episode5
2017/5/16 文章修正
翌日、課題を済ませた宿梨は夜の9時10分前にログインした。
意識が電脳世界に移動し、目を開けるとそこはセロシアの店ではなく、最初にログインしたときに立っていた広場が広がっていた。
少しの間ロードが入り、キャラクター情報の更新が完了。
すぐに操作権がラク自身に移った。
「さて、セロシアさんの店に行こうかな」
操作権を委託され、動けるようになったラクはウィンドウを開き、街のマップを表示した。
広大な街の中から検索機能を使って場所を特定。そのマップを見ながら、検索結果の赤く表示された場所、セロシアの店『アマドコロ』を目指して歩き出した。
だがしばらく歩いていると、ラクは周囲からの視線を感じ、歩くスピードを上げた。
原因が何かないかを考えながら歩いていると、いつの間にか『アマドコロ』の前についていた。
そしてその瞬間、まるでラクが来るのを待っていたようにひとりでに扉が開いてセロシアが店から出てきた。
「よ。時間ぴったりだな」
「今日はよろしくお願いします」
「うん。戦闘についてしっかり教えるよ。じゃあ行こうか」
そういうと、二人は並んで西の草原エリアを目指して歩き出した。
【西:草原エリア】
目的地の草原に着くと、セロシアはいくつかの武器を取り出し、草原に突き刺してセロシアは戦闘システムについて説明し始めた。
「まずは基礎から。ラクは昨日初めて戦った時何か感じなかった?」
「なにかですか?そうですね……単純に楽しかったです」
「……なにこの子。既にそれ感じてるの?私はじめはめちゃくちゃ怖かったのに。ってそうじゃなくて、実はラクは無意識のうちに一つスキルを使っていたんだよ。気がついた?」
「私があの中でスキルを使った?たのしかったのは確かですがそんな余裕なかったんですけど」
「まぁ、最初のうちは気が付かなくてもしょうがないかな。えっとね、ラクが使ったのは【支援スキル】」
「【支援スキル】?」
「そう。昨日はそれぞれについて説明できなかったけどここで【戦闘スキル】【支援スキル】について説明するよ。【生産スキル】と【加工スキル】は森林エリアで説明するつもりだから。」
「あとの…えっと【特殊スキル】は?」
「【特殊スキル】はすこし例外だからこれはまた必要なときになったら説明するよ」
「わかりました。その時はお願いします」
「任せな。――それは置いといて、ラクの使ったスキルについての説明をするよ。ズバリ、ラクが使ったのは【支援スキル】に分類されるスキル【身体強化】だ」
「身体強化?」
「ああ、【身体強化】は【アタック】【デフェンス】【スピード】の三種類があって、文字通りの運動能力鵜を一時的に強化するんだ。ちなみに併用はできないよ」
「へぇー。でも私いつ使ったんですか?心当たりがないのですが」
「ほら、最後牛の額に角を刺しただろ?あの時だよ」
「あの時……。まあ確かに今になって思いだすと、あの状態からは絶対に間に合わな筈なのに額に角を刺したね。私……」
「それに牛の突進を受けても後ろに飛ばされなかっただろ?あれも【身体強化】のおかげなんだ」
「なるほど。でもいつ私【身体強化】なんてスキル手に入れたのですか?」
自分が【身体強化】を使ったことは牛との戦闘の最後のことを考えると納得できる。しかしラクは一体いつ【身体強化】を手に入れたのか。それらしい通知もなかったと思うし、スキルについて調べて行動したわけでもない。それに意図的にそのスキルを使ったような記憶はない。
「あれ?獲得したときウィンドウ出てこなかった?」
「もし一昨日手に入れてたのなら見逃してたかも。必死でしたから」
「そう。まぁ可能性としては一つしかないかな」
どうやらセロシアにはいつ、どこでラクが【身体強化】を手に入れたのかがわかっているようだった。
「カデンから聞いたんだけどラクは一昨日、私の店から逃げた後、【西の森林エリア】の入り口まで走ってきたんでしょ?たぶんその時」
「え、あの時って……ただひたすら走ってただけなんだけど…」
「それでいいんだよ。【身体強化】は『自らを鍛える行為を5分以上繰り替えす』だからね。ちなみに始めたら真っ先に取るべきスキルだった時から時短になったな」
意外な答えにラクは拍子抜けした。
まさかそんなことでスキルが手に入ってしまうなんて。ありがたみがないようにしか思えない。
だがラクはまだ知らない。
これが今後のプレイで重宝し、時が来るまでの愛用スキルとなること。
「で、続けるが【身体強化】のみならずほとんどのスキルはプレイヤーの経験、体験したことでレベルが上がっていく仕組みで、ものによっては一定レベルまで上げると分岐ができるものもあるから、【身体強化】に分岐が出たら改めて私に相談して」
「わかりました。それと今後の参考までになにかとっておいたほうがいいスキルとかありますか?」
「うーん。そうだなぁ……。私は見てのとおりハンマーだから火力と【気絶】をとりやすくするスキルを持ってるけど……、ラクの場合は短剣だし……、割と簡単なところで【投擲】とかどうかな。物を投げる距離とコントロールが良くなるやつなんだけど」
「たしかにそれよさそうですね。余裕ができたらそれの取り方教えてください」
「そのときは連絡してくれ。条件教えるから」
「わかりました」
「――さて、【支援スキル】についてまとめると、単純に何かをするときに役に立つものって思っていたらいいよ。中には完全に【支援スキル】使ってPTを支援するのに徹底するプレイヤーがいるぐらい種類は豊富だから。あとは文字通り。じゃあ今度は【戦闘スキル】についての説明をしようか」
というとセロシアは腰から下げていたおおきなハンマーを持ち、肩に担ぐように構えて戦闘態勢に入った。
「ひとつ【戦闘スキル】を見せるから見てて」
セロシアはそういうと、一番近くの牛型MOB【突進牛】めがけて【身体強化:スピード】を使って一気に間合いを詰めた。
そして肩に担いだハンマーを下ろし、腰の左側面でハンマーの頭を後ろに向け、まだ接近に気が付いていない【突進牛】の頭部の右側まで来ると、ハンマーを牛の顎めがけて振るいあげた。
鈍い音を立ててその攻撃を受けた【突進牛】の体は宙を舞い、ぐるぐると縦回転をしながら数メートル先の地面に激突して光の粒子になった。
「な……」
ハンマーを再び担いでラクの元まで戻ってきたセロシアは、ウィンドウに表示された入手アイテムを確認して閉じ、ラクのほうを向いた。
「まあざっとこんなもんよ。武器ステータスの問題もあるけど【戦闘スキル】は中に登録された動きを自動的にしてくれるってものでね。今回の場合だと【初槌】っていうスキルで、思いっきり敵を宙に撃ち飛ばすスキルなんだ。――これも踏まえて二つをまとめると、【支援スキル】はパラメーターや行動の支援をするもの、【戦闘スキル】は攻撃そのものなんだ。両方の併用は可能で、このシステムが戦闘スタイルを無限大にしているんだよ。ここまで理解できた?」
「なるほど……なら短剣だと動きやすいし【支援スキル】を中心に戦ったほうがいいのかも……?」
「もうそこまで考えてるのか。分析力はずば抜けているな。――まあ理想のスタイルを見つけるまではいろいろ試すといいよ」
そういうとセロシアはあたりを見回しはじめ、ちょうど視界の先に一匹だけいる【突進牛】を左手で指さした。
それから反対の手でラクの肩をポンポンっとたたき、ラクの目線が左指で指している方向を見るように誘導した。
「じゃあそれを踏まえて、あの牛と戦ってみて。百聞は一見に如かず。何事も挑戦が大事だよ。さ、いったいった!」
セロシアは有無を問わずびラクの背中を押して牛の前まで歩いて行った。
だが【突進牛】は二人が迫ってくるのを感知したのか、二人のほうを向いてすぐさま臨戦態勢に入った。
「え、ちょ、いきなり!?準備とかは?」
「いらないいらない。それよりもう向こうは戦う気満々だよ。頑張って」
セロシアはラクの背中を思いっきり押すと、足早に後ろに歩いて行った。
その勢いで数歩前に歩いたラクは後ろを振り返って手を伸ばしたが、すでにセロシアは遠くで手を振っており、頑張れと言ってラクを応援していた。
どうあがいてもこの状況では一人で戦うしかないと感じたラクは、仕方がないので短剣を引き抜き、順手で持って構えて突進牛と対峙した。
【突進牛】は勢い良く駆け出し、ラクに向かって一直線に走っていった。
「……こうなったらやってやろうじゃない
!!」
こうして二度目の戦闘が始まった。
【突進牛】とラクが戦闘を開始してからしてから数分がたったころ、草原に座っていたセロシアはラクが昨日以上に苦戦していることが気になり、牛のことをずっと見ていた。
「うーん。あの牛……まさか……」
いくら初心者だといっても昨日はこれほど倒すのに時間はかかっていなかった。
ラクの調子が悪いというわけでもなさそうだし、なら何がそんなにラクを苦戦させているのだろうか。
「ぇ…セロ…。ねぇ!セロシアさん!」
考えることに集中していたセロシアは戦いながら呼んでいるラクの声が聞こえていなかった。
「セーローシーアーさーん!!」
「ん?なに?」
ようやく気が付いた。
「なんかこの牛、昨日のやつと違うんですけど!」
「違う?……ってあああああ!!!」
「!!?なに?どうしたんですか?」
急に叫んだセロシアは立ち上がると顔の前で両手を合わせ苦笑いをしてラクに向かって叫んだ。
「ごめん!そいつ【突進牛】じゃなくて、中ボスクラスの【猛進牛】だわ!」
「ちょ、はぁ!!?どういうことです……きゃぁぁぁ!」
ラクは【突進牛】改め、瓜二つの【猛進牛】の突進に吹き飛ばされ、数メートル先に顔面着地をした。
飛ばされてきたラクをセロシアは落下地点まで走ってキャッチすると、地面に下し、ラクはふかふかの草の上に腰を下ろした。
「いやーごめんごめん。あいつらデザインが似てるからよく間違えるんだよねー。あいつは私が倒してくるからそのあとでもう一回【突進牛】と戦おうか」
というとハンマーを取り出して歩いていこうとした。
しかしどうしたのか。
ラクはセロシアのうでをつかんで離さなかった。
「ん?どうした?」
「……倒す」
「へ?ちょ、ラク?」
「わたしがあいつを倒す」
「ラ、ラク?」
「家族もカデンも自分勝手すぎ。こっちのことを考えないであれこれ言ってくし……それに!」
とぶつぶつと言いながらラクは【猛進牛】に向かって歩いて行った。
「え、ちょっと!……な、なんだったの、今のラク……」
いつもは明るいラクの変わりように驚いてその場に突っ立っていたセロシアのもとに、カデンからのチャットコールが来た。
「よう、ラクの様子はどうだー?」
「……様子がおかしくなった。」
「は?なにがあったんだ?……ま、まさか……原因はなんだ!?」
「私が【突進牛】と【猛進牛】を見間違えた」
その後も、事細かくセロシアはカデンに教えて行った。
「……っというわけなんだ」
「なるほどなぁ。そりゃあれだな。いやでもいい機会か。セロシア、ラクの戦い方を見てみるといいよ」
「戦い方?それってスタイルのこと?ラクがスピード型なのは【突進牛】との戦闘で分かったけど……」
「いいから見てみな。じゃあ俺は討伐の戻るわ。それに次会った時の対策考えないといけないし。そんなわけだ!じゃあな!」
カデンはかなり慌てた様子でチャットを切断した。
「どうしたんだ?あいつ?」
その間にも、ラクと【猛進牛】の距離は狭くなっていった。
残り10メートルとなったところで【猛進牛】から攻撃を仕掛けてきた。
傘を地面から剥がれるではないという踏み込みをし、体勢を低くしてラクに向かって突進して行った。
スピードはほぼ【突進牛】と同じだったが、より硬質になった角に当たると、初心者を一撃で瀕死に追い込むほどの威力を持っている。
その強烈一撃をラクは高くジャンプして避けると、【猛進牛】の背後の草原に着地した。
そして【猛進牛】が立ち止まって振り返った直後、短剣の柄の部分で額を思いっきり殴りつけた。
HPバーの下には【身体強化:アタック】と表示されていた。
ゴッっという鈍い音がして【猛進牛】がめまいを起こしてよろよろと後退する。
「なに?もう終わり?私は満足してないけど?」
「うそでしょ……。短剣の柄で目眩とるとかどれだけ威力あるわけ……。しかも余裕そうだし」
昨日のものとは比べ物にならない威力にセロシアは圧倒されていた。
ハンマーを扱うセロシアにとっては目眩もそれに似た気絶もとるのは簡単なことだが、他の武器で両者をとることはそうそうできないことである。
「モ…モオオォ……オ」
「まだやれそうだね」
ラクは目眩が治ったばかり【猛進牛】の左角を短剣の柄で殴りつけた。目眩をとった威力で殴られた角はあっけなく鈍い音を立てて折れ、角の破片は宙を舞い、折られた角は地面に転がった。
それからも一方的に攻撃するラクに【猛進牛】のHPはどんどん削られていく。
やがて【猛進牛】はなんの抵抗も見せずにHPが0になり、光の粒子になって消えると、ラクは剣を収めてセロシアの元に戻ってきた。
「ん〜すっきりした」
「……」
「えっと…ラク。いくつか聞いていい?」
「ん?何?」
さっきの冷酷なラクから元のいつものラクに戻ったのをを見てセロシアは安心したが、それと同時に理解が追い付いていなかった。
「何やってたか覚えてる?」
「なにって……途中までは【突進牛】と戦ってましたけど……ってあ〜またやっちゃったのかぁ」
「え?」
「私ってあんまり本気で怒らないんですけど、いざ本気で怒るとその間のことをはっきり覚えてないんですよ。しかもカデンに以前どんな感じか聞いたら鬼って言われました」
なるほど、カデンがチャットの時に慌ててたのはこのことが理由か。
そう判断したセロシアは、とんでもない子をカデンは誘ったなっと思ったのだった。
ここからは余談だが、ラク、現実での宿梨は、あまりに積極的に四六時中「クレマチスをやろう」と迫ってくる家族に一度だけ激怒したことがあった。
後日、家族にどんな感じだったか陽二がきいたことがあった。すると父親曰く、「妻と2人で家に帰ったら食卓に「話しかけないで」って乱雑に書いてある紙と冷凍食品が置いてあった。それと陽優がソファで震えてた」とか……。
まさかのラクの一面が見れた回でした。これが今後どのような影響を与えるのか、お楽しみに!
ちなみに【突進牛】と【猛進牛】のデザインが酷似しているのは宿梨の母親の一種のいたずらに制作陣がのっかったっていう設定です。意外と制作陣も宿梨の両親も遊び心を持っています。