第七十九話:彼女を繋ぎ止めるための『もの』
さて、問題の二月に入った訳なのだけれど。
「桜庭さんに誘われて、一度だけ試しに手伝ってみようと思って……その、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた仁科さんに、私が誘ったためにーー今日は約束した日ではないのだがーー居合わせた岩垣先輩たちが微妙な顔をしている。
「えっと……桜庭?」
「人手不足で書類を仕分けする人がいませんでしたから、仁科さんに頼みました」
説明を要求されたので、素直に説明する。
「僕たちに、一言も無かったよね?」
「意図的に言わなかったのもありますが、忘れてたのもあります」
「つか、一度だけ試しで、って、絶対ずっと居ることになるだろ」
いい見本が居るしな、と有栖川先輩の言葉の後に、みんなして私を見るのは止めてほしい。
「それにしても、桜庭が仁科を誘うとは意外だったな」
「君たちが誘ったのだとすれば、いろいろと問題が起きて、ややこしくなっただろうけど、誘ったのは私だからね。それに、不必要な争いは避けるべきだし、先輩たちも余計な仕事が増えずに助かった方だと思いますが?」
まあ、異能の件もあるとはいえ、仁科さんの様子が様子だっただけに、放置できなかったっていう理由は、言わなくても良いだろう。
「ねぇ、桜ちゃん。次、会長職をやってみない?」
言うと思った。
「嫌です。絶対、やりません」
「双葉瀬、諦めろ。一回決めたら、断固として変えないぞ」
「分かってますよ。短い付き合いで、大体は把握しましたから」
「把握してくれたなら、ありがたいです。これ全部、修正案件です」
容赦なく、仕事を回します。
「桜ちゃん、鬼すぎるよ!」
「何言ってるんですか。新学期までに少しでも書類減らさないと、来年までこの量、持ち越しになるかもしれないんですよ?」
一度、倒れ掛けたとはいえ、このくらいの量、中学の時よりはマシなレベルではあるが。
「……中学の時と比べたら、こんなのはまだマシな方だからなぁ」
「はいぃぃっ!?」
どうやら、私と同じことを思ったらしい岩垣先輩の呟きを聞いた双葉瀬先輩が、悲鳴じみた声を上げる。
「あのなぁ、相手が先輩でも使える奴は使うような奴だぞ。桜庭は」
「でしょうね」
納得しないでください。
「一つの学校の崩壊し掛けた生徒会を、こいつの代で回復させたんだからな?」
「岩垣先輩、それ違います。私たちの代ではなく、私たちより一つ後の子たちが立て直したんですよ」
「いやいやいや。基礎部分に関しては、完全にお前らの代で完成していたじゃん」
「出席日数が犠牲になりましたけどね。それに、基礎部分に関しては、先輩たちのを引き継いで利用しただけですから、私たちの功績とは言いませんよ」
あの件に関して、最初に着手したのは、そうなることに勘付いた鍵依姉たちで、業務を遂行するのと同時に、岩垣先輩たちに基礎が壊れないように上手くバトンタッチしたからだ。
「なぁ、桜庭。宮森たちを呼んできた方が、もっと早くなる気がするんだが?」
「残念。気持ちは分かりますが、スペースの問題でアウトです」
許容人数がギリギリになってしまうし、火気がある簡易キッチンに燃えやすい書類を持っていくなど、言語道断である。
本当、誰だよ。簡易キッチンなんて作ったの。便利だけどさぁ。
「……本当、何でお前ら、サボったんだよ……」
岩垣先輩が頭を抱えながら、どこか呆れたように現役員たちに目を向ける。
途中から、私たち以外の話し声がしなくなってたわけだけど、どうしたのだろうか。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「どうかしました?」
岩垣先輩以外の、無言の五人に尋ねてみる。
「なぁ、何で他の学校に行かなかったんだ? 桜庭なら、他にもあっただろ」
「特に、深い意味はありませんよ。さっきも言いましたが、出席日数不足もありましたし」
その分、試験や提出物とかで稼いだけど。
「まあ、今も出席日数が危ないことになってることについては、もう覚悟しておく必要がありそうですけどね」
「うん、何かごめんね!」
それっぽい雰囲気で言ってみたら、双葉瀬先輩が慌てて謝ってきた。
「だが、桜庭。中学のこととか冗談抜きで、宮森たちを呼んできた方が良いと思うぞ」
「考えてはおきますよ」
けれど、多分ーー朝日たちの手を借りても、まだ終わらないと思うんだ。
☆★☆
「……問題は山積み、か」
自販機で買った缶コーヒーを手にしながら、息を吐く。
生徒会室で休憩するのもいいが、こういう休憩の仕方も、何だか久しぶりだ。
「こりゃあ、もう少しセーブしないとヤバいかもなぁ。けど、そうすると溜まるし……でも、そうなると最悪、命に関わりかねないからなぁ」
「何か、縁起でもないこと言ってるな」
唸っていたら、聞こえてきた思わぬ返しに、思わずそっちを見る。
「風峰君?」
彼とは、こういうパターンが多い気がする。
「仁科を加えても、忙しいのか」
「そうだね」
役職ごとの書類仕分けとあちこちに届けてもらうのを任せてはいる状態だけど、やることは減っただけで、量自体が変わったわけじゃない。
「気休めかもしれないが、あんまり無理はするなよ」
「それは分かってるんだけど、問題は山積みだからね」
自販機で買ったジュースに口を付けていた風峰君に、そう返す。
「宮森や南條たちじゃないが、何かあったとしても、気にせずに言えばいいからな?」
「今は気持ちだけ、受け取っておくよ」
「そうか」
さすがに一人で無茶をする鍵依姉が居たから、二の舞にはならないようにはしているが、そもそも比べることが間違いだとも理解している。
「今気づいたが……してくれてたんだな、ペンダント」
「ん? ああ、これ……」
どうやら、見えていたチェーンだけで気づいたらしい。
「不思議なことに、みんな、気付かないんだよね」
服の下から取り出したペンダントが揺れる。
気づかない、気づかなかった振りなのか、本当に気がついていないのかは分からないけど、誰からも何か言われたことはないから、私も気にしなかったけど。
「これはさ。引き止めてくれる方だと思ったから、こうして付けてるんだけどね」
「引き止める?」
不思議そうにしている風峰君には悪いが、どこまで話していいものか。
「ほら、私の異能ってさ。独特じゃん。種類別に分けられるとはいえ、私のは何て言うか……」
そう切り出しておきながら、内心では彼は引かないだろうか、と不安になる。
「だからさ、力が暴走したり、私があちら側へ行かないようにするための……御守り的なものというか」
「あちら側?」
今はその意味を告げずに、笑みを浮かべて誤魔化すことにする。
「さて、と。そろそろ戻らないと、先輩たちに悪いからね」
「……ああ」
そう返してくれるのを聞きながら、ペンダントを服の下へと戻す。
「桜庭」
「ん?」
「あ、いや……何でもない」
そのまま見送ってくれる風峰君だけど、その表情はどこか納得できなさそうで。
このペンダントが、そんなつもりで渡されたものじゃないことも理解はしているんだけどーー
「それでも、私は『人間』として、在りたいから」
それでも、前回の二の舞だけはしたくはないから。
ーーだから、覚悟するのは、もう少し先でも良いよね?




