第六十五話:少しだけ過去を振り返れば
二年前、私は冬を好きとは言えなくなった。
元々、夏は暑いから、冬は寒いからと、春や秋を含めても好きか嫌いかなんて、はっきりと決めていなかった。
夏だから、暑いのは仕方ない。
冬だから、寒いのは仕方ない。
そう思っていたけど、二年前ーー起こったのだ。
私に、『冬が好きとは言えなくなった』出来事が。
☆★☆
ほぉっと吐けば、白くなった息が消えていく。
今、私が居るのは、たくさんの積み重なったコンテナが並ぶ港である。
分かりやすく『港』とは言ってはみたが、時期などから、今は片手程度の船ぐらいしか停泊していない。
そんな場所だから、二年前のあの時も都合が良かったのだが。
「それにしても、久しぶりだねぇ。あの時振りだっていうのに、よく私のこと覚えていたね」
「そっくりそのまま返してやる。つか本当に、あの時の奴と同一人物か?」
まあ、確かに疑いたくなる気持ちは分かる。
自分でも、あの時と比べると、変わったと思う所はあったから。
「それで、付いてきた理由は? 申し訳なさで私がするならともかく、ストーカー趣味があるわけじゃ無いでしょ、君」
「電車内で見かけたから、追いかけてきただけだ」
ですよね。じゃなきゃ、待ち合わせとかしてないのに、こんな場所で会うとか納得できないし。
「それで……兄貴がああなったのは、この場所だったのか」
「……そうだね」
ああ、寒い。港側だから、強風が余計に強くなっている気がする。
「そうか」
「こっちは、罵詈雑言とまではいかないけど、それなりに文句言われる覚悟してたんだけど」
「当時ならともかく、今はそんなに言うこともねぇよ」
「そう」
そのまま二人して、繋がっているであろう海と水平線に目を向ける。
「それに、きっかけはお前でも、やったのはあの男らしいじゃねぇか」
「そして、私があの人を重傷にしたのも、また事実だけどね」
今までで、一番ダメージを受けたと思う。
「……学校の方はどうなんだ」
「特に問題も無く、高校生活を楽しんでるよ」
問題が完全に無いわけでもないが、互いにどの高校に行ってるか、分かってるようで分かってないからなぁ。
「なら良い」
「心配させてたなら、ごめん。さすがに、高校進学とか私もずっと引きずっているような余裕も無かったからね。そっちは、どうなの? 楽しんでる?」
「まぁ、いろいろだな」
「そっか」
私よりも、身内である彼の方が大変だろうに。
「そういや、『姫』になったんだったな」
「姉さんが、ね」
何だかんだで関係者だから、話は聞いて知っていたらしい。
「ってことは、次はお前の番か」
「否定はしないけど、『姫』候補なんて私以外にも居るし、そもそも君は私の立ち位置、知ってるでしょ」
知ってて、言われてるような気がしてならない。
「まあな」
そこで、電話かメールの着信音が響いた。
「私……じゃないね」
「あ、俺だ」
どうやら先程の着信音は彼の方らしく、ポケットからスマホを取り出して確認するのだが、内容が内容だったのか、目を見開いていた。
そして、次にちらっとこっちを見たかと思えば、すぐにスマホの方に目が戻る。
「……?」
一体、何なのだろうか。
不思議そうにしていれば、彼の方は返信も済んだのか、スマホを仕舞っていた。
「距離も距離だ。送る」
「え、必要ないんだけど」
「だったら、駅まで一緒に行くぞ。お前を放置したなんて知られたら、この事を知った兄貴に何て言われるか」
あ、そういうことね。
「じゃあ、駅までは一緒に行くけど、そこまでね」
「分かってる」
そこから二人で、駅まで歩いていく。
「……なぁ。何で今日、来たんだ? 週末でも良かっただろ」
互いに無言になっていたところ、ぽつりとそう聞かれた。
「ああ……それは、その時に来られるかどうか、分からなかったから。ほら、年末年始って忙しいから」
「……そうだったな」
それで、どうやら納得してもらえたらしい。
「今年、俺も行くことになるかもしれない」
「そっか。なら、安心だね」
そこから再び、無言が続いた。
「ああ、そうだ。学校の件だけどさ。私、千錠に行ってるから」
「は?」
「千錠学園高等部。千錠高校の方が通じるかな?」
「ちょっ、あのままでいるわけが無いとは思っていたが……一体、何があった」
私たちの事情、知ってるからなぁ。
「耐えられなくなったから切った。それだけだよ」
逃げ出したとも言うべきだろうが。
「それじゃ、次はクリスマスに、だね」
目的の駅に着いたから、そのまま離れようとすればーー
「お前、俺を馬鹿にしてるだろ。駅は駅でも、自宅から最寄りの駅だ。ここからだと俺の家にも遠いわ」
ふざけんな、とばかりにマフラーと一緒に襟首を掴まれた。
「ちょっ、首! 絞まっ!」
「ああ、悪い」
すっごい棒読みだけど、すぐに離してくれたから良しとしよう。
「とりあえず、最寄りの駅……もう面倒くさいから、家まで一緒に行ってやる」
「いや、面倒くさいなら、駅でいいよ。最初は駅って言ってたじゃん」
私のその返しが気に入らなかったのか、彼が顔を顰める。
「お前、自分の性別をよーく思い出せよ? お前は女で、不審者が出るっていう情報があるのに、一人で帰せるわけがないだろ。特に知り合いだと尚更」
「あ、一応、女の子扱いしてくれるんだ。ってことは、昨日のもそうだったのかな?」
仁科さんではなく、まさか私に言うとは思わなかったから、あの場からは無理やり離脱したけど、やっぱり謝っとくべきかなぁ。
「とにかく、いくらお前が一人でどうにか出来るとはいえ、ちゃんと家に着くまで、俺はお前を一人にするつもりは無いからな?」
「……あっそ」
勝手にすればいい。
ただ、恥ずかしくて、それを隠すためにマフラーを口元まで引き上げたけど、どうやら見られていたらしく。
「柄にもなく照れてるのか」
「うっさい!」
思わずカバンで叩いてしまった。
「ちょっ、痛いって!」
「うっさい!」
三回叩いてから止めて、駅を出る。
それでも、顔が分かる距離には絶対居てくれるので、不安になることはなかった。
「ここまでで良いよ。もう、見えてるし」
「そうか」
「じゃあ、気をつけてね」
「ああ」
そのまま、去っていくのを見送って、玄関の方を見たらーー……
「うぉっ!」
「うぉっ、って何だ。うぉっ、って」
玄関に凭れながら、京が呆れた目を向けてくる。
「にしても、珍しいな。お前が送らせるなんて」
「ああ……」
京のことだから、多分、分かってるんだろうけど。
「まあ、理由は何でもいいが、朝日が心配してたぞ。後で電話かメールでもしとけ」
「ん、分かった」
「あと……」
何だろうか。
「何も無くて良かったよ」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でた後、京は帰っていった。
「……あ、うん……」
何とか、そう返したけど。
「みんな、優しすぎだよ」
玄関を潜って、ドアを閉じるのが、やっとだったらしい。
思わず、その場に座り込んでしまった。
「……よし、やることもあるし、落ち込み終了、っと」
そして、その場から立ち上がると、さっさと制服から着替えて、夕飯の用意を始めるのだった。
今回出てきた『出来事』と『彼』については、二年生の夏休みの時に分かりますので、それまでお待ちください




