2. 魔王と姫君
*2. 魔王と姫君
もうすっかり日課になってしまった。地下室へと続く階段を下りながら、そんなことを考える。
父王には、毎日籠って勉強かい、精が出るね、頑張ってるね、などと言われるので、そうですね、なんだか違う意味で精が出そうですが、いつか成果をお見せできると思いますわホホホ、と皮肉たっぷりに返してやった。
あの部屋の秘密を何も知らない父王には、何のことかわからないだろうが。
地下室に入ると、それに気づいたデュオが近づいてくる。
「オハヨウ、オハヨウ」
「なに、あんたこの国の言葉しゃべれるようになったの?」
「オハヨウ、オハヨウ」
「まだそれだけなのね」
対話はさっさと諦めて、翻訳魔法を使う。
「この国の言葉覚えておかないと、外に出たとき不便だろ?」
「いや、外になんか出さないけどね?」
ディオは笑顔のまま固まっていた。
「またまたご冗談を」
「いや、冗談ではなく」
「そこを何とか!!」
ついには、額を頭にこすり付けるようにして懇願してきた。双角の部族に古より伝わる由緒正しいドゲザというやつらしい。
「どんなに頼まれたって、ダメなものはダメ。あなたを外に出したと知れたら、冗談抜きで私の首が飛ぶわ」
「なんでだよ」
「あなた、千年前に何をしたか忘れたの?」
はぁ、とため息交じりで。
「知るかよ、千年前のことなんか。いや、お前らにとっては千年前だけど、俺にとってはつい最近のことか。とにかく、何度も説明したけど、そのことについては全く思い当たる節がない。そもそも攻めてきたのはお前ら一本角の連中だろ?」
「ま、今から歴史、ってか考古学の検証する気もないけど」
「ならさー、いいじゃんか、俺だって外出たいよ。千年後の世界ってやつを見せてくれよ!」
こんどはキラキラとした少年の瞳で見つめてくる。これには少し参ったが、距離を取って冷静になる。
「ま、伝説なんてアテにならないって事は重々承知だし、あなたが悪い人間じゃない、っていうのは私は知ってる」
「じゃあ――」
「でも、私以外の人間は、そうじゃない。外であなたのその二本の角が見つかったらどうなることか、想像するだけで恐ろしいわ。いい?私たちの国じゃね、小さいころから絵本なんかで刷り込まれてるのよ。悪いことすると二本の角の魔王に食べられちゃうぞ!!ってね」
頭の横で指を日本突き出して、大口を開けてかぶりつくこのポーズを見たことのない子供はいないし、やったことのない母親もいない。
「ひどいもんだな。さっきも言ったが、そもそも攻めてきたのはお前らの方だ。俺たちは話し合いで平和的に解決しようとしたんだぞ?でも当時の翻訳魔法は今ほど立派なモンじゃなかったからな。なにか誤解もあったんだろう。最終的にプッツンきたらしいそちらの勇者様とやらが夜襲を仕掛けてきて、あえなく俺様ここで石化される、と」
「私たちに伝わってるのとはずいぶん話が違うのよねぇ」
「いや、よくわからんけど、統治するにはそれこそ伝説になるようなストーリーが必要だったんだろ。過去を都合よく書き換えられれば、それを信じる限りそれが真実になる」
「そう言われると、そんなものかな、って気にはなるわね」
そもそも自分は、ハナから伝説なんて、というスタンスなのだ。今更それが捏造だったとしても、正直どうでもいい。
「ま、俺としてもどうでもいいことだけどな。もう俺しか残ってないんだろ、双角って」
「そうね。少なくともこの大陸にはいないわ」
「…大陸?」
耳慣れない単語がデュオの好奇心を刺激したのか、子供のような目でサンディを見つめ返す。
「何、そこからなの?いいわ、話してあげる。今私たちがいるここから、ずーっとまっすぐ歩いていくと、どっちに行っても地面が終わっているところにぶつかるの。そこから先には水しかないわ。私たちはそれを海って呼んでるんだけど、そこから先はまだ誰も行ったことがないからわからない」
「地面が終わってるって?ちょっと信じられないな。そんなに水があるんなら、水源の奪い合いで殺しあうこともないな!いやぁ、昔はちっさい湖の取り合いでどれだけの血が流れたか……」
「そんないいもんじゃないわよ。私は見たことないけど、水は水でも全部とても飲めない塩辛い水だって。年に何回か、海のあたりでその塩を集めてくる行商のおじさんから聞いたんだけどね」
「塩まであるのか……まさかそんな楽園がこの世に存在したなんて……俺の爺さんのそのまた爺さんは地面に埋まってたでっかい塩の塊を見つけだした功績で部族長になったんだぜ?」
話しながら、ちょっと失敗したかな、とサンディは思っていた。そして案の定、キラキラした目でデュオが言うのだった。
「いいなー、見てみたいなー。外に出たいなー」
「はいそうですか、ってわけにはいかないの。さっきも言ったからわかってるでしょう?」
「わーってる、わーってるよ。どうせ千年もたってるんだ。今すぐ出ようなんて気はないさ」
どれほど本気かわからない極めて軽い調子に頭を抱えたくなる。
「そうしてくれると助かるわね。できれば私が死ぬまでそうしてくれると助かるわね」
「いやいや、それはちょっと長すぎでしょうよ。俺のほうが先に死んじゃうかも」
「そのまま死んでくれるととても嬉しいわ」
そんなことを言いながら、サンディは何もない空間からパンとスープが乗ったお盆を取り出して、デュオの前に置いた。
「いやぁ、何回見てもすごいなぁ、その魔法」
「別にすごくないわ。周りの人間に手に持っているものを意識させないようにする、初歩的な幻覚魔法よ。私この魔法すごく得意なの。今まで見破られたことは一度もないわ」
自信満々で言う。褒められて悪い気はしない。
「いやぁ、ものすごい悪い顔してるよサンディ……」
「わ、私のことはいいから、早く食べなさい」
言われなくても、腹はとても減っている。お盆の上からは、どんどん食べ物が消えていった。
「毎日食事を運んでもらって俺としては嬉しいんだが、お前は大丈夫なのか?」
「別に問題ないわ。あなたにかけられてたっていう石化の魔法が解ける期限がそろそろだから、って王様からあなたの見張りを言いつかっているの。ついでに、この部屋で魔術の奥義を習得するようにも言われているわ。この部屋には掟で王族しか入れないし、今王族で一番魔法が得意なのが私だから。実際には、この部屋に魔術の奥義なんかないんだけど」
なるほどね、と、最後のスープを飲み下しながらディオはうなずく。
「でもよ、その伝説ってのもあながち外れてないよな。俺の石化、見事に解けちゃってるんだから。案外、初めて会ったあの日が、ちょうど千年だったんじゃないの」
「いくらなんでも、それは都合よすぎでしょ……運命力ありすぎでしょ……」
「しっかし、よくよく考えると俺ってばいつ王様の前に引きずり出されて首落とされても文句言えねーのな」
その言葉に、サンディからの返事はない。
「おい、そこで黙るなよ…?」
やはり、サンディは何も言わなかった。
「おい、おい!!何か言ってよサンディ!!」
「あ、ああ、だ、大丈夫よ。そんなことあるわけ、ないじゃない。冗談よ、冗談」
泳いでいるその目が、彼女の内心を如実に表していた。




