8・プレデターより戦慄を込めて
さて、今日の所は狩りは諦めるとして、せめて明日は行けるように今のうちに装備を買い揃えておこうと思う。
流石に何の準備も無しに狩りに出掛けるとか、ちょっと俺どうかしてた。
ぶっちゃけグリさん頼みでまともに狩りするつもりは無かったんだけど(笑)、それにしても完全に手ぶらで出掛けるってゲームでもありえないレベルだよねw。
そんな訳で、俺は改めて門をくぐって街中に戻った。(なんか出たり入ったりだ)
ちなみに拾った突撃バッタは、とりあえずコートのポケットにしまっておく。
ところで装備を買うとは言ったものの、実は俺がモンスターと直接戦う予定は今のところ全く無い。(?)
だから必要な物はあまり無かったりするのだが、それでもやはりまず剣だ。
―そう、まず剣を買いたいと思います!。
もちろん俺が剣を振って直接戦う事などほぼ無いのだろうが、でもせっかく異世界に来たんだから剣くらいは欲しい。
何しろ剣はファンタジーにおいて必須アイテムだ、装備しない訳にはいかない。意味が無くとも必要なのだ!。
と、訳のわからない理屈で頭を一杯にしつつ、俺は正門から入った大通りを颯爽と練り歩いた。
そして適当に見つけた武器屋の店内へと足を踏み入れる。
ところが困った事に、手当り次第に剣を物色してはみたものの、剣って意外と重くて俺には無理だと言う事が判明した…。
いや、無理すれば持てるよ。ただ腰にブラ下げる剣の重さに振り回されてまで持つ必要があるのか?と言うと、360度全方位射撃並の勢いで「NOォ〜!!!」と言う答えが俺の脳裏を埋め尽くすのだから仕方ない。
テンプレ風武器屋のオヤジも、残念そうな顔で俺を見やがるし。
だが、剣が異世界必須アイテムなのはこれまた真理。(?)
全方位射撃並のガン否定と、異世界ナンバーワン真理による二律背反、この相反する二つの法則に板ばさみされた俺は、仕方なく武器屋オヤジの安直な折衷案を採用する事にした。
そう、剣は剣でも短剣にグレードダウンする事で妥協を図ったのだ。
―え〜い、もうこれでいいやw!。
てな訳で、ちょい長めのダガーナイフみたいな奴を一つ購入。これは約5万THだった。
そして次に欲しいのが、ケガをした時用の治療回復薬だ。
ただこれは、実際に効果を見てみない事には正確な運用が出来ない。一応説明は聞いたけど、結局は使って見なければなんとも言えないのだ。
なので、約1万THの中級ヒールポーションをお試し用に一個だけ買ってみる。ちょうどうまい具合にボロボロの突撃バッタが居るので、さっそく実験台になって貰おう。
ちなみにだが、防具は必要ない。何故かと言うと邪魔だから。
だって俺は根っからの頭脳派wで後方支援タイプだから、そこに無理して金を掛ける必要はないのだ。どうせレベルも1だし…。
そして最後、忘れるところだったのが水筒とかオヤツとか、さらにそれを入れるバッグとか諸々だ。
この前グリさんと遠出した時、何も無くてひもじい思いをしたので、こう言うちょっとした小物が実は重要だと言う事に俺は気付かされたのである。
ちなみにこの街の商店は、この一本の大通りにほぼ出揃っていると言っていい。なのでそれら小物アイテムは、そこら辺で適当に買い揃える事が出来た。
その後、宿に帰った俺は、さっそく例の突撃バッタを自室のテーブルの上に取り出した。そしてその姿を改めて眺めてみる。
良く見れば羽は折れてるし、足も所々欠損していて身体中傷だらけ。もう、これ以上ないってくらい見事なズダボロ具合だ。
さて、これがどうなるのだろうか?。
俺は樹脂っぽいポーションの容器のキャップを外し、ジェル状の液体をバッタに振り掛けた。
すると、シュワシュワーっと炭酸ぽい反応を見せ、液体がバッタの体に染み込んで行く。そしてケガした箇所がぼんやり光を放つと、じわじわと再生が始まった。
俺の目の前でボロボロに欠損したバッタのボディが、目に見えて新調されて行く。
―おおー、ヤルなぁポーション。魔法テクノロジー凄いじゃん!。
この突撃バッタは人と比べたらかなりサイズ的に小さい、なのでポーションの使用量も大した事はない。まだボトルには半分以上液体が残っている。
ただ、これをグリさんに使うとなると結構な量が必要となるだろう。
―よし、後で5、6個買っておこう。
こうして俺がさっき買ったオヤツを摘まみながらポーションの効果を観察していたら、なんだかバッタと目が合った、ような気がした?。
仄かに点滅しながらも回復中のバッタ。その真っ黒な瞳がどうも俺を見つめているみたいなのだ。
まあ厳密に言うと、こいつは異世界モンスターの一種であって、もしかしたら昆虫ではないかも知れない。
しかしその目は一応虫っぽい複眼で、一体何処を見てるか少し分かりにくかったのだが、なんとなく何かを求めてる感がしたので気まぐれにオヤツを一個与えてみた。
それはかなり分厚くスライスされたポテトチップスもどきだ。まあ一応見た目バッタだし、雑食っぽいから何でも食べるだろう。
するとそのバッタは再生した手足を伸ばすと、ガシッとポテトを抱えてモリモリ豪快に齧り始めた。
―おう、なかなかワイルドな食べっぷりじゃないか、嫌いじゃないぜ。
そんなバッタを微笑ましく感じながら鑑定してみると。
うん、ちゃんと状態異常のマークが消えていた。
HP自体は限りなく0に近いままだが、与えたポーションはあくまでも治療用のなので、体力回復とはまた別枠なのだろう。まあHPはほっとけば自然回復する筈だ。
そしてさらに補足を見ると「マスター、あざーっス。一生付いて行きます!」ってセリフが表示されていた。
バッタは一心不乱にポテトを齧り続けているものの、言われてみれば確かに俺に対する親愛の念が伝わってくる。
―おお、なんかうれしい。
こいつ、俺をマスターって呼んでくれるんだ…。
ふいに俺は、かつて学生だった頃、初めて後輩から「先輩」って呼ばれた時の事を突然思い出した。
俺は、あまり先輩後輩的な活動とは無縁だったので殆んどそんな機会は無かったが、一度だけそう呼ばれた事があったのだ。
そしてその時は突然そう呼ばれて、しかも誰が言ったかも分からなかったが、結構嬉しかった事を今でも覚えている。
そんな、もう二度と思い出される事もないと思っていたノスタルジックな感情。今となってはその時俺がどう答えたかすら覚えてはいないのだが、今この俺をマスターって言ってくれたのはこのバッタだ、それは間違いない。
俺はいつの間にか、このバッタの存在を凄く身近に感じていた。そして理由なんて無いが、このバッタの事を絶対大事にしよう、そう強く思ったのだった。
「うん、よし!。
それじゃあお前に名前を付けてやろう。スゲエぞ、お前ネームドだぞ?、ネームドモンスターなんだぞ!。
えー、それじゃあお前の名前は『イッちゃん』な。俺の一番最初の使い魔だから」
そう言うと、バッタのイッちゃんから「ありがとう」の気持ちがほんのり伝わって来た。
よっぽど腹を空かせていたのか、ずっとポテトを食うのを止めようとはしないが、そんな姿もまた可愛い。
(はあ?、ちょっと待てっ!。
何言ってんだ、そのバッタは順番的になんの希少性も無い凡庸な三番目だろーが!)と、何処からともなくグリさんが…。
おっと、グリさんいきなりなんだよ?。
まあ細かい事はいいじゃん、順番なんてあくまで単なる数字でしかないんだしさ?。
(いやいやいや!。お前こそ、そのバッタを一番にしようとむっちゃ拘ってるじゃねーかよ!。なんかおかしーぞ、それ差別だ!)グリ
まあ落ち着けってグリさん…。
だけどさ、気持ちは分からんでもないけど、実のところグリさんって使い魔とか子分とか言うより、俺的には「親分」って感じなんだよな。しかも名前『グリさん』で確定してるし。ウーハーはどーでもいいけど。
「ガーーーン…」とウーハー
と言う具合で、突撃バッタに『イッちゃん』と言う固有名を授けてみたのだが、ネームドになったからと言ってステータスがUPしたりとかは無かった。
―なんで?!。
ま、確かに、ネームドモンスターは元々凄いから名前が付くのであって、名前を付けたからって凄くはならないか。
つーか、鑑定的にはウーハーと同じ単なる名称扱いだったし…。
え、でも、ゲームとかじゃこう言うの良くあるよな?。しかも主人公が配下モンスターに名付けしたんだぜ?、イッちゃんにちょっとくらいボーナスポイントくれてやってもいいだろ?。
一体何の為のステータスウインドウだよ。余計な所だけリアル仕様とか、ホント気が利かねーよなもう…。
こうしてなんかモヤモヤしながら一日を終えた俺は、飯を食ってすぐに寝た。(←雑ぅ…)
あ、そう言や早速ウーハーに飯やるの忘れてたけど、まあ明日頑張るわ。(クズか…)
そして朝…。
明るい日差しの中、うっすら街に漂う冷気と共に、今日もグリさんの鳴き声が聞こえて来た。
断続的な高音域の雄叫び。勇壮でありながら、何者かに訴え掛けるような(※お前を呼んでるんだよ!)魔獣の声が、古めかしい異世界の街並みに響き渡る。
うん、なんだか街の名物になりそうな予感?。
「いや、とっくに街の迷惑だよ、つか早く黙らせろや!」←街
そんな訳で、俺はぼんやり身支度を整えながら、ベッドの下からヌルネコのウーハーを引き摺り出した。
そして俺は、力なく項垂れるウーハーを躊躇なく自らの首に巻き付けたのだった!。
ふふっ、やっぱな、思ったとおりだぜ!。
実はウズランダル周辺のこの地域は、日本より乾燥してて少し寒く感じる。なので俺的にどうも首元が寒かったのだ。
だが、そこでこの細長いヌルネコ『ウーハー』を首に巻いてみるとどうでしょう?。そう、まさかの天然マフラーに大変身です!。
その短い三毛猫の毛皮は、滑らかな肌触りで俺の首にピッタリフィット!。しかもウーハー自ら暖かい熱を発しているので実にありがたい。
うむ、これぞまさに匠の技である!(※違うぞ)。
クックックw、ウーハーをこんな風に活用するなんて誰が思い付くだろう、まったく自分の才能が恐ろしいぜ。(単なる悪魔の所業だよ…)
ところで、相変わらずウーハーは腐ったゴミクズの様な眼をしてはいたが、意外と抵抗はしなかった、されるがままである。
まあコイツもある程度覚悟を決めたと言う事なのでしょうw。
俺は今だに街に響くグリさんの鳴き声をBGMにしながら、バッタのイッちゃんをポケットにしまって宿を出た。
ついでに携帯食糧などを買い込んでから、街の外で吠えるグリさんと合流だ。
さあ今日から俺は、ハンターとして活動するのだ。よおーしバリバリ稼ぐぞー!。
正式な待機場所と認められた正門前の空き地に着くと、俺に気付いたグリさんが鳴き声を止めて俺を見た。
「それじゃあ狩りに出発だぜ!」
(おせぇーよっ!)グリ
「「「…………………」」」
えー、ただ今俺とイッちゃんとついでにウーハーは、間近で見る高位モンスターの知られざる実態にドン引きしていた。
この異世界、安全地帯である街を一歩外に出ると、そこは生存競争著しい弱肉強食の未開領域だった。
野生剥き出しの魔獣たちが互いの隙を窺いながら殺し合う、厳しくも過酷な世界。
ただ現在俺たちは、目の前のモンスター・グリフォンによるスプラッターな捕食シーンに、絶賛ドン引き中だった。
ほんの数分前は生きて激しく抵抗していた馬型竜系モンスター『馬竜』。それが今や、獰猛なグリフォンに為す術もなく蹂躙されていた。
魔獣グリフォンの荒々しい呼吸と共に、力なく横たわる馬竜の腸が引き裂かれると、飛び散った鮮血が乾いた大地に染み渡る。
グリフォン、つまりグリさんの日常的なお食事シーンなのだが、それにしてもダイナミックが過ぎるよ…。
―ふ、普通に怖ぇえええっ!。
いつの間にかグリさんから距離を取る俺…。
イッちゃんもコートのポケット内でマナーモードみたいにブルブル震えてるし、ウーハーも俺の首元で頭を埋め、耳目を塞いでいる。
これは自分のパーティーメンバーが、恐怖のプレデターだと再認識させられる悪夢の光景だった。
そもそも何故こんな事になったかと言うと。当然ながら俺はハンターなんかやった事無いただの素人だ。狩りを始めようにも、それこそ一から全て分からない事ばかり。
それではベテランハンターであるグリさんの狩りを、まずは見学させて貰おうじゃないかって事になったのだ。
はっきり言ってグリさんは生まれついてのハンターだ、恐らくその狩りはかなり高いレベルにあるだろう。
だが物事に完璧は存在しない。グリさんと言えど、何処か小さな弱点や隙くらいはある筈。そこに俺たちの長所をテキトーに付け足せば、これでパーティーとして完璧じゃね?、と考えたのだ。
まあ安直だが現実的である。
そこでグリさんに、専用の狩り場でいつも通りの狩りを披露して貰った訳なのだが…。
結果、野生味溢れると言うか、残酷極まりないシーンを見せつけられたのだった…。
あぁ、このグリさんの狩りに何か付け足すべき要素などあるだろうか?。いや、これはもうある意味…、いやいや色んな意味で完成されているよこれわ。
こんな俺みたいな素人に何か付け足し出来る余地などあろう筈がない、間違いなくそう思う。
それに、正直言うとあまりこれは狩りのお手本にはならない、と言うか出来れば参考にしたくない、そんな思いが仄かに沸き立つ俺たちだったと言う。
それに、そもそもこの解体シーンがあまりにも過激過ぎて、狩りのシーンが思い出せません…。
うん、何故か記憶にリミッターが掛けられている様な。いや、おそらくこれは解いちゃいけない封印なのだろう。
と言う事で、今だに目の前で続けられる無慈悲な光景に抵抗する為、俺は他愛のない映像を頭の中に思い浮かべて相殺するのだった。
つまり、しばらくお待ち下さい的な感じである。
―てゆーか早く終わってくれ、頼む!。
すると、ついにグリさんのワイルドな食事音が途絶える時が来た。
永遠にも感じられた悪鬼羅刹のお食事タイムが、やっと終わったのだ。
とか思ったら、食事を終えたグリさんがこちらに近寄って来た?!。
―うわあああ、き、来た〜!。
イッちゃんとウーハーがビクっと震えるし、もちろん俺もガタガタ震えてる。
一方、「プハー、旨かったわー!」みたいに、満足げに体を揺らして歩いて来るグリさん。
たぶん危険は無いんだろうけどさ、無いんだろうけど俺は身構えたよ?。だって万が一って事もあるしな。
たとえ飼ってるペットでも、我を忘れて暴れたら危ない時あるじゃん?。
それになによりも、グリさんってば口から足下まで血で真っ赤なんだもん。超血生臭ぇーし!。
ただ、グリさんは上機嫌だった。
どうやらこのグリさんに捕食された運の悪いモンスター「馬竜」ってのは、グリさんにとってもなかなか捕まえられないレアなモンスターだったらしいのだ。
モンスター「馬竜」。
その名の通りシルエットは馬に似ているが、全身鱗に覆われて長い尻尾を持つ竜種の一つだ。
基本は草食だが気性が荒くそれでいて群れで行動するから、グリさんでもなかなか狩れないらしい。
しかし今日はたまたま運良く群れからはぐれた一瞬を突き、その内の1匹を仕留める事にグリさんは成功したのだった。
ここで仕留めきれずにモタモタしてると仲間の馬竜がすぐ助けに入って来るのだが、速やかにトドメを刺してしまえば他の馬竜も危険を犯してまで助ける意味を失う。
グリさん曰く、今日は改心の狩りであったらしい。
血塗れで狩りの成果を誇らしげに語るグリさん。とりあえず俺らはウンウン頷いておいた。当分の間俺たちは従順なイエスマンだ、逆らえませんよこんなの見たら。
ちなみに俺たちは今、見晴らしの良い荒れ果てた平原の一画に居た。ここがグリさんの専用狩り場の一つであるらしい。
そんな広大な景色の中、ムゴたらしく惨殺された馬竜の死骸を眺めながら俺はため息をつくのだった。
つーかコレ、なんか剥ぎ取れる素材とか残ってるのだろうか?。
はは…、とりあえず、鑑定してみょ。