7・大人げない大人には気をつけて
「だからね?、この猫根性がひん曲がってるの!」
「なっ、なにそれ?!」
なんか知らないけど、ルキシュエリーは俺の診断結果が気に入らないようだった。
確かに俺たちは昨日会ったばかり、信頼関係なんて殆んど存在しないと言っていい。しかし、端から俺の診断を無視するのはどうなんだろう?。
「別にさ、君がどう受け止めようと構わないよ。ただ俺は、俺が見たままを伝えただけだ。だから俺の見立てがおかしいと思えば信じなくてもいい、ただ俺は嘘を吐いている訳じゃない、そこは理解して欲しい」
「そ、それは…。
だけど、じゃあどうしたらいいの?!」
「さあ、好きにすればいいんじゃね?」
「ヒ、ヒドい、無責任だわ!」
な、なんだこの会話、別れ話で揉めてるカップルか?。
それにしても、この美少女ウゼェ!。ちょっと可愛いからって手加減してやれば我が儘につけ込んで来るし、ええ加減メンドいからって突き放したら傷付いてグズるし。
正直鬱陶しいからさっさと話を終らせたいんだけど…、どうしてもこの無限ループから逃れられない!。
つーか、いくら俺に文句言ったって答えは変わらねえよ。後は自力で考えろよなぁ。
ヘタしたらニートより厄介かも知れんぞこの女。
「ま、何にせよ原因は解明されたみたいなので、俺おうちに帰るね?」
ええ加減俺は、穏便な解決は諦める事にした。つまり「逃げる」を選択したのだ。
「ダメよ待って!」
しかし、俺はまわりこまれてしまった。
―えっ、マジで?。
てか、良く考えたら俺レベル1だ。それに対して確かこいつ(ルキ)、年の割りに結構レベル高かったな、妙なスキルも持ってやがったし。
―クッソ、こんな理不尽な事ってある!?。
俺は逃げ切れずに、無理矢理部屋の片隅に置かれたテーブルに着席させられた。
そしてメイドが茶菓子を用意して、完全に確保されてしまう。
「ごめんなさい、ちょっと取り乱して無理言っちゃったけど、でももう少し話を聞いて欲しいの…」
ルキシュエリーも多少は冷静さを取り戻した様で、言葉を選びながらも喋り始めた。
ただ、何故かその憂いを湛えた美貌が、俺の思考能力を低下させるのであった。ぐ…、「魅了」か?!。(違うし!)
―うぅ…、仕方ない、話だけは聞くとするか。聞くだけだぞ!。
こうして渋々聞かされた話によるとだ、要するに彼女らもこのクソニートを持て余していると言う事だった。
「えっ、違う、そんな事言ってない!」
そして何とか穏便に処理して欲しい、と。
「しょ、処理って何?、そんなヒドい事言ってないしっ!」
「なるほどな、分かったぜ!」
「ちょっとウソでしょっ?!!!」
てな訳で、俺はメイドさんに頼んで頑丈な長手袋的な物を用意して貰う事に。そして手早くそれを装着すると、俺はヌルネコ「ウーハー」を振り返った。
ちなみにそのメイドは、淡々とその手筈を整えてくれたし、ルキは訳も分からず混乱してワタワタしてた。
俺と目が合うと、例のクソ猫はビクッと体を震わせた。
ふむ、これまでの俺とルキのやり取りで俺の意図は伝わってるはずだ。よほどのバカでない限り、普通は次の展開くらい予想出来るだろう。
「そうだよ、お前はもう要らないんだってさ!」
俺は、革手袋を嵌めた手をワキワキして馴染ませると、オペに入る医師のように手の甲を前面に向けて言った、「メス!」と。
そしてスベったのを確認すると、速やかにウーハー目掛けて飛び掛かった!。
―面倒臭いからさっさと終わらせるぜ!。
ちなみにスベったみたいけどそれが何か?。
突然の襲撃に驚いたウーハーは、ヌタクタと不自然な動きで慌てて逃げた。
どうやらこの猫(?)、その身体構造的なせいか、意外と大した機動力は無かった。なのでこれはあっさり捕まえられるな、と思ったのだが、どうも体がフニャっと柔らか過ぎて逆に上手く掴めない?!。
ドタンバタン、ガシャン!と、みるみる部屋が散らかって行く。
そして、かなりドン臭いドタバタ劇を披露した末に、ようやく俺は変猫を取り押さえる事に成功した。
とは言え、奴を捕える際に革手袋ごと噛みつかれるわ、手足をしならせて俺の顔を狙って来るわ。しかもその時、俺の眼を引っ掻こうとしたのにはかなりムカついた。つーかキレましたわ。
なのでガッチリと毛皮ごと奴を掴んだら、ブンブン振り回して遠心力で体の自由を奪い、そして確実に目を回してから用意した袋に詰め込んだ。
その間、ルキシュエリーは相変わらず俺の後ろでアワアワと慌てていた様子。
一方メイドさんの方は、散らかる部屋を悲しそうな表情で眺めてはいたが、まあ猫の事はどうでも良さそうだった。いや、むしろ早く処分して下さいよ的な雰囲気すら感じられた。
「ふはーっ、それじゃあコイツは俺が責任をもって預からせて頂きます。
もしも、このネジ曲がった根性がまともになった暁には、君の元へ帰って来る事があるかも知れません。ただし、ニート更生への道のりは簡単ではないでしょう。まあ気長に待っていてくれたまえ、でわ!」
盛大にとっ散らかった部屋の惨状に僅かな罪悪感を感じつつ、それ故にそそくさと俺はその場を退出したのであった。
ただ一人、ルキシュエリーだけがその展開に付いていけずに呆然と佇んでいたと言う。メイドさんに暖かく見守られながら…。
こうして一仕事終えて宿に帰って来た俺は、宿の自室で袋を開いてウーハーを取り出した。
ウーハーは慌てて転がり出ると、素早く部屋の片隅に身を潜めてしまった。
威嚇なのか息が荒いだけなのか、フーハー言ってるのはウーハーだから?。うふ、つまらないダジャレね?。
「さてウーハー、君の帰る場所はもはや何処にも無い。別に俺から逃げて、本格的な野良猫になるのもそれは自由だ。ただ俺と一緒に来るのなら、飯だけは食わせてやるから好きに選ぶといい」
そう言うと、俺のセリフが正確に伝わったのだろう、ウーハーは明らかにショックを受けた顔をした。Σ(゜Д゜)←こんなの。
さて、今言った通り、ウーハーが俺から逃げて自力で生きて行くと言うのなら、別に俺は構わないと思ってる。それはそれで面倒が一つ減るし、その場合ウーハーは自らの意思で大自然へ還って行った、そうルキにはありのまま伝えるつもりだ。
まあもちろんルキは心配するだろうが、かと言って出来る事は何も無い。
実際にウーハーがその後どうなったかなど、知らなければ彼女が罪悪感を抱く事はそれほど無いだろうし。
そして領主館のウーハーの部屋はもう撤去されている筈なので、ウーハーが帰る場所はもはやこの地上には存在しない。
しかも領主館の人間には、この猫を見ても相手にしないよう了承済みだ。例えコイツが根性出して万が一ルキシュエリーの元にまで辿り着いたとしても、結局は俺が回収する手筈になっているのだ。
世の中そんなに甘くはねえよ。
所詮ニート問題なんざ、力づくで外に連れ出してしまえばそれで解決だぜ。
「まあ諦めて俺と一緒に来い、俺が世界の本当の素晴らしさって奴を教えてやるからよ、なーんて言うと思ったか?。覚悟しろ、これから俺が世の中の厳しさって奴をきっちり教えてやるぜ!」
真面目に生きてる人間としては、自堕落な生き方をしてる奴を見てるとムカつくのだ。
―えっ?、俺は真面目に生きてるよね?。うん、マジメに生きてる、決まってるよ!。(…)
てな訳で、俺は新たな仲魔?を手に入れたのだった。
ちなみにウーハーは今、茫然自失で完全に機能停止状態だった。鑑定で見てもクラスが「ニーとぉ:/#!?」みたいにバグってるし。
なので、今日の所はウーハーをこのまま放置しておく事にする。
こいつにも自分の置かれた状況をじっくり見つめ直す冷却時間くらいは与えてやろうと思うからだ。
さて、ところでこれから俺は、街の役所で身分証を貰う予定になっていた。
実は現在のところ、俺には身分を証明する物が全く無い状態だ。だが、この街で何をするにしても、まずは身分証を取得する様に言われたのだ。
もちろんそれは、街が漏らさず税金を徴収する為だろう。世知辛い話だが、税金を支払わなければ街に居られないんだから仕方ない。
ただしこのウズランダルの様な辺境の田舎では、あまり細かい事は問われないらしい。
特に自力開発した開拓領は、かなり独自の自治が認められているので、そこら辺は領主のさじ加減一つだったりするのだそうだ。
かつてグリさんの威を借りて無理矢理押し入った俺だが、実は多少身元が怪しくても金さえあれば普通に入れたらしい。
よっぽど閉鎖的な自治体や、治安にうるさい大都市でない限り、辺境の行政は結構大雑把な様だ。と言うのも、金のある移住者ってのはある意味お金を落としてくれるお客様だからだ。
なので逆に身元が分かっていても、みすぼらしくて金がなかったら門前払いされてしまうらしい。
どこの世界でも、貧乏人は治安を悪化させると考えられているのだろう。
そんな訳で、俺はハンターとして新たな身分を手に入れる事になった。
まあ仕事は他にも色々あるが、俺には大した能力や経験も無い。それにどうせレベルも1だしな…(←かなり気にしてます)。
一応、旅行者向けの短期用滞在許可証なんてのもあったが、これはその分値段も割高だったのでこれは論外。
ところで、ここで言うこの世界のハンターとは、いわゆる冒険者ギルドに良く似た例のお仕事だ。
一応ハンターたちを一括管理する組織は存在するが、特に国を超えて独立している訳ではない。
話を聞いた限りでは、むしろ国がきっちり税金を取る為に作られた新階級っぽかった。ぶっちゃけ、かなり上手く使われてる感のある職業である。
実際にこの世界に於けるハンター職は、軍隊が対応しきれない流動的な対個別モンスター用の、安価な防衛戦力と言う位置付けであるらしい。
そしてそんな危険で収入の安定しないハンターをやる奴なんてのは、武力重視のDQNな荒くれ者ばかり。そう思われているし、実際そうらしい。
まあ多少は頭も使うだろうが、基本はビビってたら出来ない職業なのでしょう。
で、そんな野蛮なお仕事にレベル1の俺が参入しちゃうのだが、忘れて貰っちゃ困るが俺はモンスターテイマーだ。モンスターとエンカウントしてなんぼなんだから、間違いなくこれは天職ではなかろうか。
最悪、話の通じない馬鹿魔獣にはグリさんに力で説得して貰うつもりだしw。
俺は教えられた通り、役所っぽい建物に辿り着くと、そこの窓口で事務的にハンター証を交付して貰った。もちろん領主マリスカさんの計らいにより、手紙一枚で顔パスだ。
つっても、ハンターになるのは誰でも出来るらしいので、交付手続きの所要時間に差があるのだろう。
―よーし、それじゃあ狩りに行こっかな!。(展開早ぇーよ)
そう思い立った俺は、街の外に出てグリさんのいる空き地へと向かう。が、しかし時すでに遅し、もうグリさんは昼寝して帰った後だった…。
―ガーーン。
グリさん、そもそもYOUは一体何しにここへ来たんだよ?(←お前が言うな)。
「う~~ん、マジかよ…」
俺は唸った。
思い立ったが吉日的な、やり場の無いこのフィーリングを、俺は一体何処へ解き放てばいいと言うのだ!。(※まさに無茶振りです)
しばし俺は茫然と空き地に立ち尽くしていた。
つってもまあ基本諦めるしかない。諦めるしかないのだが、奔放なる俺のワガママ魂が、じゃじゃ馬の様に跳ね回って言う事を聞こうとしないのだ!。
俺はムラムラと沸き上がる意味不明なオーラを背に、この世の不条理を呪ったね!。(何言ってんだよお俺は…)
とその時、同じ空き地で遊んでいた子供らが、何やらひと固まりになってワイワイ騒いでる事に気が付いた。
―ん?。
ふと気になってそれを眺めていると、突然子供らは驚きの声を上げて散らばった。かと思うと、また集まってウェイウェイと大騒ぎを始める。
何となく好奇心を刺激された俺は、何だ何だと近付いてみた。
ガキの頭越しから覗いて見えた輪の中には、一匹のバッタが転がっていた。
と言ってもやはりここは異世界、俺の知ってるバッタとはサイズが違う。それは大人の握り拳ぐらいあるお化けバッタだったのだ。
「デカっ、なにコレ?!」
「突撃バッタだよ」
そのびっくりの大きさから、つい漏らした俺の問いに一人のガキが答えてくれた。
「え、突撃なん?」
「うん、兄ちゃん気を付けろ?、コイツ結構危ないぜ」
俺が摘まみ上げようとしたら、横の子供に注意される。へえ〜。
てな訳で俺は鑑定してみた。
突撃飛蝗 1才
クラス、暴徒
レベル2
HP3※
MP7
スキル、暴発 滞空
補足、※状態異常:疲弊、消耗
んー、いつ鑑定してもこの世界の生物は、毎回俺の予想を超えて来やがるな…。
クラス「暴徒」に、スキル「暴発」ってどんだけ物騒なんだよ?。
ま、レベル2とステータスが低いからまだマシなのかも知れないが、でもこれがイナゴみたいに大群で来られたらちょっとシャレにならんなぁ。
―それにしても、なんでこいつこんなにボロボロなんだ?。
そんな俺の疑問に即答するかの様に、突然子供の一人がそのお化けバッタを蹴った。えっ、蹴るの?!。
すると当然蹴られたバッタが吹っ飛び、他の子供たちも慌てて飛び退く。
その突撃バッタは、転がった先で体勢を整えようとヨロヨロするが、子供らはすかさずそのバッタを追いかけてまたバッタを包囲した。
―ああ、子供にやられてるのか。まあガキって結構残酷だしな…。
とか思ってる側から、また子供らはバッタを囲んで騒ぎ出した。
まったく、それの何が楽しいんだろ?。
「あーコラコラ子供たち、弱い者虐めはイカンぞ。危ないからと言って寄って集ってオラオラするのはそれくらいにしておいて上げなさい」
特になんの考えもなく、とりあえず俺は大人っぽい事を言ってみたのだが。
「はあ?、兄ちゃんなにカッコ付けてんの?!」
「プッw。つーか兄ちゃんウラシマタロウかよ!」
「おう、じゃあ金出せや!」
―あ゛あ゛っ?!。
ガキ共のクソ生意気な口のきき方に、俺の怒りを制御するブレーカー的な血管が2、3本まとめてブチ切れた。
「この糞ガキが…、魔獣使いの俺ナメんなよ。あんまりチョーシに乗ってたら、お前ら家族ごと消したるぞコラ!。
て言うかウラシマタロウとか言うな、話がややこしくなるわ!」
(((な、なにこの人?、こわッ!!!)))子供ら
俺の洗練された脅し文句に、一発で固まるガキ共w。
すると子供らは、しばしこっそりと目線を交わすと、突然脱兎のごとくわらわらと逃げ去って行ったのだった。
―ブハハハハ!、バ〜カ、身の程を知れこの愚か者共が!。(つーか子供相手になに本気で…)
こうしてアダルティーな俺は、武力を用いずして見事に平和的な解決に至ったのであった。(←おい…)
と言う訳で、俺の手の平にはどデカいバッタがボロっと転がる事となった。
そうなんだよね。どうも話の流れ的に、このボロボロのバッタをこのまま放置して立ち去ると言うのは流石に出来ない。
それは可哀想だからと言うより、ちょっとでも擁護したくせにいざとなると面倒臭がって見捨てるのかよ?、と言う自分の問題だからだ。
ま、こんな小さなバッタだから、それほど邪魔にはならないだろう。
ただそれにしても、コイツ結構重量感あるな…。確かに、こんなのに突撃されたら正直怖ぇーわ。
「暴発はすんなよ?」
突撃バッタは、プルプルとその身を震わせたのだった。