第七話:負傷
今回は鍵奈視点、三人称
「覚悟、だと……?」
朝日の隣にいるのに、そんなものが必要なのか、と思う気持ちは分からないでもない。
それでも、朝日はーーいや、私たちは普通のようで普通じゃないのだ。今でこそ普通の生活をしているけど、数年前までは違っていた。
私たちにしてみれば、“死んでも守る”というのは何度も聞かされた言葉だが、一般人である御剣先輩にそれを言うのは酷だろうか?
だが、それでも朝日の隣にいることを願うのなら、その覚悟は必要になる。
「別に強要するつもりはありませんが、そのうちに選択が迫られることになると思います」
覚悟するのかしないのか。
どう決めるのかは、先輩次第だ。
(まあそれに、私たちに異能を発動している時点で、覚悟についての云々は言う必要も無かった気もするけど)
とにもかくにも、先輩には知ってもらう必要があった。
「……なるほど、言いたいことは理解した」
「分かっていただけたのなら、ありがたいです」
あ、あれ? 空気がおかしい。
「だが、それとこれとは別だ」
ですよねー。
先輩の言葉とともに刀剣類が飛んでくるが躱したり、避けたりしながら捌く。
捌ききれずに背後へ飛んでいったものは二人が防いでーー
「きゃっ!」
小さい悲鳴が上がる。
振り向いてみれば、朝日が手の甲に掠っていたらしい。
朝日の異能である守護壁や防御壁は、悪意や殺意が無ければ防ぐことはできない。
それは、つまりーー
「まさか、どうすれば朝日の障壁を突破できるか、私に気づかれないように調べていたんですか」
振り向いて尋ねれば、さあ? と返される。
舌打ちしたくなった。朝日の異能も私の異能も、タネが分かれば対処法もすぐに分かる。
とはいえ、あの程度の傷なら、京が防ぐ間に朝日一人でも手当てぐらいは出来るだろう。それに、ケガしたのが利き手じゃなくて良かった。
でもそこで、疑問が湧く。
あのまま攻撃していれば、いくら京が逸らしているとはいえ、朝日に当たるはずだ。先輩が邪魔者である私か京に行うのならまだ分かるが、何故朝日が標的にされた?
「後少しずれていたら、朝日に当たっていましたよ?」
覚悟の話をした後にこれとか、笑えてくる。
そして、ここまでの流れで、いろいろとおかしい部分はあった。だから、私は単刀直入に尋ねることにした。
「先輩。貴方は本当に、朝日が好きなんですか?」
本当に好きなら問題は無いのだが、もし、好きで無いのならーー
(私は先輩を倒さないといけなくなる)
それに、本当なら朝日たちを危険な目に合わせた私も、人のことを言っている場合ではないのだが、それとこれとは話が別なので、今は横に置いておく。
「それを、君に言ってどうなる?」
おや?
「君が仲を取り持ってくれるわけじゃないんだろ?」
「まあ、確かにそうなんですが。でも、私は時と場合、当事者の気持ちを考慮して、取り持つかどうか決めることにしてますから」
一番重要な当事者の気持ちを無視して良いことなんか無い。相手を知らない場合は、接点を作るところから始めなければ意味がない。
「でもまあ、先輩は接点作ったから、まだ良い方だと思うけど」
思わずそう呟く。
中学の時なんて、朝日を好きなくせに告白どころか接点が無い連中が大勢いた。そいつらと比べれば、御剣先輩はまだ良い方ではないのか。
というかーー
「そもそも、私も相手を把握しないと、取り持つとか無理だし」
思わず自嘲気味に鼻で笑ってしまったが、いい加減、そろそろこの状態をどうにかしたい。
「君の言いたいことは理解した」
今まで黙っていた先輩が口を開いた。
「だが、君にどうにかしてもらおうとは思わない」
「……うん?」
どういうこと?
「君に取り持ってもらう必要はない、ということだ」
「ああ、そういうことですか」
つまり、自分の力だけでどうにかする、ってことか。
まあ、逆に言えば、それが今の状況を生み出したとも言えるんだけど、口にはしない。
御剣先輩の周囲には今でも刃物類や刀剣類があるし、下手に口にすれば、攻撃されかねない。
先輩が異能を使い切ってくれるのはありがたいけど、朝日や京、私も体力の限界がある。
私が望む一番良いことは、御剣先輩がこの場を退いてくれることで、一番悪いことは、朝日のお兄さんが来ることだ。
(絶対、ややこしくなるし)
私たちが御剣先輩をフォローしたとしても、確実にこっちが耐えられない。
「はぁ……」
思わず溜め息が出る。
たとえ、どんな結末になろうとも、私としては二人が無事なら良いのだがーー
(もう少し……)
もう少しだけ、耐えてみようか。
☆★☆
鍵奈がそんなことを思っているとはつゆ知らず、朝日と京は無言でその背を見ていた。
彼女が自分たちを守ろうとするのは分かる。だが、それでも心配になるのだ。
怪我はしてないだろうか。
無理はしてないだろうか。
今、二人の脳裏にはある出来事が蘇っていた。
それは、鍵奈が二人を守ろうとするきっかけにも等しい。
「お前、本当はもう面倒くさくなってきたんだろ。先輩への対応が雑になってきてるぞ」
「きーちゃん、面倒くさいオーラが出てるからね?」
彼女の溜め息から、京と朝日は何も気づいてないかのように、そう告げる。
だが、それを否定するかのように、鍵奈は返す。
「違う。問答に飽きてきただけ」
「知るか! 言い出したのは朝日でも、やり出したのはお前だろうが!」
京は思わず叫ぶ。
確かに、相談したのは朝日であり、御剣を誘き出す作戦をやり出したのは鍵奈ではあるのだが。
「……何か、話を聞いていれば、僕を誘き出したような言い方に聞こえるんだけど」
御剣の刃物類や刀剣類の刃先が三人に向いていたため、その通りですが何か? とは誰も口にしない。彼に刃物類や刀剣類を飛ばされた上に、逆ギレされては手もつけられなくなる可能性もあるからだ(前者はすでに行われているが)。
「先輩、」
「そんなわけ、ないじゃないですかー」
朝日が口を開こうとすれば、鍵奈が何バカなこと言ってるんですか、と言いたげに、明るい口調でそう返す。
(わざとらしいぞ)
(わざとらしいよ、きーちゃん……)
ただ幼馴染二人は、そんな視線を向ける。そして、向けられた張本人は、というとーー
(ああ、二人からの視線が痛い……)
ばっちりと感じていたらしい。
「それに、誘き出されてるなんて、先輩なら分かるんじゃないんですか?」
「それは……」
来たと言うことは、二通り考えられる。
何も気づかずに来たのか、罠だと気づきながら来たのか、ということだ。
勘が鋭そうな御剣だが、どちらにもとれる微妙な反応を示していた。
「っ、どちらにしろ、君たちが僕を誘き出したのは事実みたいだ」
「えー……どういう経緯でその結論に至ったのか、聞いてみたい気もしますけど、夜になったので早く決着つけるならつけましょうよ」
開き直ったらしい御剣に、鍵奈はそう告げる。
事実、街灯に明かりが点っている。さすがに鍵奈といえど、真っ暗な道を歩きたくはない。
「そうだね」
同意する御剣に、鍵奈はやっと終わるのかと、息を吐く。
(とはいえ、油断は禁物)
何せ相手は刃物を持っているに等しい。
「だからーーそこ、退いてくれない?」
「嫌です。というか予想通りの反応、感謝します」
いくつか予想していた御剣の台詞に、即答する鍵奈。
仮に鍵奈が道を譲ったとしても、朝日の隣には京がいるし、御剣に負けるとも思っていない。未だに結界を張り続けている朝日もあっさり殺られるような護身術は身に付けていない。
「最後だから、どうしようかと思ったけどーーやっぱり、強行突破しかないか」
やれやれと肩を竦める御剣に鍵奈は立ちふさがる。
「させません」
絶対にーー何があっても、彼女を護ると決めた。何人たりとも、彼女には指一本、傷つけさせない、と。
「それは、どうかな?」
軽く首を傾げたかと思えば、刃物類や刀剣類で鍵奈を牽制すると、予想外のスピードで、御剣は鍵奈の隣を過ぎていく。
(もし、その者が現れたりしたらーー)
「っ、」
鍵奈の目が、一瞬だけ輝く。
それに気づいた様子がない、鍵奈と同じように牽制されていた京と、向かってくる御剣に朝日は動けずにいた。
「何があっても、その身を以て、主を護る」
次の瞬間、ドスッという音がし、朝日も京も、そして行為に及んだ張本人も目を見開いた。
「きーちゃぁぁぁん!」
「鍵奈!」
「うるさい……」
朝日が叫び、焦ったような京の声がその場に響く。
「な、何で……動けないはずなのに……」
「ああ……あれ? あの程度、あっさり抜けられました」
驚く御剣に、鍵奈はあっさりと答える。
「あっさりって……」
「それより、どうしてくれるんですか。双方ケガしないよう、いろいろ作戦考えていたのに、私が負傷とか意味ないじゃないですか」
「し、知らないよ。それに、君が勝手に出てくるから……」
「確かにそうですが……」
たじろぎながらも御剣に言われ、思わず一歩引く鍵奈。
「それより、早く手当てしないと……!」
朝日の言葉で、ようやく状況を思い出す面々。鍵奈があまりにも普通に話すものだから、一瞬刺さっていることを忘れていたのだ。
「あ、だから、何か気が遠く……」
「ちょっ、言ってる場合じゃないでしょ!?」
若干ふらつき始めた鍵奈を支えながら、朝日が何やってんの、と言いたげに言う。
「先輩。とりあえず、俺の周りのやつをどうにかしてもらえませんか?」
「あ、ああ、そうだな」
京の言い分に、御剣が慌てて刃物類を解く。
「……どうすっかなぁ、この後」
そんな鍵奈の言葉に、全員の行動が再び止まる。
「ど、どどどどうしよう、京くん」
「とりあえず、落ち着け」
ぎぎぎ、と首を京の方に向けて尋ねる朝日に、少し落ち着くように言う京だが、彼も彼で思案する。
「朝日。悪いけど、姉さんの番号出して」
「え、でもそうしたら……」
ポケットから携帯を取りだした鍵奈に、朝日は不安そうな顔をする。
「いや、多分大丈夫だと思う」
まだ不安そうだが、鍵奈を信じて、朝日は鍵奈の携帯内にある電話帳から、目的の人物の番号を出して、鍵奈に渡せば、軽く確認後、通話ボタンを押す。
『はい』
落ち着いたような声が、電話越しに鍵奈の耳へ届く。
「……もしもし」
『何どうしたの、久しぶり。何かあった?』
「今から言うこと、上に報告なしでお願い。私もあまり大事にしたくない」
『え、マジで何かあったの?』
鍵奈の言い方に、相手は察知したらしい。
それに対し、鍵奈が状況を簡単に説明する。
『……ん、そっか。分かった』
「ありがとう」
そのまま携帯を切り、ポケットにしまう。
「何だって?」
「とりあえず、今は広まらないようにしてくれるって。私たちは後で事情は聞かれるだろうから、口裏合わせるのは今のうちにしとけってさ」
確認してきた京に、鍵奈はそう返す。今回の件は、社会にも学校にも広まれては困る。
「それで、どうするの?」
「ちょうどここには男二人に女二人いるんだから、痴話喧嘩に発展してグサリ、ってことにしておけばいいでしょ」
「で、誰と誰の組み合わせにするつもりだ? 一応、決めとかんと聞かれたとき困るぞ」
だが問題は朝日をどちらと組ませるか、である。鍵奈としては、京と組ませてやりたいが、状況が状況だけに、御剣と組ませても良いのではないのか、と考える。
「うーん……どう組み合わせても修羅場みたいになる」
「ちょっと待て。それはどんな状態だ」
全ては四人の演技力次第だが、設定を考えると、どうにも修羅場に発展するイメージが頭に浮かぶ。
「あ、私は“朝日にいちゃもんをつける女”役ね」
「役まで決まってるんだ……」
「で、二人はどっちが“朝日の相手”役をするのか、“朝日にいちゃもんをつけた女の知り合い”役をするのかを決めて」
京と御剣は互いを一瞥する。
「状況から行くと、先輩は後者ですよね」
「知り合いっていう役だけなら、君でも出来るんじゃないのかな? 刺したのだって、彼女を守るためだと言えばーー」
「諦め悪いですね。少なくとも、刺したのは先輩です。せっかく鍵奈が誤魔化せるようにしてくれてるんですから、知り合い役ぐらい引き受けてください」
京の言葉に、御剣は反論できないのか、黙り込む。
一方で、心配そうに朝日が鍵奈を覗き込む。
「きーちゃん、大丈夫?」
「まだ、ね。たださ」
「何?」
「制服、あと一着しかないなぁ、と思って」
気にするのそこ? と朝日が苦笑いする。
制服は予備としてもう一着あるが、残りはそれだけである。今回の件で一着ダメにしたので、もう予備は無い。
鍵奈の頭に浮かんだのは、そのようなことである。
そのまま鍵奈は血が落ちた場所を見る。そのまま目を細めると、一瞬だけ光る。
「きーちゃん」
鍵奈が何かしたことに気づいたらしい朝日が小声で話しかけてくる。
「血の痕とか一番残しといたらダメじゃん」
「それはそうなんだけど……」
「しかも、さっきから異能発動中だから、そろそろ本気で決めてほしい」
鍵奈が発動中の異能は治癒系の異能である。どんなケガでも一時的に治すことが出来るというものだ。だが、いくら治せたとしても、内部までの様子は不明なので、検査は必要である。
「京くんも先輩も、睨み合ってないで早く決めて! きーちゃんも限界みたいだから」
朝日の言葉で鍵奈に目を向ける二人。
いくら治癒系の異能とはいえ、ずっと掛け続けられるわけもないし、限界もある。
「……鍵奈、大丈夫か?」
「おい、大丈夫なわけないだろ。あんたの目は節穴か、南京錠」
「おまっ……」
けっ、と言いたそうな鍵奈に、京は顔を引きつらせる。
「はいはい、きーちゃんはケガ人だから動かなーい。そろそろマジで病院行こうねー」
朝日が笑顔で言い放つ。それが妙に反論できないような笑顔だったため、鍵奈は目を向けるだけ向けた。
「とりあえず、一回ナイフ抜くぞ?」
「ん、お願い」
京が確認して鍵奈に刺さっていたナイフを抜く。
「っ、」
一瞬、痛そうにしていた鍵奈だが、抜けたのを確認して、安堵の息を吐く。抜かれてすぐさま治癒系能力を使ったため、血が多く流れることはなかった。
「さて、次の問題」
「きーちゃん」
鍵奈が口を開けば、朝日が咎めるような口調で名前を呼ぶが、鍵奈は言う。
「それぞれの家への説明」
それを聞いて一斉に顔を逸らす面々。
「うちは問題ないとして、朝日と先輩のとこは入れた方がいいよね」
鍵奈はそう言って、朝日と御剣に目を向ける。
「うちは……言わない方がいいと思う。きーちゃんのこと、お母さんたち経由で上に行くだろうし」
「俺も、母さんがするとは思わんが、お前の両親には話は行くだろうな」
朝日と京の言葉に、鍵奈は頭を抱える。
「いっそのこと朝日はうちに泊まりに来てる、ってことにしたとしても……」
「京くん、はさすがに無理があるよね」
同性である鍵奈と朝日ならまだしも、異性である京をさすがに泊まらせるというのは無理がある。
「先輩は?」
「僕の所は……」
京が御剣に確認を取るが、御剣は目を逸らす。
「先輩のところは難しいでしょ。情報操作や情報隠蔽ならまだしも、これは連絡だから」
いたた、と言いながら、体勢を変える。
「君は本当に、どこまで知ってるんだ?」
「さあ? 知らないこと以外、ですかね」
困ったような、恐ろしいものを見るような、疑うような感情が混ざった眼差しを向ける御剣に、鍵奈は肩を竦める。
「天才だって、何でも知ってるわけでも、何でも出来るわけでもないんですから」
天才だって、家族や友人、誰かがどこかで支えてるはずだ。
(まあ、孤独は感じるでしょうが)
だが、鍵奈は知らない。天才ではないから。
「うちは、父さんに連絡入れないとうるさいからね。うちは父さんかな」
「結局、まともな連絡できるのは男共だけか」
はぁ、と鍵奈は溜め息を吐く。
京の場合はもう仕方がない、諦めたと言わんばかりの反応で、京の両親に期待するしかない。
「ちなみに、私の病院行き。表向きは自宅で階段から落ちたってことで」
若干無理がありそうだが、表向きなので気にしても仕方がない。
「あ、でも、情報に関しては、先輩がいくら先輩のお父さんに頼もうが無駄ですからね? 桜庭も結構大きいですから、下手をすれば、うちが先輩んとこを潰すことも出来ますから」
だから、馬鹿なことをしないように、というのを暗に示しながら、鍵奈は告げる。
「な、何なんだ。君は……」
脅しだと分かりながらも、御剣は何度目かになる問いを、気かずにはいられなかった。
「そのうち分かりますよ。自分が誰を刺したのかも、ね」
鍵奈としては答えられないこともないが、少なくとも今は無理だ。
「もういい、鍵奈。喋るな」
「そうだよ。体力を無駄に減らしちゃダメだよ」
傷口が開くぞ、と京が止めに入ったのを見て、朝日も心配そうに止めに入る。
「でも、朝日が無事で、良かったよ」
はぁ、と息を吐く鍵奈に、朝日は頭を左右に振る。
「きーちゃん……ごめんね、ごめんねぇ……」
「ん、私は大丈夫だから、そんなに謝らないで」
謝りながら涙目になる朝日に、鍵奈は彼女の頭を撫でる。
「だから、後はお願い、ね?」
「きーちゃん……?」
「鍵奈?」
二人の呼びかけに答えることなく、鍵奈はそのまま朝日に寄りかかり、意識を失った。
今回で七話目ですが、やはり一人称はまだ難しく感じます
あと、御剣の一人称は『僕』。理由は後の話にて。
なお、誤字ではありません。
次回は鍵奈たちではなく、三人称で他の人たちの話になります