第八十一話:成功?失敗?バレンタイン
本日は二月十四日。バレンタインデーである。
「いくら冬とはいえ、不安になるからね」
一足先に学校に来て、生徒会室とくっついている簡易キッチンにある冷蔵庫に入れておく。
私が後で来るまでに無くならないか不安だが、そこはちゃんと対策をしておく。
「私のお人好しぃ」
冷蔵庫の扉に額を当てながら、そんな自分の性格を憾みたくなる。
「あとは……これか」
別に一人一人にチョコを作っても良かったのだが、今回は量が量なので、量産できるものに変更させてもらった。
つか、『予約』って、マジ便利。
そう思ったところで、時計に目を向ける。
「戦い開始まで、あと三十分」
恋する乙女たちの本気は、怖いからね。
☆★☆
「朝日、京。おはよう」
「おはよう、きーちゃん」
「おはよう。……けど、いつも以上に早いんじゃないか?」
挨拶ついでに、京がそう言ってくる。
私が最初に教室に来て、暖房を点けたからか、すでに暖かくなっている。
ちなみに、京が朝日と一緒なのは、おそらく私が二人に『暖房つけて、暖かくしておいたから、早くおいでー』とメールしたからだ(もちろん、和花や風峰君にも送っておいたが)。
「あ、そうだ。きーちゃん、京くん。今年の分です」
「ああ、悪いな」
「ありがとう。これは私からなんだけど……」
朝日から受け取り、今度はこっちからの分を渡そうとして、そのまま菓子で埋まった鞄の中を見せる。
「えーっと、今年はどうしたの? 珍しく種類がバラバラだけど」
いつもなら、クッキーならクッキーと種類は固定するのに、今回は見事に全部バラバラだから、朝日がそう思うのも無理はなかった。
「量産できるものにしたら、バラバラになっちゃってさ」
「ってことは、みんな違うのか」
「いや、量と種類がアレなだけだから、こうなったら選択方式にして、空き教室で欲しい奴を選んでもらおうかと」
ガトーショコラを始め、クッキーやマフィンなど、作れるスイーツ系は作ってきてあるが、さすがに、いくら私でも、この量を教室や食堂で広げる勇気は無いぞ。
「ストレス発散……になった?」
「今日のことが気になって、それどころじゃなかった。二人が来る前に、一部は生徒会室にも置いてきたばかりだったし」
「うわぁ……」
ちなみに、生徒会室に置いてきたのは、既製品である。彼らの分まで作る気力は無かった。
「まあ、さすがに暖かい教室に置いておくとヤバそうだから、避難させに行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
そう言って、見送られるのだが、今回は狙ったわけでも無いのだが、クラスメイトたちはまだ来ていないので、実質あの幼馴染たちは二人っきりな訳で。
京の気持ちを知る私としては、クラスメイトたちが来る前に告白ぐらいしてほしい所だが。
「ま、今回も無理だろうけど」
校内をうろうろとしながら、教室に戻るのを延ばしていく。
なお、菓子類に関しては、言うまでもないが私のメイン属性は『氷』なので、場所さえ確保してしまえば、そんなに困ることもなかった。
そろそろかな、と教室に近づいてみたら、廊下の所に人影があった。
「……おぉう」
予想通りというべきか、人影はクラスメイトたちだったのだが、ドアや壁に耳を当てて、固唾を呑んで中の様子を聞いていた。
意外と、みんな好きだよね。こういうの。
とりあえず、脅かさないように、近づいてみれば、相手の方も気づいたらしく、慌て出す。
「げっ、桜庭!?」
「もう、来てたのかよ!?」
「ちょっ、静かにして。気づかれるからっ」
器用にも、小さい声で騒ぎ始めたクラスメイトたちを何とか宥める。
「で、何してるの?」
「ああ、南條の奴が告白するっぽいから、入らずに見守ってる」
やっとかよ。つか、クラスメイトにまで、気を使わせるなよ。
「桜庭は、どうなんだ?」
「うん?」
「南條が宮森に告白するかもしれないのに、妬いたりしないのか?」
ふむ。
「しないよ。それに、こっちは以前から京が朝日を好きなのは知っていたから、いくつか機会作ってやったっていうのに……!」
潰された作戦とかを思い出したら、何かイラっとしてきた。
「そ、そうか……」
「それは……大変だったな」
若干、彼らに引かれている気もしなくはないが、とにかく、これで引っ付いてくれるなら、私の苦労も減ることになるのだが。
「けど、これはこれで、怒られるんじゃないかなぁ」
いつの間にか人数増えてるし、そろそろバレるかもしれない。
「ーーもう、遅ぇえよ」
……あら? どこからか低い声が聞こえてきたような。
それに今、振り返っちゃ駄目だと、直感が言っている……!
他の連中は、といえば、私から離れて無関係を装ったり、教室にそっと入ったりしていた。
つまり、私は見捨てられたのである。
「って、君たち!? 一緒に居たのに、あっさり見捨てたね!?」
「すまん、俺たちの代わりに生贄となってくれ!」
「私より先に盗み聞きしていたというのに……!」
こうなったら、卒業式準備の仕事、増やしてやる。
「……鍵奈?」
「あ、ごめんなさい。そろそろ楽になりたいな、とは思ってたけども」
これで通じろ。
あと、マジ怒りな京には開き直りは通じないので、素直に言うのが一番である。
「主語が無いが、何となく言いたいことは分かった。但し、もう盗み聞きはするなよ」
「数年に亘る協力者に対するこの仕打ち……!」
「よし、もうこの件に関して、お前は口を開くな。収拾が付かなくなる」
半分は君のせいなんだけどね。
「……何というか、朝からご苦労様」
「まあ、南條の気持ちも分からなくはないがな」
「お前らなぁ」
声を掛けてきた和花たちに、京が呆れたように言う。
「……」
とりあえず、私は教室に入って、席に着く。
それにしてもーー
『南條が宮森に告白するかもしれないのに、妬いたりしないのか?』
多分、妬くことはない。
けれど、恐怖はある。
もし、朝日と京が引っ付いたとして、二人っきりの時間も確保出来てると仮定して。
その時はーー私も今まで通りに、二人と過ごせたりもするのだろうか?
☆★☆
さて、昼休みである。
「それじゃ、皆さんお待ちかね。私特製の『ロシアンスイーツ』です」
「そうか、今年のお前からの分は罰ゲームか」
何か、まだ言葉にトゲがあるよぉ。
「ほらほら、京くんは噛みつかないの。きーちゃんだって、空気変えたくて言ったんだし」
朝日さん。その優しさが、今は地味に怖いです。
もしや実は貴女も怒ってるなんてオチは……ありそうだなぁ。地味に抉りに来てるっぽいし。
「で? この中から好きなやつ、選べばいいの?」
「うん。量が量だから、貰ってくれると助かる」
和花の確認に頷く。
「じゃあ私は、このガトーショコラとマフィンを貰っていくわよ」
「俺はこれだな」
和花と風峰君が、早々に選んでいく。
「朝日たちは?」
「んー、それじゃあ……」
朝日も選び始める。
「京も選んだら?」
「ああ……そういや、余ったやつはどうするんだ?」
「渡してない人がいるから、後で渡しに行ってくる」
「つまり、渡されてない奴は残り物、ってことか」
苦笑して返しておく。
まあ、相手が居てくれると助かるんだけど、居るかなぁ。
「はい、これは私から。言わなくても分かってると思うけど、他意は無いから」
「おぉ、和花も用意してたんだ」
「いらないなら良いんだけど?」
「誰もいらないとは言ってないよ」
けど、意外だったのも事実だ。
「ちなみに、既製品ね。誰が口にするか分からないから、危ない物は入ってないだろうし」
あ、そういう意図ね。
「ありがとう、和花」
「べ、別に良いわよ。それに、さっきも言ったけど、既製品なんだからっ」
照れているのか、和花は顔を背けてしまう。
そんな彼女に、「素直じゃないなぁ」と思っていれば、廊下からキャーキャーと黄色い歓声が聞こえてきた。
「何事?」
「あー、何となく予想できるけど、行ってみる?」
「いいや。触らぬ神に祟りなし、ってことで」
満場一致で見に行かないとは言ったが、教室に戻る際、位置が位置なら、いやでも見ることになることについては、突っ込んではいけない。
「……きーちゃん、大丈夫?」
「……まあ、何とかするよ」
マジで、セーブしてきてくださいよ。先輩方。




