第八十九話:新たな仲間
入学・始業式を終え、一日経った。
去年同様、式が終わった途端に、部活ごとの勧誘が始まっていたのだが、戸惑う新入生たちに、去年の今頃がすでに懐かしく思えてくる。
だが、今日からは、所属する部活や委員会、林間学校か臨海学校(私たち二年生は修学旅行)の班決め、夏期球技大会の出場選手などを決める必要はあれど、本格的に授業開始である。
「そういえば、桜庭。お前、散々庶務が欲しいって言ってたよな?」
一ノ瀬先輩が聞いてくる。
ちなみに、本日は今までの書類を捌くのではなく、新学期からの書類(と関係書類)を捌いています。
「さすがに、役員でもない仁科さんに手伝わせられませんし、来期も空席にしておくわけにもいかないんですよね?」
「そうだな」
あと少しで、私が居る『副会長』という地位も期間切れになる。
「そこでだ。中等部で生徒会していた奴に声を掛けておいた。挨拶は今日来るように言ってある」
「あ、そうなんですか」
どんな子が来るのだろうか?
それに、中等部の、とはいえ、生徒会経験者とはありがたい。おかげで、処理しきれていない先輩たちの書類が片付けられる。
そんな会話をしていれば、扉を軽くノックする音が聞こえてきた。
「どうやら、ちょうど来たみたいだな。入れ」
「失礼します」
会長が許可すれば、扉が開き、その人物が入ってくる。
「ってあれ、五十嵐君?」
「え、桜庭先輩?」
役員たちからも「知り合い?」って、目を向けられる。
「昨日会ったんですよ。そこで、少し話しただけです」
彼が高等部の敷地内で迷っていたことは、言わなくても良いだろう。
「昨日はありがとうございました」
「あぁ、気にしなくて良いから」
礼を言う五十嵐君にそう返せば、会長が咳払いして、私を含む役員たちに言う。
「……コホン。個人的な挨拶は良いから、とりあえず、自己紹介しろ」
「あ、はい。五十嵐渚と言います。一ノ瀬先輩から生徒会庶務の打診を頂き、本日はその返事をしに参りました」
「それで、どうなんだ? 引き受けてくれるのか」
「はい。引き受けるつもりではいたのですが、半月後に役員選挙があると聞いたので……」
ああ、そっか。
「そうなると、私の時と同じパターンか」
「え……?」
「あ、演説による信任選挙化か」
五十嵐君が知らないのは無理ないが、双葉瀬先輩たちが思い出したらしい。
「顔触れが違うだけで、基本的には変わらないだろうし」
「去年は荒れたもんねぇ」
「それは、先輩たちの自業自得であり、私と岩垣先輩たちは、とばっちりを食らっただけです」
本当、去年はいろいろとあったよなぁ。
「えっと……」
「ああ、ごめん。引き受けついでに、今からもう仕事していって貰えないかな? 手が欲しくて欲しくて」
「は、はい。俺で良ければ」
頼んでみれば、五十嵐君がこくこくと首を縦に振る。
「別に構いませんよね? 会長」
「ああ」
「じゃあ、そこにある書類の仕分けからお願い」
「分かりました」
会長からの許可も出たので、早速、五十嵐君に作業を頼む。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ねぇ、誰か何か話してくれない?」
数分、無言で仕事していたら、耐えきれなくなったらしい双葉瀬先輩が口を開く。
「雲もあまりない青空なので、桜が綺麗です」
「うん、そうだけど、そうなんだけど! そうじゃなくって……!」
窓の外に目を向けて話したのに、双葉瀬先輩はお気に召さなかったらしい。
「なら、そうですね……そういえば、風紀委員会の委員長って、誰がなるんですかね? 来週から委員会と部活の双方が活動開始になるわけですが、委員長になった人は、みんな挨拶に来るんですよね?」
生徒会業務を手伝いに来た当初に、ちょっとだけそんな話を聞いたのを思い出す。
「ああ、そうか。桜庭と獅子堂は、去年の今頃はまだ居なかったもんな。でも、その認識で間違っていない。だが、時間が時間だからな。委員会が終われば、一斉に来るかもしれない」
「うわぁ……」
マジですか。
「ま、何とかなるでしょ。去年もそうだったし」
「終われば、いつもはそんな感じだが、今年の場合はこれからだぞ」
そう話し合う先輩たちだけど、少し遠い目をしてるのは分かってるぞ。
「五十嵐君。加入して早々、もうすでに前途多難だねぇ」
「いえ、俺は何とも……」
「まだ俺たちが居る時点で、桜庭の時よりはマシだろ」
「その台詞、言い換えてブーメランね。獅子堂君」
忘れたとは言わせんぞ。
「……そろそろ休憩するか。来たばかりの五十嵐はともかく、俺たちは働きっぱなしだし」
「じゃあ、用意してきますよ。五十嵐君。君はお茶とコーヒーと紅茶、どれが良い?」
「あ、手伝います」
飲みたいものを聞いてみれば、五十嵐君が書類整理していた手を止めて、立ち上がろうとする。
「良いから良いから。どれが良いかだけ言って」
「……じゃあ、お任せします」
申し訳なさそうな顔をされると、こちらが申し訳なくなってしまう。
「ん、分かったよ。みんなは?」
「今日のおやつに合わせてー」
「任せる」
「俺も任せた」
こいつら……自分で決めるの、面倒くさがってんな。
「分かりました。では、持ってくるまでにスペース確保しておいてくださいよ」
「ああ」
もう使い慣れた簡易キッチンに向かい、冷蔵庫の中を確認する。
「もう春だからね」
冷蔵庫から『それ』を取り出せば、あとは飲み物を用意するだけである。
「あー、やっぱり無いかぁ」
洋菓子用の皿やフォークなどは予備で何枚かあるが、和菓子用はあまり枚数がない。
洋菓子用に乗せても良いが、今回のはどちらかといえば、『ザ・和菓子』と言えるようなものだから、出来ることなら和菓子用の皿に載せたい。
「ま、素直に言えばいいか」
そもそも、そのぐらいで気にするような面々じゃないだろうし。
だったら、後は盛り付け方で誤魔化せばいい。……誤魔化せる気もしないが。
「お待たせしました。今日のおやつは『六扇庵』の『桜餅』です」
「『六扇庵』か」
ちなみに、バレンタインの時のように、私が買ったものではない。
「五十嵐君もどうぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
お茶も差し出せば、自分の方に寄せて、口を付け始める。
「さて、五十嵐に自己紹介させておきながら、こっちがしないというのも悪いからな」
「なら、役職順で行きますか?」
「だな」
確認してみれば、頷かれたので、「分かりました」と返しておく。
「三年二組所属。現生徒会会長の一ノ瀬律だ。分からないところがあれば、みんなに聞けばいい」
そして、そのまま丸投げなんてこともあるんですよね。
「二年一組所属。現生徒会副会長、桜庭鍵奈です。まあ、見ての通り、紅一点です」
ずっと触れないでいたが、クラスは去年と同じ一組です。来年も一組だったら、ビンゴである。つまり、リーチ。
「三年一組所属。現生徒会書記の双葉瀬奈月。まあ、好きなように呼んで」
会長とはクラスが分かれたんだ。
何てことだ。去年みたいにギリギリまで粘ってもらえないじゃないか。
「桜ちゃん。僕、律の保護者じゃないんだから、そんな残念そうな顔をされても困るんだけど」
おや、顔に出ていたのか。
「二年四組所属。現生徒会会計、獅子堂薫。……って、どうした。桜庭」
「いや、何でも無いよ?」
獅子堂君は和花・風峰君と一緒ですか。そうですか。
ちなみに、私たちのクラス分けは、私と仁科さんが一組、真衣と霞が二組、朝日と京が三組、和花と風峰君(と獅子堂君)が四組という分け方だ。見事に、ペアで分かれたなぁっ!
「何か、クラス分けで、仲が良い子と分かれたみたいだよ」
よく知ってますね。
「そう言う双葉瀬先輩は、会長と別々なわけですが」
「薫!? 君もそういう風に見てたの!?」
「じゃあ、会長が双葉瀬先輩の保護者ですか」
「ちぃっがぁぁう!!」
多分、今までの付き合いで一番の叫びかもしれない。
「ふふっ。みなさん、仲が良いんですね」
「これから君も混ざるのに、何で他人事?」
「何ででしょう?」
でも、気持ちは分かる気もする。
思いも寄らない場所に、いつの間にか自分が居るというのは、きっと不思議な感じがするのだろう。
「まぁいいや。さっさと食べて、業務を再開させますよ。油断してると溜まりますからね」
「反論できないのが悔しい……」
ぐぬぬ、と唸る先輩を余所に、小さく切った桜餅を食べる。
あぁ、桜餅が美味しい。




