第七十三話:高級プリンの行方
「あれ?」
冷蔵庫に何かぎっしり詰まってる。
「獅子堂君、冷蔵庫に何か入れた?」
「入れてないが……どうした?」
疑問に思ったのか、獅子堂君がこちらにやってくる。
「ほら、隙間無く詰まってるからさ。何か知ってるかと思って」
「先輩たちじゃないのか?」
獅子堂君でもないなら、そうなるよね。私でもないし。
「んー……じゃあ、後で聞いてみるよ」
よく考えてみれば、あの二人って、私が行く前に朝早くから居たんだよね。
とりあえず、私と獅子堂君のコーヒーを淹れて、業務を続行する。
「桜ちゃぁん!」
「何で、俺まで放置しやがった!」
先輩二人が飛び込んできた。
意外と遅かったなぁ。
「それよりも、冷蔵庫にこれでもかと、ぎっしり詰め込んだのはどちらですか」
「何のことだ?」
「いや、何か冷蔵庫の中がぎっしりと詰まっていたんですが、先輩たちじゃないんですか?」
「僕たち、今日は一回も冷蔵庫は開けてないよ?」
じゃあ、誰が詰めたんだ?
「何なら、出しちゃえば?」
「中身が生物だと、悲惨なことになるような気がするんですが」
「大丈夫じゃない? 今日一日は雪の影響で寒いし」
う~ん……と悩みながらも、冷蔵庫から出してみる。
「もしかして、先生たちか?」
「でも、それなら職員室にも冷蔵庫はあるはずだから、こっちに入れる意味、無いよね?」
しかも、距離あるから、こっちに入れる必要は無いと思うんだけど。
「あと思いつくのは、岩垣先輩たちだけど、一言も声掛けないとは思えないし……」
そこで、一ノ瀬先輩と双葉瀬先輩が顔を見合わせた。
「有栖川先輩なら、有り得るんじゃ……?」
「あの人、こういうイタズラ好きだしねぇ」
一体、何をすれば、そんな認識されるんだ。
「……じゃあ、開けるか」
蓋に手を掛ける一ノ瀬先輩を見ながら、そっと後ろに移動する。
「あのさ、桜ちゃん。頼られるのは嬉しいけど、僕を盾にするのだけは止めてくれない?」
「私の中の直感が、このままだと危ないと言っているので」
「だったら、なおさら盾にしようとするのは止めてくれないかなぁ!? 僕、仮にも先輩だよねぇ!?」
私は、先輩の扱いを変えた覚えはないんですがね。
そうこうしているうちに、一ノ瀬先輩が開けてしまった。
「あれ、これってプリン?」
「しかも、箱とパッケージからして高級品」
商品名らしきものが無いわけでもないのだが、何故だろう。嫌な予感しかしない。
「あ、みんな気づいた?」
ひょっこりと有栖川先輩が顔を出してきた。
「それより何ですか、これ」
「プリンだよ。見れば分かるでしょ」
いや、それはそうなんですが。
誰もゼリーだとかは言ってませんし。
「その割には、最初に見つけた桜庭が引きまくってるんですが」
「あれ、そうだったの?」
何で、意外そうな顔をするんですか。
「それよりも、『鏡霞』のプリンとか、どうやって手に入れたんですか。あの人、気紛れで作るような人だったと記憶してるんですが」
あの人が、気紛れで作るような量じゃない。
「あれ、まさかの知り合い?」
「中学の、三つか四つ上の先輩です」
記憶が正しければ、鍵依姉たちの同学年か先輩だったはずだ。
「で、ここにある理由だよね。単なるお裾分けみたいだよ?」
いや多分、それだけじゃないと思う。
確か、鍵依姉が千錠生なのは知っていたはずだけど……まさか、鍵依姉が在学しているつもりで、送ってきたわけじゃないよな? それか、分かってて送ってきたのか。
「それにしても、有栖川先輩も知り合いだったんですね」
「偶然、ね」
私の場合、どうにも、あの人ーー鏡霞さんとは相性が悪いのか、付き合い方がよく分からないのだが。
「連絡先は……」
「一応、ありますよ。向こうが変えてなければ」
けど、変えてないんじゃないかな。あの人のオススメは外れたこと無いから、時々聞いてるぐらいだし。
「時折、桜ちゃんの交友関係で不思議に思うときがあるよ」
そう思われても仕方ないとは思うんだけど、同意するように頷くのだけは止めてください。一ノ瀬先輩、獅子堂君。
「私の交友関係はともかく、この大量のプリン、どうするんですか」
「だから、持ってきたんだよ。全員、甘いものは食べるだろ?」
食べるには食べるが、これはさすがに飽きるぞ。
「では、いくつか持って帰りますよ」
「ああ、そうしてくれ」
じゃあ、もう俺は帰るからな、と有栖川先輩が生徒会室から出て行く。
「とりあえず、私が一箱持って帰りますね」
この量だと、家にあっても仕方ないし、朝日や京たちに配れば、何とかなるだろう。
「桜庭が持って帰ったとして、一箱分のスペースはどうにかなったが、残りはどうする?」
「皆さん、持って帰りません? 『鏡霞』のプリンとか、レア商品ですよ?」
気紛れで作ったプリンだから、多分、店頭販売はしていないだろうから、貴重っちゃあ貴重なのだが。
「ちなみに聞くが、桜庭ならこの大量のプリン、どうする?」
「まずは配りますね。私一人だと食べきれませんし、幼馴染や友人たちなら、片付けてくれるんじゃないんですか?」
「……うん?」
首を傾げられた。
「桜ちゃん。今の、もう一回、言ってくれる?」
「え、今の?」
「『私一人だと』って、言わなかった?」
「言いましたけど?」
何かおかしなことを言っただろうか?
「別に一人で食べる必要は無いんじゃないかな? 家族で分ければいいと思うんだけど……」
ああ、そういうことか。
「今、家には私一人しかいないので、分けるのは無理ですね」
そう言ったら、一瞬空気が固まった(気がする)。
冗談抜きに、ガチで一人暮らしですが、何か。
「よくもまあ、何事もなく……」
「私が侵入者相手に手加減すると思ってるなら、訂正するべきだと思うよ?」
鍵依姉が『姫』になり、私が一人暮らしになると知った両親がいろいろと魔改造したから、おいそれと逃げれないんじゃないかな。
そして、ファンタジーによくあるダンジョンみたいな場所で、一生彷徨い続けるーーみたいな?
「……」
「……」
「……」
鍵依姉云々ではなく、ダンジョンの件を話してみたら、ドン引きされました。
けどまあ実際は、そこまで酷くないし、私が自分から入れない限りは大丈夫だし。
「他に聞きたいことはありますか?」
「まあ、何だ」
「ねぇ……」
苦笑いで誤魔化された気もするが、微笑み返しておく。
「けど、せっかく用意したのに冷めたな」
「あー……だったら、淹れ直すよ。それだけ残ってると、もったいない気もするけど」
お湯なら沸かし直せばいいだけだし。
獅子堂君には悪いけど、もう少しだけ待ってもらおう。
「俺たちの分は無いのか?」
「外から帰ってきたばかりだから、寒いんだよねぇ」
「何が、外から帰ってきたばかり、なんですか。もう数分前の事じゃないですか」
しかも、暖房のおかげで寒そうにも見えないし。
「暖かいのが欲しいんだよぉ」
うわぁ、ウザい。この先輩。
「……分かりましたよ。出来たら呼ぶので、それまでは書類を片付けておいてください」
「りょーかーい」
行動が早いなぁ。
けどまあ、お茶請けとして、貰った(ということにした)プリンを出そう。
「やれやれ……奈月か桜庭か。これだと、どっちが上手く扱われてるのか、分からんな」
「ですね」
聞こえてますよ、お二人さん。




