第八十三話:卒業式準備
「さあ、学年末試験も終わったことですし、急ピッチで卒業式の準備をしていきましょう!」
「何か、スゲー生き生きしてるな。桜庭の奴」
「試験が終わったからじゃないかなぁ。あと、誤解を生む前に言っておくと、あれは完全に追い詰められてるっぽいし」
こちらを見つつも、少し遠い目をしながら有栖川先輩と岩垣先輩が何やら言っているが、今の私はそれどころではない。
現在、新旧生徒会役員が主に講堂で、卒業式の準備を進めている。
今回の卒業生だというのに、岩垣先輩たちに手伝わせるな、と言いたいところだが、全校生徒の手を借りてもまだ少し足りないとか、どれだけ規模がデカいんだよ。千錠高校。
ちなみに、卒業証書は『千錠学園高等部』となっており、鍵依姉から見せてもらった時そうだったから、そうなのだろう。
「桜庭ー。あんまり慌てたりすると倒れるぞー。お前には前科があるんだからなー」
「誤解を生むような言い方をしないでもらえます!?」
突っ込みにも体力使うんだぞ、と思いながらも、思わず突っ込んでしまう自分が嫌になる。
つか、雪原先生相手だと、ほとんどツッコミに回ってる気もするんだけど、気のせいか。
「けど、雪原先生の言い分も尤もだろ。それに、お前が欠けたら意味がない」
「それぐらい、分かってますよ。土日返上するつもりで頑張りますよ」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……」
一ノ瀬先輩が頭を抱え出す。
『お前が欠けたら意味がない』って、士気的な意味で、ですよね? 流れから行って、誰も恋愛的な意味では捉えてませんよ。
「頭を抱えてるとこ悪いが、一ノ瀬は送辞は出来たのか?」
「まあ、何とか。桜庭にも急かされましたから」
気づけば、何やら二人で話していた。
「そういや、桜ちゃん」
「何ですか?」
「もの凄く怒りそうだから、言わないようにしていたんだけど……」
「だから、何ですか」
「卒業式の後にある二次会っぽいものに、在校生代表で生徒会が、何らかの出し物をしないといけないんだけど」
……無言で携帯を取り出した私は悪くないはずだ。
「待て待て待て!」
「というか、どこに電話する気だ!?」
雪原先生と岩垣先輩の動きが、瞬間移動並に早かった。
きっと、鬼気迫る、とはこういう時に使うのだろう。それぐらい二人の表情から、笑顔で怒っているのが分かってしまえたから。
「仁科」
「はい」
「今すぐ、宮森と南條を呼んでこい。『桜庭』と『卒業式』って言えば通じるはずだ」
えぇ~……
「朝日と京を呼ぶんですか?」
「残念そうな顔をするな。このっ、仕事中毒がっ!」
酷い。
「つか、仕事増やしても、疲れだけはどんどん溜まっていくぞ」
「学生の本分や仕事は勉強ですから、こういう準備は入りません」
「揚げ足を取るな」
メガホンみたいに丸められた紙の束で、パコン、と叩かれる。
「どちらにしろ、あいつらを呼ぶのは決定事項だ」
「分ーかーりーまーしーたーよー」
手が増えると思えばいいのだ。
それにしても、二次会の件、どうしよう?
☆★☆
「もう、きーちゃんの能力をフル活用すれば良いじゃん。何のための異能なの」
「桜庭の過労死する予知は良いから、さっさと動け」
「冗談抜きで言ってるんだけど?」
「みんなしてスルーとか、酷くない? ねぇ、酷くない?」
仁科さんが呼んできたからか、朝日と京だけではなく、和花と風峰君も来てくれたのだが、朝日と雪原先生が容赦ない。
「……」
「だから、どこに電話する気なのかは知らないが、携帯を取り出そうとするな」
しまった。まだ岩垣先輩がいた。
「しまった、って顔は止めろ。あと、本当に宮森たちが居るとテンション変わるよな、お前」
「そうですか?」
「そうだよ。俺が知る限りでは、毒舌が増すか、テンション変わるかのどちらかだしな」
そうなのかー。
ちなみに、話してても、ちゃんと手は動かしています。
「そういえば、先輩」
「何だ?」
「進学ですか? 就職ですか?」
「就職だな」
「そうですか。……就職、おめでとうございます」
内定、ではなく就職、である。
岩垣先輩のことだから、どこも採用しないということは無いだろう。
「ありがとうな。ちなみに、有栖川は進学で、目的の大学には合格済みだから」
「そうですか」
有栖川先輩も岩垣先輩と一緒で、そつがなくクリアしてそうだ。
「……本当、私の先輩って、容赦ない」
「桜庭?」
沈んでいても仕方ないので、一気に終わらせよう。
「“ショートカット”」
その言葉で、必要数の椅子が一斉に並ぶ。
「お・ま・え・は、異能を使うなら、一言ぐらい無かったのかー!」
本日最大ボリュームの突っ込み、ありがとうございます。雪原先生。
「……こうして見てると、雪原先生が可哀想だよね」
「言ってやるな。それに、鍵奈に突っ込みが必要なのは、今更だろ」
京が酷い。
「……雪原先生、保健室に戻りますか?」
「戻ろうにも戻れん。仮にも副顧問だし、お前らだけで桜庭の暴走を止められるっていうのなら戻るが」
風峰君の問いに、そう返す雪原先生。
「けどまあ、きーちゃんのあの外れたようなテンションは、明日には収まってると思いますから」
ね、とこちらに目を向けてくる朝日に、肩を竦めて返す。
「講堂も体育館も、使うのは卒業式で最後か」
そんな呟きが聞こえてくる。
先輩にとって、中学と高校。どちらが楽しい思い出を作れただろうか。
「……まだ、卒業式とお別れ会が残っていますから」
「まだ、か」
「そうですよ。中学の時以上に、全力で見送らさせていただきます」
「そうか。なら、任せるよ。副会長」
最後に、「但し、やりすぎるなよ?」と付け加えてくる辺り、信頼されているのか、いないのか。
「分かってますよ」
時間に関しては、ほとんど無いに等しいから、打てる手は限られるけどーーそれでも出来るだけ、頑張ってみようじゃないか。
そんな『卒業式』まで、あと十日ーー




