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1.どうして寂しさから子供を作ってはいけないのでしょうか

 さびしい王妃は、孤独を埋めるために子供を産みました。


 そして、子供に物心のつく度に、1人1人に「お願い」をしていったのです。


「貴方は大きくなったら【お父様】として私を褒めて守るのよ」

「貴女は大きくなったら【お母様】として私を優しく包むのよ」

「貴方は大きくなったら【お兄様】として私を楽しませるのよ」

「貴女は大きくなったら【お姉様】として私を愛でるのよ」


 私はとてもさみしいの。

 皆でたくさんたくさん、私を抱きしめて甘やかしてね。

 決して手を離さないで。

 さらに大きくなったお腹を優しくなでて言いました。


「貴方は大きくなったら私の【恋人】になってね。誰よりも私を抱きしめてちょうだい」


 溢れんばかりの愛をちょうだい。

 貴方たちの愛を全部ちょうだい。


 私を愛してくれるすてきな家族、私を愛してくれるすてきな恋人。

 夢想すればするほど幸福な気持ちに包まれる。


「愛しい人。早く生まれてきてね」





 そして。

 第一王子は凛々しく頼りがいのある男に育ち、塔から落ちて自殺しました。

 第一王女は優しく美しく育ち、心を病んで塔に一人隔離されています。

 第二王女は愛らしい少女になって、笑顔を失いました。手首に多くの傷があります。

 第二王子は陽気に笑う、アル中です。


 第三王子は無事生まれたという噂は流れましたが、その姿を見たものは誰もいません。






◇◇◇◇




 王国に一人の医師が訪れた。

 若くして病気になった王太子の治療が目的だという。


 王宮の入り口に立ち、門番に自分の身分証と用件を伝える。

 すると王太子自身が、王宮から走って自分を迎えに来るのが見えた。危うい足取りに、眉を顰める。


「先生! ご無沙汰しています」

「久しぶりだな。ひよっこのくせに、ずいぶんと口が酒くさいぞ」

「相変わらずの言い方ですね。でも先生が見てくれるのならば、なんとかなりますよ。たぶんね」


 医師の患者は、王太子。

 病名はアルコール中毒。

 依存症だった。


 医師は数年前まで、王太子が第二王子と言われていた頃の家庭教師だった。

 子供のころから天才と謳われた男は、若くして新進気鋭の学者として名を馳せ、すぐに才能を見込まれ王宮に招聘される。

 ただし誰にでも敬語を使わず、ずけずけと言う性格が王妃には好まれず、当初の予定の第一王子ではなく第二王子付きとなった。

 第二王子はすぐに彼になつき、他の王子王女との仲も良好で、順調な滑り出しのように見えた。

 しかしこのまま王宮付きとして見えた男は、ある日突然医者になると言い残し、医学の先進国に留学してしまう。


 国を出ると告げた時、王子は誰よりも哀しんだ。

「先生もいなくなってしまうのですね」

 男も純粋に慕ってくれる子供を切り捨てるのは辛かった。さらに王子を取り巻く環境が、あまり良くないとも分かってはいた。

 しかし、男は医学を志した。

 その使命感は、憐れみも同情もすべて振り切りさせることに成功する。


 最新の医療技術を誰よりも早く修得し、あっという間に周辺国に名医の称号を響かせた男の元に、王子の病気を治せる医者を求めていると風の噂が入る。

 そして、医師として、再び王宮に現れた。



 以前よりも人に対する嗅覚の鋭くなった医師は、すぐに王宮の衰退を察する。

 ずいぶんと減った、召使い。

 疲れてやる気のない兵士。

 柱の隅は汚れ、歴史的な芸術品は一部が贋作に置き換えられていた。

 おそらく下のものが自らの給金代わりにこっそりと変えてるのだろう。


 一つ違和感があるとすれば、素人の作と思われる金細工のひまわりの花が真鍮の鳥かごの中に入り、あちこちに飾ってあることだろうか。

 それだけは妙に新品で、金もよほど掛けているように見える。


「先生は気が付かれますよね。これが我が国の今の惨状です」


 充血はしているが、まだ瞳の力は死んでいない王太子が振り返る。


「周辺国と比べ随分と衰退いたしました。特に西の大国の侵攻ルートにある我が国は、きっと防ぐことは出来ないでしょう」

「王は、東からまだ帰られないのか」

「ええ。つい最近まで互いに戦争を繰り返していた小国同士で同盟を築いたところで、無駄でしょうに」


 背中を刺されて終わりです。冷めた口調で語る王太子は、青年になる前とは思えない達観した表情をしていた。

 奥の部屋の扉を開ける。


「僕を治療する前に、姉妹を紹介させてください。先生には、見て欲しいのです。王族たちの現実を」


 最初に案内されたのは、第二王女の部屋だった。

 末の女の子は確か、別れるときは兄たちにべったりの、おしゃまでおしゃべりな子だったはず。




◇◇◇◇




 第二王女は手紙を書きます。

 王妃はおしゃべり大好きですが、文通も好きなのです。


 普段は王妃の一方的なおしゃべりを聞いて、いいね、良かったねと言ってあげるのが日課です。

 でも手紙を書くときは、自分の言葉も少し読んでもらえます。


 王妃は手紙を書くと、すぐに返信が欲しくてしょうがなくなります。

 だから王女は毎日毎日、小さな手が強ばって痛んでも書き続けます。


 ただふと、何かが疲れてくると、金属の鋭いペン先が視界に入るのです。




◇◇◇◇




 第二王女は窓辺の小さな机に座り、うつ伏せに手紙を書いていた。

 傍らにはまた、鳥かごに入った金細工のひまわり。

 王女は王太子が扉を内側からノックしても、気が付かない。


「目が悪くなるよ」


 王太子が声を掛けると、第二王女は初めて顔を上げた。

 ふっくらとした唇に、けぶるようなまつげを揺らす大きな瞳。

 笑ったらさぞかし愛らしいのだろうなと医師は思ったが、彼女の顔に笑みはない。

 「兄様」と、人形のような顔からは小鳥のような声がした。


「手紙を書いているんだね」

「はい、そうなの。あと三通あるの。お母様からいただいた夜と朝と今もらったものなの」

「おしゃべりをずっと聞いてあげている時のように、ただ『そうですね』とだけ書けばいいんだよ」

「ううん。だめなの。次から次へとお手紙がくるけれど、紙に書けば少しはお母様は私の言葉を読んでくれるの」

「そうか。……ほら、紙に血がついてしまうよ」


 王太子は妹の左手を優しく包む。

 その折れそうに細い手首に巻かれていた包帯には、血が滲み出していた。


「また傷を抉ってしまったんだね。そのペン先を新しいものに替えなさい」

「ごめんなさい、兄様。ふと気になってしまったの」

「先生、お願いします」


 医師は王太子の頼みに無論とうなずき、侍女からお湯と消毒アルコールと清潔な包帯を用意してもらい、第二王女を介抱した。

 なぜペンを刺すのか。医師は質問をする。

 第二王女はぽつぽつと説明する。発作的に体を傷つけたい衝動が起きるのだと。


「ほっとするの。わたしはまだ大丈夫だって。

 お母様の【お姉様】として、すごいのね、えらいのねと言い続けることができるって」


 お姉さま? と医師は首を傾げる。




 第二王女の治療を終え、二人は王宮の端にある塔へ向かった。

 そこに、第一王女がいるという。

 確か第一王子に年が近く、優しくて家族思いで、ささやなか気遣いの出来る子だったはずだ。




◇◇◇◇




 第一王女は塔のてっぺんで、優しい歌を歌います。

 それ以外の歌は教えられなかったから。

 一度狂ってしまってからは、天気の悪い日には歌うことができません。

 彼女がはっきりと見ることができた最後の光景は、冷たい雨の下だったのです。


 王妃様はたまにその歌を子守歌に、娘の膝で眠ります。

 物心ついたときから繰り返されてきた、行為。


 彼女は優しく育ちました。

 そして優しさは尽くす行為へと代わり、何をしても満たすことができない母の暗い淵に自分の心を落とし込み、潰れました。

 それでも自分の膝で眠る、幼い顔の母親を、優しい微笑みで見下ろすのです。




◇◇◇◇




 巨大な塔の螺旋状の長い階段。

 天井や多くの窓から落ちる光で輝く階段を上っていくと、次第に美しい歌声が聞こえてくる。

 その行き着く先には、綺麗に整えられた白い部屋があった。

 部屋の窓辺には一人、優しい子守歌を歌う、美しい女性。

 静かに優しく微笑み、訪問者を迎えてくれた。


「姉様。窓際にいたら風邪を引かれますよ」


 王太子は姉を引き戻そうとするが、姉は首をふり、医師を見て両手を広げた。


「姉様。その方は母上ではありませんよ。抱きしめてあげる必要はありません」


 微笑んだまま首を傾げる第一王女。

 医師は第一王女が一度も言葉を発していないことに気が付く。

 王太子は王女を優しく抱き上げて、ベッドの横に下ろした。

 ベッドの横にも、鳥かごに入った金のひまわり。

 王太子は、ただにこやかに微笑んでいる姉に、穏やかに諭す。


「午後から天気が崩れるそうです。侍女に雨戸を準備させますので、今日はゆっくりしていてください」


 侍女に指示を出し、王太子は医師と共に去った。






 塔を降りて、王宮へと続く長い廊下。

 長い歴史を誇る国の伝統文様で彫刻された石柱が、両端を囲む。


「姉はある時をきっかけに一本の線が切れてしまったのです。

 誰よりも母の全力の甘えの要求に応えていましたから……燃え尽きてしまいました。尽くしすぎたのでしょうね」

「なぜ子守歌を歌うんだ?」

「……母が、【お母様】に、自分を抱きしめて眠るまで歌って欲しかったからだそうです。

 だから姉には歌はそれしか教えませんでした。今も、反射的にやってしまうのです」

「状態や仕える者の意見を聞く限り、離宮の静かな場所に居ても問題はないように思える。

 なぜ犯罪者を繋ぐように、あの塔に入れているんだ?」

「狂う前から結構入れられていましたよ? ……それに怖がるのですよ、母を言いつけを破るのを。

 そして母の言う【お母様】とは、決して外に出ていかず、子供の帰りを待っているものなのだそうです」


 医師は、王太子の横顔を見る。

 王妃に似た繊細な美貌が、黄色みを帯びている。肝の異常で現れる特徴だ。

 医者は三人の兄妹を診た感想を口にした。


「確かに、殿下は酒の力を借りているとはいえ、唯一踏みとどまっているといえるな」


 その一言に、王太子は自嘲する。


「でも僕には力がない。そして、心も弱い。それこそ、酒がないと立ち上がれないくらいに」


 僕は、酩酊でもしないと、もう楽しそうに笑えないのです。

 母の【お兄様】として、楽しませることができないのです。


 医師が王子の言葉に引っかかりを覚えると、王太子は立ち止まった。廊下から外れた場所にある巨大な庭園。その真中にある石柱。

 周りには多くの小さなひまわりが咲き誇り、石柱に寄り添っていた。


「あれが、兄のお墓です」

「……話には聞いていたが。いつ、死んだんだ」

「先生が出て行ってしばらくして、ですね」

「‥…王族専用の墓には入れないのか」

「ええ、母の希望です。王族歴代の墓は遠い。母は褒めてもらいたい時に近くにある方が良いそうです」

「褒めてもらいたい時?」

「兄は、【お父様】でしたから」


 庭園に鳥がさえずる。明るい日差しがひまわりの花弁や種を、鮮やかに際だたせる。

 よく見ると石柱の横には、背の低い植物に隠れるように、ひっそりと小さな石柱が立っていた。


「殿下、あれはなんだ?」

「ああ、あれは……弟です。母は決して認めませんが」

「あの子は亡くなっていたのか……」

「ええ。そういえば、先生は国をでる前に生まれた弟の顔を見ているのですよね」

「そうだな。俺はあの子がきっかけで「あら。そこの方はどなた?」」


 鈴を鳴らすような声が重なる。

 ちょうど王妃が廊下の反対側から、塔に向かっていくところだった。




 医師は数年ぶりに王妃との邂逅を果たした。


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