第八十六話:四月まで、あと少し
今回は鍵奈、双葉瀬視点
卒業式を終えれば、私たちに待っているのは、終業式に春休み、そして、入学・始業式である。
「本当に、三年生はいなくなっちゃったんだねぇ」
三学期になってから、自由登校の影響で疎らになっていた三年生が居た階は、完全に誰もいない状態となり、それを見た双葉瀬先輩がそう呟く。
「そうですね」
私たち以外の声が聞こえずに響いている。
「桜ちゃんはさ」
「何ですか?」
「寂しくないの? 岩垣先輩たちと仲良かったでしょ」
「そうですね」
寂しくないと言えば嘘になるが、そういうのは、中学の時に経験済みだから、ダメージは少なかったりする。
「まあ、岩垣先輩とは中学が一緒でしたから、その時と似たような感じですね」
「そういえば、前に話してたよね」
どうやら、話してた時のことを思い出したらしいが、結構な頻度でしてるよな。この話。
「告白とかしなくて良かったの?」
「……先輩、ぶっ飛ばされたいんですか?」
今の流れで、何でそんな話になる。
笑顔で問えば、双葉瀬先輩が怯む。
「あ、いや、だって、パーティーの時、一緒に居たんでしょ?」
何故、知っている。
「先輩が何で知っているのかは、後で吐いてもらうとして……一緒に居た事に関しては、否定はしませんよ。それに、あれは告白云々ではなく、生徒会のことを話してただけです。出来れば、残ってくれって。ですから、告白とかじゃありません」
「物騒な言い方をされた上に、二度も言うと怪しく見えるよ? あと、卒業式の日にまでする話がそれ?」
言いたいことは分かるが、させたのは貴方がたですよ?
「双葉瀬先輩たちに対する岩垣先輩たちの信頼度が、地にまで落ちたんでしょ。だから、それを案じて、私に話したのでは?」
「それが事実だとすると……桜ちゃんと僕たちに対する信頼の差!」
ま、仕方ないんじゃないかな。だって私は、『信頼し、頼りになる後輩』らしいですから。
「……けど、それも仕方ないか。桜ちゃんにも、迷惑掛けたこともあったし」
もしかして、倒れたときのことを言ってるの?
「先輩。私には、いつのことを言っているのかは分かりませんが、今でも気にしてるのなら、きちんと業務を行ってください。……何度も似たようなこと、言いますが」
それさえ、どうにかしてくれれば、他はどうしようと構わないのだが。
「……ほら、さっさと行きますよ。会長たちに恨まれたくないので」
「そう、だね……」
けど、双葉瀬先輩の足は、中々進まない。
「これは、あまり言いたくなかったんですが、今の先輩は新聞部の人たちに……」
『良い標的』なのだが、そこで敢えて切る。
「え? 何? 新聞部が何なの?」
「そこは、一年先輩なんだから、察するぐらいしてみてくださいよ」
「無茶言わないでよ。僕のは、そんな便利な異能でもないんだし」
苦笑いする双葉瀬先輩を見て、『そういえば、生徒会役員たちの異能って、見たことないな』と思ったけど、そうなると私の異能についても話さないといけなくなりそうだから、口にはしない。
……物凄く、今更な気もするけど。
「そうですか」
「あれ? 気にならないの? 僕の異能」
「特には」
ふぅん、と、つまらなそうに返される。
「ああ、そうだ。先輩に聞きたいことがあるんでした」
「え、何々? 桜ちゃんには、何でも答えるよ?」
「あ、鬱陶しいので、『何でも』は結構です」
目を輝かせながら言ってきた双葉瀬先輩に、どこかでやったようなやり取りで返す。
「容赦無いなぁ。それで、聞きたいことって? 好きなタイプとか?」
「……先輩が、後輩の疑問に対して、真面目に答える気が無いのは、よく分かりました」
それに、双葉瀬先輩じゃないといけない、って訳でもないし。
「わーっ! ごめんごめん! てっきり、ノリ的な勢いで聞いてくるかと思ってたからさ!」
「……私、ノリ的な勢いの時とちゃんと聞きたいときは、そういう雰囲気を出してるつもりだったんですが」
「あ、うん。本当、ごめん……」
落ち込む双葉瀬先輩に息を吐いて、生徒会室方面へと歩き出す。
「え? あれ? 聞きたいこと、あったんじゃないの?」
「今思えば、別に双葉瀬先輩である必要は無いので。ただ、一ノ瀬先輩よりは聞きやすそうだし、答えてもらえそうだと思っただけです。すみません」
「待った」
こっちが悪いので謝れば、いきなり手首を掴まれた。
「桜ちゃん。分からないことは、後回しにしない。聞きたいことがあるなら、ちゃんと今聞いて」
「いや、だからーー」
「桜ちゃん」
こっちをじっと見てくるのは、まだ良いのだが……ヤバい。何か怖いんですけど。
「先輩。何か、本気で怖いですし、痛いです」
「けど、手を放すと、桜ちゃんも逃げようとするよね?」
戻らないといけないから、否定はしませんけど!
「ほら、ちゃっちゃと話す」
「そ、それなら、業務終わってからでも……」
「駄目。逃げるから」
あー、どうしよう。
「……って、あれ?」
耐えきれずに、目を逸らしたところで気付く。
何だかんだで一階に来ちゃったわけだが。
「何。まだ話さないつもり?」
「……先輩」
そもそも、聞きたいことは二つあったのだ。
「去年の、私たちが入学してきた時の一月前。何があったか、覚えていますか?」
「それが、聞きたいこと?」
「本来、聞きたかったのは別の質問です。けど……まずは、この質問に答えてもらえますか?」
でも、思い出してしまった以上、こちらを問わざるを得ない。
「もちろん、覚えてるよ」
「『卒業式』っていうキーワードで思い出すこと、ありません?」
「『卒業式』で? んー……?」
思い出すような仕草をする双葉瀬先輩を見て、今の私みたいに季節とか時期がきっかけで思い出すかと思ったけどーー
「やっぱり、駄目ですか」
「桜ちゃん?」
「ヒントとともに、『一つの答え』を出しますね」
掴まれていない手の、人差し指を立てる。
「さっき言った時期に、双葉瀬先輩は一ノ瀬先輩とともに、一度だけ私にーー私と幼馴染に会ったことがあるんですよ」
「え……」
お互いに、ちゃんと自己紹介もしたし、二人の見た目も相俟って、私は忘れることは無かったのだが。
「先輩たちが知りたがっていた私の出身中学も、会ったその時は制服だったから、知ってるはずなんですよ」
「桜、ちゃん……」
鍵依姉とか関係なく、「これから、よろしくお願いします」って、きちんと挨拶できたら良かったのに。
もし、そこで運良く会えたら、向こうが分からなくても言おうかな程度だったのにーー二人揃って、忘れていた。たった、数ヶ月のことなのに。
「そもそも、私の名前って珍しいから、もしかして、って気付いてくれる可能性も視野には入れていたのに、気付くどころか、何も言ってくれませんでしたし」
何で、再会期間数ヶ月の一ノ瀬先輩たちよりも先に、二~三年離れていた岩垣先輩の方が気付くんだよ。
「うん、そうだね。でも、その前にーー」
双葉瀬先輩が腕を伸ばしてくる。
「忘れてて、ごめん。だからさ、今にも泣きそうな顔は止めようか。さすがに、女の子を泣かすような趣味は、僕に無いから」
「あの、先輩……? あと、今にも泣きそうな顔って……」
無意識にそんな顔、していたのか?
しかも、この状況……。
「えっと……?」
状況把握。抱き締められてるのは分かった。
頭が、次第に冷静になってくる。
「とりあえず、離れてもらえますか? これだとまともに息も出来ないので」
「えー……せめてさ。もう少し、何か反応してもらえない?」
「放してもらえないのなら、実力行使に移りますよ」
「……」
さすがに実力行使は嫌なのか、先輩は解放してくれたが、何でそんなに残念そうなんだ。
「ほら、今度こそ、生徒会室に戻りますよ」
「ん? 他の質問は?」
せっかく歩き出したのに、足が止まる。
それにしても、もう一つの質問か。
また捕まっても嫌なので、溜め息を吐いて、先輩に尋ねる。
「……私、生徒会に残った方が良いですか?」
と。
☆★☆
「そんなの……」
何で、このタイミングで聞いてくるんだ。
それと同時に、「確かに、答えるのは自分じゃなくてもいい質問だな」とも思ったけど。
「残ってもらえないの?」
「私が生徒会に居たのは、岩垣先輩の権限に依るものですからね。期間が切れれば、権限の効力も失います」
そうだった。桜ちゃんが生徒会に居られるのは、約一ヶ月後の『前期生徒会役員選挙』までだ。
それ以降は、選挙で当選しない限り、役員にはなれないし、彼女が生徒会室に来ることもないだろう。
「遅くなりましたー」
「遅ぇよ。人に書類仕事を押しつけておいて、どこでサボってやがった」
あっさりと生徒会室に着いてしまった。
中に入れば、イライラしているのか、凄い形相で律が睨みつけてくる。
「サボってませんよ。人聞きの悪い。それに、大半の書類仕事は自業自得じゃないですか。四月になるまでは、ずっと言い続けますよ」
「……」
「……」
「……」
正論だから言い返せないし、こういう事に口を開かせたら、桜ちゃんが一番上だからなぁ。
書類も減っているとはいえ、まだ先は長い状態だし。
「あと、私の代わり、ちゃんと見つけてくださいよ。時間も無いんですから」
「何か、役員を辞める気満々みたいだが、お前みたいな貴重な戦力を、俺たちが見す見す逃がすと思っているのか?」
「ですから、年度が変わる前に、出来る限りの範囲で終わらせるって、言ってるじゃないですか」
そう言いながら、律と桜ちゃんが、「これ印鑑、お願いします」と書類を回したり、「確認、頼む」と書類が回されたりしているのを見ると、桜ちゃん以外の役員とか考えられなくなる。
「あんなやり取り、いくら役員経験者でも無理じゃないですかね?」
「あー。多分、僕も無理」
薫も無理だと思ったらしい。
あと、書記で本当に良かったとも思う。だって、会長・副会長と処理する量が違うから。
「そこ二人。口だけじゃなく、手も動かす」
「分かってるよー」
指摘されたので、そう返せば、溜め息混じりながらも、桜ちゃんは何も言ってこない。
「あ、あれ……?」
「桜庭?」
「何?」
こっちが戸惑っていれば、薫が桜ちゃんを呼ぶが、視線は書類に向けながら、返事をされる。
「いや、何でもない」
「そう」
どうやら、そんなに気にも止めてないらしい。
そして、一度席を立ったかと思えば、自分の分の書類を取りに行っただけだった。
「……」
とりあえず、僕も頑張ろう。
ーー四月まで、あと少しなのだから。




