第六十一話:久しぶりの『シュリュッセル』にて
「お久しぶりでー……す」
さて、久しぶりのバイト先、『シュリュッセル』である。
「あら、鍵奈ちゃん。やっと来られたの?」
「すみません、花さん」
花さんが出迎えてくれたが、正直、気まずい。
「それより、大変だったみたいだけど、大丈夫だった? 怪我してない?」
「あ、その点については問題ありません。こちらも、諸事情とはいえ、休んで申し訳ありませんでした」
主に後始末とか。
どうやら、体育祭での一件は、花さんたちにまで噂が広がっていたみたいで、和花が『姫』の権限を使って潰し回ったみたいだけど、やはり人の口に戸は立てられなかったらしい。
「あ、きーな来たんだ! 寂しかったよぉ~」
「ごめんね、永久」
入ってきて早々、私に気づいた永久が抱きついてくる。
「こらこら、来たなら早く着替えていらっしゃい。これからまた、お客さん増えてくるんだから」
「あ、はい」
「はーい」
そう返事して、着替えに行くのだがーー
「何だか久し振りだなぁ」
そんなに経ってないはずなのに、もうすでに懐かしい。
「私も、きーなと仕事するのは、久しぶりだよー」
嬉しそうに永久が言ってくる。
「それじゃ、復帰一回目ぐらいは、きっちり働きますか!」
「おー!」
改めて、気合いを入れ直して、店の方へと歩き出す。
さあ、今まで来られなかった分、ストレス発散も兼ねて頑張りますよ。
☆★☆
「……」
「……」
何で、こうなっているのかな。
タイミングが良いって言うべきか、悪いって言うべきか。
いや、私自身、開き直った部分もあって、こうして対面してる訳だけど。
「……休憩もよろしいですが、仕事が溜まりに溜まってること、お忘れなく」
「こんな所でまで、言わないでよぉ。これでも忘れに来てるんだからぁ」
注文した料理を持って行けば、机に突っ伏しながらも顔はこちらに向けながら、双葉瀬先輩が返してくる。
それにしても、一人とは珍しい。
「いつも律と一緒だと思わないでよ。僕にだって、一人になりたいときぐらい、あるんだから」
ですよねぇ。
「まあ、売り上げに貢献してくれるみたいですから、見てない振りをしておきますよ」
何だかんだで本人も気にしてるみたいだから、これ以上、弄るのは止めとこう。仮にも先輩だし。
「いいの? 前は隠したがっていたじゃん」
「そうなんだけどさ。隠しといてもどうせバレるし、疚しいことはしていない。第一、学校に黙ってもないから、問題なし」
「きーなは、そういうタイプだよねぇ。真面目って言うか、抜け目ないって言うか」
「そうかなぁ」
永久からそう見えているのなら、そうなんだろう。
「あ、会計……」
「私が行ってくるよ」
会計カウンターへと向かう。
「カードは使えないんだよね」
「よく覚えていましたよね」
つか、その確認は、カードで支払おうとしていたと思っても構わないってことだよね?
「律と一緒にしないでよ。カードで支払いできないところがあることぐらい、僕は知ってるし」
「良いんですか。そんなこと、こんな所で言って。あ、おつりです」
「ありがとう。ま、大丈夫じゃないかな。その程度で怒るような心の狭い奴じゃないし」
でしょうね。その点については、私も分かってるし。
「じゃあ、また明日」
帰ろうとしていた双葉瀬先輩に、ふと思い出したことがあったので、声を掛ける。
「ああ、そういえば、先輩たちが送辞の心配してましたよ」
「あはは。一応、言っておくよ」
名前は出さなかったが、通じたらしい。
「……私が言えた義理ではありませんが、こういう話はなるべくしないようにしないと」
「そうだねぇ。今更な気もするけど」
うーん、学校でのことが外で話しづらいのは、私の性格が原因なんだろうか。
「それじゃ、バイト。頑張って」
「どーも」
そのまま、先輩が『シュリュッセル』から出て行くのを見送る。
「きーなはさ。あの人たちのこと、本当に嫌い?」
「さあね。私は自分のやるべき事を、ちゃんとやらない人は好きになれないだけ」
「きーな、それってさ……」
永久が顔を顰める。
「ほらほら、話は裏で聞くからさ。今は仕事しようよ」
「ちょっ、押さなくても大丈夫だからっ」
永久の背中を押しながら、花さんたちの所まで向かう。
ねぇ、永久? 私たちの付き合いは短い方だけど、さっき永久が何を言おうとしていたのか、分かってるから。
『それって、遠回しに自分が嫌いって、言ってない?』
ーーそれ、真面目すぎないか?
言葉は違えど、言いたいことが同じであることは、何となく分かる。
出来ることなら、永久たちには私のことについて、何も知らないままで居てほしいんだけど、きっと、そうも行かないんだろう。
「あ、そうだ。きーな。年末、予定ある?」
「年末? クリスマスは?」
「クリスマスも含めて、だよ。そろそろ、そんな時期でしょ?」
そういえば、もう十一月だ。
「んー……、まともにクリスマスを過ごせるか、分からないんだよねぇ」
主に生徒会業務のせいで。
「どゆこと? 補習とか?」
「いや、成績の問題じゃなくて、それ以外で、ね」
「さっきの人といい、何か大変そうだねぇ」
うん、大変ですよ。
「本当、高校最初のクリスマスだっていうのにねぇ」
これで本当に、業務でクリスマスが潰れるようなことになったら、先輩たちにクリスマスプレゼントでも頼んでみようか。
「きーな、悪い顔になってるよ」
「おお、危ない危ない」
顔に出したつもりは無かったんだけど、出ていたか。
「ねぇ、永久。当日まで、どっちも予定が無かったら、一緒に過ごす?」
「あー、それも良いかも」
「あら、もうクリスマスの予定?」
時間的にも、お客さんの流れが空いてきたからか、花さんが話に加わってくる。
「二人とも、クリスマスに予定が無かったら、シフト入れる?」
「ちょっ、冗談ですよね?」
「というか花さん、誘われていたじゃないですか。店、開けれないんじゃないんですか?」
何ですと?
「永久、詳しく」
「話さなくて良いから。鍵奈ちゃんも、聞かなくていいの」
珍しく花さんが恥ずかしそうにしているってことは、お相手に対しては満更でもないってことか。
「ねぇ、永久。その人、どんな人だった?」
「うんとねぇ……」
「お願いだから、もう止めてぇ……思い出したく無いのよぉ……」
赤くなりながら頼まれたら、余計にからかいたくなるが、クビにもなりたくないので、これぐらいにしておこう。
「分かりました。永久からは別の所で話を聞いておきますから」
「結局、話を聞くなら、一緒じゃない!」
「花さん、可愛いー」
「可愛くない!」
噛みついてくる花さんに、永久と二人で笑う。
そんな私たちに、「もう」と花さんは顔を逸らしてしまった。
「ほらほら、花さん。ディナーの用意に行きましょう?」
「そうですよ」
「……二人とも、私より年下よね?」
言い出した私たちが冷静に返したから、花さんが疑いの目を向けてくるが、年下なのは間違いないですよ?
「最近、暗くなるのが早くなってきてるし、いろいろと物騒なんだから、早く上がっちゃいなさい」
「はーい」
もうすでに上がる時間は過ぎているのだが、後は着替えるだけなので問題なしーーなんだけど、お言葉に甘えておく。
まあ、何か遭ったら大変だもんね。
「花さんも、気をつけてくださいよ。強盗とか空き巣とか」
「分かってるし、大丈夫よ。それに、この場所で何年やってると思ってるのよ」
にっこりと笑う花さんに、顔が引きつった表情を向けた私は悪くないと思う。
そんな花さんだからこそ、今までも、そして、これからも『シュリュッセル』は大丈夫なのだろう。
「そうですよね。それでは、花さん。また明日」
「また明日ー」
「また明日ね」
そう言葉を交わし終わると、私は永久と一緒に『シュリュッセル』を後にしたのだった。




