第五十七話:こちらも波乱な体育祭Ⅵ(氷と風)
今回は三人称
ーー全く、本当に無茶を言う。
御剣織夜はそう思っていた。
それでも、生成することを引き受けたのは、一度でも惚れた子からの頼みだからでも、後輩たちが頼ってくれるからでもない。
状況を打破してくれそうな存在に、自分と対峙したときにさえ有った、本来あるべき物が無く、偶々どうにか出来るのが自分だったというだけだ。
(強度も必要だよなぁ)
使用者はあの後輩だから、必ず一回は無茶な使い方をすると思って、あっさり折られないように、強度を上げておく。
それにしても、と織夜は思う。
彼女にとって、愛刀というべきの、ずっと使ってきたであろうあの刀は、どのくらいの無茶を引き受けてきたのだろうか。
「……っ、」
最初は焦らずにやっていたが、注文の品が出来ないせいで、待っているであろう彼女と時間ばかりが経過していく。
「先輩。もし無理なら、刀だけでも……」
「いや、完成させる」
勝利して貰うには、最低でも完成してなくてはいけない。
もし、中途半端な状態で渡して、彼女の命が亡くなれば、目も当てられない。
(だから、なるべく早く丁寧にやらないと)
思っても口には出さず、手だけを動かす。
すぅっと刀の刃と鞘が出来上がっていく。
そして、出来上がったのを見て、刃に付いていた光を振り払い、鞘へと収める。
「出来たぞ」
「ありがとうございます」
気のせいか、朝日が嬉しそうに感謝の意を示すのだが、「後は……」と言わんばかりに、彼女は鍵奈の方へと目を向ける。
「ちょーっと、ヤバいかなぁ」
『植物もどき』と対峙していた鍵奈は、小枝に掛けた“物理強化”と“物質強化”、“硬化”が解けてきていることに気づいていた。
「きーちゃん! これっ!」
「っ、」
朝日に呼ばれて振り返れば、彼女から投げられた『それ』を見て、鍵奈は目を見開いた。
「これ……」
「ギリギリ可能な範囲まで再現してやったんだから、それで負けたら許さないからな!」
そういえば、織夜の異能には“刀剣生成”という能力があったんだっけ、と思い出す。
「分かってますよ」
しかも、朝日が頼んだのか、『氷属性』が付与されているのを、鍵奈は持った瞬間に理解した。
そして、目を離したのがチャンスだと思ったのか、蔓が鍵奈に向かって放たれる。
「誰が捕まるかってんだ」
鞘のまま、受け取った刀を振れば、蔓はばっさりと断ち切られる。
「あははっ、何か予想以上の切れ味なんですけど」
よくもまあ、ここまで再現してくれたものである。
だが、この点に関しては、愛刀より優れているのではないのだろうか。
「桜庭。とりあえず、助けられる奴はみんな助けたぞ」
「ありがとう、あとご苦労様。風峰君」
とん、と鍵奈の隣に降り立った黎に感謝の意を示すが、やはり一人で大変だったのか、擦り傷や切り傷を作ってしまった彼に申し訳なく感じる。
「礼なら、これが片付いてからにしろ。それに、桜庭が引きつけていたから、この程度で済んでいるんだしな」
「そっか。そうとも取れるか」
そっと息を吐いた鍵奈の足元から、氷の大きめの粒や粒子が舞う。
黎が別に頼んだわけでもないのに、いつの間にか救助活動していたことには、鍵奈も途中で気づいていた。
けれど、彼が助け出してくれたおかげで、鍵奈は思う存分に暴れられる。
(結局、目の前で使うことは無かったけどーー)
「これを使うような状況になったこと、これから使用すること。許してください」
鍵奈のそんな呟きは、隣に居た黎には聞こえていたらしいが、ただ視線を向けるだけで、特に何も告げなかった。
「『凍りつけーー“永久凍土”』」
ぴきぴきと『植物もどき』が凍り付いていく。
「あー、駄目か」
『植物もどき』は全て凍りつく前に、蔓を使って器用にも氷を排除しに掛かっている。
一撃で仕留めるのなら、『火属性』の能力が一番効果的なのだが、今まで近くで『火属性』の異能を見たことも使われたことも無かった鍵奈には、『火属性』が使えなかった。
「……」
そして、“永久凍土”で根の動きは封じたものの、蔓だけではなく、花や茎の部分は未だに動き回っているのも事実だった。
「ま、やらせないけど」
鍵奈が、織夜と同じように短剣などを出現させて蔓を切断していけば、隣にいた黎も“風の刃”で蔓を切断していく。
「まっずいなぁ。このままだと術者が危ないかも」
「捜すか? 範囲が学校の敷地内なら問題ないが」
「良いの? 捜せるのなら任せるけど」
暴れまわる『植物もどき』に目を向けながら、二人は話し合う。
「だ、だったら、私たちも捜すよ!」
「はい?」
振り返れば、やる気満々といった体の仁科を筆頭に、生徒会役員たちが居た。
「まだ居たんですか」
「悪かったな。下手に移動するよりは、ここに居た方がいいと思ったんだよ」
一ノ瀬にそう返され、鍵奈は肩を竦めると、「どうする?」と言いたげに、黎へ目を向ける。
「俺は別に、歩いて捜すわけじゃないんだが」
「それでも、手が無いよりは有った方がいいよね?」
仁科の問いに、黎は溜め息を吐く。
「こんな状況下で、自分の身を守りながら、術者を捜せるのか」
「ついでに言っておくと、私たちは貴女たちを守りながら戦ったりするのは不可能。この状態が続いているのは、貴女たちが下手に動こうとしなかったから」
鍵奈は襲ってくる蔓を捌きながら、そう返す。
「う……」
「桜庭、言い方」
「それにしても、遅いなぁ」
俯く仁科と責めるような目を向ける獅子堂を無視して、鍵奈があちらこちらへと視線を彷徨わせる。
いくらメイン属性とはいえ、『氷属性』単体で扱える彼が来れば、何とかなりそうなのにーー
「遅くなったのは認めるが、お前が居ながら対処できてないのには驚いたな」
「うっさい。私にも制限があるんだよ」
『植物もどき』の上の方から降ってきた声に、自身に向けて投げられた愛刀を受け取りながら、鍵奈はそう返す。
「お前の刀を取りに行ってたら、思ったよりも時間が掛かった」
『植物もどき』の上から、塁が鍵奈たちの方へと降り立つ。
「私、嘘言ってないでしょ?」
「その察知力を別に活かせ。大体、こいつが地中に居たことを省略していただろうが」
「察知してたのは私だけじゃなく、和花もしてましたー」
ああ言えばこう言うという言葉を目の前で繰り広げる二人に、朝日は肩を竦め、京は溜め息を吐いた。
こうして言動だけ見ると、この二人には本当に血縁関係が無いのか疑いたくなるほど、そっくりである。
「桜庭、雪原先生。来ますよ」
黎が冷静に蔓が向かってきたことを告げる。
「上と下、どっちで行く?」
「下は根と切り離さないといけないので、私が引き受けますよ」
「じゃあ、上は引き受けた」
役割分担してしまえば早く、二人は『植物もどき』へと近づいていく。
「君は行かないの? 風峰君」
「行っても、そんなに意味はないだろ。属性的には、あの人との方が捗るだろうし」
「さあ、それはどうかしら?」
隣に来た和花の言葉に、黎は怪訝な顔をする。
「あの根って、意外に頑丈でね。いくらあの子の愛刀とはいえーー刃がいつまで保つのかしら?」
「咲良崎、お前ーー桜庭のこと、嫌いだろ」
和花の言葉には、暗に黎を鍵奈の元へと向かわせようとしているのが分かるが、言われた張本人である黎の返した言葉はそれだった。
「そうね、好きか嫌いかで言えば嫌いよ。だってあの子、トラブルメーカーだって自覚あるくせに、こうして巻き込まれては、こっちの気持ちすら考えずに何とかしようとするんだもん。その点からすれば、朝日たちが一番大変なんじゃない?」
幼い時からずっと一緒だったせいで、鍵奈と関わり、彼女に関することが麻痺してもいるんだろうけど、と和花は言う。
「……」
「だから、私はあの子が嫌い。けどね、何故か一緒に居るのが嫌じゃないのよ」
おそらく、嫉妬とかじゃなくて、単に相性が悪いだけなのに、つい一緒に居るようなのと同じかもしれないーーと、和花は付け加えた。
「…………大体、言いたいことは分かったよ」
『植物もどき』の根の周りを傷つけていく鍵奈に目を向ける。
「あの子が君をどう思っているのかは分からないけどーー」
二人目にだけは、ならないであげて。
そう告げると、和花はその場から去っていった。




