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疾走 プロトタイプ

掲載日:2015/05/21

加藤 なぁ坂本。

坂本 どうかした?

加藤 ここ、よくわかんないから教えて欲しいんだけど。

坂本 どこ?

加藤 ほらここ。虚数単位ってやつとか、複素数とかいうの。

坂本 なんで俺に聞くのさ。せっかく学校に残ってるんだから先生に聞きに行けばいいじゃん。

加藤 めんどくさい。それにすぐ近くに勉強できるヤツがいるだろ。

坂本 誰のこと?

加藤 お前だよ。

坂本 過大評価だよ。俺はそんなに勉強できるほうじゃない。

加藤 そういうことは頭いいヤツしか言わないんだよ。

坂本 そういうもん?

加藤 そういうもん。さ、早く教えてくれ。

坂本 はいはい。えーと、虚数単位っていうのは…なんて言うのかな、本当は存在しない数なんだけど。

加藤 …どういうことだ?

坂本 なんだろうなぁ…本当は無いものをあるものと仮定して組み立てるというかなんというか…

加藤 …ダメだ、さっぱりわからん。

坂本 まーたお前はすぐそうなんだから。もう少しちゃんと考えろって。

加藤 なんで数学なんか勉強しなきゃならないんだ…別に社会に出たって使わないだろ!?

坂本 中学生かお前は。

加藤 だってそうだろう!? 複素数とか虚部とか実部とか何に使うっていうんだ!?

坂本 俺に聞かれたってなぁ。

加藤 野球選手だって数学は使わないだろ!

坂本 打率計算とかで使うだろ。

加藤 サラリーマンだって!

坂本 経理の人とかは使うんじゃない?

加藤 アイドルだって!

坂本 印税とかいろいろあるでしょ。

加藤 建築士!

坂本 それは言わずもがなだろ!?

加藤 なんなんだよもう!

坂本 ほら、余計なこと言ってないでシャキシャキ続きをやれ。

加藤 結局投げっぱなしかよ…スパルタにもほどがある…


   加藤しばらくノートと格闘。すぐに諦め外を眺める。それに坂本が気付く。


坂本 ほらまたすぐさぼって!

加藤 いいだろ少しくらい。

坂本 なに外なんか眺めてんのさ。何か面白いものでもあんの?

加藤 別に。

坂本 じゃあとっとと続きしなって。

加藤 うるさいな。おかんかお前は。

坂本 なんでおかんなんだよ。

加藤 どうでもいいだろ。そんなことよりおかんも外見てみろよ。

坂本 いや俺おかんじゃないし。

加藤 そうすればきっと俺の気持ちもわかるぞ。

坂本 そうか?


   言いつつ外を眺める坂本。


坂本 ……あ。

加藤 どうした?

坂本 いや、ほら、あれ。

加藤 どれ?

坂本 あれだよあれ。ほら、大井。

加藤 …本当だ。あいつまだ部活引退してなかったんだな。

坂本 そうらしいね。そういえばこないだのインターハイ、結果報告で結構健闘したって言ってたっけ。

加藤 …そうだったっけか。

坂本 全校集会やったのに覚えてないの?

加藤 …いいだろ別に。

坂本 幼馴染なんだし、少しくらい気にかけてやろうぜ。

加藤 …うるさいな。


   加藤、少し黙り込む。


坂本 あ、そういえばあいつ、今度の国体に出るって聞いたんだけど。

加藤 そうなのか?

坂本 まぁ噂だけど。

加藤 なんだそりゃ。

坂本 でもあれを見る限り本当かもね。

加藤 そのために練習してるってことか。

坂本 多分ね。

加藤 ふーん。…随分余裕そうだよな。

坂本 受験勉強の話?

加藤 あぁ。俺たちは必死こいて勉強してるってのにさ。

坂本 俺“たち”?

加藤 なんだよ。

坂本 別になんでも。

加藤 ともかく、少なくとも俺たちよりは勉強してないだろってことだ。

坂本 どうだかね。

加藤 どうせあいつも虚数単位がなんだかわかってないに決まってる。

坂本 確かに頭の悪さは加藤と同じくらいだもんな。

加藤 かっこいいルビのついたアニメの必殺技とでも思ってるに違いない。

坂本 例えばどんな?


   加藤おもむろに立ち上がり、派手なポーズを決める。


加藤 クク…貴様の単位はすでに虚数の彼方へと葬り去られた…

坂本 え、何そのノリ。


   加藤、仕草で坂本にノってくるよう促す。


坂本 え…な、なんだとー(棒)。

加藤 フフ、これこそが私の奥義、『虚数単位(ロスト・ナンバーズ)』だッ!

坂本 ……

加藤 ……

坂本 なるほど。加藤は虚数単位をそう思っていたってことか。

加藤 振っといてなんだその反応!?

坂本 だってこんな感じとは思ってなかったし。

加藤 い、いいだろ別に。

坂本 それになんだよロストナンバーズって。中学二年生かお前は。

加藤 適当に考えたからな。そこは別にいいだろ。

坂本 それと単位を虚数の彼方の葬り去るってどういうことだよ。大学生なら浪人だぞ。

加藤 そ、そこらへんはもういいだろ。それより大井のことだ。

坂本 はいはい。というか、大井だって案外大丈夫じゃないかな。

加藤 どうしてだ?

坂本 大学にだってスポーツ推薦、あるところにはあるでしょ。

加藤 …言われてみればそうか。

坂本 あれだけ打ち込んでるんだ、受けたとしてもそう簡単には落ちないだろうな。

加藤 …そうだな。

坂本 …続けてたらなって、思う?

加藤 …別に。

坂本 そう。

加藤 …悪いな。

坂本 なんで今更謝るのさ。

加藤 それも…そうだけど…

坂本 …はいはい! 辛気臭いのは無し! 

加藤 …そうだな。

坂本 それよりもほら、なんか大井にしてやろうぜ。


   坂本立ち上がり、黒板 (ホワイトボードかなんかでも) に書き出す。


加藤 なんかってなんだよ。

坂本 そうだな…プレゼントとか?

加藤 はぁ。例えばどんな?

坂本 定番なところでミサンガとかね。

加藤 ミサンガねぇ…そういうのってチームメイト同士で作るものじゃないのか?

坂本 そうか?

加藤 そうじゃなくてもマネージャーとかが作ってたっておかしくないだろ。

坂本 言われてみればやっぱりそうかな。

加藤 だろ? どうせならもっとちゃんとした物にしよう。

坂本 まるでミサンガがちゃんとしてないみたいだけど。

加藤 そうは言ってないって。

坂本 ほんとに?

加藤 被らない物にしようって意味だっつーの。

坂本 そりゃそうか。

加藤 例えば何が良いかね。

坂本 んー、無難なところで食べ物とか。

加藤 食べ物?

坂本 そう、食べ物。

加藤 何をやるんだよ。チョコレートとか?

坂本 なんでだよ、バレンタインじゃあるまいし。

加藤 そう言われてもな。

坂本 どうせならほら、ケーキとか。

加藤 ケーキ?

坂本 あいつ結構な甘党だろ? いい案だと思うけど。

加藤 女々しすぎだろ。もはや女々しくて辛いくらいだ。

坂本 じゃあ手軽なところでクッキーとか。

加藤 それじゃあ今度はホワイトデーだっつーの。

坂本 そうかな。結構いい案のつもりなんだけど。

加藤 まるでいい案のバーゲンセールだな。

坂本 じゃあ良質なおはぎ!

加藤 いい餡だなって言うつもりか?

坂本 先に言うなよ!?

加藤 お前な、もっと大井のことを考えてモノを考えろよ。

坂本 自分は考えてるとでも?

加藤 もちろん。


   加藤、坂本に促して立ち位置を変える。


加藤 いいか、何も手作りにこだわることはないだろ。

坂本 いや、どうせなら手作りの方が

加藤 そこが大井のことを考えてないって言うんだよ!

坂本 …は?

加藤 手作りの方がいい、それは確かにそうかもしれない。

坂本 はぁ…

加藤 だが考えてもみろ、お前が男子から手作りスイーツを貰ったらどう感じる?

坂本 え、普通に嬉しいけど。

加藤 ところがどっこい、それはお前の考えだ。

坂本 そりゃそうでしょそう言えって言われたんだし。

加藤 普通に考えたら手作りスイーツなんて女子から貰った方が嬉しいに決まってる!

坂本 まぁ…それは否定しないけど。

加藤 大井の立場になってもみろ。自分は男子だ。スイーツなら女子から貰ったほうが嬉しい。そこで坂本から手作りスイーツを貰う。すると…

坂本 すると?

加藤 あぁ…俺は男子からしか手作りスイーツの貰えないような魅力の無い男だったんだ…となる。

坂本 …ならないだろ。

加藤 そして坂本のことを同姓愛者と勘違いする。

坂本 ならないだろ!?

加藤 そして自分の気持ちに嘘がつけなくなり、

坂本 どんな気持ちにだよ!?

加藤 坂本と付き合い始める。

坂本 こっちから願い下げだバカ!

加藤 い、いや俺に言われても。

坂本 お前以外の誰に言えって言うんだよ。

加藤 そりゃ大井に。

坂本 まったくお前もアテにならないな。


   坂本再び場所チェンジ。


加藤 根本的に、食べ物じゃなければいいんじゃないか?

坂本 一番最初にミサンガとは言ったけど。

加藤 そう、そんな感じの物にしよう。

坂本 いっそ横断幕でも作る?

加藤 横断幕?

坂本 そう。有志を募ってさ。

加藤 でっかい布にメッセージでも書くって?

坂本 その通り。

加藤 却下。

坂本 なんでさ。結構いい案でしょ。

加藤 ミサンガもだけど、そもそも物が被る可能性があるのは基本的にダメだろう。

坂本 横断幕を作る人が他にもいるかもってこと?

加藤 PTAとかがそういうのやりそうじゃないか?

坂本 否定はしないけど。

加藤 もっと実用的な物はどうだろう。

坂本 実用的ねぇ。

加藤 大井はご存知陸上部だ。プロテインでもくれてやろう。

坂本 どうして陸上部とプロテインが結びつくんだよ。どれかと言えばスポドリとかのほうがいいでしょ。

加藤 スポドリなんか今更あげてどうする。

坂本 それを言うならプロテインもでしょうが。

加藤 それもそうだけどさ。

坂本 いっそ牛乳でもたくさんあげようか。

加藤 牛乳? なんでまた。

坂本 カルシウムをたくさん摂るに越したことはないでしょ。骨は強くしないと。

加藤 骨を強く、ねぇ…

坂本 何かあって折れたりしたら大変だからね。

加藤 …お前…

坂本 …深く考えないでってば。ただの一つの意見なんだし。

加藤 …そうか。そうだよな。

坂本 それはさておき、それにしても全然決まらないね。

加藤 そもそも俺たちだけで考えるのが良くないんじゃないか?

坂本 二人だけじゃ限度があるか。

加藤 そういうこと。

坂本 けどここ、俺たちしかいないし。

加藤 だからこんなに騒いでるんだけどな。

坂本 真面目に勉強してたんだけどね。

加藤 大井に何かやろうつったのはお前じゃないか。

坂本 そうなんだけどさ。

加藤 やっぱもう一回根本的なところから考え直した方がいいかもしれないな。

坂本 根本的なところねぇ。

加藤 大井の立場になって考えるとかさ。

坂本 大井の立場か…

加藤 んー、どうだ?

坂本 …あっ。

加藤 何か思いついたか。

坂本 そうだよ、やっぱり大井の立場になるのが一番だ。

加藤 お、おう。それで?

坂本 それで、俺たち二人だけで考えても思いつかない。

加藤 そうだな。そして?

坂本 なら、直接大井に聞くのが一番に決まってる。


   静寂。


加藤 い、いや、それはどうだろうか。

坂本 なんでさ。別に構わないじゃん。

加藤 なんというか、それだと、そのほら、サプライズ感が無くなるというか。

坂本 別にサプライズじゃなくてもいいでしょ。

加藤 どうせならサプライズのほうが絶対いいだろ。俺ならそのほうがいいし。

坂本 大井の立場で考えろつったのは誰だったっけか。

加藤 (無言で突っ伏す)

坂本 そこ、伏せないの。

加藤 だって…俺、その…大井とは…

坂本 …そりゃ、加藤が大井とあんま話したくないってのはわかるけどさ。

加藤 ……

坂本 幼馴染なんだし、さ。

加藤 ……

坂本 …そんなに気負わないでくれよ。

加藤 …ごめん。

坂本 …謝る気があるならほら、とっとと聞きに行こうぜ。

加藤 それとこれとは話が違うんじゃ…

坂本 違くないっつーの! ほら早く行くぞ!

加藤 おいちょ、引っ張んなって!


   坂本、加藤を無理矢理引っ張って連れて行く。


陸上部員2 いける! お前なら絶対いけるって!

陸上部員1 む、無理ですよ…

陸上部員2 そんなことない、お前ならできる!

陸上部員1 だから無理ですよ…僕には到底…

陸上部員2 お前なら…いや、お前にしかできない!

陸上部員1 先輩…?

陸上部員2 お前にしかできないんだぞ! それなのに出来ないと言い張るのか!

陸上部員1 っ…! せ、先輩!

陸上部員2 そうだ! やるんだ!

陸上部員1 …でも、でも僕出来る気がしないんです…!

陸上部員2 諦めんなよ!

陸上部員1 …そんなことを言われても…

陸上部員2 頑張れ頑張れ出来る出来るお前はやれば出来る子だだからそんなに諦めたような顔をするんじゃない圭だって海外で戦ってんだよお前がここで戦うことから逃げてどうする!

陸上部員1 先輩は元テニス部でもなんでもないでしょう!?

陸上部員2 お前な…諦めたら、そこで試合終了なんですよ。

陸上部員1 先輩は元バスケ部顧問でもないでしょう!?

陸上部員2 …どうしてもやらないつもりか?

陸上部員1 ……

陸上部員2 そうか。無理強いして、悪かったな。

陸上部員1 …せ、先輩!

陸上部員2 どうした?

陸上部員1 僕、やっぱりやります!

陸上部員2 お前!? どうして!?

陸上部員1 …思ったんです。圭だって海外で頑張っているのに、本当に諦めていいのかって。

陸上部員2 …そうか。

陸上部員1 それに、今さっき、先輩にあんな顔をさせてしまった自分が悔しいんです!

陸上部員2 じゃあ、やってくれるんだな。

陸上部員1 はい。それじゃあ、いきますよ。

陸上部員2 おう!


   陸上部員1、急に土下座っぽい姿勢になる。


前川 こらそこ! 何やってるんですか!

陸上部員1 前川さん!?

陸上部員2 前川か。

前川 先輩、何してるんです?

陸上部員2 何って、三点倒立の練習に決まってるだろう。

前川 決まってないです。ほら、もうすぐ外周ですから早くしてください。

陸上部員2 はいよ。

前川 次何かしてたら大井さんに言ってもらいますからね。

陸上部員1 大井先輩か。

陸上部員2 大井先輩に言われたら流石に諦めるしかないが…


   三人、少しずつ舞台の袖に寄る。


大井 そろそろ外周の頃合だな。

坂本 おーい、大井ー?

大井 坂本か? どうしたこんなところに。

坂本 ちょっとね。

大井 はぐらかすなよ。

坂本 もしかして今忙しい?

大井 これから外周に向かう予定だったんだけど…すぐ済む用事なのか?

坂本 どうかな…加藤、どう思う?

大井 …加藤?

加藤 …よう、大井。

大井 …悪いな坂本、後にしてくれるか。

坂本 大井?

大井 生憎そういう気分じゃないんだ。

加藤 おい大井。

前川 …あの、大井…さん…?

大井 なんだよ加藤。

加藤 なんの真似だ。

大井 何が。

加藤 その態度が、だよ。

大井 そんなの俺の勝手だろうが。

加藤 それに坂本まで巻き込まなくたっていいだろ!

坂本 加藤!

加藤 …別に俺と話したくないならそれでいいだろ。ただ坂本は別だ。…そうじゃなかったのかよ。

大井 …今のお前がそんなことを言える立場か?

加藤 あぁ、そうだよ。

大井 …そうかよ。

陸上部員2 …あ、あのー、大井先輩? 先外周行っちゃいますよ?

大井 悪い、俺もすぐに行く。…じゃあ悪いが坂本、続きはまた後にしてくれ。

坂本 わかった。俺のほうこそ引き止めたりしちゃってすまないな。


   直前に陸上部員1、2が走りながら舞台からはける。大井頷き、陸上部員1、2の後を付いて行くように自分もはける。


加藤 すまん、坂本。

坂本 いや、いいよ。…予想外だったわけじゃないし。

加藤 …そうか。

坂本 (前川に向き直る)…あのさ。

前川 あ、はい、私ですか?

坂本 そうそう。えっと、マネージャーさん?

前川 そうです。なんでしょう?

坂本 外周ってどれくらいで戻ってくるかな?

前川 そうですね…いつも通りなら大体、二十分くらいですけど。

加藤 大井がわざわざ引き延ばす可能性も無くは無いけどな。

坂本 短く見積もっても三十分くらいってところかな。

加藤 仕方ない、一旦教室にでも戻るか。

坂本 そうしようか。

前川 …あのー。

加藤 少しくらい真面目に勉強しなくちゃいけないしな。

坂本 そうだよ、複素数がなんなのかわかってないとか論外だし。

加藤 うるさいな。

前川 あのー。

加藤 これでも数学以外なら結構出来るんだぞ。

坂本 嘘つけ。

加藤 嘘じゃねぇよ。英語ならむしろ得意教科なくらいだ。

坂本 じゃあクイズ。次の単語の意味を答えよ。『I』。

加藤 私。

坂本 『study』。

加藤 勉強する。

坂本 『Math』。

加藤 数学。

坂本 『I study Math.』

加藤 私は数学を勉強する。

坂本 『I study with Math.』

加藤 私は数学と勉強する?

坂本 『I study with Masuo.』

加藤 …私はマスオと勉強する…!?

坂本 ほんとに出来るんだ。

加藤 最後のあたり適当だろお前…

前川 あの!

坂本 …あ、ごめん! えっと、何?

前川 あの…お二人って、大井さんのご友人なんですか?

加藤 友人っつーかなんつーか…

坂本 ただの幼馴染みだよ。

前川 幼馴染み…

加藤 小中どっちも一緒の学校だったんだよ。

坂本 高校でも一緒になってるけどね。

前川 てことは、大井さんのこといろいろ知ってたりするんですよね?

坂本 まぁ、ある程度は。

前川 …あの。

加藤 なんだ?

前川 大井さんの好きな食べ物って…知ってますか?

坂本 大井の好きな食べ物?

加藤 そんなの自分で直接聞けばいいだろ。

前川 それはそうなんですけど…

加藤 なんだあいつ、教えてくれないのか?

坂本 仕方ないよ。彼、そういうの人に教えたがらないもの。

前川 だから、他のこと聞いたりしても全然教えてくれなくて。

加藤 なんでお前は聞きたがるんだ?

前川 ……えっ?

加藤 だーかーら、なんでお前はその、好きな食べ物とか他のことを大井に聞きたがるんだよ。

前川 あ、あの、いやー…えっと、その…

坂本 …?

前川 だから、その、プレゼントとか、あげてみたい、じゃないですか…

加藤 なんだって? はっきり言わないとわからないだろ。

前川 だから、わ、私…その、大井さんのことが…

加藤 なんでそんなにもごもごしてるんだよお前。

坂本 加藤、頼む。もうそれくらいで。

加藤 坂本?

坂本 お願いだからそれ以上は言わないであげてくれ。

加藤 なんでだよ。

坂本 頼む。本当、一生のお願い。

加藤 …わかったよ。そもそも食い下がらない理由も無いしな。

前川 坂本先輩でしたっけ。…ありがとうございます…

坂本 いや、こっちこそあのバカがごめんね。

前川 でもその…加藤先輩でしたっけ。

加藤 あぁ。どうした?

前川 あの、大井さんと何かあったんですか?

加藤 …そんな風に見えたか?

前川 何か、壁があるというか…そんな感じがして。

加藤 知りたいのか?

前川 …大井さんって、少し変なんです。

坂本 変?

前川 さっき外周に行った他の部員たちと比べてなんですけど…大井さんって、なんというか、自分じゃない誰かのために陸上をしているみたいなんです。

加藤 ……

坂本 自分じゃない誰かのため…か。

前川 何か関係があったりはしないんですか?

加藤 …坂本。

坂本 わかってる。別に、深くまで言わなければいいんじゃないかな。

加藤 ……中学の頃の話だ。


   前川、少し袖の方に寄る。加藤と坂本はその逆の袖側に寄り、陸上のレーンに並ぶ時のように舞台上で前後に並び、前川の方を向く。


   暗転。

   前川寄った側の袖にはける。大井出てきて加藤、坂本の隣に行き、三人共クラウチングの構えになる。回想っぽいBGM・CI。

   明転。


   三人、クラウチングスタートで駆け出し、反対側の袖に入る。しばらくの後、三人共楽しそうにじゃれ合いながらゆっくり戻ってくる。大井が身振りでもう一回やろう的なことをする。三人共もう一度並び構え走り出す。次、戻ってくる時に坂本がいなくなっている。残りの二人からは楽しさが感じられない。もう一度走る。次に戻ってくる時、途中で加藤が立ち止まる。それを気にせず構え、走り出す大井。加藤とすれ違う時に、加藤はゆっくりと歩き出し、大井が駆けてった方向と逆の袖にはける。全員いなくなる。


   暗転。

   BGM・FO。前川、元の位置に戻りその場に座り込む。坂本も元の位置に戻り座る。加藤は後ろのあたりをふらふらする。

   明転。


坂本 よくわかんなかった?

前川 いえ、ある程度はわかりました。

坂本 ならよかった。

前川 でも、それでどうして大井さんと加藤先輩に壁が出来たんです?

加藤 …それは…

坂本 いいよ加藤。

加藤 坂本?

坂本 前川さん。悪いけど、これ以上はちょっと。

前川 あぁいえ、こちらこそすいません。

坂本 前川さんが謝ることじゃないよ。

前川 …そうですか。

加藤 …なぁ坂本。

坂本 加藤?

加藤 決めたぞ。

坂本 決めた? 何を。

加藤 プレゼント。

坂本 プレゼント?

加藤 大井に、とびきりのヤツをくれてやる。

坂本 …何にするの?

加藤 ちょっとこっちに来てくれ。…それと、前川さん。

前川 私? なんですか?

加藤 協力してほしいことがあるんだ。ちょっと、こっちに。


   坂本と前川、加藤に近づく。円陣っぽくなって、相談事をするジェスチャー。照明FO。


加藤  (暗い中で) それじゃあ明日、またここで。


   加藤と坂本同じ方向にはける。前川は移動する。

   照明FI。

   ジャージに着替えた加藤、坂本の二人が歩いてくる。


坂本 やぁ前川さん。

前川 お疲れ様です。

坂本 大井は帰った?

前川 はい。ついさっき。

加藤 いつもこのくらいに帰るのか?

前川 その日その日で違いますね。今日は早めみたいです。

坂本 そういうのっていいの?

大井 はい。大井さん以外の三年生は皆引退していますから、ある意味自由参加みたいなものなので。

加藤 好都合っちゃ好都合だな。

坂本 大井がいない時のほうがいいの?

加藤 どうせならサプライズがいいだろ。

坂本 大井のことを考えて?

加藤 冗談だよ冗談。あいつと顔つき合わせてまともにやれるわけないってだけだ。

坂本 だろうと思った。

前川 あのー、先輩方?

坂本 どうしたの?

前川 その、私は何をすればいいんでしょう。

加藤 そうだな、昨日も言ったけど、普段やってるマネージャー業務をやってくれればいい。

坂本 業務っておい。

前川 普段やってることですね。

加藤 あぁ。俺は俺でいろいろやるから、フォームの指摘とかタイム計測とか、坂本と一緒にやってくれ。


   加藤、ストレッチとかをする。


前川 坂本先輩は体を動かさないんですか?

坂本 俺はちょっと、運動が苦手というかなんというか。

前川 でも中学の時は陸上部だったんじゃ…

坂本 前川さん、元運動部だからって運動が出来るわけじゃないんだよ。

前川 なんだかすいません…

坂本 確かに前はある程度は出来たんだけどな…

前川 坂本先輩?

坂本 あれ、どうかした?

前川 いや、なんでもないです。

加藤 おい、そろそろ始めてもいいか?

坂本 好きなタイミングで始めていいよ。


   特訓BGM入る。

   加藤、陸上部の練習をする。坂本と前川はマネージャーっぽい動き。

   しばらくしたら特訓BGMストップ。


坂本 お疲れ。はいこれ。

加藤 サンキュー。

前川 …すごいですね加藤先輩。

加藤 何がだ?

前川 なんていうか、センスある人の動きをしています。

坂本 凄いでしょ。実はコイツめちゃくちゃ運動神経いいんだから。

加藤 おい坂本。

坂本 中総体では県大会上位に入るほどだったんだぜ。

前川 へぇ、凄いですね!

加藤 よせよ、そんなに凄いことじゃない。

前川 でも、どうして陸上やめちゃったんですか?

加藤 …別に大したことじゃない。いろいろあっただけだ。

前川 いろいろ…?

陸上部員1 あれ、前川さん? 何してるんですか。

前川 あれ、もう戻って来たの。先輩は?

陸上部員1 ほら、そこにいるじゃないですか。


   陸上部員1、端のほうを指差す。陸上部員2がいつの間にかいる。三点倒立をしようとしている。


前川 先輩、何をしているんですか。

陸上部員2 見てわからないか前川。

前川 わからないから聞いているんです。

陸上部員2 何って、三点倒立の練習に決まっているだろ。

前川 わからないのは先輩がなんでそんなことをしているかですよ!

陸上部員2 そんなの圭が海外で頑張ってるからだろう! なぁ!

陸上部員1 俺にふらないでくださいよ。

陸上部員2 お前だってこの間から三点倒立しようと頑張ってたじゃないか!

陸上部員1 知りませんよそんなこと。

陸上部員2 薄情者ぉ!

前川 先輩、まだまだ体力が余ってるみたいですね。

陸上部員2 え?

前川 もう一回外周行ってきましょうか。

陸上部員2 ……え?

前川 どうしたんですか? 早くしてください。

陸上部員2 いや、俺はそんなに体力あるほうじゃ

陸上部員1 ほら何してるんですか先輩、とっととしてください。

陸上部員2 お前まで何を!?

陸上部員1 いいから行きますよ。ここなんか使うみたいですし。

陸上部員2 ちょっと待て、せめて話をだな

陸上部員1 口を動かしてるヒマがあったら足を動かしてください足を!

陸上部員2 せめて三点倒立をさせてからにしてくれぇ――――


   陸上部員1、陸上部員2を無理矢理連れてはける。


前川 さ、これで思う存分練習できますね!

加藤 前川さん、あんた……

坂本 以外と容赦ないね。

前川 私は常に全力な人の味方ですから!

加藤 まぁいい。結果オーライだ、ありがたく使わせてもらおう。


   加藤、再び練習を始める。


前川 あの、坂本先輩。

坂本 どうしたの?

前川 少し聞きたいことがあるんです。

坂本 何かな。

前川 坂本先輩にとって、大井さんってどんな人だったんですか?

坂本 俺にとっての、大井?

前川 はい。差し支えない範囲でいいので。

坂本 そうだな……幼馴染で、チームメイトで、かつ良きライバルで。俺にとっての大井というとそんな感じかな。

前川 そうなんですね。

坂本 でも“俺から見た大井”っていうのとは少し違うよ。

前川 先輩から見た大井さん、ですか?

坂本 あぁ。あいつはね、まさしく天才だよ。

前川 天才……ですか?

坂本 そう。どんなに辛いことでも、前を見据えて努力することを怠らないヤツなんだよ。

前川 努力することを怠らない……か。

坂本 例え周りの人が皆無理だダメだと思うことでさえもね。次の一回で変わることを信じて何度でも挑戦するんだ、彼は。

前川 ……そういう歌がありましたね。一万回ダメでへとへとになっても、

坂本 一万一回目は何か変わるかもしれない、ってヤツ?

前川 はい。

坂本 大井、ここの部活でそんな素振り、見せてないでしょ。

前川 そうですね。何度でも努力とかそういうのはあまり。

坂本 恥ずかしがり屋だからさあいつ。そういうのとか苦手なんだと思う。

前川 そうだったんですか……!

坂本 だから好きな食べ物とか教えてくれなかったんだと思うよ?

前川 そうなんですね。

坂本 それはそうと前川さん。俺からも聞きたい事があるんだけど。

前川 なんですか?

坂本 ちょっと失礼かもしれないけどさ、これ、加藤が何をしようとしているかってわかってる?

前川 昨日説明は聞きましたけど……正直、ピンときてないです。

坂本 そうだよね。加藤も結構ぼかしてたし。

前川 どういうことなんですか?

坂本 そうだな……さっきの続きになるんだけどさ。

前川 大井先輩の話ですね。

坂本 彼は確かに努力の天才だった。けど、それを楽しむことは無かったんだよ。

前川 努力が辛くない人なんてそうそういないんじゃないですか?

坂本 それは確かにそうだ。でも、大体の人はその先を目指して頑張るよね。

前川 目標の無い努力なんて、それこそ辛いだけですもの。

坂本 陸上をしている人だってそうだよね。毎日練習して、辛い時も必死に頑張って。そして自己ベストを更新した時とか大会で入賞した時とかは、辛かった努力なんて目じゃないほど嬉しくなる。

前川 そうですね、その通りだと思います。

坂本 でも大井は違うんだ。

前川 違う?

坂本 前川さん、昨日言ってたよね。大井は自分じゃない誰かのために頑張っているような感じがする、って。

前川 えぇ。確かに言いました。

坂本 まさしくその通りなんだ。

前川 ……どういうことですか?

坂本 大井がしているのは他の人のための努力なんだ。決して自分のための努力じゃない。

前川 つまり、努力が楽しくないっていうのは……

坂本 そういうことなんだ。だから加藤は今練習している。

前川 ……それでもよくわかんないです。それでどうして加藤先輩は大井さんと勝負しようとしているんですか?

坂本 これは俺の勝手な予想なんだけど、多分こういうことだと思う。

前川 え?

坂本 加藤ってさ、あれで結構漫画とかアニメとか好きなんだ。

前川 それがどうしたんですか?

坂本 “道を踏み外しかけた仲間を元に戻す”方法ってなると、多分一つだけなんだよ。

前川 それって……?

坂本 “男なら拳と拳で語り合う”……なんてね。

前川 ……うわぁ。


   前川、あからさまに引いてる。


坂本 え、あの、前川さん?

前川 いやぁ、坂本先輩、その解釈は流石にどうかと……

坂本 そんなことないって! 加藤だってどうせこう思ってるって!

加藤 坂本?

坂本 加藤!?

加藤 今もしかして俺の話してたか?

坂本 いや! してないよ全然これっぽっちも!

加藤 ほんとにそうか? なんか挙動が怪しいんだが。

坂本 してないってば! ね、前川さん!

前川 あ、はい、してませんでしたよ?

加藤 そうか、ならいいんだが。

坂本 そんなことよりどうしたの?

加藤 ちょっと水飲んでくるーって言おうと思ってな。

前川 あ、私すぐにスポーツドリンク作ってくるのでいいですよ。

加藤 いや、すぐのつもりだから別に構わないぞ。

前川 そんなこと言わないでくださいよ。普段やってるマネージャー業務をやってくれって言ったの加藤先輩じゃないですか。

加藤 まぁ、それはそうだけどなぁ。

前川 すぐ戻ってくるので安心してください。それじゃ行ってきます。


   前川、ボトルなりなんなりを持ってはける。


坂本 どう、加藤?

加藤 どうって何がだ?

坂本 調子っていうかなんていうか、そういうの。

加藤 悪くはないな。段々感覚も戻って来たし。

坂本 でも大井に勝つのはまだ厳しい?

加藤 そりゃそうだろ。こんな短時間の練習で勝てるほどあいつは甘くない。

坂本 でも?

加藤 あぁ。勝てない相手じゃない。……今のあいつに、俺は勝たなくちゃならない。

坂本 ……そうだよね。ところでさ。

加藤 なんだ?

坂本 なんでまた、勝負するだなんて思いついたの?

加藤 あんまり深い理由はないんだけどな。

坂本 何さ。教えてよ。

加藤 いやなに、それ以外にいい方法が思いつかなかったってのもあるんだけど。

坂本 うん。

加藤 “男なら拳と拳で語り合う”に限る……だろ。

坂本 ほら見ろ前川さぁぁぁん!

加藤 坂本!? 前川さんがどうした!?

坂本 ……いや、なんでもない。なんでもないんだ。

加藤 そ、そうか……

坂本 ともかくだよ。このまま練習すれば大井には勝てそうなの?

加藤 どうだろうな。勝てるかどうかなんてその時にならなきゃわからないだろ。

坂本 でも勝たなくちゃならない。

加藤 だから俺はこうして特訓している。

坂本 国体まであと大体一ヶ月くらいだったっけか。

加藤 あぁ。国体までってのと同時に練習期間の残りでもあるな。

坂本 それだけあれば十分追いつける……かな?

加藤 どうだかな。そういう作りにはなってはいる、けど……

前川 すいません! お待たせしました!


   前川戻ってくる。


坂本 前川さん。

前川 すいません加藤さん、遅くなりました。

加藤 いや、むしろ早いくらいじゃないか?

前川 なんとなく呼ばれた気がしたので。

加藤 俺に?

前川 いえ、坂本先輩に。呼びました?

坂本 え、い、いや、呼んではいないよ!

前川 ……?

坂本 まぁいいだろ。ありがとな。


   坂本ボトルを受け取り飲む。


加藤 さて、それじゃあ再開するか。


   三人ともまた練習とかに戻る。

   暗転。


四場


   三人はける。大井とインタビュアーと陸上部員二人が入る。

   明転。

   大井、そっぽを向いたりして乗り気でない感じ。インタビュアーはマイク片手に何かを待ってる感じ。部員二人は上手く見切れようとそわそわしてる感じ。


インタビュアー じゃあ大井くん。そろそろスタジオから中継入るので、打ち合わせ通りにお願いしますね。

大井 わかりました。


   インタビュアー、耳元に手を当てて何かを聞くような動作。その後正面を向きマイクを構える。


インタビュアー ……はい、えー、こちらは今、一ヵ月後に開催される岩手国体の注目選手の通う高校にお邪魔させて頂いています。そしてこちらがその注目選手、大井くんです。

大井 (カメラがあるっぽい方向に会釈する)

インタビュー というわけで意気込みのほうを尋ねてみようと思います。大井くん、今回は自分の故郷である岩手県での開催ということになりますが、どう思いますか?

大井 そうですね。岩手県で開催されるということで、それで故郷が活気付いてくれるというのは嬉しく思います。

インタビュアー 大井くんは陸上競技の部に出場するということですが、ずばり、何の種目に出場するのでしょうか?

大井 自分が出場するのは短距離走、一〇〇Mですね。

インタビュアー やはりそれには結構自身があるので?

大井 そうですね。陸上は中高と続けてきましたけど、その中でも短距離は最も得意な種目です。

インタビュアー なるほど。それでは最後になりますが、我々他の県の者からすれば、やはり岩手県と聞くと五年前の東日本大震災が思い出されるのですが、今回被災地からの選手ということで意気込みをお願いします。

大井 ……はい。被災してしまった人や、巻き込まれて陸上を続けられなくなってしまった人たちに勇気を与えられるように、自分に出来ることをやり尽くしたいと思います。

インタビュアー ありがとうございます。それでは岩手県から国体の注目選手、大井くんへのインタビューでした。スタジオにお返しします。


   インタビュアー、大井に向き直る。


インタビュアー いやぁ、練習の邪魔しちゃってすいませんでした。

大井 いや、先生からは聞いてあったので、問題はないです。

インタビュアー そうですか。では、まだ仕事があるのでこれで失礼します。本当にありがとうございました。

大井 いえ、こちらこそありがとうございました。


   インタビュアーはける。入れ替わるように前川入る。


前川 ……今のアナウンサー、夕方とかにやってる全国ニュースの人ですよね。インタビュー今日だったんですか?

大井 あぁ。先生は言ってなかったのか?

前川 私聞いてませんでしたよ。なんだ、大井さんの勇姿を直にスマホに収める機会だったのにー。

大井 おいおい、校地内じゃスマホは使っちゃダメだろ。

前川 わかってますって。

大井 それに全国ニュースで放送するんだから録画でもすれば良かったんじゃないか?

前川 今日ってわかってたらとっくにそうしてますよ。でもそういうニュースって大体生放送じゃないですか。

大井 そういえばさっきの人もどう見ても生中継のノリだったし……夕方のニュースってそういうもんだったか。

前川 そうですよ。で、どんな感じでした? インタビュー。

大井 どうって、ありきたりな質問に当たり障りなく答えただけだよ。

前川 どんな質問だったんですか?

大井 岩手で国体やるのどう思うか、とか、得意種目は、とか。そんな感じだ。

前川 なるほど。……で、あそこの二人は一体何をしているんです?

大井 それは俺に聞かれてもな……。おい、お前らちょっとこっち来い。


   二人、あからさまにびびりながら近寄ってくる。


大井 お前ら、何やってんの?

陸上部員2 あっはいすいませんでしたぁ!

大井 いや、俺に謝られてもなぁ。

陸上部員2 この件は深く反省しておる所存でして! なぁ!

陸上部員1 正直言って僕は被害者です! 先輩にそそのかされました!

陸上部員2 何ッ!? 裏切るのかお前!?

陸上部員1 裏切るも何も僕は最初から先輩の仲間でいたつもりはありません!

陸上部員2 畜生ッ!

大井 あーいや、別に怒ってるってわけじゃないんだ。

陸上部員2 あっ、そうなんですか?

大井 あぁ。ただ純粋に何してたのか気になっただけで。

陸上部員2 なんだ……良かった……

大井 で、何やってたの?

陸上部員1 大井先輩、取材受けてたじゃないですか。そのカメラに見切れようとしてたんです。

前川 へぇ。ろくに練習もしないでですか?

陸上部員1・2 ま、前川さん……!?

前川 じゃあ上手に見切れる方法教えてあげましょうか。まずは体力をつけるために外周に行くんですけどね?

陸上部員1 せ、先輩! あの人目がヤバいです大人しく従いましょう!

陸上部員2 今すぐ行ってきます!


   陸上部員ズ走り去る。


大井 結局なんだったんだあいつら……

前川 さぁ?

大井 まぁいいか。さ、俺も練習しないとな。


   大井練習を始める。


前川 そういえば、大井先輩って他の人とストレッチが少し違いますよね。

大井 そうか?

前川 意識したことないんですか?

大井 そうだな。一年の頃ストレッチは自由にって言われたからそれ以来中学でのヤツをやってるだけなんだが。

前川 私も意識したことは無いんですけど、どこかで見たことがあるような気がして。

大井 そうなのか?

前川 なんだったっけなぁ……あぁそうだ、加藤先輩のと同じヤツなんだ。

大井 加藤先輩? そういえばこの間来てたなあいつ……。知り合いなのか?

前川 え、まぁ、知り合いと言えば知り合いですけど……

大井 そうか。

前川 ……大井さんって加藤先輩と幼馴染なんですよね。

大井 幼馴染っつーか……小中高と一緒ってだけなんだけどな。

前川 それ幼馴染って言いません?

大井 そうかもな。

前川 あの……教えてくれませんか、何があったのか。

大井 何があったかって……どういうことだ?

前川 大井さんと加藤先輩って、何かギクシャクしていませんか?

大井 それは……まぁ、そうかもしれないな。

前川 気になるって言ったらそれまでなんですけど、その、何か力になれるかもしれないって思って。

大井 力になれるかもって、俺と加藤が仲直りできるようにってか?

前川 いえ……そういうことじゃないんですけど。

大井 そりゃそうだよな。これは喧嘩したとかそういう話じゃないんだ。

前川 ダメですか?

大井 ……これを聞きたがるってことはもしかして坂本とも話したのか?

前川 はい。ある程度話も聞きました。

大井 坂本本人からか?

前川 大井さんのことを、ほんの少しだけ。

大井 そうか。……なら。


   暗転。

   前川いなくなり、加藤と坂本の二人が入ってくる。

   明転。

   加藤と坂本は三人でじゃれているように振舞う。大井はなんかここじゃないどこかを見ている感じ。


大井 俺と加藤、そして坂本の三人は同じ学校に通う幼馴染だった。そこで俺たちは三人とも陸上部に入った。……ここまでは聞いたと思う。


   三人、舞台の端に寄り、クラウチングの構えで並び、走り出す。加藤、大井、坂本の順ではけない程度の位置をゴールとし、そこで止まる。


大井 加藤はズバ抜けて強かったかど、俺もそれには及ばないもののある程度強いっていう自負があった。坂本はそんな俺らよりはそこまでだったけど、いろいろと支えてくれた。


   三人、なんか楽しそうにしている。


大井 そんな中の、今から五年前のことだ。


   急に暗転。同時にどんがらがっしゃーん的な効果音。

   照明がついた時には坂本がうつ伏せで倒れこみ、加藤がその先で怯えた表情で尻餅をついている。


大井 震災の日だ。体育館で練習していた時に落ちて来た照明から、坂本が俺たち二人をかばってくれた。


   暗転。


大井 あいつは足に重症を負った。


   明転。

   手前側に加藤と大井がいて練習をしている。その奥で坂本は座って二人を見ている。


大井 奇跡的に回復はしたものの、それからあいつは陸上を続けることが出来なくなってしまった。それ以来俺と加藤はそんな坂本の思いを背負って陸上をしていくことにしたんだ。だけど。


   あるタイミングで加藤止まり、坂本が背を向けたところで一瞥し、はけていく。


大井 ある時、加藤が部活を止めた。……何の脈絡も無くだ!


   暗転。

   坂本もはけ前川が入り、話し始める前と同じ構図になる。


大井 それから俺は坂本の思いと、それと被災地の選手としての期待を一人で背負って来た。ははっ、でも笑っちまうよな。内陸出身なのに、散々被害にあった沿岸なんかとは大分違うっていうのに被災地の選手なんて言われてさ。……そうだろ?

前川 そんなことないです!

大井 ……え?

前川 そんなこと……ないです。

大井 前川……?

前川 私、すごく嬉しいですよ。今大井さんが被災地のために頑張ってくれているって言ってくれて。

大井 ……

前川 あの時、あのどうしようもないほど辛かった時に、それでも同じ県で私たちを勇気付けてくれようと頑張ってくれている人がいたっていうのに、なんで嬉しくないわけがあるんですか。なんでそんなこと言うんですか。

大井 前川、お前もしかして……

前川 なのにどうして……どうしてそんなに一人で背負い込むんですか。私にだって大井さんを支えさせてくれたっていいじゃないですか。

大井 前川……

前川 ……大井さん。実は私、大井さんのことが……

陸上部員1 待って! 待ってくださいよ先輩!

陸上部員2 えぇい裏切り者の貴様なんぞ待っていられるかぁ!

前川 うわぁぁぁ!

陸上部員1 え、あれ前川さん? いきなり叫んでどうかしたんですか?

前川 どうかしたじゃないよ!? 外周行ってたんじゃないの!?

陸上部員1 いやそれが、先輩が途中でいきなり逆走し始めるもんだから僕真面目に走らせようと追っかけていたんですよ。

陸上部員2 だが終ぞ追いつくことは叶わなかったな小童が!

陸上部員1 なんなんですかその口調。

陸上部員2 なんだっていいだろう。

前川 えぇと、つまり真面目に走ってはいないってことなんですね……?

陸上部員1 ほらだから言ったじゃないですか先輩怖いですよ前川さんが。

陸上部員2 あ、あの、これはその、不可抗力というかなんというかそのえっと

前川 いいからもういっぺんとっとと行ってきなさい!

陸上部員1・2 すいませんでしたぁ!


   陸上部員ズ走り去る。


前川 ……まったくもう。

大井 はは……ところで前川、今なんて言おうとしたんだ?

前川 もういいですよ。

大井 そうか。

前川 ……あっ、やっぱりよくないです!

大井 え?

前川 あの、大井さん。

大井 おう。

前川 加藤先輩からの伝言です。

大井 ……加藤から?

前川 はい。……「明日、部活の時間に勝負をしよう」とのことです。


   暗転。


五場


   明転。

   ロッキーみたいな決戦BGMっぽいのIN。舞台左側に大井と前川が佇んでいる。そこに現れる加藤と坂本。大井・加藤、前川・坂本が対になるように鏡写しの位置に立つ。BGM・FO。


大井 ……何のつもりだ?

加藤 それはこっちの台詞だ、大井。

大井 どういう意味だ。

加藤 そのまんまの意味だよ。お前は何一つ成長しちゃいない。

大井 成長していない……だと?

加藤 あぁ。

大井 諦めたヤツに何と言われようが俺の知ったことじゃねぇ。

加藤 じゃあどうして今、こうしてここで俺たちを待ってたんだ?

大井 それは……

加藤 他でもない俺からの頼みだったからか? ……違うよな、もしそうならお前はなおさらこんな風に待ってたりはしない。

大井 お前に俺の何がわかるっていうんだッ!

加藤 …… わかるわけないだろ。

大井 そりゃそうだろ!? あの日お前が部活に来なくなったその時から! 俺がどれだけの重圧を一人で背負って来たかなんてお前なんかにわかるわけがないんだよ!

加藤 あぁ、わかんねぇよ。でも俺のせいで、俺が部活に行かなくなったせいでそうなったってことはわかる。

大井 ならなおさらだろ。お前が俺に出来ることなんか無い。

加藤 違うな。

大井 ……何だと?

加藤 俺にしか出来ないことだってある。

大井 だからなんだって言うんだよ。

加藤 だから……勝負をしに来たんだ。

坂本 大井、俺からも頼む。

大井 坂本……

坂本 お前が加藤のことをよく思ってないってのは痛いほどよくわかってる。

大井 なら!

坂本 でもさ。それでも向き合わなきゃいけないことだってあるだろ?

大井 ……だけど。

坂本 頼む、大井。

大井 ……わかったよ、お前がそこまで言うなら。

坂本 ありがとな。


   加藤と大井スタンバイに入る。


坂本 勝負内容は短距離、一〇〇M走でいいね?

大井 あぁ。

加藤 問題無い。

大井 問題無い?

加藤 どうかしたか?

大井 俺を相手に随分余裕だな。

加藤 ハッ、そっくりそのまま返してやるぜ。

大井 ……なんだと?

加藤 中学の頃、一回でも俺に勝てたことがあったか?

大井 三年以上前のことを引き合いに出すな。

加藤 自信気に言われてもって感じか?

大井 わかってるならいちいち言うな。

加藤 そうかよ。


   スタンバイ完了。


前川 坂本さん。

坂本 前川さん?

前川 スタートの合図、私がしてもいいですか?

坂本 ……うん、いいよ。

前川 ありがとうございます!


   前川位置につく。


前川 大井さん。

大井 何だ?

前川 頑張ってください。応援してます。

大井 あぁ。

前川 加藤先輩。

加藤 前川さん?

前川 どうか、勝ってください。

大井 ……!

加藤 あぁ、任せろ。

前川 それでは始めます。────位置について、よーい、ドン!


   二人共同時に走り出す。一旦袖にはけるまで走り去り、しばらくしたら加藤リードの中戻ってくる。その差のままゴール。


前川 勝者……加藤先輩です!

坂本 加藤!

加藤 はぁ……はぁ、あぁ。

大井 はぁ……負けた? 俺が……加藤なんかに?

加藤 ……大井。

大井 なんでだ、なんでなんだよ!

加藤 大井、お前だって本当はわかってるだろ。

大井 またか……? また俺は加藤に……加藤なんかに負けるのか!

加藤 おい、大井。

大井 そりゃそうだよな……短距離走の強弱なんて、所詮遺伝子で決め付けられるんだ。俺なんかが加藤に勝てるわけが──

加藤 大井!

大井 ──なんだよ……

加藤 お前、俺に負けた理由が本当にそんなことだと思ってるのか……?

大井 そんなこと、どうだっていいだろ。

加藤 良くないんだよ。お前、今走ることが楽しくないだろ?

大井 ……なんでそう思うんだよ。

加藤 俺だってそうだったからだ。

大井 ……加藤が?

加藤 そもそも、俺たちは坂本が怪我をして以来、何のために陸上を続けてたんだ?

大井 そんなの決まってる。

加藤 坂本のため。

大井 そして被災地の人のため、だろ。

加藤 じゃあ、震災が無かったら俺たちはどうしていた?

大井 ……そんなの……

加藤 震災が起きる前だってそうだ。お前は、俺は、坂本は、他の部活のヤツらは、何のために走っていたんだ?

大井 そんなの、わかんねぇよ……

加藤 ……俺だってそうだった。……だから部活を止めたんだ。なんのために、誰のために走ればいいのか、わかんなくなっちまってさ。

大井 じゃあ、なんで俺と勝負なんかしたんだよ。

加藤 陸上をしなかった中で答えがわかったからだよ。

大井 答え?

加藤 あぁ。

大井 ……じゃあ、じゃあ俺は一体どうしたらいいっていうんだよ加藤!

加藤 大井……お前は誰のために走ってるんだ?

大井 ……そんなんさっきも言っただろ。

加藤 坂本のため、そして被災地のためか?

大井 わかってんなら聞くんじゃねぇ。

加藤 違う……違うんだよ。

大井 ……何が違うっつーんだよ……俺が必死に走り抜けてきたこの六年間の何が違うって──!

坂本 大井。


   静寂。全員坂本に向き直る。


坂本 もういい。もういいんだよ。

大井 ……

坂本 お前が俺のために走ってくれたってことは控えめに言ってメチャクチャ嬉しいよ。


坂本 だって、俺のために走ってたせいで進む道がわからなくなってそれでやめたって、俺が「どうして俺のために走ってくれないんだ」なんて怒ったって筋違いだろ?


坂本 本当はあの日の後の、俺のために走ってくれるって、その言葉だけで十分だったんだ。

大井 ……そうか。

坂本 だからもういい。いいんだ。

前川 大井さん。

大井 前川……?

前川 ちゃんと伝わってますよ。被災地への思いも。

大井 ……

前川 いつも近くで見てきた私が言うんです。伝わってないわけがないじゃないですか。

大井 そうか。……ありがとな。

加藤 というわけでだ大井。

大井 なんだ?

加藤 もう一戦、やるぞ。


   加藤一人でスタンバイ。


大井 そう言われたって……でも、じゃあ何のために走ればいいんだよ。

加藤 そんなん決まってるだろ。

大井 決まってる?

加藤 他でもない、自分のためだろうが。

大井 自分のため……

加藤 走るのって楽しいもののはずだろうが。誰かのために走ってどうするんだよ。

大井 そうか。……そうだったな、こんな単純なこと……


   大井も加藤の横にスタンバる。


大井 絶対負けないからな。

加藤 臨むところだ。……前川さん、もう一回頼めるか?

前川 ……いえ、坂本さんがやってください。

坂本 前川さん?

前川 私からのお願いです。

坂本 わかった。


   坂本も定位置につく。


坂本 さっきと同じく、一〇〇M走でいいね?

加藤 あぁ。

大井 問題無い。

加藤 問題無い?

大井 当然だろ。

加藤 そうか。

坂本 いくよ。――――位置について、よーい、ドン。


   二人再び走り出す。はけて、戻ってくる。大井かなりリード。そのままゴールイン。


坂本 勝者、大井!

前川 大井さん!

大井 はぁ……勝っ、た……?

前川 そうですよ大井さん! 勝ちましたよ!

大井 俺が……加藤に?

坂本 あぁ。そうだよ大井。


   大井、無言で加藤に振り返る。


加藤 かなり本気だったんだが……くそっ、やっぱり悔しいな。

前川 加藤先輩、かなり練習したのに残念ですね。

加藤 前川さん!? それは内緒って

坂本 そうそう。わざわざ大井のいない時を見計らったりもして。

加藤 坂本!

大井 へぇ……練習してたんだな。

加藤 あーもーお前らは!

大井 なんで隠すんだよ。別にいいだろ。

加藤 勝ったからって随分嬉しそうだなお前はよ!

大井 そりゃそうだろ。初めてお前に勝てたんだから。

前川 大井さん……

大井 短距離走って、遺伝子の影響が大きいだろ? だから俺、お前に勝つことは絶対無理だと思ってたんだ。

加藤 だけど、違っただろ?

大井 あぁ。こんなにあっさり変わるだなんて……ほんと、バカみたいだよな。

加藤 あっさりじゃねぇよ。

大井 ……?

加藤 確かにきっかけ次第だったとは思うぜ。けど、俺だってこの何週間か必死で練習したんだ。それなのに、お前は勝った。

大井 ……

加藤 六年間走り続けてきたこと、無駄じゃなかったんだよ。

大井 ……そうか。ありがとうな、加藤。

加藤 何を今更。

大井 ありがとうな、坂本。

坂本 俺は何もしてないよ。

大井 ありがとうな……前川。

前川 ……私こそ、ありがとうございます。

加藤 さて大井。

大井 な、なんだよ。

加藤 まさかこのまま――一勝一敗のまま終わろうだなんて、思っちゃいないよな?

大井 へぇ、塩送った敵に真っ向からまた負けようとするなんていい度胸じゃねぇか。

加藤 なんだと?

大井 やんのか?

加藤 臨むところだ。マグレ勝ちが続くだなんて思わないことだぜ。

大井 そっちこそ、たかだか何週間かの練習ごときだけで随分図に乗りやがって。

加藤・大井 坂本ぉ!

坂本 はいはいわかったって。

前川 あ、坂本さん、今度は私がやってもいいですか?

坂本 え、前川さん? なんで?

前川 ていうかむしろ坂本さんも走ってくださいよ。

坂本 えぇ!? だって俺無理だよ!?

前川 まったく走れないわけじゃないんでしょ?

坂本 それはそうだけども!

加藤 おい坂本、

大井 つべこべ言うな。


   加藤大井、坂本を無理矢理スタンバらせる。


坂本 えぇ……なにこれ……

前川 はーい、それじゃいきますよ。準備はいいですね? 


   三人、顔を見合わせ頷き合う。


前川 位置について! よーーーい、ドン!


   三人走り出しBGM入る。三人走り続ける。


   幕。

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