第五十六話:こちらも波乱な体育祭Ⅴ(勝利への『鍵』を握るのは)
今回は三人称
鍵奈が『植物もどき』に啖呵を切ったことで、それが開戦の合図となったのだろう。
だが、両者をいくら見比べても、状況は鍵奈の不利にしか見えず、彼女自身、それが分からないわけでもなかった。
それでもまあーー勝てる気でいるから、対峙しているだけなのだが。
「全く、自殺願望でもあるのかね。我が幼馴染殿は」
朝日がやれやれと言いたげに、それでもどこか楽しげに言う。
こういう時の鍵奈は自分から突っ込んで対処しようとするし、しかも何の疑いもなく朝日たちを信頼している。
それにわざわざ付き合う自分たちも自分たちなのだが。
「そして結局、手助けする俺たちも俺たちだがな」
「言わないでよ」
分かってて言わないようにしていたのに、京が口にしたことで朝日はムッとする。
「さぁて、生徒会の先輩方。突っ立ってないで、手伝うか逃げるか、どちらかの行動をしてもらえるとありがたいんですがね」
「君って、意外と辛辣だよね」
朝日の容赦ない正論と暗に守る気が無いという台詞に、双葉瀬奈月は顔を引きつらせる。
朝日の言い方に関して、鍵奈が一緒にいるせいか、とも思っている奈月だが、実際のところ、今までが今までなだけに、単に鍵奈同様ひねくれているだけである(それでも、変にひねくれてしまった鍵奈よりはマシだが)。
「手伝うなら、早く仁科さんを回収してください。きーちゃんの邪魔になりますから。あと、きーちゃんを手伝おうだなんて馬鹿な真似だけは、止めてください」
「あ、うん」
さすがの奈月たちも強化したとはいえ、小枝で対処している鍵奈と『植物もどき』の間に突っ込もうとする気は無かった。つか、突っ込んだら死ぬ。絶対に。
「和花、まだ?」
「もう少しだけ待って」
普通に植物を生やしたり、それを操るだけならともかく、同じ植物ーーそれも、他人の異能によるものだと話は別になってくる(その点、“異能の操作”を特異異能とする京は、そんなに疲弊していないが)。
「……鍵奈が刀を持ってない上に使わないって事は、あの人は許可しなかったみたいだな」
「きーちゃんが何の考えもなく、許可貰いに行くわけがないのにね」
「何年の付き合いだよ」とか「鍵奈の性格、知ってんだろうが」と事情を知る幼馴染コンビは、鍵奈に帯刀を許可しなかった人物ーー保険医の塁を、暗にそれも盛大に詰る。
「あれって、もしかして、あの刀?」
二人だけの愚痴みたいな会話に、まさかの返事のようなものが入り込んだことで、朝日と京はそちらへ勢い良く振り向くがーー
「ちょうど良いのが居ったぁ!」
朝日と京の言葉が見事に重なる。
そして、二人に『ちょうど良いの』と言われた御剣織夜は、訳が分からなさそうに、首を傾げたのだった。
☆★☆
一方、『植物もどき』と対峙する鍵奈は、といえばーー
「ああもう! やりにくい!!」
仁科を庇いながら戦っていたせいか、少しーーいや、かなり苛立っていた。
「先輩方! この子に惚れてるなら、さっさと回収してくださいよ! 邪魔で仕方がないんですけど!!」
「そうは言うけどさぁ……」
「男なら、惚れた奴ぐらい護ろうという気は無いんですか!」
それを聞いて、男性陣は顔を引きつらせる。
そもそも、女子である鍵奈に対処を任せている時点で、矜持も何も無いのだが、朝日と和花はぶはっと噴き出して、思いっきり笑っている。
「やばっ、鍵奈の方が男共より男っぽくて笑えるんですけど」
「仕方ないよ。まあ、だから『王子』が似合うんだけどね」
だが、その台詞は拙かった。
「……朝日、後で話そうか」
「ごめんなさい! しっかり援護しますから、『話し合い』だけは無しにしてください!!」
さすがの朝日も、鍵奈の怒りだけは防げない。
「桜庭、もう少しだけ待てるか?」
「なるべく早くしてくれるなら」
それに分かった、と獅子堂は頷くと、仁科に無言で近づく。
「仁科、俺が分かるか?」
「あ……あ……」
「放心状態、か」
ふむ、と獅子堂は考えるのだが。
「悪い、仁科」
「ーーッツ!!」
小さく謝罪した後、仁科の頬へと平手打ちするのだが、どうやら彼女は痛みで正気に戻ったらしい。
「あ、獅子堂くん……」
「立てるか?」
「う、うん」
獅子堂に手を引かれて、仁科は一ノ瀬たちの元へと移動する。
「……」
「やれやれ。こういう時でも、変わらないものは変わらない、ってか」
そう、ぽつりと呟く。
仁科が獅子堂に手を握られ、頬を赤らめていたのを、鍵奈は見ていたのだが、半分呆れていた。
初恋が何歳だったのかは忘れたが、相手が京でないことぐらいは覚えている。
「さて、と」
鍵奈の漆黒の目に、白銀の光が揺れる。
「第二ラウンド、開始しますか」
その眼にはすでに、『植物もどき』の末路が映っているのか、鍵奈はニヤリと笑みを浮かべた。
☆★☆
「御剣先輩」
「ん?」
「先輩なら、きーちゃんの刀、再現できますよね」
今ではもう許してもらえたが、あの時は本当に勘違いで自分にも非があったし、鍵奈と対峙したときにも彼女の刀は見て無くもないがーー
「一瞬だった上に、鞘に入ってたからなぁ」
再現するには難しい、と織夜は言う。
「じゃあ、能力の付与は出来ますか?」
「それも能力次第だけど、完璧なのは無理だから」
朝日と京は一度顔を見合わせると思案する。
そもそも、あの刀自体、特注品のようなものだから、いくら織夜の“刀剣生成”でも再現度には限界がある。
「鞘付きの刀も可能?」
「え? ああ、可能だが……」
「鞘と刀、それぞれに能力を付与できますか?」
「それぞれ、か……」
“植物操作”に戻った和花が尋ね、織夜が答える。
「出来なくはないとは思うけど、やったことがないから、成功率は低いと思っていてくれた方が助かる」
「そうですか」
だが、残念そうにしてない辺り、この後輩たちにも何か考えがあるのだろう、と織夜は思う。
実際、彼女たちに嵌められ、負けた自分が居るのだから。
「では、先輩。これから、かなり無茶なことを言いますが、承知の上で聞いてください」
「ああ」
けれど、織夜は作業を始めてから、「安請け合いするんじゃなかった」と内心落ち込むのであった。
『刀本体には“氷属性”の付与を。鞘には“持っても傷付かない”けれど“刃と同じくらいの切れ味”をお願いします』
それが、朝日たちからの注文だった。




