一の二
地鳴りのような咆哮が森に響きわたり、木の幹までがビリビリと震える。遠くで動物たちがおののき、鳴くような声が聞こえた。やがて静寂が訪れる。
「コイツはやべぇ……大将! 一筋縄では行かねぇぞ!」
戦士がこちらから目を離さず声を上げると、少し離れたところからガサリと音がした。
戦士の動きに注意しつつ横目で確認する。暗い森の中、そこだけ世界に祝福されているかのような、キラキラと輝く騎士のような鎧をまとった者が近づいてくる。戦士よりは小さく、顔は兜で確認できない。細身の剣を手にしている。戦士が汚れた腰布を巻き、上半身はほとんど裸でその強靭な肉体を誇らしげに晒しているのとはまったくの正反対だ。
「お前がてこずるとはな」
細い声だが人に指示することに慣れているような、自然と聞くものを従わせるような、そんな威厳を感じる。
こいつが矢を? いや、装備からして違うだろう。半裸で大柄な戦士。鎧で身を固めた騎士。正体不明の弓士。少なくとも三人いる。
「もっと大所帯で来てもよかったんじゃねぇか?」
「そんなことをしても犠牲者が増えるだけだ。三人いれば充分」
その言葉にすこし息をつく。これ以上出てきて取り囲まれでもしたら相手などできるだろうか。
「それだけ買ってくれてるのは嬉しいんだがねぇ。こんなの相手じゃ、いつもより給金をはずんでもらわなきゃ割りに合わないってもんよ」
「ふふっ、分かったよ……行くぞ、ラーク! ルーク!」
「応よ!」
掛け声に応えるように背後から矢が飛んできた。
また同じことの繰り返しだ。木に動きを制限され、矢に誘導される。逃げた先に剣が待ち構えている。さらに今は二本の剣に対処しなければならない。
鎧で動きにくそうに思えた騎士は不確かな足場も気にせず軽やかな足取りで、鋭い剣技を繰り出してくる。枝や葉が降り積もり柔らかくなった地面や、苔が生え滑りやすくなった場所もおかまいなしだ。戦士の豪快な力と騎士の繊細な技とで息の合った連携攻撃が続く。
このままではジリジリと追い詰められ、体力を奪われる一方だ。この状況を打開しなければいけない。特に背後から飛んでくる矢がやっかいだ。あれを処理することができれば……
目の端で捉えた矢に反応し、先ほど剣にしたように弾き飛ばそうと考えたところで体が固まった。そこに二人の剣が迫る。危ない! ところどころゴツゴツした石が転がる地面の上を、無理やり滑るように、すんでのところで回避する。
「惜しい! いけるぜ大将!」
戦士が嬉々とした声を上げる。
この体と目があれば先ほどの矢にも対応できたはず。なぜできなかった! さらに何度か試みるが、その度に体が拒否するように動かない。
矢になにがあるというのだ。動きを流れに任せながら矢をよく観察する。背後から迫る矢が体をかすめ、濡れたような矢じりが木に突き刺さる――
毒か!
それからも体は当然のことだとでも言うように剣をかわし、矢を避け続ける。浅はかな考えより体の反射的な行動のほうが信用できるというのか。
しかしこれでは打つ手なしだ。矢に触れることはできず、二本の剣を同時に弾き飛ばすこともできず、かわしきれず、捌ききれず、徐々に体に剣の傷が刻まれていく。
「ヴォゥッ!」
痛みに声が漏れる。こんな超人的な体でも痛みは感じるんだな。すこし笑えてきた。
「化け物め! とどめだ!」
騎士が高らかに叫んだ。矢が飛んでくると同時に二人が斬りかかってくる。逃げ場はない。
なぜこんな仕打ちを受けなければならない。そして、誰が化け物だ! 怒りが体中を駆け巡り、力を漲らせた。
逃げ場はある!
脚に力を込め、全力で飛び上がる。三方からの攻撃を置き去りにし、空高く舞い上がる。騎士と戦士を見下ろし、ところどころ木々に視界を遮られながら必死に探す。信じられないほど遠くまではっきり見える。
見つけた! 矢が放たれた方向はるか遠く、移動しようとしている弓士の姿を!
今度は腕に力を込め、コブシに握りこんでおいた石を全力で投げつける。
「おごっ」
石は木々のあいだを一瞬で通り抜け、弓士の胴に命中した。
「ルーク!」
戦士が叫ぶ。弓士がやられたことに気付いたのだろう。仲間思いなことだ。だが注意を逸らすなんて命取り。もう一方の手から放たれた石が戦士のむき出しの脳天にめりこむ。
「……ッ!」
最後に残った騎士の声にならない叫びが聞こえた気がした。
落下しながら騎士を見据える。一対一なら何の問題もない。余裕を持って、そう思える。
下で待ち構える騎士が繰り出した突きは、怒りのせいかあまりにも一直線で、今の自分には止まって見えた。