと呟いた。
「えっ、事件? 」
「そう、これは事件だったのよ。でも警察は、事故として処理した」
「どういうことね? さっぱり分からん」
僕も田畑君の質問に肯いた。真理さんの言っていることが理解できない。
「ボクが調べたことから話していくわ」
真理さんが、そう前置きをしてから話し始めた。
「依頼者の父親である真島昭人は、物販会社を経営してる。まだ上場はしていないけど、そこそこの利益をあげていた」
僕は訪ねていった依頼者の家を思い浮かべた。そこそこの利益でもあんな立派な屋敷に住めるんだ。
真理さんの言うそこそこの利益って、年収にしたらどれくらいなのだろう?
「真島昭人は、病気で妻を亡くしていた。同じく、新しい妻となった圭子も事故で夫を亡くしていた。そして、二人にはそれぞれ娘がいた。その二人が再婚したのは6年前。姉の美幸が13歳、妹の遥香が10歳の時」
どうやら真理さんは区役所のコンピュータをハッキングしたようだ。相変わらず真相を解明するためには、手段を選ばない人だ。ある意味、怖い。
「姉の美幸が父親の連れ子で、妹の遥香は母親の連れ子だった。そして、4人は何のトラブルもなく仲睦まじく暮らしていた。
ところが、母親の父、つまり依頼者の祖父にあたる神崎甚太郎が経営する工場が倒産したことから、父親の会社の経営も厳しくなった」
「なしてな?」
田畑君がコテコテの九州弁で尋ねた。
「縁者の経営する工場ということで、そこに発注していたのかもしれないわね。そして現金ではなく手形で決済をしていたんでしょうね。倒産して約束手形が不渡りになったら、お金が入ってこなくなるから、その分損失が発生してしまう」
「ああ、何かのドラマで見たことがあるばい。シュン君も見たことあるやろ。倍返しだとかいうやつ」
「あるある」
僕はコクンコクンと肯いた。
「ター君、そんな古いドラマのことなんかどうでもいい」
真理さんが田畑君をキッと睨んだ後、話を続ける。
「いくらの損失が出たのかは知らないけど、会社の経営が厳しくなったことによって母親の圭子は責任を感じて悩んでいたに違いないわ」
「そうか、自分の父親の会社が倒産したことが、経営悪化の引き金だもんね」
「そう。だから、彼女は保険金目的の自殺という最悪の手段を思い描き始めた」
「えっ! 」
僕と田畑君は同時に驚きの声を上げた。
だって、交通事故を装った自殺だったというのなら、何で自分の娘まで道連れにしたんだ。
「表情から察するに、二人とも同じ疑問をもったようね。いいわ、教えてあげる。保険証書を見たわけではないから、あくまでもボクの推測だけども、自分一人の生命保険金だけでは充分じゃなかったからよ。だから娘の保険金もと考えた」
「じゃあ、足らない分をまかなうために自分の娘を犠牲にしたっていうことね。ひどか話しばい! 」
田畑君が憤慨していた。僕もそう思う。
その時、僕はふと気付いた。
もしかして、妹の遥香さんは、自分の母親の変化に気付いていたんじゃないかと。
「シュン君、わが輩もそう思う」
僕の考えたことをニオイで読みとったのか、田畑君が大きく肯いた。
「どうやら二人とも分かったみたいね。そう、遥香さんは母親の変化に気がついていたのよ。もしかすると、母親が保険証書を読んでいる場面を目撃したのかもしれないわ。そして母親が見ていたのが、母親の保険証書だけではなく自分の保険証書もだったとしたら」
「それは、真理さんの推測であって、事実ではないよね? 」
「ええ、でもその可能性が高い。もしかすると母親は自分を道連れにして自殺をしようとしているのではないかと遥香さんは考えた」
真理さんが、やけにはっきりと持論を述べる。その根拠はどこにあるのか、僕にはさっぱり分からない。
久しぶりに ?マークが頭の中で回転し始めた。4回転ループが出来そうな勢いで。
「二人とも、折句って知ってる? 」
真理さんが質問した。
折句? 聞いた覚えがある。でも、思い出せずに頭をひねった。
「二人とも、国語で習ったはずよ。折句を使った有名な短歌を詠んでみるわね。これで思い出せなかったらお仕置きものよ」
眼鏡の奧の真理さんの眼が、半眼モードになりかけていた。かなり、ヤバイ!
でも、いつもの真理さんの元気が出てきているようなので、少しホッとしていた。
シャーロック系の人は、推理を披露している時にエネルギーが蓄積されていくのかもしれない。
「から衣、きつつなれにし、妻しあれば、はるばる来ぬる、旅をしぞ思ふ」
短歌を詠む真理さんの澄んだ声が、僕に折句のことを思い出させてくれた。中学の時、国語の授業で習った記憶がある。
短歌の五、七、五、七、七の文頭の文字を並べると『かきつはた』となる。つまり、カキツバタという花の名前が隠されているのだ。
「その表情からすると思い出したようね。その折句と同じ手法で、遥香さんのメッセージがその手紙に書かれているわ」
僕は田畑君が持っている手紙をのぞき込んだ。手紙の文頭の文字だけを拾って読む。するとそこには、『たすけて。わたしはままにころされるかも』という文章が表れた。
「遥香さんが、あえて原稿用紙の使い方を無視したのは、読点が文頭にくることによって、姉に暗号を解いて欲しいと思っていたから。そして、そんな手紙を書いたのに、結局は机の引き出しにしまい込んだ。遥香さんは、まさかいくらなんでも自分の母親がそんなことをするとは信じられなかったんでしょうね」
「でも、事故が起きて二人は亡くなってしまった……」
「そう。二人が亡くなった事故について調べてみたわ。ハンドル操作の過ちによる崖からの転落。運転していたのは、もちろん母親。で、保険金のこともあったから、警察で父親に事情を訊く時に、正義の味方の華菜さんも立ち会った」
田畑君のお姉さんの花谷華菜さんは、エスパー系テレパスという異能力者の正義の味方だ。華菜さんの前では、どんなに嘘をついても無駄だ。だって、心で考えたことが全て分かってしまうからだ。
「華菜さんが、立ち会っても父親には何ら不審な点はなかったし、遺書などもなかったので事故で処理された。
しかし、遥香さんが母親と一緒に事故で亡くなっていることが、彼女がこの手紙で訴えていることが真実だったことになる。つまり、これは事故ではなくて、母親による無理心中だった」
「悲しかことばい」
田畑君が呟いた。
「もっと悲しいことは、依頼者の美幸さんは、ボクに手紙の謎を解いてほしいと依頼してきた時には既に、手紙に隠された遥香さんのメッセージを見抜いていたこと」
「えー! それじゃ何のために依頼をしてきたの? 」
「真実を誰かに知って欲しかったのだと思う。そして、その真実にどう向き合えば良いのかを一緒に考えてくれる人が欲しかったのだと思う。でも…」
真理さんは、そこで言葉を句切った。そして、はき出すように言った。
「冷たい言い方だけど、ボクたちには一緒に考えるなんて無理。これはあくまで家族の問題なのよ。他人のアドバイスなんか意味がない。答えは彼女自身が出すしかない。それが最良の方法だと思うわ」
眼鏡の奧の真理さんの眼が、少し潤んでいるように見えた。
どこかの名探偵が言っていたような気がする。『所詮、自分たち名探偵と呼ばれる輩が謎を解いたとしても、それは後の祭りのことであって、不幸になった者が幸せになることは有り得ない。ましてや、事件にまきこまれて死者が出たなら、死んだ者が生き返りでもしないかぎり、謎解きは名探偵の自己顕示欲にすぎない。なんで自分たち名探偵は、虚しく悲しい仕事を続けなければならないのだろう』と。
真理さんがこの名探偵の言葉を知っているのかどうかは、僕には分からないが、少なくとも真理さんはこの名探偵と同じ虚しさを感じていたに違いない。
翌日、僕たち三人は依頼者の家に赴き、手紙に隠されていた真実を伝えた。
僕たちがいるにも関わらず、依頼者の美幸さんは激しく泣き崩れた。
「どうして…、どうしてもっと早く…」
時折、嗚咽の中にそんな言葉が聞こえてきた。
「妹さんは、自分の母親を最後まで信じていたかったのよ。だから、あなたに手紙を渡さなかった。でも、いくら悔やんでも時間は元には戻らない。大切なのは、残された者が真実にどう向き合いながら生きていくかだと思うわ。それが出来るのは私たちじゃない、あなたよ」
真理さんの凛とした声が響いた。僕にはそれが、美幸さんに対する真理さんの激励の言葉に聞こえた。
それから三日後、いつものように僕たちがナボコフに行ったら、ピーチさんが大きな白い箱を僕たちが座っているテーブル席に運んできた。
「何これ? 」
真理さんがピーチさんを見上げて尋ねる。
「白橋美幸さんという人からよ。依頼のお礼だって」
「あ、そうか。報酬のシュークリームね」
真理さんは中身を見もせずに、その箱をピーチさんに渡した。
「後で食べるから、冷蔵庫に入れておいてね」
「分かったわ」
「ところで、彼女、これからどうするとか言ってなかった? 」
「私は部外者だから、彼女が私に何か言うってことは、有り得ないでしょ。でも、何も言わなくても、彼女からは負のオーラは感じられなかったわ」
「そう…。彼女がどういうふうに真実と向き合っていくかは分からないけど、少なくとも前向きな考え方を選んだようね」
時々、真理さんがすごく大人に見えることがある。厳しさの中に優しさを兼ね備えている。
まあ、その厳しさは、時に厳しすぎてドSとなって表れることもあるけど。
僕がそんなことを考えながら、真理さんを見ていると、
「シュン君、あんた今、ボクのことをドSと思ったでしょう」
真理さんの眼が半眼モードになっていた。
ひえーー!