一の三
騎士の剣を弾き飛ばし、馬乗りになって組み伏せる。もがこうとするが微動だにさせはしない。華麗な技を生み出す肉体は押さえつけてみると意外に華奢だった。首根っこを掴み、巨大な手で締め上げる。鎧の首を覆う部分が変形し音を立てた。
「ぐっ、うぐっ、うぅ……ッ!」
騎士の苦しそうな声を聞き、痺れるような快感が頭の中を駆け巡る。こいつの命は文字通り自分の手中にある! 鎧の向こう側、メキメキと音を立てながら軋む肉体の感触が手のひらに伝わる。ああ、このまますべてを終わらせてしまいたい――
怒りと興奮に体を支配されそうになるが、すんでのところで押しとどめた。こいつには聞きたいことがある。
「ヴォマイェヴァ――」
顔を近づけ話しかけようとするが、うまく声を出すことができない。喉か舌に問題があるのか、そもそも喋るようにできてないのか。
「はははっ、あーはっはっは!」
さっきまで苦しんでいた騎士が大きく笑った。
「馬鹿め、人の言葉でも使える気になったか、この化け物め!」
その言葉にぶちんと、頭の中で何かが切れた。
「オオオオォォォォッ!」
ふざけるな! 押しとどめようとしていた怒りが爆発した。我を忘れ、騎士の肩を掴み、高く掲げ、思いのかぎり力をこめる。相手の肉が限度を超え、ぐにゃりと変形し、バキバキという骨が砕けるような音がした。
「ああああぁぁぁーっ!」
手の中の騎士が悲鳴を上げ、激しく体を振る。その勢いで鎧の面が取れ、転がり落ちた。
目の前をきらきらと輝く何かが覆う。それは暗い森の中、鮮やかな花が咲くように柔らかくひらいた。
まさか! 騎士の顔を見る。苦しみのあまり真っ赤になった顔はそれでも美しさを損なわず、透き通るような長い髪が自由を得て垂れ下がっている。
こいつ、女だったのか! 驚きに一瞬、手の力がゆるむ。その隙を見逃さず、騎士が脚を振り上げる。蹴りつけられた顎が震え、手からするりと逃げられた。
「ゴガスガッ!」
逃すかっ! 騎士を再び捕まえようと手を伸ばす。そのとき、体のまわりでパチパチと小さな音がした。
なんだ? 不思議に思い、動きを止める。音は続き、やがて大きくなり、体が一気に炎に包まれた。
「ウヴォオオオッ!」
熱さに身をよじる。苦しみに声が漏れる。じりじりと毛が焼けはじめ、焦げるようなにおいが漂う。
これはなんだ? 罠? いつ? 誰が? どうやって? 燃えるようなものなんてなかったはず。疑問がぐるぐると頭を巡る。
「ふっ、ふはははははっ! やった! やったぞ!」
騎士が高らかに笑う。先ほどまでの苦しむ表情は消え、悦びに満ちている。
その声に応じるようにガサリと音がして、全身を柔らかなローブで覆った男が木々の間から姿を現した。
「やりましたな」
「カークよ! そなたが術を使うまでの時間、稼ぐのに苦労したぞ!」
「強力なぶん時間がかかるもので、ご協力に感謝いたします。神の炎が敵を討ち滅ぼすことでしょう」
「ルークとラークの手当てもしてやらんとな。あのくらいで死ぬような軟弱者ではあるまい」
「手分けして治療いたしましょう。神に感謝を」
「感謝を」
もうひとりいたのか……全身を焼かれながら、朦朧とした頭で考える。わざわざ騎士が姿を現し、三人で充分と強調したのはそのためだったのか。
でも、どうして? こちらを化け物と罵りながら、言葉を理解していることを考えに入れて作戦を練れた?
この炎は何だ? 神? 術? まるで魔法のように何もないところから炎が生まれた。魔法――そんなおとぎ話みたいなものがあるというのか?
お前たちは何者だ? ここはどこだ? そして俺は何だというのだ。
疑問は尽きないが、もうどうしようもなかった。何の答えも得られないまま意識が薄れていく。全身を焼かれ、力が抜け、ついに地面へと倒れこんだ。