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七鍵~姫と七つの鍵~  作者: 夕闇 夜桜
第三章:一学年三学期・『春』の訪れ
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第八十五話:信頼し、尊敬できる人


今回は三人称




 ーー仁科さんは見つかったらしい。


 『らしい』というのは、鍵奈にそう連絡が来たからだ。


「じゃあ、もう少ししたら戻るよ」


 そう言って、鍵奈は携帯を切ると、制服のポケットへと入れる。

 まさかと思って、無人の校内まで探しに来ていたのだが、何事もなく見つかったのなら良かったと、息を吐く。


「桜庭?」


 呼ばれた声に振り返れば、まさかこんな所に来るとは、と言いたげに、鍵奈は目を見開いた。


「岩垣先輩?」

「ここで、何してるんだ?」

「桜を見てたんですよ。一年生ももう終わりかぁ、と思ってたところです」


 仁科を探した後に見ていたので、鍵奈が言っていることも嘘ではない。

 鍵奈たちが二年生になるまで、もうすでに一ヶ月を切っており、他校でも、千錠と同じように今は卒業式が行われている。

 そこで、桜から鍵奈に目を向けた岩垣が、ふと気づく。


「それにしても、鍵依先輩といい、桜庭といい、桜が良く似合うよな」

「……褒めているのか、貶しているのか。どっちですか」

「褒めてるんだよ」


 比較対象が鍵依なためか、どこか不服そうな鍵奈に、相変わらずだと思いながらも、岩垣は苦笑する。


「本当に褒めてるからね?」

「分かってます。これ以上、何か言ったら言い訳みたいですから、もう言わなくても大丈夫ですよ」

「そうか?」

「そうですよ。けどまあ……これで、中学から今までの、先輩からの借りは全て返せましたかね?」


 岩垣の頼みを聞いていたのは、中学の時からの借りもあったためだ。

 そして、今日。彼は卒業する。


「いや、まだだ」

「え」


 順当に行けば、半年とはいえ、ほとんどの借りは返せたはずである。

 だが、岩垣からすれば、違っていたらしい。


「君は何者だ?」

「はい?」

聖鍵(せいけん)や千錠に来ることが出来ながらも、今回のように俺は君を頼ったこともあったが、君が俺を頼ったこともあっただろ」

「……」


 聖鍵ーー中学も千錠高校も、どちらもそれなりの学力は必要だが、それ以前に膨大な学費が必要だ。それを払えているはずの鍵奈が何故、生活する中で岩垣を頼る必要があったのかが分からなかったーー特に中学の時は。


「……そうですよね」

「確かに、岩垣家(うち)は君の所よりは裕福だろうが、それでも隠す理由にはなってないだろ?」


 バレンタインの『いちご大福』の件もそうだ。

 一ノ瀬も言っていたが、金持ちでも中々買えないものを、一般家庭の(・・・・・)鍵奈が高級品である『萬寿堂のいちご大福』を、大量に買えるはずもないのだ。


「まあ、そうなんでしょうけど……」

「やっぱり、話せないか?」

「そういう訳ではないんですが……私たち姉妹を嫌いにならないと約束してくれるなら」

「君だけじゃなく、鍵依先輩も?」


 不思議に思ったらしい岩垣に、鍵奈は頷く。

 これが、今の鍵奈が『話しても良い』と判断できるギリギリのラインでもあった。


「全ては話次第だけど、それだけで君たち姉妹を嫌いにはならないと思うよ」


 岩垣の性格を知っているなら、その心配は必要ないのだが、今までが今までなので、どうしても警戒してしまう。


(それでも、今までの事情を知る先輩なら……きっと、話しても大丈夫かな)


 内心で自問自答した鍵奈は、ぽつぽつと呟き始める。


「……まぁ、桜庭(うち)は直系ですけど、扱いとしては、ほとんど分家みたいなものですからね」

「……うん?」

「今から言うこと、他言無用にしてもらえます?」


 窓から咲いている桜を見ながら、困ったような笑みを浮かべる鍵奈に、岩垣は分かった、と返す。


「ありがとうございます」


 そして、軽く深呼吸して、周囲に自分たち以外に誰もいないことを異能で確認すると、鍵奈は口を開いた。


「まあ、私の場合は正体というより、『地位(・・)』みたいなものなんですけどね」

「『地位(・・)』……?」


 不思議そうな岩垣に、鍵奈は苦笑いする。


「私はーー」


 そして、告げられた鍵奈の正体に、岩垣は目を見開いた。


「驚きました?」

「いや、確かに驚きもしたが、正直、戸惑っている」


 そりゃそうだ。話せと言って話させたら、予想の遙か斜め上で返ってきたのだから。


「けど、桜庭の言う通りなら、何でそれを中学の時に言わなかったんだ? 言っていたら、あんな思い(・・・・・)をしなくても良かったはずだろ」


 事情を知っている岩垣の疑問に、鍵奈も苦笑いする。


「それもそうですが、近くに選民主義者が居ましたからね。下手に言って、朝日たちとも離れたくなかったですし」

「もしかして、宮森たちも……?」

「その辺は、推して知るべし、ですよ。先輩」


 断言しない鍵奈だが、その返答は断言しているようなものだ。


「それに、あの時点で知らなかったのは、朝日たちや鍵依姉たちを除いた生徒たちのみで、教師たちと一部の親は知ってましたからね」


 だが、鍵奈たちにちょっかい(・・・・・)を出していた者たちの親たちが裕福なところが多かったため、鍵奈たちの正体を知る教師たちでも、面と向かって注意したりすることは少なかった。

 ーーそもそも、生徒会活動がほとんどだった鍵奈たちは、それどころではなかったために、精神ダメージも少なくて済んだのだが。


「何だ。なら、あの時にはもう、バリバリの権力社会だったのか」

「その表現はどうかと思いますが、否定はしませんよ」


 遠い目をする岩垣に、鍵奈も苦笑いする。


「隠してた以上、脅かしたり、いろいろ出来そうな気もするが、脅しは……しないか。お前の性格なら」

「私も脅しぐらいはしますが……まあ、脅したのは、主にお爺様じゃないですかね。『実は、孫娘が子供さんと同じ聖鍵(中学)に通ってるんですよ』って。で、その孫娘が誰なのかを知るために、親たちが勝手に調べ始めれば……」

「もし、自分たちの子供が錠前時会長の孫娘を虐めていると知ったら、慌てながら何としても止めに来る、ってか。地味にえげつないな」

「鍵依姉も、同じ事言ってましたよ」


 状況を知らないことの方が多い祖父が、孫娘である鍵奈たちを守るために言ったことでもあるのだが、これがまた意外な所で効果が出ていたりするから、(たち)が悪い。


「まあ、今のところ中学からの知り合いは朝日たち以外では岩垣先輩ぐらいですし、中学の時ほど、ギスギスすることもありませんでしたから、気持ち的にも余裕は出来ました」

「なら、良かった」


 鍵奈の言葉に、岩垣も息を吐く。

 今はこうして千錠に居るが、もし、今でもあちらの高校に通っていたとしたら、この後輩は壊れていた可能性もあったかもしれない。

 岩垣でさえ、そう思えてしまえるほどに、あの時は『魔』の年代だった。


「こうなったら、先輩が知りたいこと、教えられる範囲で教えますよ。何でも聞いてくださいな」

「『何でも』は言うなよ。けど、知りたいことか。さっきの件、一ノ瀬たちは知ってるのか?」

「知るわけないじゃないですか。話してもないし、生徒会の権限で見れるレベルの情報じゃないですし」


 ほぼ即答だった。


「面倒事は先に潰しておくことに限ります。だから、一ノ瀬先輩たちが見る前に、教師側の権限で隠して貰いましたよ」


 ちなみに、隠したのは保険医である雪原なのだが、岩垣がそこまで知る由もない。


「他にはありますか?」

「うーん……」


 岩垣が思案モードに入ったが、鍵奈は外に目を向けることもなく、彼を見る。


「じゃあ……その、自惚れみたいになるんだが、桜庭は俺のことが好き、だったのか?」


 目を泳がせながらの岩垣の問いに、鍵奈の目が見開かれる。


「……はい?」

「え、あ、別にいいんだ! 今のは気にしないで!」


 段々恥ずかしくなってきたのか、少しずつ赤くなる岩垣に、鍵奈は噴き出した。


「……ぷっ」

「ちょっ、笑わないで!」

「あっははは!」

「笑わないでと言った側からマジ笑い!」


 自身の制止を無視して、次には本気で笑ってると分かったのか、岩垣が微妙に涙目になる。


「あーいや、すみません。ちょっと、びっくりして」

「びっくりしただけなら、マジ笑いしないでよ……」


 思わず呆れた目を向けた岩垣は悪くない。


「それで、私が岩垣先輩を好きかどうかなんですが……」

「も、もういいよ……」


 それ以上言わないで、と告げる岩垣に困ったような笑みを浮かべつつ、鍵奈は言う。


「私は、先輩としては好きですよ。信頼し、尊敬できる先輩です」

「……」

「でも、恋心とかはありませんから。あるとすれば、親愛や友愛ぐらいです」


 にっこり微笑みながら言う鍵奈に、岩垣も小さく笑みを浮かべ、そっか、と呟く。


「俺は信頼し、尊敬できる先輩か」

「はい」


 復唱した岩垣に、鍵奈は頷く。


「俺からすれば、桜庭は信頼し、頼れる後輩だよ。中学でも高校でも」

「……そう、ですか?」

「そうだよ」


 否定もせず、冗談でもないことを伝えれば、それがはっきりと伝わり、照れ臭くなったのか、鍵奈は「あー」とか「うー」とか言いながら、岩垣から目を逸らす。


「……先輩。私が、褒められ慣れてないの、知ってますよね?」

「お前が、そんなに照れてるところ、初めて見たぞ」

「言わないでくださいよ。コントロール出来なくなるじゃないですかぁ」

「でも、貶したりしても、ダメージは入らないだろ?」


 悪口に関しては、耐性が出来まくっている鍵奈だが、身内以外に褒められることに関しては、全くの耐性が無い。


「悪かったな。少し(いじ)り過ぎた」

「いえ、問題ありません。落ち着いてきましたから」

「なら、良いんだがな」


 そのまま二人して、窓の外にある桜を見る。


「生徒会のこと、頼んだぞ」

「最後の最後まで、それですか」

「何か変わったことを言うよりは良いだろ? それに、現状を知る在校生たちが大半なんだ。そうなると、新入生以外が引き受けるとも思えないしな」


 気遣う人たちは居ても、役員になってまで大量の書類仕事をしたいとは思わないだろう。メリットとデメリットを考えれば、圧倒的にデメリットの方が多いのだから。


「それについては、否定しませんよ。残りの期間内でどうにかするつもりではいますが」

「そう言うと思ったよ。まあ、桜庭が立候補せずとも、推薦する奴らがいるだろうが、そもそも一ノ瀬たちも逃がす気は無いみたいだし」

「そこなんですよねぇ……」


 鍵奈が一言「まだ生徒会に居ますから」とでも言えば早いのだが、元はといえば彼らが原因なので、彼女は彼らに楽をさせるつもりは毛頭無い。


「でも、何だかんだで居てやるんだろ? 桜庭は優しいからな」

「……さあ、どうでしょうね」


 岩垣にそう返す鍵奈だが、態度だけで丸分かりである。


「さて、俺はそろそろ行くよ。いつまでも、ここに居るわけにはいかないし、桜庭も戻れよ」

「そうですね。……今まで、本当にご苦労様でした。岩垣会長(・・)


 去ろうとしていた岩垣の動きが止まり、振り返る。


「……ああ、ありがとう」


 そう礼を告げた岩垣を見送ると、鍵奈は窓の外に目を向ける。


「……」


 桜が風に乗って舞う。


「~ったく、仕方ないなぁ」


 頭をがーっと掻いて、息を吐く。

 これは、岩垣たちに頼まれたからじゃない。自分で決めたことだ。

 そして、そのことを自分に言い聞かせると、鍵奈もまだパーティーが行われているであろう体育館へと向かうのだった。



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