第五十九話:こちらも波乱な体育祭Ⅷ(終結)
今回は三人称、鍵奈、朝日視点
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きらきらと光を反射しながら、氷の欠片が校庭いっぱいに降り注ぐ。
肝心の術者である彼女は、地に突き刺した刀に凭れ掛かるように、その場に座り込んでいた。
得意属性とはいえ、本来扱うべき武器ではなかったからか、その負担はかなり大きかったらしい。
それでも確かに彼女の髪は、一瞬見たことのないーー普通なら、なるはずのない色に変わっていた。
「生きてるか?」
片膝付きながら尋ねる、保険医の問いに返すことは無かったが、彼女は首を小さく縦に動かした。
そして、回復してきたのか、彼女が発した最初の言葉はーー
「……気持ち悪い」
という一言だった。
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「当たり前だ。あんな技を使っておきながら、体調不良にならない方がおかしいだろうが」
気持ち悪さが抜けず、口元を手で押さえていれば、保険医がそう返してきた。
「しかも、せっかく持ってきてやったのに、使わねーし」
「使用権は私にあると思うんですけど」
それにしても、気持ち悪い。そして、怠い。
絶対、顔色は悪いと思う。
「話はしといてやるから、明日は休めよ。真っ青なんだから」
真っ青とかマジっすか。
こんな状況で、嘘を吐くような人でないことは分かってるんだが。
「白くないなら、出ます。つか、今は一日でも休んだら、生徒会室が書類で埋まりそうなので、休みたくても休める気がしないんですが」
以前のことがあるからか、雪原先生が顔を顰めて生徒会役員たちの方を見る。
「あと、生徒会の副顧問なら庶務を決めてください。手が足りないので」
岩垣先輩たちを再召還することになるのだけは止めたい。
縁起でもないが、もし先輩たちが不合格になって、その原因が所属していた生徒会になったりしたらと思うと、正直泣けてくる。
「無茶言うな。俺にそんな権限は無いし、先代の庶務である有栖川は指名してないし、誰も立候補もしてない。それに、この学校の生徒は、よく分かってるじゃないか。今立候補しても山盛りの仕事が待っているってことが」
「アハハ……お先真っ暗かぁ……」
もうやだ。このブラック企業。
「先生が副顧問なので教えますが、絶対提出の書類、部屋のあちこちに隠されていたんですよ。ファイルの間とか」
「とりあえず、あいつを呼んでやるから、お前は休め」
遠い目になっていたせいか、雪原先生の手には携帯があった。
つか、先生の言う『あいつ』って、鍵依姉のことだよね?
「いやいやいや、何言ってるんですか。その後のこと、考えましょうよ。面倒事になるのだけは、マジで勘弁してください」
私が鍵依姉の妹だとバレたら、何かヤバい気がする。
すでに遠ざかっている平穏が、もっと遠ざかるような気がする。
「桜庭」
「何です?」
「お前自身が、仕事増やしている自覚、あるか?」
はい……?
「お前なら、仁科の異能をどうにかすることが出来るだろ。なのに、それをしない。ここまで言えば、俺が何を言いたいか分かるだろ」
そう、方法はあった。
あったのに、私は何もしなかった。
今も、あの時もーー
「……分かってますよ。自分が蒔いた種は、自分でどうにかします。まあ、無理だと判断したら、手は借りますが」
結局、どんなに対応できたとしても、一人では限界があるのだ。
「珍しく素直でよろしい。後で何か寄越せと言っても、やらないからな」
この保険医は……っ!
「……そうですかそうですか。氷漬けにされたいんですか。雪原センセ?」
「『氷属性』をメインとする俺に、あえて『氷属性』で挑むってか。上等だ」
私たちの間で、火花が散っていようがいなかろうが関係ない。
一度、この人とは、ちゃんと決着をつけないと行けないのだから。
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「何をムキになっているんだか」
「だよねぇ。きーちゃんを元気づけるためとはいえ、珍しく素直なきーちゃんに素直じゃない態度で返すのは、どうなんだろう?」
そして、自分を励ますために、雪原先生がああ言ったことを、きーちゃんは気づいているのだろうか?
「というか、そもそもあの二人はどんな関係なわけ?」
君たちなら知ってるんじゃない? と双葉瀬先輩が聞いてくる。
「先輩たちに教える義理は無いと思うんですが?」
京くんがそう返す。
「それに、知ってどうするんです? どうも出来ませんよね?」
たとえ、私たちについて知ったとしても、先輩たちがどうにか出来ることでもない。
「あんまり、気にしない方が良いと思いますよ」
笑みを浮かべてそう言えば、恐ろしいものでも見たかのような表情の京くんがそっと距離を空けた。
そういえば、きーちゃんに一回、「朝日の笑顔って、妙に怖いときがあるから」って、目を逸らしながら言われたことがあったっけ。
「……そういうわけなんで、深追いしすぎて、怒らせなくても良い相手まで怒らせるような真似だけはしないでくださいよ」
京くんがそう告げる。
下手すると、私たちにまで飛び火しかねないからね。
先輩たちは納得できなさそうにしていたけど、何とか退いてくれた。
「さて、朝日。あの二人を止めに行くぞ」
「あーうん。けど、今の二人の間には行きたくないなぁ」
「気持ちは分かるが、鍵奈を雪原先生に任せた要因は、俺たちにもあると思うぞ」
「分かってるよ」
文句を言いながらも、私たちは駆け寄っていく。
長く感じたあの時間を終わらせてくれた、幼馴染の下へ。




