邂逅(かいこう)
「八代!」
昼休み、俺はいつものように図書室で次の授業まで過ごそうと旧校舎の人通りの少ない廊下を歩いていた。この図書室に着くまでの静かな廊下は図書室の次に学校で好きな場所だ。というか、この廊下と図書室を除けば他に好きな場所なんてない。そんな廊下をのんびり歩いていると後ろから俺を呼ぶ声がした。
「理恵子、どうしたんだ?」
俺の幼稚園からの幼なじみ聖理恵子である。
「この前言ってた私オススメの小説、持ってきたからぜひ読んでみて!」
と言い理恵子は一冊の本を出した。
最近は本を読む人が減ってきたと言われることが多々あるが、おれと理恵子は昔から読書が好きでオススメの本があれば互いに貸し合っていた。
「あぁ、ありがとう。読ませてもらうよ。」
俺がそう言って本を受け取ろうとしたその時だった。
「おい!何だその本は!」
生活指導の剣持樹が怒声を発しながら近づいてきた。
「聖!学校に漫画のような学習に関係のない物を持ってきたらいかんということくらい知っているだろうが!」
どうやら剣持は理恵子が持っている本が漫画だと思ったらしい。
確かにその本「暁の憲兵騎士団」の表紙には甲冑を着た少女と槍を携えた少年が背中合わせになっているイラストが書かれており、漫画と間違えることもなくはないだろう。
「違います!剣持先生、これは小説です!」
理恵子は慌てて弁解する。
「小説?はっ、もしそれが小説だとしてもそんな絵の描いてある小説なんぞ、どうせ漫画みたいな低俗な書物と同じ薄い内容の話に決まってるだろ。これは没収だ。そうだな、お前が卒業する時になったら返してやる。」
そういうと無理やり理恵子の手から本を奪った。
俺は一瞬剣持が何を言っているのか理解できなかった。しかし、すぐに怒りがこみ上げてきた。あいつは俺の前で3つの大罪を犯したのだ。
1つ、表紙のイラストが気に食わないだけでその本を見下したこと。
2つ、漫画を低俗な書物と言ったこと。
そして3つ、俺と理恵子が大切にしてきたものを乱暴に扱ったこと。
俺はその場を立ち去ろうとする剣持の肩をつかみ静かに言った。
「本を返せ...!」
その時だった。俺は剣持の体から風が吹くのを見た。体から風が吹くという表現はまったく理解不能だろうが、剣持の背中から小さな竜巻が発生するのが見えたのだ。俺はその竜巻を見た次の瞬間には後ろに吹き飛ばされていた。
「八代!」
理恵子が駆け寄ってくる。
剣持は俺が派手に倒れたのを一瞥すると何事もなかったように去っていった。
「八代、八代!大丈夫!?怪我してない!?」
「あぁ、うん、大丈夫だよ。理恵子も大丈夫か?」
「うん、平気。それよりも...本が...」
理恵子は今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていた。
「あの本、先生が取り上げた時にページの端が破けちゃった...あんなことで...ごめんなさい...本の神様...ずっと本を大切にするって...約束したのに...」
本の神様とは理恵子が小学生の頃に一度だけあったという神様のことらしい。その当時から本を大切にしていた理恵子だったが、本の神様と会ったという話をしだした時から、さらに本を大切にするようになった。
「今から職員室に行くには時間がないな...。放課後、二人で剣持に返してもらうように言いにいこう。」
「うん...。」
「大丈夫、必ず取り返そう。」
俺と理恵子は放課後、図書室前に集まる約束をしてそれぞれの教室に帰った。
その後の授業は全く頭に入ってこなかった。剣持にどう言えば本を返してもらえるか。そして、あの剣持の背中から発生した竜巻...。あれは見間違いだったのだろうか?そんなことで頭がいっぱいだった。
授業が終わるとすぐに俺は図書室へと向かった。早く本を取り返したい。理恵子に早く笑顔に戻ってほしい。そのような思いが自分自身を急かした。
その時だった。
「今の君では剣持に話を聞かせるどころか相手にもされない。」
いきなり物影から一人の女子生徒が現れた。
「君を待っていたよ。海神八代君。」
「...誰ですか?」
「私は村田伽具夜、君と同じ1年生だ。君は今日、剣持の体から風が吹き出すのを見ただろう?」
「どうして...それを?」
「私たち「オペレーター」にとっては容易に理解できる現象だからね...。あの力を何とかしない限り君が剣持から大切な物を取り返すことは出来ないよ。」
「オペレーター?さっきから何を言って...」
「海神君。」
村田伽具夜という謎の生徒は俺の言葉をさえぎって言った。
「君のような人間を待っていたんだ。教えてあげよう。器の真意を...。」