第七十八話:迫り来るのはバレンタイン
時期は一月下旬。
世間では、二月まであと数日ということもあり、節分よりもバレンタイン商戦が本格的に始まろうとしていた。
「嫌な予感しかしないし」
ようやく、まともに改善してきた我が生徒会に、暗雲が立ち込めていた。
そもそも役員たちは、私が加わる以前から学園の人気者なのだ。
その上、バレンタインなどというものが加わればどうなるかなど、大体の予想は付く。
「休もっかなぁ……」
「いや、無理だろ。お前の性格上」
ぐさり、と京が容赦なく突っ込んでくる。
「でも、きーちゃん。きっと大変だよね。役員たち人気だし」
「朝日、『きっと』じゃない。『絶対』、だから。確定だから」
ああもう、まだ当日じゃないのにストレスの気配が……。
「二人とも。当日、市販品になったらごめん」
「別にいいよ。きーちゃんが倒れたら困るし」
あ……朝日が優しい。
そもそも私の場合は、渡すのが義理でも手作りである。形は『ハート』ではなく、『星』だったりする時もあるのだが、私の中では『ハート』の場合は、完全にからかうとき用のものとなっている。
というか、からかわれていることにも気づきながら、わざわざ付き合ってくれる京にも、一度きちんと礼をしなくてはいけないのかもしれない(これはこれで、どうなんだろうか)。
それにこいつ、私に余裕が無いときは某小さいチョコでもいいから、とか言ってくるからなぁ。
まあ、そんなときは意地でも手作りにしてやった。朝日と協同作業での代物だが。
「で、結局、役員たちには上げるの?」
「は? 何で、そうなるの? 明らかに貰いそうな人たちだし、あの人たち相手だと下手に渡せないじゃん」
和花の問いにそう返す。
『バレンタインはどうするのか』という問いに、『冬季球技大会の結果次第』としておきながらも、彼らが(どちらかといえば)喜びそうなことをしようとしているのだから、本当に私は、顔合わせした時よりも役員たちに甘くなったのだろう。
ちなみに、女子たちの渡し方に関する私の予想としては、
①本人たちの靴箱の中に入れる。
②本人たちの机の中に入れる。
③生徒会室前の投書箱を利用する。
④私に代役をさせる。
という四つの案がある。
はっきり言って、本人に直接渡すという挑戦者な人が居てほしい所だが、自分で挙げておきながら、案について②はともかく、①はかなり問題な気がする。
さて、話を戻し、役員たちに渡すか渡さないかという問いについてだが、私の答えは『渡さない』の一択のみである。
あんなんでも良いとこ出身の人たちだから、何か遭っても責任は取れないし、仮に渡すのなら、岩垣・有栖川両先輩と獅子堂君ぐらいだ。まあ、前者は感謝の意を、後者はいろいろと含みのある賄賂なわけだが、今回はサプライズもあるので、他と比べると少しばかり量は増えることになる。
あと他に渡すとすれば、風峰君にはこれからもよろしく的な意味を込めて、御剣先輩には対峙したり、からかったこともあったとはいえ、一応先輩でもあるので、『お世話になった』という部分だけで渡そうとは思っている。
「それについては否定できないわね。まあ、私は貰い物を安易に口にすることは出来ないけど」
いくらそれなりに対策しているとはいえ、『姫』である和花は、身内や知り合い以外から渡された食べ物を簡単に口にすることが出来ない。
ただ、あんまりにも決まりがキツいと人間関係で支障が出るため、最終的には自己判断に任せるなど、意外と緩かったりする。
「というか、一番気をつけないといけないのって、私よりも鍵奈でしょ。何で、余裕そうなの」
「だって、私のことを詳しく知ってるのって、朝日や京、和花たちじゃん? それ以外だと私のこと知らないし、何か盛ってくる危険性も減るからね」
「それにしたって、生徒会役員とは思えない余裕っぷりだね」
思わぬ返しに、声がした方へ目を向ければ、岩垣先輩が居た。
「先輩、どうかしました?」
「さすがに、俺から生徒会についての声掛けておいて、卒業前に一言も無し、っていう訳にも行かなかったから、何とか時間確保して、こうして来たわけ」
「なるほど」
と返しつつ、そういえばと思い出してみれば、最後に岩垣先輩と話したのは、冬休みに入る前だったはずだ。
「でも、やっぱり桜庭に任せて良かったよ」
「最初のうちは、半死半生状態でしたけどね」
今はマシな状態だから良いが、ずっとあのままだったら、岩垣先輩を恨んでいた可能性もある。
「あと、有栖川の奴が邪魔しただろ」
「ああ、あのプリンの件ですよね」
「あれでも、かなり捌いた方なんだぞ? 俺も一箱、持って帰ったんだから」
「……」
有栖川先輩、貴方はどれだけ持ってきたんですか。
そして、鏡霞先輩。貴方はどれだけ作ったんですか。
「ああ……何か、すみません。知り合いの一人として、謝っておきます」
「……有栖川からは聞いていたけど、やっぱり知り合いか」
『やっぱり』って、何ですか。『やっぱり』って。
「知り合いですよ。鍵依姉の先輩なんですが、岩垣先輩って、面識無いんですか? あの人も同じ中学出身なんですけど」
「そうなのか?」
私よりも年が近い岩垣先輩の方が、知り合う確率が高いはずなんだけどなぁ。
「まあ、あの人のことは、今はどうでも良いです。先輩には申し訳無いのですが、十四日に一度、有栖川先輩と一緒に生徒会室に来てください」
「うん? 何かあるの?」
そう聞いてくる岩垣先輩の脳裏には『バレンタイン』の六文字があるのだろうが、メインはそっちではない。
「卒業前に書類仕事、一度しません?」
「だと思ったよ! 桜庭のことだから、『バレンタイン』の『バ』の字すら出てこないとは思ってたけど!」
「お礼はしますよ?」
その『お礼』は当日まで、秘密だが。
「……まあ、絶対に行けるとは限らないからな?」
「分かってますよ」
就活や受験真っ只中ですからね。
「あと、桜庭に限らず、君たちに言うまでもないとは思うが、『想定外』というのは起きるものだからな?」
「はぁ……」
このタイミングで言ってきたことを考えるに、バレンタインも関わっていると思っていいはずなのだが、何故、朝日たちにも言ったのだろうか。
「そういう先輩の想定外は、私たちが千錠に入学したことですよねぇ」
「そのことについて否定するつもりは無いが、今更なことを言わないでくれないか。宮森」
「そうだぞ、朝日。岩垣先輩が鍵奈を頼ったのは、これが初めてじゃないだろ」
「よし、南條。お前も、俺に喧嘩売りに来てることがよーく分かった。表に出ろ」
口ではそう言いながら、完全に顔が引きつっていますよ。先輩。
「お前らって、桜庭が絡むと、途端に質悪くなるよな」
「そうですか?」
「そうだよ」
自覚無しか、と岩垣先輩は言いたげだけど、「やっぱり、そういう所あったのね」って、貴女も思ってたんですか。和花さん。
「というか、俺から一言言わせてもらうと、咲良崎も似たようなものだと思うがな」
「はぁっ!?」
風峰君の思わぬ一言に、和花が声を上げた。
「つか、鍵奈の周りに居る奴が、みんなこうなるなら、一番近くにいた鍵依さんが、実は一番重症ってことになるんじゃないか?」
「そっか。身内って、一日の大半を一緒に過ごすもんね」
言われてみればって、そこで納得しないでください。朝日さん。
あと、そこでの微妙なブラックさは入りません。
「鍵奈って、油断してるときに、有り得ないほどの隙が出来るときあるもんね。気を抜きすぎだって、怒られてるのを見たことあるし」
えー……
「そんなに隙がある?」
「あるから、こんな話をしてるんだろうが」
京に突っ込まれた。
「そろそろ時間だから、俺は戻るよ。話せて良かった」
「あ、はい。ですが、先輩。最後の一言のせいで、余計なフラグが立ったように感じるのは、私の気のせいでしょうか?」
「俺も言ってから思った」
苦笑しながら岩垣先輩が教室から出て行くのを見送る。
「でも、そっかぁ。もう、二月なんだぁ」
「そうだね」
朝日に、そう言われて思う。
千錠に入学して、来月で一年なのだ。
「私たちにしてみれば、半年だけどね」
和花が言う。
和花たちの場合は、九月から一緒だったからなぁ。
「二月になると、卒業式まであっという間なんだろうなぁ」
「実際、そうだったもんな」
京が中学の時のことを思い出したのか、そう言う。
「頑張れ、副会長」
「うん、頑張るよ」
来月には学年末試験もあるけど、卒業式に関しては、経験者でもある先輩たちと頑張ることにしよう。
まあ、その前に『バレンタイン』対策もしないといけないんだけどね。




