第六十三話:いつものメンバーでのクリスマス(予定)
「もうすぐクリスマスだねぇ」
街中を彩るイルミネーションを見ながら、朝日がそう言う。
十一月辺りから点灯式が各地で順次行われ、クリスマス商戦も当日に向けて、加速していくのだろう。
「今年はどうする? いつも通り?」
「うーん……でも、今年はいつも通りとは行かないんじゃないかな」
何せ、私には『婚約者』という存在の人物が出来てしまった。
いや、実際は『婚約者候補』らしいのだが、それはつまり、他にも候補者という人たちがいることを示してもいる訳で。
はっきり言って、婚約者なんて彼以外は必要ない。つか、婚約者そのものが必要ない。彼には言わないが。
「そういや、風峰は候補者の一人だって言ってたもんな。お前」
京はそう言うけど、『婚約者候補』なんて、後っつーか最近、発覚したことなんだけどね。
「そ。だから、クリスマスを利用して、他の連中に会わせられる可能性があるんだよね」
風峰君を一瞥するのだが、私の台詞にあー……、と二人は言いたげだった。
「ま、相手をよく見て、判断させてもらうけどね」
明らかな地位や名誉目的は、相手にしたくない。
それに、『婚約者候補』なんて、どういう人物なのか分からない人より、数週間でも一緒に居て人柄を知ることの出来た人の方がマシである。
「それでは、きーちゃん。相手に一番求めるのは?」
「そんなの、今まで通りの自由に決まってるじゃん。今の所はきちんと高校卒業できれば、それでいい」
二人は苦笑していたけど、私にとっては重要だ。
私にだって、やりたいことがあるのだから、働く必要が無いとか言われても困る。
「貴女も大変ねぇ」
「確かに大変なのは認めるけど、私よりも忙しいのは、和花の方なんじゃないの? クリスマスが終われば、お正月が待ってるわけだし」
「ちょっ、やめてよ! 嫌なこと思い出したじゃない!」
クリスマスを終え、新年になれば、『姫』たちによる新年の挨拶が待っている。
もちろん、鍵依姉も『姫』の一人として出ることになっているのだが。
「お前は出ないのか?」
「私は特殊位置なの。『姫』だと位置がはっきりしてる鍵依姉や和花とは違うの」
風峰君の言葉にそう返せば、思い当たるのか、和花が顔を逸らす。
「それに、私も今のままの方が動きやすいし、別に気にする必要はないから。分かった?」
主に和花に言い聞かせるように言えば、彼女が小さく頷いた。
「で、クリスマスだよね。私は今年、参加したとしても護衛側だから」
「えー、きーちゃん。せっかくのパーティーなのに着ないの?」
「仕込みドレスで良ければ、いくらでも」
誰が大人しく守られるかってんだ。
「けど、交互なんだから、それも仕方ないだろ」
「そうなのか?」
京の言葉に、風峰君が不思議そうにする。
まあ、今年知り合ったばかりだから、知らないのも無理ないだろう。
「まあ、私の立ち位置についても、追い追い話していくよ」
追い追い、ね。
「ああ、分かった」
風峰君が頷く。
「けど、いろいろと覚悟しとかないとなぁ」
「問題は『売り込み』よねぇ」
和花と肩を竦める。
「どういうことだ?」
「私が認めてるから、君は『筆頭候補者』なんて言われてると思うんだけど、中には君を認めずに、自分や息子をって推してくる人たちが居るんだよ」
「もちろん、今でも私や他の『姫』たちにも起こってることだから、鍵奈だけってことは無いからね?」
何のフォローなんですか、和花さん。
「まぁ、クリスマスさえ過ぎれば……って、違う。まだ新年の挨拶と白桜祭があった」
「あー……毎年のことなのに、無意識に遠ざけていたよね」
「朝日はまぁ……しょうがないんじゃね?」
遠い目をする朝日に、京が苦笑いする。
「白桜祭はともかく、鍵奈は風峰とほとんど一緒に居れば、何とかなるんじゃないのか? 虫除け的な意味で」
それは、どうなんだろうか。それでも、寄ってくる奴は寄ってくるぞ。
「けど、鍵依姉よりはマシだと思うべきなのかなぁ」
しっかり者でカリスマ性もあって、優秀な上に運動神経も良くて、美人で面倒見が良いとか、そりゃ、そんな人が居るのなら、みんな欲しくなるわな。
……うん、自分で言ってて悲しくなってきたのは、気のせいか。
「それでも、『桜』の家系なんだから、他の人たちからしてみれば、貴女も同じなんじゃない?」
「それ、言わないでよ」
そう反論すれば、くすり、とどこからか小さく笑う声が聞こえた気がした。
にしても、本当、『婚約者候補』にだけは困らないなぁ。私たち。
「とにかく、パーティーに参加するしないに限らず、全員イブ当日の予定は空けとかないとね」
「あ。そういえば、雪原先生も参加するの?」
「するでしょ。鍵依姉が居るし」
これで出ないとか言いやがったら、無理矢理にでも参加させるけどな。
「物騒なことだけはするなよ」
「やだなぁ、私がするわけないじゃん」
そう言ったら、ぎょっとして、疑いと困惑と戸惑いと不安の眼差しを向けながら、顔を引きつらしていた。
それはもう、「お前が言うか」と突っ込みたそうに。
そして、この中では、一番付き合いの短い風峰君にまでその視線を向けられているんだから、地味にショックである。
「止めて! 何かある度に武力に訴えてるだろ的な目を!」
「いや、全部とは言わないけどさぁ……」
「大半が武力行使じゃん」
もうやだ、この子たち。
「つか、自覚無かったのか」
「うぐっ……そりゃあ、力も使うわけだけど」
否定できないのが悔しい。
「でも、鍵奈が頑張ってくれるから、私たち『姫』はこうやっていられるんだし、その点は感謝ね」
「だよね」
ふふっ、と和花と朝日が笑い合うのを見て、視線を逸らしながら、こっそりマフラーを口元にまで引き上げる。
くそっ、何か恥ずかしいな。
「……」
だからこの時、私は目を逸らしていたから気づかなかったが、私がこっそりマフラーを引き上げたことに気づいた風峰君が、そのことに対して小さく笑みを浮かべていたことに関しては、余談である。
「それじゃ、」
「お互いに」
「頑張ろう」
私、朝日、京の順に告げる。
クリスマスに関して、特に問題は無くなった。
けど、その前に、私にはやらないといけないことがあるから、年内に出来るのなら、やっておかないとね。




