第七十一話:錠前時新年会(という名の宴会)
「だから、さっきから言ってるでしょ!? 何で分からないわけ!?」
「……」
「……」
飛び交う怒号に響く声。
現在地は錠前時家・大広間である。
新年だからとこの宴会が始まったときに無礼講とは言っていたが、錠前時の『姫』だけでなく、『鍵錠』まで参加OKなのだから、それは事実なのだろうが。
「だーいーたーい、あんたが私の婚約者、取らなきゃ良かったのよ!」
「はぁっ!? そのこと、まだ根に持ってるわけ!? つーか、この場で言うようなことでも無いでしょ!?」
うわぁ……というか、もう止めてください、お姉様方。
先程から暴露大会みたいになってます。いくら無礼講でも、それはマズいですって。
ーーそんなことは思えても、地位的にも『姫』であるお姉様方に言えるはずもなく。
「……」
「……」
そんな私と隣に座っている和花は、といえば、下手に口出しすると面倒なことになりそうなので、無言でやり過ごしている最中でもあり。
時折、飛んでくる異能に関しては、とりあえず防がせてもらって、異能次第では跳ね返させてもらっている。
それにしても、女三人で『姦しい』なんて良く言ったもので、現姫君たちが口を開けばうるさいの何の。
『とにもかくにも、触らぬ神に祟りなし。今は何が何でも静かにやり過ごそう』
『そうね』
メールを終えると、ぱたん、と携帯を閉じる。
だって、こんな状況下なのに、スマホでゲームしている図太い人も居るんですよ?
だから、メールしていた私たちは、まだマシなはずだし、目の前の料理を楽しませてもらう。せっかくの料理、無駄にするのは勿体ないし。
「……いつ食べても、やっぱり美味しい」
相変わらずの優秀さだなぁ。錠前時の料理人たちは。
「……」
それにしても、退屈である。和花も和花でスマホだから、通信アプリをやっているみたいだし。
いっそのこと来られなかった朝日たちに、この状況でもメールしてやろうか。
「……桜庭? 大丈夫か?」
「ああ、そういや君も居たんだっけ」
「何か酷くないか? それ」
「仕方ないじゃん。一言も喋ろうとしないから、わざわざ乗っかったってのに」
実は、我が婚約者殿こと風峰君には、鍵錠としても付いて来てもらっています。
ちなみに彼、宴会が始まったときは、自分のお父さんや雪原先生に連れられて挨拶回りさせられてました(後者の挨拶回りは、主に鍵錠連中相手だったけど)。
「乗っかってたのか」
「そうだよ」
誤魔化すようにして、刺身を食べれば、溜め息を吐かれた。
「一言も話せなかったのは、単に緊張していたからだよ。普通、こんなところに顔を出せるとは思わないだろ」
「気持ちは分からないわけじゃないけどね」
けど、顔出しについてなら、私もそんなにしてないぞ?
あれか。慣れとか、そういうことか。
「あーもう、ムカつく! 鍵依、あんたも何か言いなさいよ!」
あ、鍵依姉、巻き込まれた。
つか、鍵依姉を巻き込むの、止めてほしい。私まで、もれなくとばっちり食らうことになるじゃん。
「お二方とも、止めてください。いくら無礼講とはいえ、それはやりすぎです。互いの傷を抉り合って、何が楽しいんですか」
……うん、私も似たようなことは思ったけど、そこまでは言ってない。
そして、鍵依姉。地味に怒ってません?
「貴方もこっちに来るなんて、ちゃっかりしてますよね。雪原先生」
「い、いやぁ、さすがに今の鍵依の側には居られないっつーか」
「そんなんじゃ、いつか鍵依姉に良いように扱われますよ」
あ、『いつか』じゃなくて、もうとっくに扱われてるんだっけ。
「ほぉう? なら、妹として、対処方法の見本を見せてもらいたいものだなぁ。あいつとは、俺よりも長い付き合いなんだろ?」
「あ、言っちゃう? それ、言っちゃいます?」
にしても、いつもより口が悪くなってるから、微妙に酔ってるんだろうなぁ。
つか、正月と無礼講だからって、何で運転手が飲んでるんだよ。帰るのが遅くなるじゃねーか。
「……飲むなら、帰ってから飲めっつーの」
「何か言ったか?」
「何も言ってませーん」
面倒事は避けたいからね。
「あと、鍵依姉の対処方法ですが、触らぬ神に祟りなし、ですよ。何もせずに、放っておくのが一番です」
「それ、対処方法とは言わんだろ」
「対処方法ですよ? 『放っておく』っていう対処。一番近くで見ていた私が出した、一番良い判断です」
私が知る限り、鍵依姉が怒ったことはあっても、キレたことは無かった……と思う。
「そうか。なら、今は信じといてやるよ」
信じたくなければ、信じなくてもいいんだけどなぁ。
「鍵奈ぁ。あんたも、こっちに混ざりに来なよぉ」
おや、お姉様方の矛先がこっちに向き始めたらしい。
「嫌ですよ。何で愚痴・暴露大会に付き合わないといけないんですか。酔っ払いの相手は一人で十分なので、もうしたくないんですが」
「誰が酔っ払いだ。誰が」
お前以外誰がいる、と言いたいけど、言わないでおく。
「もー、そういう言い方するところ、本っ当に姉妹よねぇ」
「わー、褒められたよー。鍵依姉」
「褒めてないわよ!」
「私に矛先戻そうとしないのー」
噛みついてきたお姉様に対し、鍵依姉が宥めるように言ってくる。
「あ、そうだ。鍵依姉」
「何?」
「今日会えるって分かってたから持ってきたんだけど、後で時間ちょうだい」
「ん、別に良いけどね」
許可、出ましたー。
後で少しばかり鍵依姉をお借りしますよ。雪原先生。
「それで、そっちの話には加わった方が良いですか?」
「……もう良いわよ!」
良し、勝った。
「よく回る口だな」
「ひねくれた口だけどね」
にやりと笑みを浮かべながら、和花が言う。
「何とでも言えばいいよ」
ひねくれているのは事実だし。
「ああ、そうだ。鍵奈。この前、鍵夜から電話あったよ」
「……はい?」
「だから、この前、鍵夜から電話があった」
「何で、このタイミングで言うかなぁ」
あれか。朝日んとこのおみくじは、この事も指していたのか。
「鍵奈の方にも連絡すれば、って言ったんだけどねぇ」
「するわけ無いだろ。留学の件だって、こいつだけは事後報告だったみたいだし」
鍵依姉たちが何か話してるみたいだったけど、私はそれどころじゃなかった。
「……今度、呪いのメールでも送ってやろうか」
「止めなさい」
和花に突っ込まれた。
まあ、「怖いわ!」の一文しか返信が来そうにないから、しないけど。
「ところで、鍵奈」
「次は何?」
今度は、どんな爆弾を落とす気なんだろうか。
「ーー律君たち、元気?」
「ああ、まあ、うん……」
元気と言えば、元気だ。ちょっとした問題も起きていたけど。
「そっか。なら、良いんだ」
ただね、と鍵依姉は言う。
「鍵奈の手を煩わせてないなら良いけど、何かあったら言いなよ? 私が『お話し』してあげるから」
にっこりと笑みを浮かべる鍵依姉には悪いけど、先輩たちのことを思うと、とてもじゃないけど言えません。
あと、雪原先生の口を押さえている和花と風峰君のファインプレーも褒めておきたい。
今のこの人、何言うか分からないし。
「しなくていいよ。大抵のことは一人で何とかなるし」
こればかりは、自分の能力に感謝だ。
「そっか」
ただ、鍵依姉のことだから、文化祭の時に把握はしているんだろうけどーーそこが凄いところでもあり、怖いところでもある。
「お前、俺の話を聞いてるのかぁ?」
「あー、もう酒が空だぁ。だれかぁ、酒ぇー酒持って来ーい」
酔っ払いたちの声が聞こえる。
「それに、朝日や京、和花や風峰君も居るから大丈夫だよ」
少なくとも、信じることが出来る。
「鍵奈、変わったね」
「そう?」
「変わったよ。だって、前は私以外に頼ろうとはしなかったじゃん」
「あー……」
そう言って思い出すのは、中学での記憶。
鍵依姉以外に大丈夫だという確証が無かったから、朝日たちも心の底から信じきれなかったのだ。
けれど、あの時期の件について、そろそろ向き合わないといけないのかもしれない。
そう思ったからなのかーーもう一つのカウントダウンが、始まったような気がした。




