3. 魔王の日常
*3. 魔王の日常
ある日、いつものように地下に降りると、デュオが跪いてサンディに手を伸ばしていた。
「ああ、君は世界で一番かわいいね」
「……なんだ急に」
「どうだい、だいぶうまくなっただろう、言葉」
そういえば、まだ翻訳魔法を使っていなかった。
「な、なんだ、言葉の勉強してたんだ」
そうとわかっていれば、こんなに耳まで赤くすることはなかったのに。
「そうだよ、君の瞳に乾杯」
「いや、そんな脈絡なく言われてもウザいだけだわ」
翻訳魔法をかけてから、いつものように食事を寝室の小さな机の上に置く。ちなみに、元からあった蔵書は全部縛って物置に突っ込んだ。空いた本棚に、サンディが少しずつ「普通」の本を置いている。すべて、デュオのリクエストに応えて用意したものだ。
「そういえばさ、デュオってどうやって言葉の勉強してるの?」
「んー?基本的には、お前との会話だな。翻訳魔法で流れ込んでくるイメージと、耳から聞こえる音をくっつけていく感じだ」
さらりとそんなことを言うが、サンディにはできる気がしなかった。翻訳魔法というのは、意識に介入して言葉の意味を流し込む魔法だ。自然と、実際に聞こえている音は意識されなくなる。
「なんかよくわからないけどなにげにハイスペックよね、あなた」
「そうか?今がどうなってるかは知らないが、昔はそれぞれ言葉がちょっと違ういろんな小部族がいたからな。長たる俺は小さいときからこの手のスキルを仕込まれてきたんだ。交渉ごとは長の仕事だからな。ごちそーさん」
あっという間に食べ終えて皿をどけると、早速机に置いてあった読みかけの本を開いた。
最近はもっぱらこうやって二人で勉強していることが多い。
デュオはいろいろな知識を本から吸収していった。
最初は殆ど読めなかったが、今は殆ど一人で読めている。たまに、新しい言葉が出てくるとサンディに質問する。そんな日常が、サンディは気に入っていた。
「ところでさ、さっきのセリフはどこから出てきたの?私そんなこと言ったことないでしょ?」
「さっきの?」
本から顔を上げて、デュオが問う。
「君の瞳に、とかのやつよ」
改めて口に出すのは恥ずかしかった。
「ああ、あれか。あれは、物置の奥にあったこいつを参考にしている。話の流れからどんなセリフかは想像ついてるけど、どんな意味か教えてくれよな」
そう言って、デュオはベッドの下からタイルのような光沢の石を取り出した。
ずいぶん古いもののようだが、サンディにも見覚えがあった。映像を記録する魔法がかけられた石板だ。
「この部屋にはこんなもんしかないから暇つぶしにいじってたんだけどな。ここんところをこうして、こうやると、映像が出るんだ」
「教わってないのによく使えるわね」
「魔法のことはよくわからんけど、昔から器用なほうだったね……ほら、出たぞ」
ぼんやりと、石板の表面に映像が浮かびだしてきた。
次第に映像がはっきりしてくる。何かの映画のようだ。
二人の男女が映っていて、歯の浮くようなセリフを交わしている。
そして、場面は変わり――
「ってこれ」
「うむ、お前たちの部族の求愛と生殖の風景を記録した資料映像だな」
「そういうものでは断じてないんだけど……まあいいわ。それにしても古い映像ね。お爺様か、それより前の世代のものかしら。ある意味貴重なものだから、売ったらそこそこの値段になりそう」
その様子に、デュオの方は若干拍子抜けしていた。
「冷静に分析するんだな」
「なんでよ」
「てっきりキャーとか悲鳴あげて何見せてんのよ!って殴ってくるのかと思った」
「今からやってあげてもいいけど?」
「……遠慮しとくよ」
デュオは再び書物に目を落とした。
◇ おまけ(I)
「そういえばあなた、トイレってどうしてるの?」
「俺様うんこしないので」
「冗談はいいから」
「へいへい。物置の奥の部屋がトイレになってんだよ。俺が作ったもんじゃないから、お前の祖先の誰かがわざわざ設えたんだろうな。ボタンを押したら勝手に水まで流れやがる。いやぁ、驚いたねぇ。すごいねぇ、魔法ってやつは便利だねぇ」
「とりあえずこの部屋のどこかに肥え桶があるんじゃないことがわかって嬉しいわ」
◇ おまけ(II)
サンディが地下室へ降りると、デュオはトレーニングの最中だった。サンディに気付くと、ダンベル代わりにしていた石を部屋の隅に片づけて、近づいてくる。
「ごきげんよう。今日は遅かったのね」
「あー、うん、王様に捕まってしまって。毎日頑張ってるね、成果は出ているかい?とか聞かれたわ。適当にごまかしておいたけど」
じっ、っとデュオを見つめる。
最近、デュオの会話能力は目に見えて成長していた。今もまだ翻訳魔法は使っていないが、完全に自分の言っていることを理解している様子だった。
しかし、サンディには気になっていることがある。
「何?」
サンディがずっと見てくるので、息苦しくなってデュオの方から声をかけた。
「あのさ、確認なんだけど」
「なんでしょう?」
「あなた、男よね?」
サンディの問いに、何をいまさらバカなことを聞くんだ、と思っているのが表情だけでよくわかる。
「失礼ね、見てわからないの?」
苦笑しながら、デュオは答えた。
「いやさ、よくよく考えたら声もなんか高いし……私より背も小っちゃいし」
「私、これでも部族の中では一番の高身長だったのよ?確かに、昔から一角の人たちはみんな体が大きかったわ。そのせいかしら」
「種族的な違いってことね。あれ、あなた何歳だっけ?」
初めて会ってから二カ月近くたつのに、年齢を聞いたことがなかったことに思い当たった。
「十九よ。いや、正確には、千と、十九かな?」
「え、年上なの?や、それはあたりまえか。ううん、年上だったのね……」
「まぁまぁ、そんなことはどうでもいいじゃない。で、どうして私が女じゃないか、なんて疑ったりするの?初めて会ったとき、私ほとんど裸みたいな恰好だったと思うけど?」
「うーん、それもそうなんだけど。もちろんわかっているんだけど。あなたの言葉、女言葉なのよね」
最近感じている違和感は、これだ。
「女言葉?」
「あれ、そこから説明が要るんだっけ?えーとね、この国の言葉って、男と女で微妙に違うのね。単語の選び方とか、口調とか」
「同じ部族なのにおかしな人たちね。なぜそんな面倒なことになっているのかしら?」
そんな事、自分に聞かれても困る。
「もしかして、オスの鳥がきれいな羽を持っているのと同じじゃないかな。よりレベルの高い異性をオトすために、男はより男らしく、女はより女らしくなるんじゃない?それが言葉にも当てはまっている、と」
デュオの言うこともわかるような、わからないような。正直そんなことはサンディにはどうでもよかった。
「でさ、どうしてあなたは女言葉なの?ちょっと気持ち悪いんだけど」
「そんなの決まってるじゃない。私、あなたとしか会話してないんだから、どうしたってあなたのするようにしか話せないわ」
なるほど、納得した。
こいつがこんなナヨナヨしたしゃべり方になってしまったのは、自分のせいだったのだ。
「なるほどね。じゃ、今度参考になりそうな本とか録音を持ってきてあげるわ」
「ありがとう」
この半月後、サンディは反動でやたら野蛮な言葉遣いになってしまったデュオに頭を悩ませることになる。
「ヒャッハー!!汚物は消毒だあああ!!」
「一体何を見たのかしら…」




