第七十四話:冬季球技大会Ⅰ
ボールをある程度回転させ、息を吐くのとほぼ同時に止める。
目を開けば、見えてくるのは、チームメイトのクラスメイトたちと、ネットの向こう側にいる相手チーム。
私が現在進行形で行っていることーーそれは、『冬季球技大会』である。
☆★☆
「そういえば、そろそろ冬季球技大会ですよね」
有栖川先輩から貰った“高級プリン”こと『鏡霞』のプリンを食べながら言う。
「そうだねぇ。ただ、桜ちゃんだけパフェなのが納得いかないけど」
「話を逸らさないでください。あと、そんなこと言われても困りますし、作ってる間に早く言わない先輩も悪いんですよ?」
私より後に来たとかならまだしも、何かやってる(この場合はパフェを作っている)のを知っていながら、様子を見に来たり、何も言ってこなかったんだから、私には何の責任もないはずだ。
ちなみに、パフェに使った果物やクリームはこっそり持ってきたり、作ったりしました。簡易とはいえ、台所なんてものを生徒会室に付けた奴が悪い。
「それはそうなんだけどさぁ」
「けど、冬季球技大会か。その後は……」
一月下旬に冬季球技大会はあるわけだから、それが終われば公的な行事はもう、卒業式しか無いんだよなぁ。
ちなみに、バレンタインは認めん。今までならともかく、世間ではフェアが始まっていようが無かろうが、今の私は用意するつもりはない。
けど、確認しなくては。
「先輩方にお聞きしますが、去年の二月十四日。どのような様子でしたか?」
『バレンタイン』ではなく、『二月十四日』である。
「二月十四日……ああ、バレンタインの時? 僕も律も貰ったけど? あ、もしかして、くれるの?」
「いえ。ただ、その時って、この部屋は無事でした?」
「無事と言えば無事だが、有栖川先輩が片っ端から受け取っては、この部屋に置いていくから、菓子で埋め尽くされたのは否定できんな」
一瞬、期待したかのような目を向けてきた双葉瀬先輩を無視して尋ねた私に、一ノ瀬先輩がそう答える。
「……女の敵め。本命があったら、どうするんだよ」
「桜庭。気持ちは分かるが、その気は鎮めろ」
今、怒っても仕方ないので、とりあえずパフェのプリンを食べながら、冷静になる。
「とにもかくにも、貰っても構いませんが、加減はしてくださいよ。いろんな書類が山ほどあるんですから、食べながらの処理なんて、したくありませんよね?」
下手したら、一から作り直しだぞ。
「それ、もしかして、俺にも言ってるよな?」
そう獅子堂君は言うが、そもそも逆に聞くが、何故除外されてると思ったんだ。
「桜ちゃんは、俺たちにくれないの?」
「……欲しいんですか?」
意味深に言ってみる。
だが、冗談抜きに量次第では、完食という道のりを延ばすことになるのだが。
こいつら、まともに仕事するようになってから、減っていた好感度は浮上し始めたわけだけど、自分たちがモテてることに気付いてないのか。
「貰えるなら、欲しいです」
「餌付けされた犬みたいだな」
一ノ瀬先輩。これでも一応、貴方の同級生ですよ?
「じゃあ、球技大会の結果次第、ということで」
「うん? 優勝とか、そういうこと?」
そこら辺については、あえて答えずに、あやふやにしておく。
「まあ、誰がどの競技を選ぶかは分からないけどーー」
「……“優勝するのは、私たち”」
勢い良くサーブを放つ。
球技大会の成績順次第で、渡すか渡さないかを決めるのだが、『トーナメントの最終結果で、私が優勝に一番近ければ、役員たちの分は無し』ということは伝えてある。
「ひぃっ……!!」
「あ」
勢いが良すぎたせいで、相手チームの後方にいた子の真横を通り抜けていくのだが、ラインから出ていたからアウトになってしまった。
「うーん、ごめん。どうしても、負けられないから力んじゃった」
「仕方ないよ。それに、きーちゃんから貰おうだなんて、百万年早いんだよ」
朝日さん、地味に容赦ないし、怖いです。
ちなみに、参加種目はバレーボールです。
「まあ、そういう輩が絶対一人は居るんだよ……っね!」
来たボールを打ち返すのは良いのだが、今の朝日の場合、すでにアタックやスパイクとかいうレベルでも無かった。辛うじてブロックした人の手が赤くなっていることについては、見なかったことにした方が良いのだろうか。いや、駄目だよね。
「すみません。ちょっと私情が入って、勢い付けすぎました」
「手、大丈夫ですか? 保健室、行きますか?」
「大丈夫。少し様子見るから」
(本心かどうかはともかく、)優しい先輩である。
とりあえず、朝日と二人で謝りはしたけど、本当に大丈夫だろうか?
「きーちゃん……」
「こういうときに限って、保健委員が居ないなぁ」
さっきも突き指か何かで、保健委員が付き添いで出て行ったからなぁ。
「京くんたちの方も、何も無いよね?」
「あっちは大丈夫でしょ。だって、異能操作組だよ?」
無駄に異能バトルなんてことしてないし、仮に何かあったとして、いざとなれば危険察知して、避けるなり躱すなりするだろう。
まあ、『使うのは異能じゃなくてボール』だという突っ込みは無しの方向で。
「向こうのこと、気にしてても仕方ないし、さっさと勝っちゃいましょ。じゃなきゃ、空き時間に応援すら行けなくなるわよ?」
和花がそう声を掛けてくる。
「だね」
「真衣。はい、サーブ」
朝日が同意し、ローテーションでサーバーになった真衣に、ボールを渡す。
「真衣、いつも通りに」
「分かってる」
霞の言葉に真衣が頷けば、相手チームである先輩たちが、それぞれ構える。
さあ、仕切り直しだ。
☆★☆
「とりあえず、勝ったわけだけど、この後はどうするの?」
今日やる試合は、繰り上げが無い限りは、もう無いからなぁ。
「なら、京くんたちの方に行かない?」
ほぉー……?
「応援に行くのは構わないけどさ。それにしても随分、京の名前出すけど、何かあった?」
「えっ……? ……あ、いや、そういう意味じゃなくて!」
思わずニヤニヤしながら聞いてみたら、朝日が途中で気付いたらしい。
「というか、きーちゃん。何言ってんの!? そもそも京くんは、きーちゃんのことが好きなはずだし」
「は?」
「は?」
「うん?」
一緒に居た和花も疑問に思ったらしく、不思議そうにしているが、朝日も不思議そうに首を傾げる。
「鍵奈」
「あー、うん……」
和花の言いたいことは分かる。
つか、京よ。どんなやりとりをすれば、こんな勘違いをさせられるんだ。
「まあ、いいや。京たちの方へ行こう。そして、一旦締めよう」
「そうね」
珍しく、というより、久々に意見が合った気がする。
「え? え? 何で、不機嫌そうなの? というか、二人とも怒ってる?」
朝日が、照れてるー、とか言ってからかってこないのを見ると、きっと、私も和花と同じ表情をしているのだろう。
「私たちが怒っていようが無かろうが、気にしない気にしない」
「そうそう」
私たちとしては、向こうの試合結果も気になるが、朝日についても話さなければならない。
「いやいやいや! 京くんが、何か可哀想なことになりそうな気がするんだけど!?」
「大丈夫だよ? 応援に行くだけなんだし」
「そうよ? 応援しに行くだけなんだから、不安になるようなことは何も無いわよ?」
「二人の意見が合ってるから、不安なんだよ!」
何だか、いつもと立場が違う気がするが、まあ良いだろう。
「時間も勿体ないし、さっさと行こうか」
「京くん。お願いだから、今すぐ逃げてぇ……」
一緒に喋っていた私も悪いのだが、項垂れる朝日を連れて、京たちの所へ向かうのだった。
あと、朝日さん。それ、フラグです。




