第七十五話:冬季球技大会Ⅱ
「それで、朝日に何て言えば、あんたが私を好きってことになるのか、説明してもらいましょうか」
「怖い顔しながら来たから何事かと思えば……一体、何があって、そんな言葉に繋がるんだよ」
わぁ、さすが幼馴染。
冷静に経緯を聞いてきた。
「ただ単純に、朝日が「京くんの応援しに行こ?」って言ってきたから、軽くからかったら、そう返ってきた」
嘘は言ってない(はず)。
「お、おお、そういうことか」
「納得してもらえたようで何よりって、言いたいところだけど……」
これは、ちょっと予想外っつーか、可能性はあったっつーか。
「何としても勝ちなさい。じゃなきゃ、今年のバレンタイン、去年より少し小さくなるから」
「少しかよ。でも……あー、そういや、この前話してたな」
そう、京たちの相手はーー
「優勝に近い順で、バレンタインの品物をどうするか、って方式にしたんだっけ? 生徒会役員たち相手に」
生徒会役員ーーそれも、一ノ瀬先輩と双葉瀬先輩が居るクラスである。
「そ。だから、さくっと勝って、私の苦労を減らしてくれない? メリットとしては、通常時の分が受け取れるってところだけど」
「言うと思ったよ。つか、こうして話してるから、朝日が勘違いするんじゃないのか?」
うぐっ……!
「……まぁ、そこについては、否定も肯定もしないよ。そもそも、私が作った機会を中々活かしてくれない幼馴染殿が悪いのもあるんだし」
「悪かったな。中々、活かせなくて」
ありゃ、少し揶揄しすぎたか。
「とにもかくにも、勝って、二人分浮かしてちょうだい」
「つか毎年、思ってたんだが、朝日にホールケーキ渡すから、足りなくなるんじゃね?」
「え、京もホールケーキが良いの!?」
「誰もそんなこと、言ってねぇだろうが! あと、ホールケーキなんて持って帰れば、絶対からかわれる」
あー……、何となく予想できてしまった。
「だから、いつも通りで良い」
「朝日にも、そう言っておくよ」
「朝日には……まぁ、良いか」
中途半端に切るな、って言いたいところだけど、大体言いたそうなことは分かるから、私も今は言わない。
「どちらにしろ、頑張りなよ。あと、朝日に格好いい所、見せてあげなよ」
「……お前って、何で最後に一言余分そうなこと言うかね」
呆れたように言ってくるけど、それでも、分かってるから。
冗談混じりでも、ちゃんとやってくれることを。
☆★☆
私は正直、あんな言い方をしながらも、先輩たちが冗談半分で言ってたと思っていた。
けどーー
「あー……ガチだなぁ……」
「だねぇ。京くんたちも先輩たちに合わせるようにして、返しに行ってるし」
本気になるのは構わないのだが、怪我をされて困るのは当人たちだけじゃないっていうのに。
「怪我されると、きーちゃん、大変そうだもんね」
「大変そう、じゃなくて、大変なの」
京たちには、ぜひ勝ってもらいたいが、先輩たちに怪我されて仕事が滞るのも良くない。
そこで、ふと気づく。
「あれは……」
仁科さん?
「きーちゃん?」
「ああ、何でもない。ただ、少し他の所も見てくるから、後で勝敗教えて」
慌ててそう言って、その場を離れる。
何となく、彼女をそのままにしておくわけには行かなかったから。
「……一体、どこに……」
仁科さんの、あの場から居なくなるときの表情は、どことなく寂しそうだった。
今まで、側に居た人たちが居なくなるっていう『寂しさ』が分からないわけではないが、きっと仁科さんの側には、今までも、そして、これからも誰かが居るのだろう。何たって、彼女の内面以前に、あの異能が呼び寄せてしまうのだから。
「ああもう!」
やっぱり、早めに渡すなり、連れて行くなりすれば良かった。
それなら、まだ事は好転していたはずなのに。
しかも、余裕があったときに、話し掛けたりもすれば良かったのだ。
「仕方ない。応急処置ってことにしておくか」
あくまで、私の制御に合わせてあるから、大幅に抑え込むことになるだろうが、無いよりはマシだろう。
そのためにも、まずは仁科さんを捜さなくては。
「よし、行くか」
とりあえず、獅子堂君が居そうな場所に行ってみよう。
多分、仁科さんも近くに居るだろうから。
☆★☆
まあ、何というか。予想通りというか。
「……居たし」
けれど、先輩たちを見ていた時と同じように、普通の応援している子たちとは違い、少し距離を空けて見ていた。
「今までの件があるから距離を置いてる、ってこともありそうだけど……」
どのように調べようにも、時間が無いしなぁ。
「……こうなったら、時間作って、直接聞いてみた方が早いか」
こそこそ調べるより、多分、その方が良いだろうし。
「仁科さん」
「っつ!?」
「あー、ごめん。驚かせたね」
「桜庭さん……?」
冬休み前から話してなかったのもあるからか、何か警戒されてるなぁ。
「楽しんでる? それとも、ちょっと疲れた?」
「そう、だね」
そう返しながら、仁科さんが獅子堂君に目を向ける。
「そっか。それは良かった。ところでーーねぇ、仁科さん。生徒会室に来ない?」
「え……?」
「次の生徒会役員選挙までで良いから、庶務として、業務を手伝ってもらえないかな?」
そう告げれば、仁科さんが目を見開く。
「ちょ、ちょっと待って。そんな事したりしたらーー」
「うん、以前みたいに文句は言われるだろうけど、みんなは生徒会室の現状を知ってるし、私も居るからね。会長たちじゃなくて、私が声を掛けたというのなら、印象は変わるんじゃない?」
我ながら、ペラペラと言葉が出ると思う。
あくまで口実とはいえ、『次の生徒会役員選挙まで』という制限があるのは、私も一緒だし。
「返事はいつでも良いけど、なるべく早い方が良いから」
「え、嘘。冗談とかじゃないんだよね?」
「うん、本気だよ。付け加えるなら、正気でもある」
戸惑う仁科さんを相手に、「じゃあ、私は他の所も見に行かないといけないから、考えといてねー」とその場を離れる。
さて、これで問題は一つ、片付くとしてーー
「今年は本当に、前途多難だなぁ」
とにもかくにも、今は目の前の球技大会に集中するとしよう。




