パパと僕と銭湯
診断メーカーで出た結果「ひろたひかるで スニーカー / めだまやき / 銭湯 を必ず使って創作してください」をお題にして書きました。
日常の一コマ短編です。
「パパ、大助、ごめんね。お風呂の調子が悪いのよ」
宿題が終わってパパとゲームで対戦してたらママが申し訳なさそうな顔でそう言った。
パパは小学1年生の僕よりゲームがへったくそで、すぐにマ○オを穴に落としたりモンスターにぶつかっちゃったりして自滅する。ああ、もう残機がゼロじゃん。折角僕が15人まで増やしといたのに、全部ダメにしちゃうんだから。
「あああー!」なんて叫んじゃって、こういうときだけは子供っぽくて情けない。
「ねえパパ、大助と二人で銭湯に行ってきてくれない?」
「お、いいね。大助、行こうか」
パパがぱっとゲームをやめて立ち上がった。多分そろそろゲームやめたかったんだな。でもいいよ、僕だって銭湯行ってみたいもん。
「銭湯。お風呂屋さんだね。うん、僕行きたい!」
「よし、支度するか」
「お願いね。ママ、その間に晩ご飯完成させちゃうからね」
ママは僕とパパの着替えをトートバッグに揃えてくれている。パパはお風呂場にいろいろ取りに行ったみたい。
「ママ、今日の晩ご飯なあに?」
「ハンバーグだよ」
「やった! ねえママ、目玉焼きものっけてね!」
「はいはい」
大好きな目玉焼きの乗ったハンバーグ、楽しみに帰ってこよう。
僕は買ってもらったばかりの青いスニーカーをいそいそと履いた。
着替えとタオルを入れたちょっと大きいバッグはパパが持ってくれた。僕は小さなビニール袋に石けんやシャンプーの入ったものを手に提げている。少し大きめに手を振ると、ビニール袋の中で何かがカタカタぶつかる音がする。石けんかな。
「銭湯なんて久しぶりだなあ」
「僕、初めて!」
「え、そうか? 連れてったことなかったか?」
「うん、ないよ」
「楽しいぞ、銭湯は。いいか、中に入ったらな、お湯につかる前に体を全部洗うんだぞ」
「そうなの?」
「だって、沢山の人が入るお湯だからな、体をきれいにしてからじゃないとお湯がすぐ汚れちゃうだろ」
「あ、なるほど~」
「んで、お湯につかって暖まったら出てきて、最後は帰る前に牛乳飲むんだぞ」
「え? そういうきまりなの?」
そんな話をしながら銭湯まで歩いた。
中に入ってお金を払って、ロッカーのところで服を脱いで。僕は大きなお風呂にわくわくして早く入りたくてたまらなかった。
「パパ、早くう」
「せっかちだな、ほら行こう」
お風呂はとっても広くて、つきあたりの湯船の上に大きな富士山の絵が描いてある。テレビで見たことあるけど、実物は初めて見たよ!
約束通り最初に体を洗って、それからゆっくりお湯につかった――――といいたいけど、お湯がすんごく熱くってあんまり長いことは入っていられなさそう。
ちょっとだけ泳ぎたかったのに、っていったらパパにちょっとだけにらまれた。
熱くてもう限界、の直前に。
くぅ~~
僕のおなかが鳴っちゃった。
「パパ、僕、おなかすいた」
「そういえばもうご飯の時間だもんな。そろそろ帰るか」
「うん!」
ママが晩ご飯目玉焼きのせハンバーグだって言ってたよね! それを思い出したら無性におなかが空いてきて、僕はぱっとお湯からあがって走り出した。
「大助、走っちゃダメだ!」
後ろからパパの声がした。けど、もう遅い。僕はつるっと滑って転んでしまった。
転んで、洗い場で髪を洗っていたおじさんにおもいっきりぶつかっちゃったんだ。
「うわ!」
「あっ、ご、ごめんなさいっ!」
僕は慌てておじさんに頭を下げて謝った。だって、僕が悪いんだもん。
するとおじさんはおおきなおなかを突き出すようにして僕の前に立ち上がって僕を見下ろしてくる。
「何しとんじゃあ、このクソガキ!」
「ごめんなさい! 僕、僕、すべっちゃって」
「ごめんですんだら警察はいらないんじゃ!」
おじさんはすごく怖い目で僕をにらみつけてる。
確かに僕が悪いんだけど、僕、ちゃんと謝ったよ? そんなに痛かったのかな、おじさん。
こ、怖い。
他のお客さんたちもおじさんを怖がって遠巻きに見ているだけだ。
「申し訳ありません。息子がご迷惑をおかけしました。おけがはありませんか?」
そのとき僕の後ろから声がした。パパだ! パパは僕の後ろに立ち、そっと僕の肩に大きな手を置いて引き寄せてくれた。ものすごくほっとする。
「ああ? この坊主の親父か? この坊主に後ろからどつかれたんじゃあ。どう落とし前つけてくれんだ、ああん?」
おじさんはパパにぐいっと近寄って下からにらみ上げた。ど、どうしよう!
「――――落とし前?」
パパが言った。聞いたことないような低い声。
突然おじさんがびくっと固まった。あれ、どうしたの?
「そう、落とし前、な。どうすればいいのかな?」
「ど、どう、って・・・・・・どう、しましょう、ね?」
おじさん急にどうしたんだろう? そう思っておじさんの視線をたどると、パパの腕とか腹筋とか見てるよ。パパ、筋肉すごいもんなあ。
他のお客さんもなんかしーんとしちゃったよ?
「どうしましょうね?」
「いっ、いやいやいやいや、坊ちゃんもちゃんと謝ったし、落とし前なんて、なあ?」
ぶるぶる首を横に振りながらおじさんが後じさる。するとパパがにっこりと笑った。
「そうですか、ありがとうございます。それじゃ」
そのまま固まったおじさんやお客さん達を残し、僕とパパはお風呂場を後にした。
結局僕はお風呂のあとの牛乳は遠慮した。一本飲んじゃったら、ハンバーグがおなかに入らなくなっちゃうからね!
パパは首にタオルを巻いたままおいしそうに牛乳を飲んでる。
僕がタオルを片付けてたら、さっきまでお風呂に入ってたおじいちゃんが二人寄ってきて僕にこそっと話しかけてきた。
「坊や、大変だったなあ」
「うん、でも大丈夫だよ。おじさん怖かったけど、すぐパパが来てくれたし。パパ、かっこよかったでしょ?」
「ああ、かっこよかったな。――――なあ、坊やのお父さん、いい体してるな。何かスポーツとかやってるのかい?」
「パパはね、空手やってるよ」
「空手・・・・・・すごかったもんな、さっきの気迫といい体つきといい。あのヤクザもんが尻尾巻いた気持ちもわかるわい」
「そうそう、あのヤクザもんを睨みつけたときなんざ、風呂の湯が凍り付くかと思ったぞ」
「なんのこと?」
「ああ、いやいやこっちのこと」
おじいさんたちが離れていくのと入れ替わりにパパが戻ってきて、一口だけ牛乳を飲ましてもらった。
本当に、冷たくて美味しい! 次に来たら今度こそ買ってもらおうと決めた。
「は~んばーぐ、はんばーぐ~」
パパと手をつないで夜の道を歩く。晩ご飯が楽しみすぎて、つい変な歌を作って歌っちゃう。
「大助は本当にハンバーグ好きだなあ」
「うん! っていうか、ママの料理は何でも好き!」
「そうか、パパも好きだよ、ママの料理」
「パパはあんなにお料理上手なママとけっこんして、えらいよ! おかげでおいしいご飯が毎日食べられるよ」
「はは、ありがとう」
「僕も大きくなったらママとけっこんしたい!」
あれ? パパ、なんで止まっちゃうの?
「大助」
「なに?」
「ママはパパと結婚してるんだからだめだ」
「え~~! けち!」
「だめったらだめ!」
パパはママのことが大好き。僕もママのことが大好き。だからときどきこんなけんかになっちゃう。でも、ママはパパのことも僕のことも大好きだし、それに僕もパパが大好きだから、三人で仲良しなんだよね。
「パパ、また銭湯連れてってね」
「おう、行こうな」
夜道の先、暖かい光が窓に灯る家が見えてきた。
ママが美味しい目玉焼きのせハンバーグをつくって待ってくれている、僕たちの家が。
「大助、寝ちゃったね」
「随分銭湯ではしゃいでたからな、疲れたんだろ」
「楽しかったみたいだね、ずっと銭湯の話してた。――――そうだ、今度日帰り温泉でも行こうか」
「お、いいね。大助、喜ぶぞ」
「やった! 私も楽しみ」
「俺もだよ――――優」
「うん、一平さん」
<Fin>
お読みいただき、ありがとうございました!