episode1
2017/3/26 文章全体を修正
2017/5/6 細部修正
現実からゲームの中に移動した宿梨は目を閉じていた。
正確には開けることができなかった。
というのも、今は操作権がゲーム側にあり、指一本動かすことができないのだ。
だが当然そんなことは宿梨にはわからない。
宿梨は必死に体を動かそうと力をいれていると、少しして突然女性のアナウンスが流れた。
『ロード完了。これより操作権はプレイヤー側に譲渡されます。ようこそ「クレマチス・オンライン」の世界へ。それでは当ゲームをお楽しみください。』
そのアナウンスが終わると、あたりがだんだんと騒がしくなり始めた。
会話の声、ガチャガチャと金属がすれる音、水の流れる音などなどが聞こえ始めた。
それから体を動かせるようになった宿梨はゆっくりと目を開けた。
「なに…これ」
宿梨は目の前に広がる光景に圧倒されていた。
異世界転生してしまったと言われてもほとんど違和感のないクオリティの街が目の前に広がっていたのだ。
建物は現代的なものではなく、石と粘土、木で作られたデザインのもので、粘土でできている建物の外装は色とりどりの塗料で塗られていた。
地面はアスファルトではなくきれいに敷かれたた石畳だ。
そして、今いる中央によくわからない模様の刻まれている柱のある広場と、そこから続く四本の道には一定間隔ごとに様々な種類の花の植えられたプランターが置かれていた。
その街はまるでフランスのアルザス地域圏のような印象を持つ街だった。
行きかうNPCも完成の高さのせいで、ほんとうに異世界転生をしてしまったといわれても信じてしまうほどだった。
「こ・・・こんなものをお父さんとお母さんは作ってたのね・・・・・・」
両親と所属する会社が作っているもののクオリティにおどろいていると視界の左上にステータスバーが目に入った。
ラク
HP:100/100
「この左上のが私のステータスってわけね。HPしかないってのがシンプルでいいわね。・・・・・それと、登録した通りのデザインになってるわね。」
ラクは髪は黒のショート、目の色も同じ黒だ。
しかしショートといっても左のもみあげのほうが少し長い。
そして今着ているものは、シンプルな白地の半そでシャツの上から革製の胸当てを付け、茶色のホットパンツをはいており、足にはシンプルな茶色のブーツをはいていた。腰には設定の時に登録した武器、短剣が鞘に収まった状態でぶら下がていた。
「そういえば私、何すればいいの?あいつには自分のペースでやればいいって言われたけど・・・・・・そもそも何するの?」
一番大切なことを教えられていないことに気が付いたラクは、ぶつぶつと陽二の文句を言いながらこれからどうするかを考えていると、急に後ろから「くそ!あの女ぜってえ許さねえ!」という怒声が聞こえた。
「な、なに?」
突然背後から聞こえた罵声に驚いたラクは、バッと勢いよく後ろを振り返った。
すると、どうしてあるのかわからないあの模様の刻まれた柱から、ところどころへこんだり壊れたりした鎧を着た短髪男性が怒りの形相で飛び出してきた。
そしてその男性プレイヤーは暴言を吐きながら歩いてくると、じーっと見てくるラクの腕を強くつかみ、後ろにねじりあげて拘束してきた。
「ちょっと。いたい。いきなりなんなんですか……」
「うるせえ!おとなしくしてろ!」
男性プレイヤーは腰からシンプルなデザインの片手剣を引き抜くと、ラクの首筋にあてた。
金属特有のひんやりとした感触が首筋を襲う。
現実世界と同じような感触を味わえることにラクは感心し、その男性をにらみつけてどうにか抜け出そうと抵抗していると、再び光を放った柱から金髪のポニーテールの女性が飛び出してきた。
その女性は、赤がベースの長袖の服とホットパンツの上から、腕、胴体、脛から下に鉄製の装備を身に着け、手に大型のハンマーを持っていた。
表情を見るだけで相当怒っていることがわかるほど怖い顔をしていた。
「ようやく追いついた!いい加減あきらめて奪ったもの返せ!」
女性は短髪男性の返事を聞かず、さらにラクの存在に気が付いていない様子で全力でこっちに突っ込んできた。
そして、右足を軸にして、手に持っているハンマーをおもいっきり横に振るい、ラクごと男性を横に吹き飛ばした。
二人は5.6メートルほど吹き飛ばされて壮大な音を立てて建物の壁に激突した。
「う…あ」
ハンマーの一撃を受けHPがゼロになった男性プレイヤーは、そのまま光の粒子になり消えてしまった。だが、ラクはまだHPがわずかに残っており、男性のように消えずにその場に崩れ落ちた。
ドサッ
ラクはあの女性がこっちに来ないうちに立ち上がって逃げようとしたが、体に力が入らず、動くことすらできなかった。
「一体…なんなのよ……もう……ついてないん…だから」
ラクの目に映る人びとと街が次第にぼやけはじめた。
唯一視界の左上HPの下に
【状態異常:気絶 残り9分35秒】
とだけくっきりと赤い文字で表示されていた。
ぼやけて暗くなっていく視界のなかで、先ほどの女性が慌てて走ってくる様子を見て視界が真っ暗になった。
【状態異常:気絶 残り0秒】
真っ暗な中で表示されていた赤い文字のカウントダウンが0になりだんだんと視界が回復し始めた。
「……どこ…ここ」
目の前に広がるのは石畳でも青い空でもなく、木製の天井だった。
背中には柔らかい感触があり頭は何かに乗せられている状態だった。
状況を確認するために宿梨は体を起こし、あたりを見回してみた。
部屋の中は照明の光と窓から差し込む日光のおかげで明るく、壁際には同じく木製の棚が設置されており、中には青色の液体や赤色の液体の入った瓶が並べられていた。
その棚はいくつもあり、すべての棚の中に瓶や棒状の物が置かれていた。
そしてどうやら自分が寝ていたのは部屋の一角に置かれたソファーのようで、頭のところには何やら白と赤のもこもことした物体が敷かれていた。
「ここは…どこかの店?」
ふと思いついた言葉をぽつりとつぶやくと、思いもよらない方向から返事が返ってきた。
「そうだよ。ここは私の店。アイテム販売店『アマドコロ』。回復アイテムから支援アイテムまでいろんなものを売っている店だよ」
背後から聞こえた聞き覚えのある声に反応し、勢いよく振り向いた。
するとやはり宿梨を容赦なく吹き飛ばした金髪ポニーテールの女性が、椅子に座ってカウンター越しにこっちを見ていた。
ラクはその女性の姿を見るなり慌てて立ち上がってソファーの陰に隠れた。
「あー。まあ……うん。正しい反応だよね。」
その女性は椅子から立ち上がり、ソファーの陰に隠れているラクのほうに歩いていった。
ギィ…ギィ…ギィ…
次第に大きくなっていく足音に宿梨は恐怖した。
ついに恐怖に耐えきれなくなったラクは体の向きを変え、出口と思われる扉に向かって全力で走って逃げた。
「あ、ちょっとまっ……」
――バンッ!
勢いよく開けた扉の周囲で、店内の様子を見ていた何人ものプレイヤーが驚いて宿梨のほうを見ているのが視界に入り、後ろからは止められるような声が聞こえた気がしたが、両方無視して全力でその場を去った。
「ハァ…ハァ…ハァ……」
どこかに逃げ込むというわけでもなく、無我夢中で街の大通りを走っていた。
途中何度かプレイヤーとぶつかりそうになりながら、石畳に足を引っかけ転びそうになりながら、がむしゃらに走っていった。
そのまま道沿いにまっすぐ走っていくと、して少し開けた場所に出た。
そこには石造りの高い壁と木製の大きな門があり、門から続く道の先には広大な草原が続いていた。
あの門の先に行けば・・・そう考えたラクは、一直線に草原へと続く道を走っていった。
【西:草原エリア】
しばらく道沿いに走っていると、このような表示が視界の右上に現れた。
見える景色は人工物からだんだん草木だけになっていき、後ろを見るとどんどん街から離れていった。
視界のすみに自分の着ている服と似たようなものを着たプレイヤーが数人でウシ型のMOBと戦っている光景を目撃したがそれを無視、さらに奥に進んでいった。
そして森の入り口のような場所に着いた。
【西:森林エリア 入口セーフティゾーン】
画面右上の表示が草原から森林へ移り変わった。
文字通り、ここは森林エリア入り口のセーフティゾーンである。
その森林は現実世界のものと大差ないがところどころ見たことのない植物があったり小動物がいたりした。
「ハァ…ハァ…ここまでこれば……もう……だいじょうぶだよね」
ラクは息を整えながら、見つからないように近くの茂みの中に身を隠した。
周囲にあの女性が来ていないことを確認すると、ラクは木の下にペタンと座ってため息をついた。
「はぁ。ひどい目にあった……もう今日はログアウトしようかな。あの人追ってくるかもしれないし」
ログイン初日から散々な目にあったラクは、キャラ設定中に陽二から聞いたログアウト方法を思いだしながら右手を動かした。
すると目の前に半透明で浮遊するウィンドウが表れ、メニューを表示していた。
そのなかの下のほうにあるログアウトボタンを押すと、ラクはこの世界を後にした。
「ん……ああ、戻ってきたんだ」
宿梨は重い瞼をこすりながらベットから降りて一階のリビングに向かった。
階段を下り切った後、リビングに続くドアを開けると、両親と妹の陽優が食卓を囲んでワイワイと何かについて話していた。
宿梨がドアを開けて入ってきたことに気が付いた母親は笑顔で手招きをしてきた。
「二人ともお帰り。いつ帰ってきてたの?」
「ただいま。1時間ほど前よ」
「帰ってきたら宿梨がもう寝たって聞いたから体調でも悪くなったのかと思って心配したぞ」
「心配させてごめん。でも疲れて寝てただけだから」
ふと壁に掛けられている時計を見ると時刻は21時になろうとしており、いつログインしたかは時計を見なかったので、正確な時間はわからないが宿梨は自分がだいだい1時間ぐらいゲームの中にいたことに驚いていた。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「え、ううん。なんでもない。それより三人で何見てるの?」
さっきから三人が一つの画面にくぎ付けになっていることが気になっていた宿梨は画面をのぞき込みながら質問した。
「これか?これはお父さんたちが作っている「クレマチス・オンライン」のアップデートの予告ページだよ」
「ふーん。そうなんだ」
「お父さん!いい加減教えてよ。どんな内容なの?」
「さあ?どんな内容だろうなぁ?」
「ううぅ、いじわる!」
「こらこら。あまり陽優をいじめるのもかわいそうでしょ。ところで宿梨。」
「なに?お母さん」
「あなたもこのゲーム。やってみない?きっと楽しめるわよ」
大体予想はついていた母の提案に宿梨はあきれるしかなかった。
「ごめんお母さん。わたしもう眠いから部屋戻るね」
宿梨は足早に歩いてリビングを後にしようとした。
「あ、宿梨」
「なに?お母さん」
「シチューおいしかったわよ。また料理の腕を上げたみたいね。お母さん嬉しいわ」
と笑顔で言われて宿梨は恥ずかしくなり「ありがと」と言ってリビングを後にした。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
プロローグでも書いた通り、初めて書く作品ではありますが精一杯書いていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。なお一話の長さは今回ぐらいにしていこうと思っています。
さて今回は主人公の宿梨がさんざんな目にあっていますね
書いてて自分だったら絶対ここで折れてるなぁ。と思っていました。
しかし話は始まったばかりこれから宿梨ちゃん(ラクちゃん)はどんなことをするのか!?
次話をお楽しみに!