第六十二話:風紀委員長との遭遇と交わされたメール
「終ーわーらーなーいーっ!」
「奈月、うるさい」
「双葉瀬先輩、うるさい」
叫ぶ双葉瀬先輩に、一ノ瀬先輩とともに突っ込む。
「ふ、二人して言わなくても……」
「叫んでも終わらないので、さっさと手を動かしましょうよ」
「あの、薫くん? 君もあっちの味方なの?」
獅子堂君にまで適当に扱われたからか、双葉瀬先輩が落ち込むが、私たちに慰めてる暇は無い。
ちなみに、私もずっと手を休めるわけにもいかないので、書類を捌いています。
「桜庭。これ、お前が処理しろ」
「会長なんですから、決裁ぐらい自分でしてください」
そもそも、会長の補佐的な役職の副会長に、会長としての決裁まで任せるとか、どうなんだ。
「桜庭。これ会長に回してくれ」
「悪いけど、自分で回して。私は会長の分まで処理してる最中なんだから」
確かに、位置的には近いけど、それぐらいは自分で渡してほしい。
「桜庭、書類追加……」
「何で、みんなして私を介すんですか!」
実は今日、溜まりに溜まった書類を捌くために、生徒会役員全員、授業に出ていなかったりする。
「いや、だって状況……」
「自分たちがサボってたからじゃないですかぁっ!」
ああもう、頭が痛い……。
「授業に行きたい……」
「役員は免除されるから、出なくて良いと思うぞ」
獅子堂君よ、それは私がどういう意図で言っているのか、分かっていての台詞だろ。
「飲み物、買いに行ってくるので、それぞれ要望をどうぞ」
そろそろ休憩しようと思ったのだが、少し外の空気も吸いたかったので、そう言い出せばーー
「量も量だろうし、付き添おうか!?」
これを好機だと捉えたのか、双葉瀬先輩が勢いよくこちらを見てくる。
「いえ、四つぐらいなら一人で問題ないので」
丁重にお断りさせていただきます。
「そう……」
あ、落ち込んだ。
それにしても、諦めるの早いなぁ。
「で、何飲みます?」
「容赦ねぇな。お前」
何とでも言ってください。
「俺、微糖かブラックのコーヒーで」
「炭酸系ならどれでも」
「双葉瀬先輩は?」
「紅茶で良いよ。ミルクティー」
「分かりました。では、行ってきます」
そう言って、生徒会室を出る。
「……三月までに終わらせられるかね」
廊下を歩きながら、一階にある自販機に向かう。
「ありゃ、ミルクティーは売り切れかぁ」
炭酸系も無いことはないのだが、う~ん、どうしたものか。
「まあ、これで良いか」
さて、後は双葉瀬先輩からのミルクティーだけども、ストレートかレモンティーにするわけにも行かない。
「他に自販機あったかなぁ……」
あった気もするのだが、今いる自販機からだと、それなりの距離の場所にあったはずだ。
「……行けなくもない、か」
生徒会室との距離も考えれば、異能を使えばどうにかなるかもしれない。
いや、自販機に行くまでの時間を短縮するつもりは無いんですけど、待たせるわけにもいかないしーー……
「というわけで、先に会長と獅子堂君の分だけ買ってきました」
「え? 桜ちゃんのは?」
「私の欲しかったものも売り切れだったので、今からもう一ヶ所の自販機に行ってきます」
「ちょっと待った」
生徒会室から出ようとすれば、ストップを掛けられる。
「距離、分かってる?」
「もちろん、分かってますよ」
そうじゃなきゃ言い出さないし、適当に言い訳して、とっくに向かってる。
だが、双葉瀬先輩はまだ疑ってるらしい。
「逃げるつもりじゃないよね?」
「まさか。何なら、私の捌く書類を増やしてもらっても構いませんが」
どうせ会長への決裁書類が大半だろうし、異能もフル稼働させれば、倒れる寸前までは耐えられるだろう。
事実、一人の時はそうしていたし。
「奈月」
「……分かったよ」
「では、行ってきます」
今度こそ、私は生徒会室を出た。
☆★☆
無事、私と双葉瀬先輩の希望を確保し、生徒会室までの廊下を歩いていく。
「それで、私に何か御用ですか?」
「いつから気づいていた?」
角から出てきた男子生徒ーー同学年に見覚えがないから、多分、先輩かな?
「いつからって、私が自販機で買ってたときには、もう居ましたよね?」
「参ったな。そこから気づいていたのか」
ちなみに、ここ千錠学園高等部には、私が所属している生徒会が在るように、風紀委員会も在ったりする。
まあ、学園モノでよくあるような、特に対立しているという状況はない。
「それで、もう一度伺いますが、私に何の御用ですか? 佐々木風紀委員長」
「名前まで知っているのか」
「一応、全校生徒の名前と役職だけは、頭に叩き込んであるので」
これでも、あの書類の山を捌く合間で頑張ったんですよ?
「なるほど。岩垣の奴が推薦するわけだ」
「推薦、になるんですかねぇ」
おそらく、役員選挙の時のことだろうが、推薦といえば推薦なのだろう。
「それにしても、あいつらを連れ戻すのに、随分掛かったな。桜庭副会長?」
「連れ戻してはいませんよ。うちのクラスメイトの影響から解放されて、やっと連れ戻せたって、言えるんじゃないんですかね?」
私自身、やるべき事が多いので、様子を見つつ、今はまだ放置しておくけど。
「まあ、俺が卒業する前にどうにかするつもりなら、手ぐらいは貸してやる」
あ、力じゃないんだ。
「そんなこと言って、残り数ヶ月でどうにか出来るとは思ってないでしょ。先輩」
「まあな」
いくら私でも、制限は掛けられても、完全に封じるのは無理だ。
「そういや、一、二年はそろそろ期末か」
「ですねぇ」
そろそろ試験勉強しないと駄目だよなぁ。
こうしている間にも課題も溜まる一方だし、朝日たちからノートも見せてもらわないと。
「先輩、得意教科は何ですか?」
「得意教科か? 化学とか生物だけど……何でだ?」
「どうせなら、授業出られなかった分、得意教科だけでも教えてもらおうかと思ったんですが……化学と生物ですか」
理系なことには感謝したいが、その二つって、微妙に成績キープ出来てるんだよなぁ。
「希望に添えなくて悪かったな」
「いえいえ。正直、化学は苦手な方なので、分からない所はぜひ教えて貰いたい所なんですが」
「完璧そうな副会長にも、苦手なことがあったってか?」
それで構わないと暗に示しつつ、笑顔を返す。
「そろそろ、生徒会室が見えてきたので、私はこれで」
「ああ、そうだな。書類仕事、頑張れよ」
「はい」
そう返事して、生徒会室へと向かう。
「遅くなりましたー」
ガラッとドアを開ければ、休憩スペース(長机がある所)に居た役員たちの目がこっちに向けられる。
「あ、おかえり。ところで、桜ちゃん」
「何です?」
「さっき、誰かと話していた?」
「いえ、誰とも話してませんけど? あ、ご注文の品があったので、買ってきましたよ」
堂々と嘘を吐きながら、はい、と双葉瀬先輩にミルクティーを渡す。
「では、居なかった分、書類を捌くので、先輩たちは休憩がてら仁科さんの所に行ってきては?」
「行かないよ? それに、仁科ちゃんに嫌われに行けっていう副音声が聞こえるんだけど?」
「気のせいじゃないんですか?」
執務机の方に着いて話せば、双葉瀬先輩が顔を引きつらしていた。
実際、生徒会室に拘束しっぱなしだからどうかと思って言っただけで、「嫌われに行け」なんて、そんなことは思ってない。
未だ休憩中の先輩たちに対し、私は居なかった分の書類捌きを再開させる。
「この書類は……ああ、あった」
似たような書類があったような気がして探してみれば……やっぱり、あった。
気になるので、とりあえず、クリップで止めておく。
「……」
……あ、面倒くさい書類、発見。
「会長、謝罪レベルの書類が出てきたんですけど」
「は?」
「これです」
会長に渡せば、双葉瀬先輩と獅子堂君が覗き込む。
「まあ、執行期間は過ぎていますし、指摘もあって謝罪したかもしれないから、良いと思うんですけど……」
実はもう一つ、厄介な書類があるのだが、それはこちら側の問題だから、こちらに関しては言う必要はないかな。
「一応、先生に聞いて、行ってみるか」
「ですね。見つけたの私ですから、もし行くことになるのなら、付き添いますよ」
「あれ? ってことはもしかして、最悪の場合、二人だけでこの山を処理しないといけないわけ?」
「自業自得です」
ギャーギャー騒ぎ始めた双葉瀬先輩を無視して、私は仕事を再開させる。
せめて、クリスマスまでとは行かずとも、年内にはもう少し量を減らしておきたいところだ。
「……っ、」
ズキン、と頭が痛くなる。
「桜庭?」
誰かが話しかけてきたような気がするが、今はさすがに返事が出来ない。
「大丈夫か?」
「少し休む?」
「だ、いじょう、ぶ、です……」
……あ、やっと治まってきた。
にしても、今回は一週間以上とか、意外と遅かったな。
とりあえず、切り替えのために買ってきたジュースに口を付け、そっと息を吐くと、仕事を再開させる。
「いやいやいや、あんなに辛そうにしておきながら、まだ続けるとか正気?」
「年内中に減らせるだけ減らしておきたいので」
チッ、エラーが出やがった。
「だからって、無理していいことにはならんぞ」
「そんなの、私が一番良く分かってます」
そう、私のことは私が一番分かってーー
「分かってねーだろうが」
パコン、と何かで頭が叩かれた。
恨みも込めて、叩いた人物の方に目を向ければ、丸めた紙の束を手にした、呆れたような目を向ける保険医が居た。
「つか、何で先生が居るんですか?」
「お前ら、生徒会室に居なさすぎて忘れたのか? 俺、生徒会の副顧問なんだけど?」
「いや、知ってますし、忘れてませんけど。何で居るんですか」
「様子見。特に、すぐに無理をする桜庭。お前な」
名指しで来たか。
「今回は先輩たちも心配して上げてくださいよ。ずっと仕事していたんですから」
「あいつらの場合は自業自得だろ」
あ、同じこと言いやがった。
というか薄々思っていたのだが、もしかして、この保険医は教師とか誰かに教える職業に向いていないんじゃないのか?
「安心しろ。お前も、誰かに何かを教える職業は向いてない」
「先生。今すぐ異能を使えなくさせてほしいんですか?」
にっこり笑顔で反撃してやる。
ちなみに訳としては、『あんたに言われなくとも分かっとるわ』である。
「それは笑えねぇ冗談だな、桜庭」
「冗談に聞こえました?」
バチバチと火花が散ってるような気もするが、そんなん知るか。
「けどまあ、みんなが気にするみたいなので、休みますよ」
保険医が居座るとなると、お前は休めとうるさいだろうし。
「桜庭。休めと言った側から、課題を出すな」
「雪原先生は私に留年しろと仰るんですか。授業は休めても、課題は休ましてくれないんですよ」
「誰が上手いことを言えと言った。課題は帰ってからやれ」
「家で出来るなら、もうやってます」
出来ないから、学校でやってるんだよ。
家だとやることも誘惑も多いし、第一、ゆっくり休みたい。
「休むためだけに帰ってるような言い方をするなよ」
「私が生徒会を辞めるか、もう少し仕事が減れば、ゆっくり出来るんですがね」
何となく、役員たちの手の動きが早くなったのは、気のせいか?
「……仕事中毒になるぞ」
「その言葉、もっと前に欲しかったです」
だってもう、なってると思うから。
困ったような笑みを浮かべたせいなのか、雪原先生が携帯を取りだして何か操作したかと思ったら、今度はマナーモードにしていた私の携帯が振動する。
『この前の件も含め、無理をしてないか、鍵依も心配していたぞ』
そんなメールだった。
花さんでも知ってるぐらいなんだから、鍵依姉が知らないわけがないのにーー
「本当、頭が回らなかったんだなぁ」
忙しすぎて処理が追いつかず、無意識に鍵依姉に対する意識を遠ざけていたのだろう。
それだけじゃない。朝日たちに関しても、私は遠ざけようとしていたのかもしれない。
「……はぁ」
思わず、溜め息を吐くと、返信する。
『鍵依姉には、先生から大丈夫だと言っといてもらえますか?』
『アホか。自分で言え。お前、最近まともに話してないだろ』
ムッとして雪原先生に目を向ければ、さらにメールの続きが送られてきた。
『無事だっていう声ぐらい聞かせてやれ、愚義妹』
『うるさいし、一言多いんだよ。愚義兄』
そう送り返して、パタンと携帯を閉じる。
ーー本当に、こうなったのは何でなんだろう。




