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双角の魔王  作者: 幌雨
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5. 魔王の反逆

*5. 魔王の反逆


 ネヘレム王は、追いすがってくるサンディなど意にも介さずに、数人の近衛兵を連れて一直線に廊下を歩いていた。その手には、サンディから取り上げた地下室の鍵がある。


「サンディ。私はお前は昔から悪戯ばかりして私を困らせていたが、将来的にはこの国を率いるだけの力と知性を持っていると信じていたのだが。お前には失望したぞ。封印が解けたことを黙っていたばかりか、あまつさえその男と仲良くしているというではないか」


 王は地下へと続く階段をふさぐ扉の前に立つと、鍵穴に鍵を差し込んだ。そして小さく呪文を唱える。王族の血にかけられた呪いとこの鍵、そして呪文が、この扉を開くために必要なのだ。


 カチャリ、と鍵が開く音がして、扉がゆっくりと内側に開いていく。王は現れた階段をどんどんと下りてく。


「待ってくださいお父様、私は何も知りません!」

「そんなものは、実際に見てみればわかること」


 やがて一団は、しん、と物音ひとつしない地下室にたどり着いた。


 最初の部屋を抜けて、中央の少し広い部屋へ。その部屋の中央には、石に封じられた二本の角を持つ魔王の像、とされる石像が安置されている。


「ほら、なんともないでしょう?」

「いや、昔からお前はわしらを(たばか)る魔法に長けていた。この石像も、おそらく…おいお前たち、調べろ」


 王の命令に、三人の近衛兵が進み出て石像を囲む。持っていた槍を構えて、石像の様子を伺う。


「ヤー!」


 兵の一人が、石像に槍を突き立てた、そのとき。石像がぐらり、と傾いたかと思うと、器用に槍をよけるとそのまま壁際まで進んだ。その姿はもはや石像には見えない。


「ふん、正体をあらわしたか、悪魔め」

 ネヘレム王が吐き捨てる。


「悪魔、悪魔ね。俺を千年もこんなところに閉じ込めて、どっちが悪魔なんだか」


 魔王の挑発的な態度に腹を立てたわけではない。王は粛々と部下に命じる。

「黙れ。今すぐお前を殺してやる」


「はいそうですか、ってわけには、いかねーな!!」


 近衛兵たちの繰り出してきた槍を、魔王は危なげなく避ける。

 すれ違いざまに隠し持っていた短刀を抜くと、槍の柄の部分めがけて振り下ろしていった。

 それだけで、兵たちの持っていた槍は使い物にならなくなってしまった。


 しかし近衛兵も流石なもので、すぐに槍を捨てて腰の短刀を取り出す。

 しかしその一瞬で、すでに魔王はある人物に狙いを定め、その背後にすばやく回りこんでいた。


「きゃっ」


 サンディの首筋に、ひやりと冷たいナイフの感触がある。


「おい、やめろ、娘をどうするつもりだ」


 ネヘレム王の顔にはありありと狼狽が見て取れた。

 そんなにうろたえるのであれば、この状況を想定してこんなところに娘など連れてくるべきではなかったのだ。

 そんなこともわからないほどに、怒りで周りが見えなくなっていたのだろう。


「どうもこうも、人質ってやつさ。上の扉は魔術でロックされていて、王族と一緒じゃないと外に出られないんだよな?こいつから聞いたぜ。だから俺はこいつを懐柔して穏便に外に出してもらおうと思っていたんだが、こうなっちゃ仕方ねぇよな」


 サンディの首にナイフを押し当てたまま、出口へ向かってゆっくりと進む。


 近衛兵の一人が姫を取り返そうと動き始めていたが、それをデュオが見ていることに気づいたネヘレム王は命じて兵の動きを止める。


「よし、利口だな。安心しな。こいつは適当なところで開放してやるからよ」


 そう言い残して消えていく魔王と娘に何もできなかった王は自分への怒りで震えていた。





 魔王は走る、走る。

 街路を抜け、町を出て。

 夜露に濡れる森の中を、わずかな星明りだけを頼りに走り抜ける。

 草に足を取られて地面をなめると、そのまま木の陰に飛び込んで、息を整えることにした。

 手の中にはまだ王女を抱いたときの感覚が残っている。





「はぁっ、はぁっ、しつこすぎるだろ、あいつら」


 魔法で追われているのか、どこをどう逃げてもすぐに追っ手が現れる。それをやり過ごしていくうちに、こんな山の中まできてしまった。


「千年ぶりの全力疾走はキツいな。実際は半年ぶりぐらいだけど、運動不足だな」


 じっとしていると、サンディと過ごしたこの半年の出来事が走馬灯のように浮かんでくる。

 しかし、それはすぐに不躾な犬の鳴き声で消されてしまう。


「おっと、見つかったか」


 自分のすぐ脇に、目玉の大きなコウモリのような何かが浮かんでいた。おそらくこれで自分を探していたのだろう。

 それをナイフで切り捨てると、再び走り出す。


 不意に森が開けて、崖の上に出た。森の中からは、兵士たちの声が聞こえる。


「この辺もすっかり変わっちまったんだな」


 遠くに見える山々は、たしかに自分がかつて見ていた、懐かしい姿だった。しかし、そこには自分の記憶には無い巨大な町が広がっている。


「本当に千年も経ったんだなぁ」


 しかし、感傷に浸っていられるのもそこまでだった。

 森から飛び出してきた兵士に槍を突きつけられる。後ろは崖だ。落ちたら命は無い。


「なかなかてこずらせてくれたが、所詮は千年前の原始人だな。大方、ここに誘い込まれたのだということにも気づいていないだろう?」


 兵士の間から、勝ち誇った顔のネヘレム王が現れた。


「まいったね、こりゃ」


「わしもあの伝説が真実だと信じていたわけではなかったが、初めから、あんな忌々しい石像など粉々にしておけばよかったのだ。ならばこんなことにはならなかったのだ」


 ネヘレム王の目に、魔王の姿が映る。


「醜い角を二本もぶら下げて、忌々しい。今からでも遅くは無い。お前を殺し、その身を焼いて神話の歴史に終止符を打つことにしよう」


 王の言葉に、しかし魔王は冷静だった。

「おいおい、そんなことしていいのかよ?」


「造作も無いことだ」

「伝説として伝わっているお前たちの歴史、王女から聞かせてもらったぞ。その中に語られていない真実がひとつだけある。なぜ、勇者様とやらがわざわざ俺を石像にして、安全な砦の地下牢に安置してその上に町まで作ったと思う?」


 魔王の問いに、王は応える。

「決まっておるだろう。われわれが確かにお前を倒した証として、戦いを終わらせるためだ」


「そうだな。お前たちの伝説では確かにそうだ。だが、実際は違う」


 ざわっ、と、王だけでなく、周りの兵士も色めき立った。その様子を満足そうに見てから、魔王は続ける。


「俺たちの種族は、生まれたときからこの二本の角に魔法の力を蓄え続ける。俺が魔法を使えないのはそのせいだ。本来この力は、自分の死後に解放され、子孫を守るまじないとなる。しかし、恨みを持って死ぬとそうはならない」


 ずい、と一歩進む魔王に気圧されて、自然と王は後ろに下がった。


「角の魔力は俺を殺したものを確実に呪い殺す。その子孫、末裔までも含めて残らずだ!!魔王と呼ばれた俺の力を侮るなよ?千年分の貯金つきだ、ここから見える町のすべてを三回滅ぼしてもまだおつりがくるだろうなぁ」


 ははは、と夜空に高らかと魔王の笑い声が響く。


 王は決断を迫られていた。この男の言葉を信じて何もできないのか、あるいは嘘だと断じてこの男を殺すのか。


 そこへ、一人の娘が肩で息をしながら現れた。サンディである。


「お父様、そこをどいてください」


「危ないぞ、下がれ」

 父である王の制止を振り切って、サンディは魔王の、デュオの前に立つ。


「おやおや、これはこれはお姫様、ご機嫌麗しゅう」


 慇懃に頭を下げた魔王の目を見て、サンディは問う。


「挨拶は結構。一つだけ教えてください。あなたは私を、騙していたのですか?」

「ああそうさ。世間知らずのお嬢さんひとり、騙すのは簡単だったな。間抜けな王様に気づかれちまったのは予定外だったが。それさえなけりゃ、お前をいいように言いくるめて俺は晴れて自由の身になれた、ってわけさ」


 自分が知っているものとは全く異なる口調で放たれるデュオの言葉をまるで他人事のように聞いていたサンディは、手にした儀式用の杖を掲げ、魔王をにらみつける。


「そうですか」


 不穏な空気を感じたのか、ネヘレム王がは決断できないまま娘の声を聞いていた。


「待て、娘よ。早まるな。殺すのはだめだ」

 王の言葉に、王の目を一瞥だけして、サンディは再び杖を掲げた。


「心配しないで、お父様。殺しはしない。私だって、ただ馬鹿みたいに安穏と暮らしていたわけじゃない。ちゃんと、こうなるかもしれない、って考えていた。だから――」


 目を閉じて、杖に意識を集中する。淡い緑色の光が杖に集まり、その明滅にあわせるように、魔王の体から同じ色の光が立ち上る。


「――だから、私があなたに引導を渡してあげるわ。石化せよ……!」


 言葉とともに、一際強く輝いた光が、魔王の全身を包む。そして、彼の足元から徐々に、しかし確実に変化が起こった。


「こ、この魔法は千年前の!!」


 驚き、逃れようとするが、すでに足は石になっていてピクリとも動かない。


 魔王は何もできずに、最後は苦悶の表情で、サンディに手を伸ばしながら物言わぬ石の塊へと姿を変えた。



「終わった、のか?」

 王の問いに、ふ、と肩に篭っていた力を抜いて、サンディが振り返った。


「ええ、お父様。あとはこの石像を元通り地下に安置すれば向こう千年安泰でしょう」


「ふ、ふん、原始人風情がいい気になるからだ」

 最後に蹴りの一発でも入れてやろうか、と思ったかは定かでないが、魔王に近づいていく王。サンディがそれを引き止める。


「なぜ止める」


「まだ石化の魔法は完了していないのです。私以外が触れると、それがお父様でもそのまま一緒に石化しますよ。ちなみに、私はこの魔法の解除方法を知りません。このままここに置いておいて、ほかの誰かが触って石になってもいけませんから、これは私がこのまま地下室へ戻します」


 その言葉に、王は何もせず、一言二言兵士に告げてその場を去った。



 かくして、伝説は再び伝説の中に戻される。この日、何が起こっていたのかを知っているのは、彼女と、王と、数人の兵士、そして今は石になってしまった魔王だけ。




「さようなら、デュオ」



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