第五十八話:こちらも波乱な体育祭Ⅶ(“氷結の剣”)
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「桜庭」
「何。手伝い?」
「ああ」
音を響かせながら根を切りつけていれば、風峰君がこっちに来た。
「で? 誰かに何か言われて、聞きにでも来た?」
「手伝いだって、言っただろ」
私は疑うような眼差しを向けるが、風峰君もしつこいと思ったのか、まさか見破られるとは思っていなかったのか、少しムキになりながら返してくる。
「まあ、どっちでも良いんだけどさ」
あまりにも効果が無さそうなので、根への攻撃を一時的に止めて、その横で素振りするかのように、御剣先輩からの刀を振ってみる。
うん、こっちでも行けるかな。
「火属性が扱えたなら、まだ良かったんだけど、相性的には反対だからねぇ」
無いものねだりしても意味は無いので、そう言って上空を見上げると、大声で叫ぶ。
「雪ちょーだーい!」
聞こえているのか、いないのか。上空からの返事はないが、ほんのり雲に変化があったのと、肌寒さを感じたことで、何となくでも了承してくれたことに思わず小さく笑みを浮かべる。
「……何をするつもりだ?」
私の表情で何かを感じ取ったらしい風峰君には、「何も?」と返しておく。
『ーーお前の魔力量なら扱えるとは思うが、デメリットの方がデカいからな。無茶は禁物だぞ』
分かってますよ、先輩。
『氷属性』の使い方を教えてくれた先輩には悪いけど、それでも強すぎるあの技よりは、この技の方が扱えると思うから。
「『天空地へと轟く天災よ。我が呼び掛けに応え、すべてを凍てつかせよ』ーー“ブリザード・テンペスト”、“氷結の剣”」
次の瞬間、“ブリザード・テンペスト”が『植物もどき』の動きを封じるかのように吹雪き、上空から振ってきた巨大な剣が『植物もどき』の花から根まで、ぐっさりと突き刺さったことで、『植物もどき』の蔓がこれでもかと暴れ回る。
多分、背中に定規とかを突っ込まれたような感じなんだろう。
「けど、もう無理のはずだよね」
“氷結の剣”の効果の一つに、『突き刺したものを凍結させる』というものがある。
すでに“永久凍土”で根はダメージを受けているはずだから、さらに凍りつかされたら、耐えられないだろう。極寒地帯の植物でない限りは。
「……」
暫し、様子を見る。
“ブリザード・テンペスト”が収まり、『植物もどき』は氷のオブジェになったわけだが、油断は出来ないから。
「それにしても、見事に凍りついたわね」
和花がそう言う。
突き刺した“氷結の剣”から遠いはずの蔓の先まで、見事に凍りついていた。
「はは、頑張りました」
正直、疲れた。
特に、“ブリザード・テンペスト”は範囲を決めないと、周囲を崩壊させる上に、これでもかと巻き込むから。
「安心しなさい。動きは止まってるから」
「和花が言うのなら、間違いないね」
植物関係の異能持ちである和花が言うのなら、問題ないだろう。
早く休みたいところだが、そうは問屋が卸さない。
「風峰君、術者はどこ?」
「ああ、あそこだ」
風峰君に示されて、そちらを向けば、そこに居たのはどこか疲弊してるような少年。
「うわぁ、何というか……」
「死んでないのが奇跡だな」
これまたバッサリと、こちらへ来た雪原先生が言う。
「どうしましょうか?」
「聞くまでもないと思うが?」
つまり、私にやれと仰るんですね。分かります。
「許可ください」
「俺一人だけだと無理なの、知ってるだろうが」
「じゃあ、私も出そうか。それなら、抜刀も可能になるでしょ」
雪原先生と和花の許可証ですか。
『【雪原塁】と【咲良崎和花】の二名による許可証を承認、使用を許可します』
……あ、承認された。
「仕方ないか」
この中で視えてるのは、多分私だけだろうし。
『【使用者認証:桜庭鍵奈】承認しました』
刀の鍔の一部に血を一滴落とせば、承認画面が表示される。
ちなみに、血による認証は、抜刀の使用度合いでしなくても良かったりする。まあ、今回は保険も兼ねてるから、血による認証をしておいた訳だけど。
「じゃあ、その子に何か変化があったら教えて。すぐに止めるから」
「了解」
正直、今からすることは、かなり神経使うからね。
とりあえず、少年と『植物もどき』の位置を確認して、抜刀許可が出ている愛刀を構える。
『ーー大丈夫。貴女なら出来る』
くすりと笑う女性の声が聞こえる。
「ふぅ……『異能への魔力の供給を遮断』」
能力指定するためにそう告げ、抜刀して地面に向かって振り下ろす。
「どう?」
「【術者の状態:軽度】、か……。病院に行けば、問題無さそうだな」
そうか、軽度か。
雪原先生の報告に安心しながら、納刀する。
「ちょっ、鍵奈。早く逃げないと、そいつ崩れるわよ!?」
和花が慌ててそう言ってきたので、『そいつ』こと『植物もどき』に目を向ければ、何故か、ぐらぐらと揺れていた。
「あーまぁ、魔力供給は封じたから、何してもいいよね?」
ずっと校庭にあっても、邪魔になるだけだし。
「……つーわけで」
愛刀ではなく、御剣先輩作の刀を構える。
「“粉砕”ってことで」
刀に破壊系の異能をいくつか付与させ、振り切るのと同時に発動させる。
「……桜庭、俺も居るからな?」
「言われなくても、分かってますよ」
ただ、こっちにもダメージが大きいから、粉砕後の欠片全てをどうにかするのは無理だし……。
「ーーたったこの数分で忘れられるとか思わなかったんだけど、何で私たちの異能についてまでの記憶が飛んじゃってるのかなぁ」
「……朝日」
ーーほら、居たじゃないか。
どんなときでも、私の無茶ぶりに溜め息混じりに付き合ってくれた幼馴染たちが。
「朝日だけかよ」
「ああ、ごめん。記憶、飛びすぎてたね」
二人の特異異能なのに忘れるとか、どれだけ『植物もどき』の方に意識を割いていたんだか。
「あと、こっちも謝るよ。これ以上はそっちに行けない」
「けど正直、全て異能で助かった。じゃなきゃ、俺のが効かないからな」
それでも、範囲が広すぎるのか、朝日の結界も、京の操作も届かない場所が出てくるわけで。
「一時間にも満たないのに、対価も代償もデカいんですよーー貴女という人は」
ーー私の手が届かなかったら、二人がどうにかしてくれる? もし、二人の手が届かないのなら、私がどうにかするからさ。
「刀は使わない。もう一つの刀で十分だ」
約束は守るから、だからーー
「きーちゃん!」
もう少しだけ、無茶するのを許してもらえないかなぁ。




