第七十六話:冬季球技大会Ⅲ
今回は鍵奈視点、三人称
空白による切り替えがあります
仁科さんと別れた後、各場所で行われていた試合の様子を確認したが、今のところは特に大きな問題もなく、予定通りに進んでいるとのこと。
まあーー何事も無いのなら、それで良いのだが。
「きーちゃん。京くんたち、勝ったよ!」
「あ、勝ったんだ」
朝日が嬉しそうに知らせてきた。
「凄かったのよ? 入れて入れられての繰り返しだったんだから」
「でも、やっぱり疲れてたみたいでさ。最後はどっちも時間切れを狙ってたみたいで」
「そっか」
なら、先輩たちの分は無し、か。
「バスケ、うちのクラスはどうだった?」
「私が見てたときは勝ってたよ。だから、その後は知らない」
私も、ずっと一ヶ所には止まって居られなかったからね。
「それで、見回りなんて半分嘘ついてまで、やりたかったことは出来たの?」
「うん? 出来たといえば、出来たかな」
こっそり聞いてきたわけだけど、どうやら、和花にはバレていたらしい。
「なら、良いけど。私は朝日たちと違って、敵を増やしてまでフォローしきれないから」
「分かってるよ。最優先事項さえ間違えなければ、私も何も言わないし」
そう返せば、和花が顔を顰める。
何だかんだで、和花も優しいからね。
「むぅ、二人で何こそこそ話してるの?」
「大した話じゃないよ」
「そうよ? だから、拗ねないの」
「拗ねてないよ!」
こうして見ていると、何だか『飼い主と素直になれない犬』みたいだなぁ。
そう思っていればーー
「あー、居たー! 副会長ー!」
声の主は、私たちの対戦相手だった先輩だった。
というか、先輩なら、役職で呼ばないで欲しいなぁ。私、後輩なのに。
「どうかしました?」
「いや、ね。繰り上げるみたいだから、暇なら呼んできてくれって、言われちゃってさぁ」
「あー、すみません」
やっぱり、繰り上げるのか。
さっき見たときに、試合順や点数から繰り上げそうな気はしてたんだよなぁ。
「先輩が呼びに来たって事は、まだ、若干の余裕はありますよね?」
「あるんじゃないかな?」
なら、捜せるか。
「朝日、和花」
「大丈夫じゃないかな?」
「いざとなれば、放送掛ければ良いしね」
名前を呼んだだけで通じたらしい。
「先に行ってる」
「分かった」
先に捜しに行った朝日たちを見送り、私は先輩に目を向ける。
「繰り上げの件、伝えてくださって、ありがとうございました。ーー柊城先輩」
そう言って、私も二人を捜しに向かった。
「ありゃ、私の名前、知ってたんだなぁ」
「そりゃあ、全校生徒の顔と名前、覚えてるらしいからな。『先輩』としか呼ばなくても、名前は知っているんだろうよ」
「ふぅん」
柊城は、隣に並んだ男へ、どこか意味ありげに目を向ける。
「それにしても、生徒会室では扱き使われてるらしいじゃん」
「扱き使われてはねーよ。つか、そんな余裕も無い」
それを聞いて、何か言いたげにしながらも、柊城は何も言わない。
「そんなに忙しい?」
「忙しいな」
「手伝い、いる?」
「手伝えって言っても、断るだろ」
「そうだけど、悪い?」
視線を交わし合う。
「ま、競技は違えど、お互いに同じクラスに負けた者同士、後で反省会でもする?」
「お前と反省会なんてしても意味無いだろうが。つか、同じクラス?」
「ありゃ、気付かなかった? 相手してたの、あの子のクラスだよ?」
「ああ、だからか」
納得した、と言いたげな男に、柊城は肩を竦める。
「まあ、何に納得しても良いんだけどさ。私は副会長たちの試合を見に行くけど、そっちはどうするの?」
「そうだな……」
「特に用が無いなら、一緒に行く?」
「良いのか?」
男の確認に、柊城は頷く。
仮に、一緒に居たのを責められようにも、ちゃんとその関係を示せば問題ないと、柊城は思ってる。
ただ、現段階で彼女たちの関係性を上級生は知っているが、鍵奈たち下級生は、噂や先輩たちから聞いてない限り、知らないのだが。
「副会長のサーブとかってさ、意外と怖いんだよ?」
「怖いって言っておきながら、笑いながら言うことか」
笑みを浮かべて説明する柊城に、今度は男が肩を竦める。
「それじゃ、そろそろ行こうか。ーー“りっちゃん”」
「おい」
久しぶりに使われた呼び方に、男ーー一ノ瀬が突っ込むが、柊城は特に気にした様子もなく、「あ」と声を上げる。
「ついでに、“なつくん”にも声掛ける?」
「あいつは……別にいいだろ」
「拗ねない? 文句を言われない自信、ある?」
「いざとなったら、桜庭に任せるよ。どういうわけか、奈月みたいなタイプの対処に慣れてるみたいだしな」
それを聞いて、「それでいいのか」と思うのと同時に、おそらく、この後にやるべき事が増えてしまったであろう、先程まで一緒にいた後輩に同情するしかない柊城だった。




