episode2
2017/3/26 文章全体の修正
2017/5/6 細部修正
「いってきまーす」
妹の陽優の元気な声が自室にいる宿梨にまで聞こえた。
勢いよく出て行った陽優のあとを、30分後に宿梨は学校に行くために家を出た。
登校中、宿梨は昨夜陽二に教えてもらったことを書いたメモとにらめっこしていた。
戦闘の自由度、世界の特徴、ステータスについてなどなど。
まずこのゲームにレベルは存在しない。
ステータスはHP・ATK・DEFのみ
それ以外のパラメーターは存在しない。
HPはプレイヤーの経験度で上昇、それ以外の2つは武器、装備、アクセサリーで変動する。
経験度は戦闘、生産、等のアクションで自然に得られ、その数値の応じて上昇する。
逆に、何も行動しないと経験度が減少し、HPも減少する。
いわば現実での体力だ。
そして初期値はHP:100 ATK:5 DEF:5だ。
「うん。なんとなくだけど覚えれた。夜いろいろ試してみよっかな」
宿梨は夜やることを決めたところで学校に着いた。
教室で荷物をカバンから出していると、幼馴染の陽二が菓子パン片手に机のそばにやってきた。
「ん……どうだった?初のクレマチスの世界は」
相当いい評価を期待しているらしく陽二は笑顔でそう聞いてきた。
「どうって。……最悪だった」
「は?なんで?」
「だって……いきなり鎧ボロボロの男の人の人質にされるわ、その男の人ごと女の人に私がでっかいハンマーで飛ばされるわ、どっかに連れていかれるわで災難だった」
それを聞いた陽二はどういえばいいかわからないらしく、しばらく「う~ん」と言って悩んでいた。
「そりゃ……災難だったな。――でいまお前どこにいるんだ?」
「どこって……西の森林エリアの入口のセーフティゾーン……だったかな」
「はぁ!?どうやってそこまで行ったんだよ!」
「ど、どうって普通に走ってだけど」
陽二はため息をついて「そりゃ見つからないわけだわ」と小声で言った。
それから菓子パンをすべて口に放り込み、包装紙をくしゃくしゃに丸めて制服のポケットにしまった。
「なんか言った?」
「いやなんでもない。それより今日はログインするか?」
「一応するつもり。まだ何もしてないし。とりあえず一通りやってから続けるかは決めるつもりだから」
「そうか。いつ頃だ?」
「えっと…9時ぐらいからやろうかと思ってる」
「9時だな?」
「うん。それがどうしたの?」
「いやなんでもない。とにかくお前が続けることを祈ってるよ」
というと陽二は自分の席に戻っていった。
「……なにがいいたいの?あいつ」
結局、宿梨は陽二が何を言いたかったかわからないまま、午後の授業も終わった。
宿梨が家に帰ると、すでに母親が仕事から帰っており、リビングでソファーに座ってテレビを見ていた。
「おかえり。今日は早かったわね」
「うん。ちょっと調べたいものがあったから」
「そう」
「ところで陽優は?」
「帰ってきてるわよ。なんでもクレマチスのアップデート内容についてフレンドと話してくるって言って走っていったわよ」
両親がいうには、近々大型アップデートをするらしい。
詳しい内容を親の口から聞き出せずにいる陽優は、誰かとアップデート内容の予測を共有したいとかで、帰ってきてからずっとクレマチスにいっているらしい。
陽優がそれほど熱心に考えている大型アップデートの内容、実はやり始めたばかりの宿梨も少し気になっていた。
一体どんな内容なんだろう……
宿梨はソファのそばに立ったまま考えているとふと思い出したように母親が口を開いた。
「ねぇ、宿梨はこのゲームの中で何ができるようになれば一緒にやってくれる?」
なにやら母親がとんでもないことをしそうな予感がした。
こういう時の母親は何でもしかねない。
母親はゲーム開発陣の人間で、さらに相当実力のあるプログラマーであることを父親から聞いている。
さらに父親曰く、宿梨たちの母親が入社してこなかったらクレマチス・オンラインは存在しないとまで言っているほどだ。
そんな実力持ちの母親が何が実装されれば一緒にやってくれるかを聞いてきた。
しかも笑顔で。
「なんでそんなこと聞くの?」
「何度も言ってるでしょ。私たちは宿梨とも一緒にプレイしたいの。でもやりたがらないのはあなたを魅了するようなシステムが存在しないということだと思うの。だからね?」
宿梨はとんでもない親だということを実感した。
たかが娘一人がゲームをやってみたいとと思わせるために新しいシステムを人気作に入れるとか言い出したのだ。
さすがにこれ以上放っておくと何をするかわからないと思った宿梨は、あきらめて要望を出すことにした。
「それはわかったけど、どんなシステムがあるかをそもそも知らないんだけど」
「安心して。聞いてくれればすぐに答えるわ」
どこが安心していいのかわからないが、とりあえず適当にいってみることにした。
「ペット要素」「あるわ」「マイホーム」「あるわ」「宝探し」「あるわ」
その後も適当に言っていったが全てに「あるわ」と答えられ、そろそろ思いつかなくなってきていた。その時だった。
「創作料理は?」「――ない」
素っ頓狂な声で母親は答えた。
いろいろ疑問に思うことはあったがとりあえず無理そうな要望を出した。
「じゃあ……システムに登録された料理を作るとかじゃなくて現実と同じように創作料理ができるようになったら一緒にやってもいいよ」
しばらく黙り込んで何かを考えていた母親は、考えがまとまったのか立ち上がって宿梨のほうを向いた。
「……わかったわ」
「え?」
なぜかニヤニヤしながら答えた母親。
「約束よ。創作料理のシステムが導入されたら一緒にやりましょう。いいわね?」
「う、うん」
それを言う母親のあまりの迫力に圧倒されていると、会社から帰ってきた父親がリビングに入ってきた。
「ただいまー。って何やってるんだ?」
「あなた!今度の大型アップデート。一つ入れてほしいものがあるの!」
ついには母親の迫力に父親すら圧倒されてしまうという結果になった。
これ以上ここにいるといろいろやばそう思った宿梨は、リビングを後にし、夕食までの間自室にこもった。
それからしばらくしていつも通りの母親に戻ったようで、何事もなかったように夕食を食べ、9時前にクレマチス・オンラインにログインした。
クレマチスの世界に再びやってきた宿梨もといラクは早速、朝復習していた基本的なシステムについて、作業ををしながら思い出すことにした。
まずはアイテムについて。この世界では主に【回復アイテム】【支援アイテム】【ドロップアイテム】【生産アイテム】の4つに分けられる。
【回復アイテム】はその名の通り、HP,状態異常を回復するためのアイテムである。
NPCから購入できるものの回復量は一定だが、生産プレイヤーが素材を変えて作ったものは素材に左右されて効力、効量が変化する。
ちなみに味も素材アイテムに左右されるので、おいしくもなるしまずくもなる。
次に【支援アイテム】である。支援アイテムといっても種類は豊富ですべてを説明するのは難しい。なのでここでは代表的な二つを紹介する。
一つ目は【能力上昇系】である。
これは使いきりのものと、装備アイテムの二つに分けられる。
使いきりのほうは文字通り一度だけ使用できるものだが、状況に合わせて使用できるという利点がある。
装備アイテムのほうは常時その上昇の恩恵を受けられるが、装備アイテムということでものによっては行動に支障が出る場合がある。
当然、防具の耐久治も存在する。
もう一つは【行動支援系】である。
これは主に戦闘時ではなく、移動時などの非戦闘時に役に立つ、いわば便利グッズである。
代表的なものではロープ、地図などである。これにはものによっては耐久値が存在するものもある。
次に【ドロップアイテム】である。敵対MOBからの入手品、植物採取、鉱石採掘、クエスト報酬のアイテムはここに部類される。
また低確率で入手できる「レアドロップ」も存在する。
最後は【生産アイテム】である。
これはプレイヤーが作ったもの全般に当てはまる。
【回復アイテム】【支援アイテム】の中で生産プレイヤーが作ったものはこちらにも部類され、追加効果が付くこともしばしば。NPCが販売しているものと比べても良質なものが多い。
以上が基本的なアイテム分類である。
「ということはアイテムを作ったプレイヤーによって効果が変わるから、購入するときに気を付ける感じでいいかな。」
一通りセーフティゾーンの周辺で採取できるものを採取したラクは、それらをインベントリにしまい、軽くストレッチをした。
「さて…と、次は戦闘でもしてみるかな」
そういうとラクは昨日こっちに来るときに見かけた牛型のMOBを探して歩き出した。
【西:草原エリア】
「えっと、確か昨日はこのあたりで戦っていたよね」
ラクはそういいながら、昨夜通った道を歩いて草原エリアにやってきていた。
そして昨日牛を見かけたと思われる場所まで行くと、そこには5匹程度の牛型のMOBが草を食べたりしてのんびりしていた。
ウシ型MOBの正式名称は【突進牛】
大きさは普通の牛と変わらないが、前にねじれている二本の角と、茶色の体毛が特徴。
その名の通り、突進を武器にして戦う。
陽二の説明によると、大体のプレイヤーはまずこの牛を倒すことを目標にプレイするらしい。
なんでも、これが倒せれば森林エリアの中ボスをそこそこ討伐しやすくなるらしいのだ。
そして中ボスを倒すことができ、いわゆる周回ができるようになると経験度が増え、HPが上昇する。
そして新しいエリアに行くための準備ができるといった算段らしい。
「とりあえず……あの一匹だけ離れて過ごしているやつに挑んでみようかな」
ラクはインベントリから森林エリアの入り口で拾った【石ころ】を牛めがけて投げつけた。
すると一直線に飛んでいった石は狙いにまっすぐと飛んでいき、見事に牛の頭に命中した。
ゴスッッという鈍い音がかすかに聞こえ、あてられた牛は周囲をきょろきょろと見まわし、投げつけてきたラクを発見した。
それから助走をつけ、全速力で突進してきた。
「モォォォォォオオオオオ!!!」
「え、ちょ、きゃぁぁぁぁぁ」
牛の予想外な突進スピードに対応できなかったラクは、牛の突進をもろに背中で受け、そのまま前方に10メートルほど吹き飛ばされ、数回転がってあおむけの状態で制した。。
HP:70/100
「いったぁ。結構いたいからこれ以上は受けたくないかなぁ」
上体を起こしながら考えていると、そこに容赦なく牛が突進してきた。
「きゃぁぁ!ぐ……容赦ないんだから。」
何とか直撃は避けたものの牛の足がラクの足にあたってしまい、HPは半分を下回ってしまった。
体勢を整えるためにいったん後方に下がったラクは、メニューからインベントリを開いて薬草を出すと、それを口に放り込んでわずかにHPを回復した。
が・・・
「うぅぅ。さすがに生だと薬草おいしくない……」
ラクは想像以上に苦くておいしくない薬草と、牛の突進から精神的にもダメージを受けた。
「でも…どうすればいいかはわかった。今度はこっちの番だよ!」
そういうとラクは腰にある短剣を引き抜き、逆手に持つと、腰を低くして剣を構えた。
ラクの初のバトルが次回始まります!
陽二の言葉の意味とは?ラクは勝てるのか?
お楽しみに!