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双角の魔王  作者: 幌雨
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1. 千年後

*1. 千年後


 初めて足を踏み入れた居城の地下室は、部屋というよりむしろ家といったほうがいいつくりをしていた。

 まるで、家の上に無理やり城を建てたような。地下へと続く煉瓦の螺旋階段を降り切ったサンディがまず目にしたのは、地下なのになぜか(ひさし)のようなものが取り付けられた四角い穴だ。その、かつて扉があったと思われる壁の穴を抜けて、部屋の奥へと進む。

 見渡せば、中はいくつかの小部屋に仕切られているようだった。


 最初の部屋を抜けると、先ほどよりも少し小さな部屋に出る。魔法の光をかざすと、部屋の中央に安置されていた石像が浮かび上がった。


「これが、千年前に石の呪いで封印されたっていう双角魔王の像、なのかしら」


 魔王という割には小柄で、お世辞にも迫力があるとは言い難い。十六になったばかりでまだ少女の面影を残すサンディよりも背が低いのだ。


「どうせ作るんなら、もっと大きいのにすればいいのに」

 この国に伝わる双角魔王の伝説なんて、どうせいつぞやの王が箔をつけるためにでっち上げたに決まってるんだから。


 サンディは石像を眺めた。


 いつからここにあるのかは知らないが、伝説通りであれば千年前からここにあるはずの石像は、雨風にさらされない地下に置かれているせいかさほど古さを感じない。

 足元は倒れないように石でがっちりと固められているが、裸の上半身は今にも動き出しそうな生々しさを宿している。


「よく見るとこいつ結構整った顔してるわね」


 しかし、石像の製作者はここで力尽きたのか、腕の造形はまるで適当、というよりも作りかけのように思えた。

 頭の上で腕を組んでいるような妙なポーズなのだが、その腕の部分は布か何かをぐるぐる巻きにしたような適当な造形だった。


「さて。そんなことより、王家に伝わる秘伝の魔法書ってのはどこにあるのかしら」


 本来の目的を思い出す。

 石像の脇を抜けて、まずは左側の小部屋に入る。そこはガラクタ置き場のようになっていて、工具やロープ、蝋燭などの小道具がぞんざいに積み上げられている。

 どうやらハズレのようだ。


 続いて、右側の部屋を確認する。


「おっと、これはなかなか…それっぽいな」


 古びた木製の寝台(ベッド)があり、その脇にはかわいらしいアンティークの机と椅子が置かれている。その横にはサンディの背の高さほどの本棚があって、いかにもな書物がいくつか収められていた。


「それにしても、埃っぽいわね」


 サンディの父である現王は、祖父からこの部屋へと続く鍵を受け継いで以来四十年弱、一度もこの地下室へ踏み込んだことはないという。

 先ほどの部屋に安置されている石像の「魔法」が解けて魔王が復活するとされる「千年後」をそろそろ迎えるためだ。わが父ながら情けないが、ようはビビっているのである。


 サンディは本棚から一冊本を取り出して一通り目を通す。


「………」


 怪訝な顔でそれをもとの棚に戻すと、隣の一冊を取り出した。同じようにその次、その次と確認していき、ついに最後の一冊を棚に戻し終えたとき、彼女の顔から表情が消えていた。


「秘伝の書じゃなくて秘宝の書だわ、これじゃ」


 こうなってみると、脇にある寝台も、隣の部屋のいろんな工具も日用品も、そういう物であったとしか思えない。


「あほくさ、帰ろ」


 無駄足を踏んだ腹いせに石像を蹴飛ばす。当然だが、自分の足が痛いだけだった。


「あんたも大変ね。一体ここでどれだけの見たくもないものを見せられてきたのやら。お父様もお父様よ。怖気づいて自分の目で確かめないから、うら若い娘にトラウマ級の王家の真実を植え付けることになるんだわ」


 もう一度、二度と、台座を蹴って気を落ち着ける。

 パラパラ、と台座の一部が欠けて、小さな石が転げ落ちてきた。


「あ、やば」

 急いで小石を拾い上げ、台座に置いた。


 割れた部分に手をかざし、意識を集中。力を掌に集めるイメージ。

 やがて、サンディの手に淡い光が宿り始めた。サンディが得意とする魔法の一つ、修復の魔法だ。

 幼いころからお転婆だった、いや、控えめに言っても暴れん坊だった彼女が、必要に迫られて覚えた魔法の一つだった。


 その時ふと、脳裏に今しがた確認した書物の内容と父親の顔が頭に浮かぶ。

 そもそも、あの親父はよく知りもしないのに王家に伝わる秘伝の書物があるらしいからきっと役に立つだろう、と、本格的に魔法の勉強を始めたサンディに半ば強引にこの部屋の鍵を押し付けたのだ。



 魔法は、精神の力でこの世界に影響を与える技術だ。

 使用の最中にほかの考え事をするのは、よくない。


 気が付けば、サンディの手に集まっていた淡い光は、いつの間にか強烈な光となって部屋中を照らしている。それに呼応するように、石像の周りに古い様式で描かれた魔方陣が浮かび上がる。


「うっそ、マジで、なんなのこれ」


 あわてて魔法を解除しようとするが、暴走状態に入ったのか全く言うことを聞かない。


 台座の欠けた部分から光は流れ込み、まっすぐと上へ。その筋に沿うように石像からパラパラと剥離していくかけらを眺めながら、あ、やっちまったな、とどこか他人事で考えていた。


 刹那、強烈な魔力嵐が吹き荒れ、部屋中の埃をぶちまける。灯りにしていた小さな魔法の光も消し飛んだ。


「イテッイテテッ」


 石像から落ちたらしい小石が次々とサンディに襲い掛かる。うずくまってそれをやり過ごしていると、やがて静かになった。


 恐る恐る目を開けてみるが、当然真っ暗で何も見えない。


「な、なんなのよ一体」


 とにかく、部屋の惨状を確認せねば。落ち着いて深呼吸。改めて精神を集中し、灯りの魔法を使う。


 サンディの掌に温かい光が集まってきて、あたりを映し出していく。そしてサンディは、自分の目の前で自分を見つめている顔に気が付いた。


「わ、わわわっ!!?」


 驚いて飛び上がる。あまりにも二人の距離が近かったせいで、飛び上がったサンディとそいつの額が激突して星が散った。


「くおー…」


 うめき、よろめくサンディの腕をそいつは掴んで引き寄せる。

 そいつは、サンディを立たせるとその手を放し、なにやら身振りでと言葉で弁明らしきものをしているが、何を言っているのかさっぱりわからない。


「き、きゃーーー!誰よアンタ!!」


 とりあえず殴る。とっさのことで避けられなかったそいつは、派手にバランスを崩して尻もちをついた。

 覆いかぶさっていた男が離れたことで視界が開けて、すぐに気付いた。


「っておい!石像どこ行った!!?」


 石像の代わりに、かつて石像だったと思われる石が散らばっていた。あとは、さっき殴った不審者がいるだけだった。


 サンディは不審者に詰め寄ると、早口で一気にまくしたてる。


「ねえあなた、ここにあった石像知らない?あなたがバラバラにしちゃったの?それともどこかに持って行ったの?ねぇ、そうなんでしょう?」


 本当はサンディだってとっくにわかっている。

 石像が壊れてしまったのは、自分の魔法が暴走してしまったせい。

 

 そして、石像が壊れてしまったせいで、その中に封印されていたものが出てきてしまったのだ、と。


 だって、その男は、自分より少し小さいその男は、さっきまでここにあった石像と同じ顔をしている。

 そしてなによりも、その額には、二つの角が生えていた。



 男はなにやらしゃべりながら手を振っていたが、何を言っているかわからない。

 そもそもサンディはまともに聞いていなかった。蒼白な顔で、魔王復活の片棒を担いだ悪女として国民に吊し上げられて斬首される様子を想像していた。


 一方の男、「魔王」も、自分の話を全く聞かない女を前に困り果てていた。そして考えた結果、思い出した。

 この女が自分たちとは違い「魔法」を発達させていたあの種族の仲間であれば、言葉を交換する「魔法」を使っていたあいつらの仲間であれば、同じことができるはずだ、と。

 あの魔法の名前は、なんといったか。たしか。


「おんやく、まお」


 そう、言った。女は相変わらず自分の言葉を聞いていないようだったので、驚かさないように極めて慎重にトントン、と肩をついてから、自分と女の顔を交互に指して、もう一度。


「おんやく、まお」


 それを何度か繰り返して、はっ、と女はようやく気付いた。


「あ、ああ、翻訳魔法ね、そうね、そういうのもあったわね。と、当然使えるわよ、ま、任せときなさいよ」


 多数の国の使者と言葉を交わすこともある王女という立場の者にとって、高レベルの翻訳魔法は必須技能の一つだ。当然、サンディも修めている。


「――よし、いいわ。何か喋ってみて」


 その言葉が通じたのか、ほっ、っと「魔王」は胸をなでおろした。そして、口を開いた。


「よしよし。どこの誰かは知らないが、お前には聞きたいことがありすぎる。とりあえず話を聞かせてくれ」


 しかしサンディは、ちょっと待って、とそれを遮る。いろいろ答える前に、まずは確定させておかなければいけないことがあった。


「その前に、こちらからの質問に答えて頂戴」

「むう、まぁ、いいだろう」


「そのいち。あなたは泥棒?」

「違う。そもそもここは俺の家だ。自分の家に泥棒に入るやつは、いない」


 ちょっと、いやかなり殺風景になってしまっていて、窓もすっかり塞がれているが、自分の家を見間違うはずがない。


「じゃあ、そのに。そこの、石が散らばってるところ、そこに石像があったんだけど、知らない?」

「石像?知らないな?どんな石像だ?」


「あんたみたいな石像よ……」

「俺みたいな?なんだ、そりゃ」


 ふむ、と少し思案し、サンディはこの国の伝説について、「魔王」に伝えることにした。


「千年ほど前、私たちの遠いご先祖様たちは、額に二本の角を持つ『双角』の人類と血で血を洗う全面戦争をやっていたそうなんだけど、あるとき、一人の勇者が双角魔王を石化の魔術で石と化し、ついにこの地を平定した、と伝えられているわ。ま、よくある権力に箔をつけるためのヨタ話だと思っていたけど……」

「うーん、話を聞く限りその石像ってのが俺っぽいな」

「まじかー」

 自分が投獄される映像が脳裏をよぎる。


「思い当たる節がありすぎる。千年ってのはよくわからんが、このあたりに二本角の部族は俺たちしかいないし、僭越ながら俺様その部族の長をやっているしな。その勇者、ってのも覚えがある」

「まじかー……」

 今度は、自分が斬首される映像が脳裏をよぎる。


「では、次は俺の番だな。まず、お前は誰だ?」

「え、私?私はこの国の王女よ。さっき話した勇者の末裔ってのがこの国の王族なんだけど」


「何、お前あいつの子孫なの?そういえばどことなく面影が……まったくないな」

「当たり前でしょ、千年経ってんのよ。この国の人間の家系をたどれば大体どこかでその勇者ってのの一族にブチあたるわ。うちは、直系ってだけ」


「なるほどな。じゃあ、次の質問。お前、角はどうした。俺がずっと戦っていたのは、角が一本の連中だったぞ。お前ら、その子孫なんだろ?」


 予想外の質問に、サンディの顔が一瞬赤く染まる。しかし、すぐに元の色に戻った。


「あ、あるわよ。ちゃんと、小さいのが、一応」


「ほんとか?ちょっと見せてくれよ」

「な、なんであんたなんかに見せなきゃなんないのよ!!」


「なんで、って言われてもな……なんだ?恥ずかしがってるのか?勇者様とやらはなんかバカでかい宝石とかで飾り立てて見せびらかしてたぞ」

「た、たしかに昔はそうだったらしいけど、今は時代が違うのよ!角もどんどん小さくなってるみたいだし……とにかく、今は見せないのがスタンダードなの、OK?角を見せろだなんて、軽々しく言ってはダメだわ」


 今は前髪で隠れている角のあたりを手で覆いながら、魔王と距離を取る。


「なんだよ、別に無理やり見ようとか思わねーよ。しかし角が小さく、ねぇ。昔は三本とか四本あった連中も居たっていうし、俺たちが負けて一本角の連中が残ったことと関係あんのかなぁ。角が少ないほどシンカしてるとか?」


 なにやらブツブツと魔王は思索に入ったようだが、正直そんなことはサンディにはどうでもいい。もっと気になっていることがあった。


「さっきの私の話を聞いて、なにか思うところはない?」

「何が?」


「あんた、最初からずっと丸出しなのよ!!しかも二本も!!私にとってはあんた今全裸でうろうろしてるのと同じような感じなんだからね!!」


「いいじゃないか、全裸でうろうろするぐらい。減るもんじゃなし」

「くっ、この原始人め……」

「あー、なんかその言い方傷つくなぁ」


「そっちの部屋、物置になってるから、なんか適当なもの見繕ってきなさい。話の続きはそれからよ」

「へいへい」


 魔王が物置部屋に入るのを見てから、警戒態勢を解いた。これから一体どうすればいいんだろう、と考えていると、そういえばまだ名前も聞いていなかったことに気付く。


「ねぇ」

「なんだ」


「あなた、名前は?」

「おお、そうだな。まだ名乗っていなかった。俺の名はデュオ。ま、名前といってもこれは役職みたいなもんだけどな。お前は?」


「私は、サンディでいいわ」

「じゃあサンディ、もう一個聞いていいか?」


 ひょっこりと、デュオが部屋から出てきて言った。

 その頭には汚いボロ布がターバンのように巻きつけられている。その手に、小さな突起がぽつぽつとついた、先っぽだけ少し太くなっている二十センチぐらいの木の棒を持って。


「なぁ、これって何に使う道具なんだ?木の実を潰すにしてはこの側面の突起は意味不明だし、武器だとすると短すぎる。どうせなら石とか鉄にするべきだよな。なぁ、お前ならわかるだろ、これ、何の道具だ?」


 嗚呼、今は亡き祖父を含めこの部屋のかつての使用者にありったけの怨嗟を込めて罵声を浴びせたい気分。


「なぁ、おい、知ってるんだろ?あ、そうだ、ちょっと使って見せてくれよ!!」

「知るか、馬鹿!!」


 今日のところは思いっきりこの何も知らない男を蹴飛ばして、溜飲を下げるしかなかった。


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