第八十話:『シュリュッセル』のバレンタイン
今回は鍵奈、???(もう一人のバイト)視点
※後者に関して、名前は出てきてますが、ここでは伏せておきます。
店内に入れば、バレンタインにちなんだ音楽が流れていた。
「一週間後には、もうバレンタインか。早いなぁ」
喫茶店であるシュリュッセルのバレンタインは、毎年チョコレートを使った商品が半額になるサービスを行っているらしい。
「誰かに渡す予定はあるの?」
「義理と友チョコはありますけど、本命は無いですね」
本命に関しては、特に気にしたこともなかったのだが。
「私は、一応あるよ。兄さんに、だけど」
永久が言う。
「兄に、かぁ」
そういや、何で私は雪原先生を渡す相手に入れなかったのだろうか。仮にも『義兄』なのに。
ーーそろそろ、本気で認めないと、いけないんだろうけど。
「きーなさ。もしかして、渡そうか迷ってる?」
「いや、姉さんの相手の人だから、どうしようかと」
「義兄、ってこと?」
「うん」
『好き』とか言うよりは、『気まずい』のだ。
それでも、毎年渡してるんだが、律儀すぎるだろうか。
「渡しちゃえば? お姉さんをお願いします、って」
「それが素直に言えないから、聞いてみたのに……」
よくよく思い出してみれば、私が素直に本音を言ったことって、あっただろうか。
だがもし、あったとしても、双葉瀬先輩の言葉ではあるが、ツンデレみたいになってしまっている気がする。
そして、相手がそれを理解してるから、余計に素直になれなくなってしまうのだろう。
「でも、鍵奈ちゃんは、二人が大切なんだよね?」
「そう、ですね」
「だったら、ちゃんと気持ちは届いているんじゃないかな。義兄姉妹になるなら、尚更そういう付き合いもあるんでしょ?」
花さんの意見にも、一理ある。
「きーなって、もしかして、シスコンの気があるんじゃない?」
「否定はしないけど、いきなり何を言い出すかな」
確かに、有ること無いこと言って、鍵依姉の気を引こうとしたことが無いわけじゃない。
けど、雪原先生と居る時の鍵依姉が幸せそうだから、今度は邪魔するんじゃなくて、障害を出来る限り排除してやろうと思ったーーいや、嘘だ。納得できなくて、自分が納得できるように、そちらに気が回らないようにしただけだ。
「きーなは優しいから、人が嫌がることをやろうとしても、きっと無意識に手を抜いちゃうんだよ。そして、逆に守らないといけない、って思った人には、全力で守ろうとする。違う?」
「いや、合ってるよ」
前者はともかく、後者については間違ってはいない。
「なら、大丈夫じゃない?」
永久が、にっこりと笑みを浮かべる。
そんな私たちを、注文を受けた花さんが「青春ねー」と言いながら、コーヒーを淹れている。
「ありがとう。何とか頑張ってみるよ」
「うん、その意気だよ」
「私も頑張らなきゃ」って、永久さん。貴女の性格上、分かりにくかったけど、もしかして、貴女の方が本命とかで悩んでいたのでは……?
☆★☆
「それじゃ、お先に失礼します」
「あ、鍵奈ちゃん。ちょっと待って」
花さんに呼び止められたから、待ってみる。
「はい。少し早いけど、バレンタインね」
「あー、何かありがとうございます」
「永久ちゃんにも」
「ありがとうございまーす」
うーん、義理とかだと分かっているとはいえ、お礼も無いのに貰ってしまっては、何か申し訳なくなる。
「お礼とかは気にしなくていいよ。こっちはバイトしてくれているんだから」
むー……バイトに関しては、ちゃんと給料として貰っているから、そのお礼と言われてもなぁ。
「もー、きーなってば。こういう時は深く考えないで、人の厚意はちゃんと受け取るべきだよ」
「永久は考えないといけない時の方が多そうだけど……そうだね。ありがとうございます、花さん」
「どういたしまして」
「あれ? 今、さり気なく酷いこと、言わなかった!? 花さんも流さないで!?」
半泣きになりそうな永久の突っ込みを聞きながら、花さんからのプレゼントを鞄にしまう。
「それでは」
「うん」
「気を付けてね」
そう言葉を交わし、私は今度こそ店を出た。
☆★☆
「あら、いらっしゃい」
「どうも」
珍しく時間通りに来て、店内に入れば、甘い匂いと共に店長が出迎えてきた。
「そういえば、バレンタインがあったんでしたっけ」
「そうなんだよね」
テレビとかでも特集があったのに、忘れていた。
「それにしても、シフトの関係もあるとはいえ、君たちは本当に入れ違いになるよねぇ」
店長が「一度で良いから、顔合わせさせたいんだけど」と言うが、相手は忙しいのか、シュリュッセルでのバイトも何とかやりくりして来ているらしい。
それを聞いて、俺みたいにバイトの掛け持ちでもしてるのかと思えば、どうやら違うらしい。
「生徒会役員をやってるらしくてね。行事とか、いろいろ大変みたいだよ」
「しかも、時期的に卒業式も近いから、忙しくて大変だー、って愚痴ってたし」
そう言いながら、天城が加わってくる。
「生徒会役員、か」
「あれ、もしかして?」
「俺は違うが、友人が役員だな」
「そっかぁ」
「役員じゃないなら、他校と交流があっても、行事じゃない限りは会えないよねぇ」と天城が、どこか残念そうに言う。
「でも、いつか会えると良いね。タイプは違うけど、良い子だから、きっと仲良くなれると思うよ。燐君なら」
何か企んでいそうな笑みを浮かべながら天城がそう言うが、店長が口を挟んで来ないということは、おそらく同意見なんだろう。
ただーー天城たちが言っていた奴と少し意外な出会い方をすることになるのだが、この時の俺が知る由もない。




